2:箱の淵で生きた三人は
三国から風呂に連行されてから数時間後。
「ほら見てくれ浩二。ピカピカだろう?」
「うわ…見違えて見えますね」
髪型を整えられ、血色がよくみえるように化粧を施された。
いつもの衣服に着替えさせられ、ぶかぶかの白衣を着込む。
一月さんは俺の押す車椅子に揺られながら、やっと逃げられないと理解し、研究発表用の資料を確認していた。
「野良犬を洗ってる気分だった…白衣もありがとうね」
「はい!アイロンもしっかりかけていますよ」
「助かるよ。本当に浩二は至れり尽くせりだね。一月、何か言うことあるよね?」
「…ありがとう、ございます」
「もう少し誠意を見せなよ…」
「三国さん、育児お疲れ様です」
「ありがとう。本当に手がかかる妹分で困ったものだよ」
一月さんの態度を三国さんは窘めつつ、彼らは廊下を進んでいく。
「しかし、あんなに隈なく見られたんだ…責任取れよ」
「いつものことだろう。」
「え、十六夜博士は三国さんが普段お風呂に入れていたんですか?」
俺は二人の顔を交互に見る
一月さんと三国さんは腐れ縁であり、この研究所の中では付き合いが長い存在の為に距離が近いだけかと思っていた。
仲はあまり良くないけど、他人と付き合わされるぐらいなら互いで我慢するぐらいの好感度。
実際、それが正解だったのだが…当時の俺は別の方向で思考を巡らせて元々正解していた関係性から外れた答えを出してしまう。
「も、もしかして…仲が悪いのはカモフラージュ…!」
「「そんなわけあるか」」
「で、ですよね…」
「今回は特別だよ。普段は介護ロボがあるはずなんだけど…」
「二年で壊れたし、あれは水に弱い」
「フルで使ってたんですね…」
介護ロボは、二年前に一月さんが引きこもるキッカケになった発明品だ。
介護ロボはその名の通り、使用者の命を守るために生活を補助してくれる「機械のお手伝いさん」みたいな存在。
毎日フルで使っていたこともあり、二年の時を得て壊れてしまっているようだ。
もう一つは体の老廃物を除去し綺麗にする布なのだが、こちらも先ほど三国が毒薬をかけてダメにしてしまっている。
この二つを生み出したことで、一月は研究成果が認められて二年間引きこもっていたのだ。
「それで…なんで三国さんが十六夜博士のお風呂担当に?」
「小さい頃から僕らは一緒に育ったんだ」
「…「廃棄区域」でな」
「え。廃棄区域…」
一月さんと三国さんは俺の問いに無言で頷いた。
しかし、俺は…。
「廃棄区域って…なんですか?」
俺の言葉に、一月さんは溜息を吐く。
三国さんもまた複雑そうに笑みを浮かべていた。
それもそうだろう。ここまで無知だとは二人も思っていなかったようだから。
「君…それも知らずに生きてたのかよ」
「普通の人は知ることはないもんね…」
「せっかくなので、廃棄区域のことを教えてくれますか?」
「…わかった。車椅子は三国が押せ。浩二はメモ」
「え…」
俺は指名された三国さんを見る。
三国さんは「今回は仕方ない」と言わんばかりに肩を下ろし、笑みを浮かべる。
「今回ばかりはしょうがないね。浩二、君はこの世界の裏の事を知っておいた方がいい」
「わ、わかりました」
三国さんが押すのを代わり、一月さんは、俺がメモを取り出したことを確認してから口を開く。
「…僕たちが住んでいる地下都市…「第三白箱」は三つの区画に分かれている」
「まずは中央区画「核」。この研究所を含めた主要の公的機関はすべてここに集まっているな」
「次に一般居住区画「積」。浩二、ここが君の住んでいた区画になる」
「商業施設はすべて「積」に集合しているね」
三国さんの補足も含めて、俺はメモを取っていく。
俺が住んでいた場所は積だったらしい。知らなかったな。
「そして、かつての僕たちが住んでいた廃棄区画こと「淵」。本当に何もない無法地帯だ」
「…お二人は、そんなところで出会ったんですか」
「僕と三国だけではない、紳也も…あそこの出身だ」
「え!?あの三坂紳也博士も?」
「うん。紳也と三人で発明品を作って、僕らはこの研究所に足を踏み入れたから」
「…」
俺はただ茫然と二人を見つめる。
俺を研究所に誘ってくれた五ノ井三国。
五ノ井と言えば、この白箱に住まう者なら誰もが知っている有名な一族だ。
浩二を研究所に引き込んだ十六夜一月。
彼女もまた「箱庭の天才」とこの研究所で呼ばれ、数々の功績を成し遂げている。
そしてこの研究所で「狂気の天才」と呼ばれた三坂紳也という青年。
この世界で最も世界を救う可能性を持つ天才と言われるほどの功績を持つ。
そんな三人が育った場所が廃棄区画のような無法地帯とは、どうしても信じられない。
まだ三坂紳也と一月さんは信じてもいいが…三国さんだけは「あの家の子供」という先行知識が勝っているため信じることはできなかった。
けれど、きっと彼は五ノ井のことを指摘したら…怒ることはないだろうが、気分は良くないだろう。
何も言わない方がいいと感じた俺は、そのまま一月さんと三国さんの話を聞くことにした。
「僕と紳也は物心ついた時には廃棄区画に住んでいた。三国は少し事情があって…確か九歳の時に廃棄区画に流れ着いた。」
「対して僕らが一月と出会ったのは、まだこの子が胎児だった時だよ。僕と出会ったのは正確には、一月じゃなくて一月のお母さん」
「胎児…え、産まれる前から!?」
俺は驚いているが、一月さんと三国さんの年齢差を考えれば妥当なところではある。
当時、一月さんは十五歳。三国さんは二十四歳である。ちなみに俺は十七歳だ。
一月さんと三国さんは丁度九歳差…三国さんが家の事情で廃棄区画に来た時と、三坂紳也に拾われた時、そして一月さんの母親と出会い、胎児の一月さんに出会ったのは同時期になっても問題はない。
「僕の母親はその一年後に死んだから、どんな人だったか僕自身は何も知らない」
「じゃあ、十六夜博士は…」
「僕は三国と紳也に育てられた…」
「へえ…それに、胎児時代からとなると、三国さんは」
「ああ、三国たちは僕の母親を知っている」
「三国さん、十六夜博士のお母さんってどんな人だったんですか!?」
「ええっと…そうだな。綺麗な人だったんだけど、一月には似てないな。一月は多分父親似なんだと思う」
「…」
三国さんの語りを俺が興奮気味に聞くのに対して、一月は無言を貫く。
一月さん自身も両親のことは気になったことがあるそうだ。
なんせ自分のルーツだ。知っておいた方が何かと便利になることもあるかと思ったらしい。
しかし、彼女は「知らなければよかった」と後に語っていた。
「僕の母親は娼婦だ。父親は知らない」
「そうなんですか…すみません。なんか…言いにくかったですよね」
「気にしていない。どうせ、いつかはわかる事だったんだ」
一月さんは前を向いたままそう告げた。
俺も何か触れてはいけないことを聞いてしまった罪悪感で俯く。
三国さんはそれに気が付いて、俺の肩を叩いてくれた。
「浩二」
「何ですか、三国さん」
「メモを貸してくれる?」
「わかりました。車椅子押すの、代わります」
三国さんは車椅子から手を放し、代わりに俺が車椅子を押し始める。
メモを受け取った三国さんは、そこに補足を加えた。
この話にはまだ続きがあるから。
俺にこの話を聞いたことを後悔してほしくない三国さんは、その続きをメモに書いて俺に渡してくれた。
「また変わるよ」
「え、あ…はい」
再び三国さんと入れ替わる。
手持ち無沙汰になった俺は、三国さんが記載した補足を読む。
「これ…!」
メモに記載されていたのは、今の時代では意外がられる話ばかりだった。
『一月のお母さん…鈴音さんは、一月を堕胎しろって言う周囲の声を振り払うことができる人だったよ。僕はあの場所で出会った、最も強い人だと思った』
それだけではない。補足にはまだ続きがある。
『九歳児が聞く話じゃなかったんだけど、鈴音さんはあえて避妊しなかったと聞いた』
『理由を聞いたら、あの人を…一月のお父さんをどうしようもなく好きになってしまったからって。一月のお父さんも同じだったみたいで、鈴音さんの提案を受け入れた』
『一月の名前の由来は、凄い偶然だけどお父さんと同じ誕生日なんだってさ。一月一日生まれ…きっと二人は一月に何か縁があるんだろうって、一月になった』
『二人が内密にやりとりをする際、箱庭に浮かぶ人工月の模様を用いていたのも理由らしいよ』
三国の補足を読み終わった浩二は半泣き状態だった。
今の時代、こんな恋愛はめったに見ない。
確実な子孫繁栄のため、政略結婚か見合い婚をさせられるのが当たり前なのだ。
…自由恋愛なんて夢のまた夢。
自分の両親もそうだと聞いた。自分だって、そうなった。
おそらく三国さんの両親もそれに当てはまる話だ。この世界に、自由はない。
「十六夜博士ぇ…!きっとご両親は博士のことを待ち望んでましたよ…!」
「ん、あ!?浩二?!おい三国!あの事浩二に教えたな!?」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
俺の反応で、一月さんは自分の生まれるまでの両親のことを三国さんが教えたことに勘づいた。
「…父親のことは言ってないよな」
「言うわけない。言えない…絶対に」
「わかっているならいい。僕もあの男に関わるのは嫌だ。本当に母を愛していたかすら怪しい男…浩二が知ったら会わせられる」
一月さんと三国さんは、一月さんの父親に当たる男の名前を知っている。
三国さんが鈴音さんから「自分の身に何かあった時、頼れる人だから」と一月の父親を聞き及んでいたからだ。
このことは紳也に話さず、二人の秘密にした。
紳也に話すと、ろくなことにならないなと二人は感じ取ったからだ。
それに一月の父親はこの「第三白箱」でも重要な立ち位置についている男だった。
あまり多くの人に話さない方がいいと二人は決めて、秘密にしたのだ。
そして二人は廃棄区画を出て研究所に住むようになってから、ふとこの話を思い出した。
好奇心で、父親の家に出向いた。
そこにいたのは、機械のように働く男の姿だった。
時間に忠実で、家に帰っても…妻子には目を向けず、自室で一人食事を摂る。
そんな人物が、母をどうしようもなく好きになったとは一月は信じられなかった。
嬉しそうに、そして懐かしむように語る鈴音さんを知る三国さんも信じられず、茫然と彼を見たらしい。
「…そうだね」
「僕が彼に会うのは…公的な時だけだ。私的な用であの男には関わらない」
「僕もそう思う。彼と関わるのは…遠慮したい」
「お二人とも、どうかしたんですか?」
表情を窺うように俺は二人に問いかける。
二人はいつも通りの表情を浮かべて「なんでもない」と口を揃えた。
「お二人は本当に仲がいいですよね」
「全然だと言っているだろう」
「やはり、本当は…二人は仲が良くて、この対応は照れ隠しで…裏ではいちゃついてたり…!お風呂に入れる仲ですもんね…!」
「そんなわけないよ」
「そんなわけあるか。僕だって好き好んでこの男に肌を見せてるわけじゃない。服を脱がしてくるんだ!綺麗にするからという名目でな!」
「その骨の浮き出た貧相な身体をどうにかしてから言ってくれる…?そんな体に興味は微塵もないんだ」
三国が吐き捨てるように言うと、浩二はその発現をメモに取る
その光景を見ていた一月は笑いを堪えようとするが、我慢できずに吹き出してしまった
「つまり、三国さんは豊満な女性が好きだと」
「浩二、何か言った?」
「いえ…何も。しかし博士も三国さんも浮ついた話の一つもないですよね」
「僕も一月も引き取り手がいないんだ」
「…三国さんは色々あるからしょうがないとして、博士は?」
「まだ一月は十五だから、成人は来年なんだよ。まだ結婚できないからそう言う話はあまり来ない。法律で未成年に親の許可なく見合いを持ちかけるのは犯罪だと決まっているから…なかなか手が出せないみたいだよ。父親は生きているから」
「なるほど…」
「最悪、名前も初めて知るような奴を宛がわれるのも嫌だから、三国でも適当に捕まえておこうとも思っている」
「上層部は面白いことになりそうだよね。血を絶やしたい僕と血を残したい一月…どっちを取るか派閥が分かれそう」
「それなんだよなあ…絶対面白いことになるから、君は第一候補に入れてるんだよ」
「それに、一月は忘れちゃいけない男がいるだろう?」
「なんだよ」
「君を貰ってくれそうなのは紳也しかいないじゃないか。紳也と結婚しようが面白いことになるのは明白だよ…主に上層部」
「え、やだよあんなの。命が何個あっても足りないって。それにあの男も、今はどこにいるかわからない」
「生きてはいると思うけれどね」
「案外しぶといからな。宇宙生物ゴキキンみたいに」
「ブラックさんと一緒にするなんて、さすがにブラックさんが可哀そうだよ」
「お二人ともゴキ〇リのこと伏せるんですね…」
「だってキモイし」
「だって不潔だし」
「「と、いうかその名前を出さないでもらえる」」
「お二人とも本当に仲良しですよね!?そういえば、紳也さんって…お二人の同期なんですよね?」
「そうだよ」
「知っていたんだな。あいつが消えたのと、三国が君と出会ったのは同時期だったのだが」
「そりゃあ、三坂博士は生霊と鉱石に関する研究の第一人者ですから。有名な方ではないですか」
「酷い意味でな」
「最悪な意味でね」
「お二人とも、三坂博士に厳しくないですか…?」
二人の反応は至極まともなものだったりする。
三坂紳也はよく言えば自由奔放。悪く言えば自分勝手だ。
三国さんは特に振り回されることが多かったし、一月さんも一週間ほど不眠状態で実験に付き合わされたりした。
天才ゆえの奔放っぷりに翻弄されていた二人は正直いなくなってくれてよかったと思っている。
「そういえば、一月」
「なんだ?」
「君さ、二年間サボってたんだよね?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「…何に対する研究成果を上層部に報告するの?」
「僕だって二年間、ただサボっていたわけではない」
一月さんは車椅子の上で溜息を吐く。
彼女は自信満々に笑っていた。よほどサボった分を巻き返せる自信があるらしい。
「じゃあ何をしてたのさ。身に着けるだけで老廃物を除去する布に関する書類は二年前に引きこもる前に提出しただろう?」
「君が毒薬をぶちまけた布な。あれのお陰で風呂に入らずに済んだのに・・・新たに作らなければならないじゃないか」
「風呂なら僕が入れてあげるからあんなものに頼らないでほしいんだけど。さらに自堕落になるよ。せめてお風呂には入りなさい」
「うるさいぞ三国ママ」
「誰かお母さんだ!紳也も一月も僕の事本当に母親にしたがるよね!?」
「三国はお母さんだ。ご飯も美味しいし、掃除もしてくれるし、風呂にも入れてくれるし」
「それもうペットの飼い主では?」
「…言わないでくれ、浩二」
三国さんは両手で顔を抑えて落ち込んだので、浩二は車椅子を押すのを代わる。
そして三人は何事もなく進み続ける。
「むしろ十六夜博士は何にもできませんよね。発明以外」
「不必要なことを切り捨てているだけだ」
「生活必需の行為を切り捨ててはいけないと思うのですが…」
俺の呆れも一月さんには届かない。
「まあいいや。どうせ何を言っても無駄でしょうし。それで、今日は何を発表するんですか?」
「聞いて驚くなよ?」
「驚きますよ。いつも突拍子もないものを持ってくるので…なんですか?」
「今回は君らお待ちかねの生霊の解剖図だ」
それを聞いた俺と三国さんの表情が固まる。
騒がしかった周囲もまた、静まりかえっていた。
「いま、なんて」
「生霊の解剖図だ。何度も言わせるな」
一月さんの声は廊下中に響き渡る。
周囲の研究者にも聞こえていることに二人は瞬時に気が付く。
俺と三国さんは互いに目配せをする。
二人の考えは一緒、
一月さんの発言に興味を抱いた研究者たちの合間を抜け、俺たちは三国さんの根城である白箱第四執務室まで駆けて行った。
これ以上の、追及は時間の浪費であり。
そして、厄介ごとの始まりとなるから。




