イーグル・フェザー
ナツァグが自然に還っていくその日――。
見送りをする僕の家族に紛れて、なぜかオユンもいた。その手には目隠しをしたバータルもいる。
「……はいこれ。ナツァグの羽で作ったの……。
次の鷲が見つかるまで、持ってればいいんじゃない? 彼女の忘れ形見的な感じ? それでも身につけて、ずっとウジウジしてれば?」
ぶっきらぼうに渡されたそれは、ナツァグの一枚羽で作られた首飾りだった。
「これ……作ったの? え? いつ?」
「べ……別に勝手に抜いたりなんかしてないんだからね! あんたのお母さんに頼んで、落ちてた羽をもらったの!
べ、別にあんたを喜ばせようとなんかしてないんだから! あんたがナツァグがいなくなった途端、廃人にならないようにっていう心配? 貴重なハンターの損失を憂いてるって感じ? ほら、私、イーグル・ハンターの未来のことを真剣に考えてますから?」
すごい早さで、オユンが意味不明なことをしゃべっていた。本当に意味が分からないので、適当に聞き流しながら、僕はその首飾りを身につけた。
「……意外と器用なんだ」
「『意外と』は余計! それはそうと、バータルも自然に還すからね。ここまできて往生際が悪いこと言わないでよね?」
「うん……」
「私のかわいい弟をあんたの彼女のダンナにしてあげるんだから、もっと喜びなさいよ!」
ナツァグが僕の恋人って話になったときは、バカにしたくせに……。
「バータルって、君にとっては弟だったんだ……」
「そうよ! うんと小さくて……死にかけのヒナの頃から面倒見てあげた……めっちゃくちゃかわいくて、甘えん坊で聞き分けよくて最高の弟よ! そんじょそこらのメス鷲なんかにとられてたまるもんですか! あんたのナツァグだから……許してあげるんだから……!」
僕のこと笑えないじゃん。
オユンの目は真っ赤になって、涙がにじんでいた。
オユンがあわてて僕から目をそらす。
「私……春になったら新しいヒナを探しに行くわ。
運が良ければ、バータルとナツァグのヒナに会えるかもしれないし……。
この子たちのヒナは……誰も死なせない。オスだろうと、絶対、私が全員立派なハンターに育ててみせる……」
オユンは力強い眼差しで、僕ではなく、バータルに言い聞かせるように話していた。
「……そのときは、僕もついて行ってもいいかな……?」
オユンは、僕の方に顔を向けないまま答えた。
「もちろんよ。あんたと私、どっちが先にヒナを見つけるか競争ね?」
オユンの言葉で、僕はナツァグとバータルの狩りの姿を思い出した。
「ナツァグとバータルみたいだな」
「……え……?」
よく分からないけれど、オユンが急に静かになった。
今がチャンスだ。
オユンが大人しくしているうちに、僕はナツァグを山へ還すため、馬に乗って出発した。
後方でオユンの文句を言う声が聞こえたけれど、僕は聞こえないふりをした。
悪いけどバータルは、ナツァグとタイミングをずらして山に還ってもらおう。
最後の瞬間は、誰にも邪魔されたくない――。
二人だけの時間を過ごしたかった。
・・・
僕はナツァグを空に放った。
そして大好きな彼女が翼を広げた瞬間を、目に焼き付け、そして羽の音を耳に刻みこんだ。
黒い翼が光を浴びて、輝いていた。
僕は泣かなかった。
涙で彼女の姿がにじんでしまうのが嫌だったから。
きれいな姿を目に焼きつけておきたかった。
いつまでも、忘れないように。
ずっと、焼きつけておきたかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献
■鷲使い(イーグルハンター)の民族誌 / 相馬拓也
■ヒマラヤ学誌 No18,158-171,2017 騎馬鷹狩文化の起源をもとめて‐アルタイ山脈に暮らすカザフ遊牧民とイーグルハンターの民族誌‐ 相馬拓也
■E-journal GEO Vol.11(1)119-134 2016 カザフ騎馬鷹狩文化のイヌワシ捕獲術/産地返還にみる環境共生観の民族誌 相馬拓也