13:暖かな食卓
お兄さんが作ってくれたシチューをそれぞれに分け、食していく
しかしこの狭い空間
いやでも、他の人物たちの動きが見えるわけで・・・
「雨葉、熱いからフーフーしてくれ」
「俺のも俺のも」
「・・・博士も理一郎も、それぐらい自分でやってくださいよ。ふう、ふう」
一月と新たにあの子の道具になった理一郎は揃ってお兄さんに甘え始める
一月は猫舌だから熱いものが食べられない。隣にいる彼もまた、同じらしい
文句は言いつつも、お兄さんは一月に甘いので一月の分はきちんと指示通りにふうふうし始める
理一郎の分は、無反応のようだ
「なあ、雨葉」
「自分でしろ」
「・・・しゅん」
包帯で浮かせた皿を、お兄さんの方に差し出しながら再度確認すると、容赦ない眼光が理一郎を襲う
何を言っても無駄だと悟った彼は、一人寂しくシチューに息を吹きかけ始めた
「ほら、博士。これでいかがでしょう」
「む。では次は」
そう言いながら一月が差し出したのはスプーン
同じように様子を伺っていた浩二も僕も、ここから先のことが一瞬で読めた
「食べさせてくれ」
「はいはい・・・」
お兄さんは本当に一月に甘い
隣に腰掛けて、一月の皿からシチューをスプーンで掬う
それからもう一度、冷ますために息を吹きかけて、雛鳥のように口を開けている一月に運んでいく
「ほら、あーん」
「あーー・・・んぐ。これはやはり美味なり。もっともっと」
「口調変わってますよ。ほら、次は玉ねぎさんが一緒ですからね」
「ぬ・・・野菜は」
「好き嫌いは良くありません。ちゃんと食べてください」
「ぬぅー・・・」
険しい顔をしているが、それでも運ばれたそれを一月は咀嚼する
「・・・普通だ」
「当然です。次は人参さんです。ちゃんと煮込んでありますから、美味しいですよ」
「ぬぅぅぅ!」
何度も運ばれる野菜を、普段の彼女なら拒絶していただろう
しかし今回はあのお兄さんのお手製シチュー
自分でおねだりしたこともあり、お残しをする気はないらしい
「・・・呻き声は聞こえますが、ちゃんと食べてますね」
「絶対野菜食べない主義な一月が野菜を食べているというのは・・・すごいね」
彼女の偏食に、僕と浩二が困らなかった日はない
野菜は嫌い。果物も嫌い。肉も魚も滅多に手に入らないけれど食べたら胃もたれするから嫌い。米もパンも苦手
栄養なんぞサプリがあれば十分だ。食事は必要ない・・・なんていう一月が食べていること自体レアなのだ
「雨葉さんの生前、三国さんもご存知なんですよね?あの人一体・・・」
「料理人だよ。確か副料理長を担当してたって。核の貴族に専属で料理を提供してた」
流石にどこの・・・とは言えないけれど。少なくとも僕の家ではない
「・・・マジですか。そんな人の料理なんですね、これ。ただのシチューが輝いて見えてきました」
「そうだよ。味わっておきなさい。なかなか食べられないものだろうから」
「でしょうね・・・」
この世界に食材らしいものは滅多に存在しない
食事だって、科学の力で作られた一日分の栄養が補給できる「栄養食」がメイン
味はあるけれど、食事をしたという実感が湧かない代物だ
一月の部屋に野菜の類があったのは、おそらく人工ポットの実験で作ったものだろう。こう言うの好きだから、きっとそうだ
この世界は基本的に土壌が汚染されている
その為、野菜をはじめとする作物は基本的に人工的に作られたポットの中で栽培されている
もっとも、規模が小さいから部屋の中で育てられる反面、大量生産には向かない欠点がある
その為、ほとんどのポットが栄養食のベースになる小麦を中心に育てる為・・・栄養食で補える栄養素を持つ野菜は生産順度が低く、滅多に育てられない為、高級食品として扱われている
その為、この世界では基本的に三食全て栄養食と呼ばれる小麦バーが登場する
簡素で、それでいて味がほとんどない・・・正直、美味しくはない
ただ、浩二は基本的にこれのようで違和感を抱くことはなかった
しかし僕や一月はそういう食事を知っているからこの栄養食で済ませる食事は非常に辛かった
こうしたシチューのように手間隙かけて作る料理は貴族食なんて言われるような、核の人間しか食べられないような代物だ
核の中で食材を変えるようになったから僕らでも作れはするようになったけれど、お兄さんのように上手く作る自信はない
「・・・しかし、料理人って「数ノ家」の専属ですよね。そこの副料理長ってかなりすごいのでは?」
「そうだ。そこの当主にも味を気に入られて、当主専属の料理人をしたりしていたこともある。料理長の怒りを買って祝いの席とかの調理には携わることができなかったみたいだが」
シチューを咀嚼しながら浩二の疑問に一月が答える
「一月さん、雨葉さんがどの家に仕えていたかご存知なんですか」
「知ってはいるが、少なくとも数ノ家とだけ。一ノ宮と五ノ井ではないことは言っておく」
あの家を庇う代わりに、とんでもない爆弾を落としてくれたものだ
数ノ家というのは、この白箱の基礎を造ったとされる五つの家だ
それぞれ名字に数と何らかの形で「の」が入っているのでそう呼ばれている
一月の父親の生家である「一ノ宮」
「二野沢」に「三ノ久」・・・「四乃原」
そして、僕の生家であり今は亡き「五ノ井」の五つで構成されていた
今は、四つの家で構成されているものになっているが
十七年前、僕が廃棄区画に流れ着くことになったあの事件で、僕以外の五ノ井は死に絶えた
「・・・」
「三国さん?」
思い出したくないことを思い出し、少しだけ何か違ったのだろうか
浩二が不安そうに声をかけてくる
そんな彼を安心させるようにいつもの笑みを浮かべつつ、話を逸らすために声を出す
「何でもないよ。雨葉さん、おいしかったです。もう食べ終わっちゃいました」
「ありがとうございます。おかわりありますよ。どうされますか?」
「あるんですか?頂きます」
「ほら、博士。一人で食べてください」
「ぬ」
「返事は「はい」でしょう?」
「・・・はい」
一月が言うことを聞く姿は、今まで苦労させられた身からすると若干複雑だが・・・
彼女にとって黒笠天羽という人物がどこまで大きい存在なのか、その行動で理解できた
・・・・・
鍋が空になった頃
食器を洗い場に浸けに行ったお兄さんが戻ってきて、もう一度席に座り直したら本題に入っていく
まずはお兄さんと一月さんが合流するまで何をしていたか
そして僕たちからは別れた後の動向
それを話し終えた後、今後のことを決める話し合いに移っていった
「さて、これからどうする」
「まずは、他の人造生霊を探しに行って見るべきでは?雨葉、理一郎、銀と御風だったか。四人を除いてあと六人いるんだろう?あれに登るとなると、それなりの人員が必要だからな」
一月の意見はもっともだろう
紳也がお兄さんたち人造生霊を寄越したのは、生霊の柱と呼ばれる塔に登る為だ
外に蔓延る生霊を倒しながら、あの空に伸びる塔を登る
かなりの人員と戦闘力が要求されるのは明白
それに今いる三人だけで挑もうなんて無謀なことは絶対に考えられない
行ったところで待つのは死。全滅だ
「雨葉さんを追った時みたいに、うっすらと反応がわかれば・・・見つけられるんじゃない?」
「私たちをレーダーに、他の人造生霊を探す。いいと思う。私は賛成」
浩二の意見にまずは銀が賛同する
「でも、集めたところで状況は変わる?」
「あまり。でも、道具の中には戦えそうな子もいるし、所有者と道具の考え方で左右されるかも。でも、一番は・・・」
僕と一月を一瞥した後、銀はゆっくり告げていく
「・・・聞いた話によると、雨葉が目覚めて、私たちが目覚める前、離脱した三坂さんは、外套・・・杏を使った。これは間違いない?」
「・・・うん。間違いないよ」
「じゃあ、三坂さんは杏と契約が済んでいる。私たちのレーダーに杏が引っかかって・・・そのまま三坂さんに会える可能性が少なからず存在している」
その言葉に、僕ら三人は息を飲む
彼らを作り、明確な目的を持って寄越した紳也に会えば、何かわかることがあるかもしれないから
「・・・ひとまず、情報収集が先だな。所有者に人造生霊を与えられた経緯を聞きつつ、協力を仰ぎ、塔へ挑む人員を確保する。これが僕らに今できることだと思う」
「彼女の言うとおり。三坂さんに会えるのは、低確率だけどその可能性があるとだけ、頭の片隅に置いておいて欲しいぐらい・・・かな?」
「でも、全員で同じ場所に行くのは効率悪いですよね。バラバラに動いた方がいいのでは?」
「わかってるじゃねえか浩二。流石にこの二人におんぶに抱っこのままじゃいけないことは理解してるんだな」
「うるさい・・・!」
話はどんどん動いていく
その流れに耳を傾けながら、僕らは今後の方針を固めていった