11:二番目のリボンタイ
最期の記憶は、虚無だった
真っ白に染まる体を茫然と眺めながら自分の運命を悟った
この手で、何人もの人間を救った
けれど、俺を救うものは誰一人いない
・・・それがとても、憎らしかった
・・・・・
「・・・」
その人物は蓋を開けられて、目覚めることを強要させられたことに非常に不服を覚えつつ、上体を起こす
雪のように白い肌、それと同じぐらい白い髪を持つ青年
若い姿でその髪色というのはあの病で死んだ人間しか持たない特徴
白死の犠牲者だと推測できる彼の特徴はまだまだ存在する
顔と右腕以外を包帯で覆っている彼は、起こした張本人である十字架の少女と視線を合わせた
「目覚めた?理一郎」
「ああ。銀か。久しいな」
「久しぶり。もう立てる?」
「十分目覚めた。もう動き回れるよ」
棺桶から足を出し、他の所有者を見定めるように眺める
あの物腰の柔らかそうな男はダメだな。銀の所有者の気配がする。絶望を知らないもの同士、信じるもの同士お似合いかもな
あの若い小僧は空気が御風と一致している。おそらく御風が主人として気にいるようなやつだ。まだまだ青二才・・・ふさわしくはない
「なあ、銀。俺のご主人様見当たらないんだけど、あの野郎共じゃねえよな?」
「違う。三国は私の。浩二は御風の」
銀が三国を庇うように立ち塞がる
口ではあんなことを言ってはいるが、御風もまた浩二の前に立って庇うように構えていた
「・・・二人とも、警戒してる?」
「・・・じゃあ、あと一人だけど、天羽とご主人様共有なわけ?」
「そうなる」
「なあ、銀。俺と天羽は「特別な人造生霊」だってわかった上でその采配をしたのか?」
「うん。貴方の力が、彼女には必要だと思う。きっと、貴方も気に入る」
「・・・そ。じゃあ早速会わせてくれよ」
雨葉のいる方向に向かって理一郎は歩いていく
その姿を四人は見つめながら、どうなるか静観した
「御風。特別な人造精霊ってどういうこと?」
「聞いた話だと、雨葉は生前の記憶を予め保持していた個体。そして理一郎は途中で生前の記憶を思い出したのにも関わらず自我を保っている個体だとさ」
「確か、思い出したら壊れる・・・だっけ?」
「そう。その前提なのに、唯一壊れなかったのがあの男だ」
「でも、心に暗い闇を飼ってしまった。常に、絶望を憎むようになった。それが理一郎」
「理一郎が好むのは、絶望を知る人間。主人にしたいのもそんな人間。それ以外は、殺されるという絶望を持って処理される」
二人の道具から話を聞いて、三国と浩二はそれぞれ狼狽始める
「そんな道具を一月博士に・・・」
理一郎は雨葉と眠る一月の前に立つ
「天羽。久しいな」
「お久しぶりです、理一郎さん」
「そいつが、お前の?」
「はい」
天羽と名前で呼んだ理由は、二人が特別だから故の関係性があるから
互いに特別だと理解し合い、生前のように接しようと決めたのは少し昔のことだ
「・・・」
膝の上で寝息をたて続ける一月の顔を覗く
姿だけを観察して、彼は一つおかしいことに気が付く
「こいつ、異様に足が細いな」
「っ・・・」
「腕に筋肉がないわけじゃないな。病気というわけでもないし・・・こいつ、足が動かないのか?」
「・・・はい。俺が死んだ時に巻き込まれて、歩行機能に異常が」
「なるほど。歩けないことはない、が、杖の類がないと難しいタイプか。だから俺」
「そうだと思います」
様子を物陰から伺う三国と浩二
理一郎は二人から警戒されているだけあって、感情的になりやすい男かと思いきや、理性は持ち合わせているらしい
もしかして、ここからか・・・と恐る恐る警戒を続けていく
「御風。理一郎さんって生前・・・研究職だったんですか?」
「いや。軍医だって聞いている」
「医者・・・なんだ」
「軍医で白死・・・「あの件」で外に出た一行かい?」
浩二はわりと世間のことに疎い節がある
目覚める前の記憶がない御風もそうだ。それ以前のことは知らないだろう
その可能性を指摘できたのは、三国だけだった
「あたり・・・私はその時、すでに目覚めていたから知っているけれど、酷いよね。軍が編成した調査隊。死んでこいって言ってるだけだったもの」
「軍の調査隊?」
「うん。僕らがまだ廃棄区画にいた時にあった話だから、紳也や一月が調整して作った外に出歩ける薬がまだなかった時代の話。軍が塔の調査を行うために部隊を編成して、向かわせたことがあるんだ」
「・・・それ、完全に死んでこいって」
「そうだよ。今みたいに時間制限付きだけど薬で効果を打ち消すことはできない。白死に侵されるしか、道はなかった。彼らは死を強要されたんだよ」
「・・・そんなの、あっていいんですか」
「貴方は本当に幸せな世界で生きてきたんだね。何も知らずに、大きくなった。でも、この白箱は名前に似合わず真っ黒なの」
震える声でまた一つ白箱の現状を知る浩二を銀が慰める
「・・・本当に、何も知らないんだ」
「いいんじゃねえの。そこの坊ちゃんやあそこで眠る子みたいに現実を知っているよりかは付き合いやすいと俺は思う」
所有者としては認めないと断言していた御風が、浩二の側で語りかける
「お前はまだ何も知らない。何も知らないまま、ここに踏み入れた」
「・・・御風に相応しくないと言われたのも理解できますよ。これじゃあ」
「じゃあ、知れよ。この世界の真実を。何も知らないことを悲観する暇があるのならさ」
「・・・真実」
「そう。お前はこれからこの箱の中に隠された真実を知っていけばいい。それを知った上でお前がどんな答えを出すか・・・いつか、聞かせてみろ」
「・・・はい!」
「よし!ほら、そろそろ起きる頃だから、静かに見守ろうぜ」
浩二と御風の様子を、背後から三国と銀が見守る
「意外と面倒見いいんだね、あの人」
「まあ、あれでも三番目。それに、育て甲斐のある将来有望な人は好きみたいだから、相棒としてもやっていけると思うよ」
「そっか」
三国は安堵しつつも、隣に腰掛ける道具である少女を見る
僕は浩二のように、銀と上手くやっていくことができるのだろうか
そんな不安を、密かに抱いた
「・・・ぬう」
「あ、起きましたか、博士」
そうこう話している間に、一月が目覚めたようで向こう側で動きがある
「おにーさん・・・むう」
「・・・違いますよ。雨葉です。どうしました?」
小動物のように顔を膝に埋めてもごもご動いているらしい
膝を貸している雨葉が気持ち悪そうに青ざめていた
「お前、こいつにお兄さんって呼ばせてんのかよ!」
「ち、ちが・・・!生前の呼び方が・・・!」
「あ、そういう。理解した。ほら、お嬢さん。お嬢さん、意識覚醒させて。ご挨拶させて」
全身に巻いた包帯が緩み、宙に舞い始める
そしてその包帯の先は一月の方に向かって行き、彼女の頬を優しく叩き始めた
「むう!むう!むー!」
「理一郎さん。いっちゃんお疲れなんですから・・・ほら、博士。不機嫌そうに起きちゃったじゃないですか!」
「・・・なんだこの白いの」
寝ぼけた目線を右往左往させながら、一月は状態を起こす
しかしまだ本調子ではない彼女は頭を激しく上下させてしまう。それに見かねた雨葉がベッドから枕を持ってきて、再び横に寝かせる
「変に起こしてごめんなさい」
「雨葉か・・・うん。君の顔を見ているとお腹がすく。なにか用意してもらえるか?」
「ええ。もちろんです。何が食べたいですか?」
「シチュー」
「この時期暑いですよ?でも、御所望なら作ってきますから、もう少し横になっていてくださいね」
「ぬ」
「理一郎さん。今なら話ができると思いますが・・・」
「おう」
「・・・殺したらお前を壊す」
「・・・はい」
怒気を孕んだ声に理一郎は恐縮しつつ、彼が調理器具を求めて移動開始したのを静かに見送った
「・・・?」
そんな二人の様子を、まだ寝ぼけている一月はよだれを垂らして眺めていたことは、長年保護者を務める三国以外は気がついていなかった