12:暖かな食卓
雨葉さんが作ってくれたシチューをそれぞれに分け、食していく。
しかしこの狭い空間。
嫌でも、他の人物たちの動きが見えるわけで…。
「雨葉、熱いからフーフーしてくれ」
「俺のも俺のも」
「…博士も理一郎も、それぐらい自分でやってくださいよ。ふう、ふう」
一月さんと新たに彼女の道具になった理一郎さんは揃って雨葉さんに甘え始める。
一月さんは猫舌だから熱いものが食べられない。隣にいる彼もまた、同じらしい。
文句は言いつつも、雨葉さんは一月さんには甘いので、彼女の分はきちんと指示通りにふうふうし始める。
…理一郎さんの分は、無反応のようだ
「なあ、雨葉」
「自分でしてください」
「…しゅん」
包帯で浮かせた皿を、雨葉さんの方に差し出しながら再度確認すると、容赦ない眼光が理一郎さんを襲う。
何を言っても無駄だと悟った彼は、一人寂しくシチューに息を吹きかけ始めた。
「ほら、博士。これでいかがでしょう」
「む。では次は」
そう言いながら一月さんが差し出したのはスプーン。
同じように様子を伺っていた俺も三国さんも、ここから先のことが一瞬で読めた。
「食べさせてくれ」
「はいはい…」
雨葉さんは本当に一月さんに甘い。
隣に腰掛けて、一月さんの皿からシチューをスプーンで掬う。
それからもう一度、冷ますために息を吹きかけて、雛鳥のように口を開けている一月さんへ運んでいく。
「ほら、あーん」
「あーー…んぐ。これはやはり美味なり。もっともっと」
「口調変わってますよ。ほら、次は玉ねぎさんが一緒ですからね」
「ぬ…野菜は」
「好き嫌いは良くありません。ちゃんと食べてください。小さくしていますから」
「ぬぅー…」
険しい顔をしているが、それでも運ばれたそれを一月さんは咀嚼する。
偏食野菜嫌いで名高く、三国さんを物陰で泣かせている一月さんが…野菜を、しかも一番嫌いなタマネギを食べていた。
「…普通だ」
「当然です。次は人参さんです。ちゃんと煮込んでありますから、美味しいですよ」
「ぬぅぅぅっ!」
何度も運ばれる野菜を、普段の彼女なら拒絶していただろう。
しかし今回はもう一生食べれないと思い、焦がれ続けていた雨葉さんお手製シチュー。
自分でおねだりしたこともあり、お残しをする気はないらしい。
「…呻き声は聞こえるけれど、ちゃんと食べているね」
「絶対野菜食べない主義な一月さんが野菜を食べているというのは…」
「…お兄さんは元々料理人なんだ。貴族の家で、副料理長として働いていたような人だから…腕は確かだと思う」
「あの若さでですか?」
「当時の僕らぐらいの時から料理一筋だったみたい。どういう経緯であの家にいたかまでは、知らないけどね」
彼女の偏食に、面倒を見ている俺達が困らなかった日はない。
野菜は嫌い。果物も嫌い。肉も魚も滅多に手に入らないけれど食べたら胃もたれするから嫌い。米もパンも苦手。
栄養なんぞサプリがあれば十分だ。食事は必要ない…なんていってくる一月さんが「食べていること」自体レアなのだ。
「じゃあこれ、とんでもない代物なんじゃ…」
「そうだよ。味わっておきなさい。なかなか食べられないものだろうから」
「でしょうね…」
この世界に食材らしいものは滅多に存在しない。
食事だって、科学の力で作られた一日分の栄養が補給できる「栄養食」がメイン。
味はあるけれど、食事をしたという実感が湧かない代物だ。
一月さんの部屋に野菜の類があったのは、おそらく人工ポットの実験で作ったものだろう。野菜は嫌いだが、人工プラントを作り上げ、全自動で育てる仕組みを作るのは好きだから…きっとそうだ。
この世界は基本的に土壌が汚染されている。
その為、野菜をはじめとする作物は基本的に人工的に作られたポットの中で栽培されている。
もっとも、規模が小さいから部屋の中で育てられる反面、大量生産には向かない欠点がある。
その為、ほとんどのポットが栄養食のベースになる小麦を中心に育てる為…栄養食で補える栄養素を持つ野菜は生産順度が低く、滅多に育てられない為、高級食品として扱われている。
その為、この世界では基本的に三食全て「栄養食」と呼ばれる小麦バーが登場する。
簡素で、それでいて味がほとんどない…正直、美味しくはない。
俺達は基本的にこればかり。今まで違和感を抱くことはなかった。これが当たり前なのだから当然だ。
しかし、いいところの出身である三国さんや、この食事を知っている一月さんにとっては普通ではない。
美味しい食事を知っているからこそ、栄養食で済ませる食事は非常に辛かった。
二人して見たことのない勢いで食事を摂っていたし、俺もこの日食べたシチューを始め、雨葉さんが作ってくれた食事の全ての味を今でも覚えている。
それほどまでに、彼の食事は至高の一品といえる代物だったのだ。
こうしたシチューのように手間隙かけて作る料理は貴族食なんて言われるような、核の人間しか食べられないような代物だ。
核の中で食材を帰るようになったので、その気になれば今の俺達でも作ることは出来た。
しかし、作れたとしても…彼のように上手く調理を行える自信はない。
「…しかし、料理人がいるような家って…「数ノ家」しかありませんよね。そこの副料理長ってかなりすごいのでは?」
「そうだ。そこの当主にも味を気に入られて、当主専属の料理人をしたりしていたこともある。育ちが育ちだから…料理長の怒りを買って、祝いの席とかの調理には携わることができなかったみたいだが」
シチューを咀嚼しつつ、俺の疑問に一月さんが答える。
「一月さん、雨葉さんがどの家に仕えていたかご存知なんですか?」
「知ってはいるが、少なくとも数ノ家とだけ。一ノ宮と五ノ井ではないことは言っておく」
「五ノ井はともかく、なんで一ノ宮が…?」
「僕の遺伝子上の父親が当主をやっているからな」
「あの鉄仮面の隠し子ぉ!?これがぁ!?」
「これとはなんだこれとは…」
五ノ井に関する話を避けるため、彼女はわざわざとんでもない爆弾を落としてくれた。
数ノ家というのは、この白箱の基礎を造ったとされる五つの家だ。
それぞれ名字に数と何らかの形で「の」が入っているのでそう呼ばれている。
一月さんの父親の生家である「一ノ宮」
「二野沢」に「三ノ久」…「四乃原」
そして、三国さんの生家であり今は亡き「五ノ井」の五つで構成されていた。
今は、四つの家で構成されているものになっているが。
この日の十七年前…三国さんが廃棄区画に流れ着くことになったきっかけ。
四乃原五ノ井襲撃事件で、五ノ井は三国さんを遺し、一族と当時勤めていた使用人全員が殺されている。
「…」
「三国さん?」
思い出したくないことを思い出し、三国さんの表情に影が差す。
俺が声をかけると、不安が滲んでいたのか…そんな俺を安心させるようにいつもの笑みを浮かべつつ、話を逸らすために声を出してくれた。
無理を、させてしまった。
「大丈夫、浩二。何でもないよ。雨葉さん、おいしかったです。もう食べ終わっちゃいました」
「ありがとうございます。おかわりありますよ。どうされますか?」
「あるんですか?頂きます」
「ほら、博士。一人で食べてください」
「ぬ」
「返事は「はい」でしょう?」
「…はい」
一月さんが言うことを聞く姿は、今まで苦労させられた身からすると若干複雑だが…彼女にとって黒笠天羽という人物がどこまで大きい存在なのか、その行動で理解できた。
◇◇
鍋が空になった頃。
食器を洗い場に浸けに行った雨葉さんが戻ってきて、もう一度席に座り直したら…本題に入っていく。
まずは雨葉さんと一月さんが合流するまで何をしていたか。
そして俺たちからは別れた後の動向。
それを話し終えた後、今後のことを決める話し合いに移っていった。
「さて、これからどうしようか」
「まずは、他の人造生霊を探しに行って見るべきでは?雨葉、理一郎、銀と御風だったか。四人を除いてあと六人いるんだろう?あれに登るとなると、それなりの人員が必要だからな」
一月さんの意見はもっともだろう
三坂紳也が雨葉さんたち人造生霊を寄越したのは、生霊の柱と呼ばれる結晶塔に登る為だ。
外に蔓延る生霊を倒しながら、あの空に伸びる塔を登る。
かなりの人員と戦闘力が要求されるのは明白。
それに今いる三人だけで挑もうなんて無謀なことは絶対に考えられない。
行ったところで待つのは死。全滅だ。
「御風。雨葉さんを追った時みたいに、うっすらと反応がわかれば…見つけられるんじゃない?」
「まあ…新入りはまだ薄いから探しにくいけど、他の連中はいけると思うぞ」
「私たちをレーダーに、他の人造生霊を探す。いいと思う。私は賛成」
俺の意見にまずは銀さんが賛同してくれる。
「…でも、集めたところで状況は変わる?」
「あまり。でも、道具の中には戦えそうな子もいるし、所有者と道具の考え方で左右されるかも。でも、一番は…」
三国さんと一月さんを一瞥した後、銀さんはゆっくり告げていく。
「…聞いた話によると、雨葉が目覚めて、私たちが目覚める前、離脱した三坂さんは、外套…杏を使った。これは間違いない?」
「…うん。間違いないよ」
「じゃあ、三坂さんは杏と契約が済んでいる。私たちのレーダーに杏が引っかかって…のまま三坂さんに会える可能性が少なからず存在している。二人は、それを狙って嫌利する?」
その言葉に、俺達三人は息を飲む。
彼らを作り、明確な目的を持って寄越した三坂紳也に会えば、何かわかることがあるかもしれない。
…だけど、二人からしたら複雑な部分もあるだろう。
特に一月さんには…。
「…ひとまず、紳也のことは置いておこう。情報収集を優先し、所有者に人造生霊を与えられた経緯を聞きつつ…協力を仰ぎ、塔へ挑む人員を確保する。これが僕らに今できることだと思う」
「そうですね。でも、全員で同じ場所に行くのは効率悪いですよね。バラバラに動いた方がいいのでは?」
「わかってるじゃねえか浩二。流石にこの二人におんぶに抱っこのままじゃいけないことは理解してるんだな」
「うるさい…!」
話はどんどん動いていく。
その流れに耳を傾けながら、俺達は今後の方針を固めていった。




