3:箱の淵で生きた三人は
三国から風呂に連行されてから数時間後
「ほら見てくれ浩二。ピカピカだろう?」
「うわ・・・見違えて見えますね」
髪型を整えられ、着替えさせられた一月は浩二の押す車椅子に揺られながら、逃げられないと理解し本日の研究発表用の資料を確認していた
「野良犬を洗ってる気分だったよ・・・白衣もありがとうね」
「はい!アイロンもしっかりかけていますよ」
「助かるよ。本当に浩二は至れり尽くせりだね。一月、何か言うことあるよね?」
「・・・ありがとう、ございます」
「もう少し誠意を見せなよ・・・」
「三国さん・・・お疲れ様です」
一月の態度を三国は窘めつつ、彼らは廊下を進んでいく
「しかし、あんなに隈なく見られたんだ・・・責任取れよ」
「いつものことだろう」
「え、十六夜博士は三国さんが普段お風呂に入れていたんですか?」
浩二は意外そうな顔で二人の顔を交互に見る
浩二は、一月と三国は腐れ縁であり、この研究所の中では付き合いが長い存在の為に距離が近いだけかと思っていた
仲はあまり良くないけど、他人と付き合わされるぐらいなら互いで我慢するぐらいの好感度
実際、それが正解なのだが・・・浩二は別の方向で思考を巡らせて元々正解していた関係性から外れた答えを出してしまう
「も、もしかして・・・仲が悪いのはカモフラージュ・・・!」
「「そんなわけあるか」」
「で、ですよね・・・」
「今回は特別だよ。普段は介護ロボがあるはずなんだけど・・・」
「二年で壊れた」
「フルで使ってたんですね・・・」
介護ロボは、二年前に一月が引きこもるキッカケになった発明品だ
介護ロボはその名の通り、使用者の命を守るために生活を補助してくれる「機械のお手伝いさん」みたいな存在だ
毎日フルで使っていたこともあり、二年の時を得て壊れてしまう
もう一つは体の老廃物を除去し綺麗にする布なのだが、こちらも先ほど三国が毒薬をかけてダメにしてしまっている
この二つを生み出したことで、一月は研究成果が認められて二年間引きこもっていたのだ
「それで・・・なんで三国さんが十六夜博士のお風呂担当に?」
「小さい頃から僕らは一緒に育ったんだよ・・・」
「・・・「廃棄区域」でな」
「え。廃棄区域・・・」
一月と三国は浩二の問いに無言で頷いた
「廃棄区域って・・・なんですか?」
浩二の言葉に一月は溜息を吐く
三国もまた複雑そうに笑みを浮かべていた
「君・・・それも知らずに生きてたのかよ」
「普通の人は知ることはないもんね・・・」
「せっかくなので、廃棄区域のことを教えてくれますか?」
「・・・わかった。車椅子は三国が押せ。浩二はメモ」
「え・・・」
浩二は指名された三国の方を見る
三国は仕方ないと肩を下ろして笑う
「今回ばかりはしょうがないね。浩二、君はこの世界の裏の事を知っておいた方がいい」
「わ、わかりました」
三国が押すのを代わり、一月は、浩二がメモを取り出したことを確認してから口を開く
「・・・僕たちが住んでいるこの「第三白箱」は三つの区画に分かれている」
「まずは中央区画「核」。この研究所を含めた主要の公的機関はすべてここに集まっている」
「次に一般居住区画「積」。ここが君の住んでいた区画になる」
「商業施設はすべて「積」に集合しているね」
三国の補足も含めて、浩二はメモを取っていく
「そして、かつての僕たちが住んでいた無法地帯の廃棄区画こと「淵」。本当に何もない。あるのは薬物と娼館と犯罪だけだ」
「・・・お二人は、そんなところで出会ったんですか」
「僕と三国だけではない、紳也も・・・あそこの出身だ」
「え!?あの三坂紳也博士も?」
「うん。紳也と三人で発明品を作って、僕らはこの研究所に足を踏み入れたから」
「・・・・」
浩二はただ茫然と二人を見つめる
浩二を研究所に誘ってくれた五ノ井三国
五ノ井と言えば、この白箱に住まう者なら誰もが知っている一族だ
浩二を研究所に引き込んだ十六夜一月
彼女もまた「鳥籠の天才」とこの研究所で呼ばれ、数々の功績を成し遂げている
そしてこの研究所で「狂気の天才」と呼ばれた三坂紳也という青年
この世界で最も世界を救う可能性を持つ天才と言われるほどの功績を持つ
そんな三人が育った場所が廃棄区画のような無法地帯とは浩二はどうしても信じられない
まだ紳也と一月は信じてもいいが・・・
三国だけは「あの家の子供」という先行知識が勝っているため信じることはできなかった
けれど、きっと彼は五ノ井のことを指摘したら・・・怒ることはないだろうが気分は良くないだろう
何も言わない方がいいと感じた浩二は、そのまま一月と三国の話を聞くことにした
「僕と紳也は物心ついた時には廃棄区画に住んでいた。三国は少し事情があって・・・確か九歳の時に廃棄区画に流れ着いた」
「対して僕らが一月と出会ったのは、まだこの子が胎児だった時だよ」
「胎児・・・え、産まれる前から!?」
浩二は驚いているが、歳の差を考えれば妥当なところではある
現在、一月は十五歳。三国は二十四歳である。ちなみに浩二は十七歳だ
一月と三国は丁度九歳差・・・三国が家の事情で廃棄区画に来た時と、紳也に拾われた時、そして一月の母親と出会い胎児の一月に出会ったのは同時期になる
「僕の母親はその一年後に死んだから僕自身は何も知らない」
「じゃあ、十六夜博士は・・・」
「僕は三国と紳也に育てられたんだよ」
「へえ・・・それに、胎児時代からとなると、三国さんは」
「ああ、三国たちは僕の母親を知っている」
「三国さん、十六夜博士のお母さんってどんな人だったんですか!?」
「ええっと・・・そうだな。綺麗な人だったんだけど、一月には似てないな。一月は多分父親似なんだと思う」
「・・・」
三国の語りを浩二は興奮気味に聞くのに対して一月は無言で聞く
一月自身も両親のことは気になったことがある
なんせ自分のルーツだ。知っておいた方が何かと便利になることもあるかと思った
しかし今では・・・知らなければよかったと思っている
「僕の母親は娼婦だ。父親は知らない」
「あまり自信がない人で、気弱だったかな。人に流されやすい人」
「そうなんですか・・・すみません。なんか・・・」
「気にしていない。どうせ、いつかはわかる事だったんだ」
一月は前を向いたままそう告げた
浩二も何か触れてはいけないことを聞いてしまった感じで俯いていた
三国はそれに気が付いて、浩二の肩を叩く
「浩二」
「何ですか、三国さん」
「メモを貸してくれる?」
「わかりました。車椅子押すの、代わります」
三国は車椅子から手を放し、代わりに浩二が車椅子を押し始める
そして三国は浩二からメモを受け取り、そこに補足を加えた
この話にはまだ続きがあるから
浩二にこの話を聞いたことを後悔してほしくない三国は、その続きをメモに書いて浩二に渡す
「また変わるよ」
「え、あ・・・はい」
再び浩二と三国が入れ替わる
手持ち無沙汰になった浩二は、三国が記載した補足を読む
「これ・・・!」
メモに記載されていたのは、今の時代では意外がられる話ばかりだった
『一月のお母さん・・・鈴音さんは確かに気が弱い人だった。けれど一月を堕胎しろって言う周囲の声を振り払うことができる人だったよ。僕はあの場所で出会った、最も強い人だと思った』
それだけではない。補足にはまだ続きがある
『九歳児が聞く話じゃなかったんだけど、鈴音さんはあえて避妊しなかったと聞いた』
『理由を聞いたら、あの人を・・・一月のお父さんをどうしようもなく好きになってしまったからって。一月のお父さんも同じだったみたいで、鈴音さんの提案を受け入れた』
『一月の名前の由来は、凄い偶然だけどお父さんと同じ誕生日なんだってさ。一月一日生まれ・・・きっと二人は一月に何か縁があるんだろうって、一月になった』
三国の補足を読み終わった浩二は半泣き状態だった
今の時代、こんな恋愛はめったに見ない
確実な子孫繁栄のため、政略結婚か見合い婚をさせられるのが当たり前なのだ
・・・自由恋愛なんて夢のまた夢
自分の両親も、おそらく三国の両親もそれに当てはまる話だ
「十六夜博士ぇ・・・!きっとご両親は博士のことを待ち望んでましたよ・・・!」
「ん、あ!?浩二?!おい三国!あの事浩二に教えたな!?」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
浩二の反応で一月は自分の生まれるまでの両親のことを三国が教えたことに勘づいた
「・・・父親のことは言ってないよな」
「言うわけない。言えない・・・絶対に」
「わかっているならいい。僕もあの男に関わるのは嫌だ。本当に母を愛していたかすら怪しい男・・・こいつが知ったら会わせられる」
一月と三国は、一月の父親に当たる男の名前を知っている
三国が鈴音から一月の父親を聞き及んでいたからだ
このことは紳也に話さず、二人の秘密にした
紳也に話すと、ろくなことにならないなと二人は感じ取ったからだ
それに一月の父親はこの「第三白箱」でも重要な立ち位置についている男だった
あまり多くの人に話さない方がいいと二人は決めて、秘密にしたのだ
そして二人は廃棄区画を出て研究所に住むようになってからふとこの話を思い出した
好奇心で、父親の家に出向いた
そこにいたのは、機械のように働く男の姿だった
時間に忠実で、家に帰っても・・・妻子には目を向けず、自室で一人食事を摂る
そんな人物が、母をどうしようもなく好きになったとは一月は信じられなかった
嬉しそうに、そして懐かしむように語る鈴音を知る三国も信じられず、茫然と彼を見た
「・・・そうだね」
「僕が彼に会うのは・・・公的な時だけだ。私的な用であの男には関わらない」
「僕もそう思う。彼と関わるのは・・・遠慮したい」
「お二人とも、どうかしたんですか?」
表情を窺うように浩二は二人に問いかける
二人はいつも通りの表情を浮かべて「なんでもない」と口を揃えた
「お二人は本当に仲がいいですよね」
「・・・全然だと言っているだろう」
「やはり、本当は・・・二人は仲が良くて、この対応は照れ隠しで・・・裏ではいちゃついてたり・・・!お風呂に入れる仲ですもんね・・・!」
「そんなわけないよ」
「そんなわけあるか。僕だって好き好んでこの男に肌を見せてるわけじゃない。服を脱がしてくるんだ!綺麗にするからという名目でな!」
「その骨の浮き出た貧相な身体をどうにかしてから言ってくれる・・・?そんな体に興味は微塵もないんだ」
三国が吐き捨てるように言うと、浩二はその発現をメモに取る
その光景を見ていた一月は笑いを堪えようとするが、我慢できずに吹き出してしまった
「つまり、三国さんは豊満な女性が好きだと」
「浩二、何か言った?」
「いえ・・・何も。しかし博士も三国さんも浮ついた話の一つもないですよね」
「僕も一月も引き取り手がいないんだ」
「・・・三国さんは色々あるからしょうがないとして、博士は?」
「まだ一月は十五だから、成人は来年なんだよ。まだ結婚できないからそう言う話はあまり来ない。法律で未成年に親の許可なく見合いを持ちかけるのは犯罪だと決まっているから・・・なかなか手が出せないみたいだよ」
「なるほど・・・」
「最悪、名前も初めて知るような奴を宛がわれるのも嫌だから、育ての親だが、三国でも適当に捕まえておこうとも思っている」
「上層部は面白いことになりそうだよね。血を絶やしたい僕と血を残したい一月・・・どっちを取るか派閥が分かれそう」
「それなんだよなあ・・・絶対面白いことになるから、君は第一候補に入れてるんだよ」
「それに、一月は忘れちゃいけない男がいるだろう?」
「なんだよ」
「君を貰ってくれそうなのは紳也しかいないじゃないか。紳也と結婚しようが面白いことになるのは明白だよ・・・主に上層部」
「え、やだよあんなの。命が何個あっても足りないって。それにあの男も、今はどこにいるかわからない」
「生きてはいると思うけれどね」
「案外しぶといからな。宇宙生物ゴキキンみたいに」
「ブラックさんと一緒にするなんて、さすがにブラックさんが可哀そうだよ」
「お二人ともゴキ〇リのこと伏せるんですね・・・」
「だってキモイし」
「だって不潔だし」
「「と、いうかその名前を出さないでもらえる」」
「お二人とも本当に仲良しですよね!?そういえば、紳也さんって・・・お二人の同期なんですよね?」
「そうだよ」
「知っていたんだな。あいつが消えたのと、三国が君と出会ったのは同時期だったのだが」
「そりゃあ、三坂博士は生霊と鉱石に関する研究の第一人者ですから。有名な方ではないですか」
「酷い意味でな」
「最悪な意味でね」
「お二人とも、三坂博士に厳しくないですか・・・?」
二人の反応は至極まともなものだったりする
三坂紳也はよく言えば自由奔放。悪く言えば自分勝手だ
三国は特に振り回されることが多かったし、一月も一週間ほど不眠状態で実験に付き合わされたりした
天才ゆえの奔放っぷりに翻弄されていた二人は正直いなくなってくれてよかったと思っている
「そういえば、一月」
「なんだ?」
「君さ、二年間サボってたんだよね?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「・・・何に対する研究成果を上層部に報告するの?」
「僕だって二年間、ただサボっていたわけではない」
一月は車椅子の上で溜息を吐く
「じゃあ何をしてたのさ。身に着けるだけで老廃物を除去する布に関する書類は二年前に引きこもる前に提出しただろう?」
「君が毒薬をぶちまけた布な。あれのお陰で風呂に入らずに済んだのに・・・新たに作らなければならないじゃないか」
「・・・風呂なら僕が入れてあげるからあんなものに頼らないでほしいんだけど。さらに自堕落になるよ。せめてお風呂には入りなさい」
「うるさいぞ三国ママ」
「誰かお母さんだ!紳也も一月も僕の事本当に母親にしたがるよね!?」
「三国はお母さんだ。ご飯も美味しいし、掃除もしてくれるし、風呂にも入れてくれるし」
「それもうペットの飼い主では?」
「・・・言わないでくれ、浩二」
三国は両手で顔を抑えて落ち込んだので、浩二は車椅子を押すのを代わる
そして三人は何事もなく進み続ける
「むしろ十六夜博士は何にもできませんよね。発明以外」
「不必要なことを切り捨てているだけだ」
「生活必需の行為を切り捨ててはいけないと思うのですが・・・」
浩二の呆れも一月には届かない
「まあいいや。どうせ何を言っても無駄でしょうし。それで、今日は何を発表するんですか?」
「聞いて驚くなよ?」
「驚きますよ。いつも突拍子もないものを持ってくるので・・・なんですか?」
「今回は君らお待ちかねの生霊の解剖図だ」
それを聞いた浩二と三国の表情が固まる
「いま、なんて」
「生霊の解剖図だ。何度も言わせるな」
一月の声は廊下中に響き渡る
周囲の研究者にも聞こえていることに二人は瞬時に気が付く
三国と浩二は互いに目配せをする
二人の考えは一緒
一月の発言に興味を抱いた研究者たちの合間を抜け、三人は三国の根城である白箱第四執務室まで駆けて行った
これ以上の、追及は時間の浪費であり
そして、厄介ごとの始まりとなるから