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博士の愛した研究  作者: 鳥路
 
1/16

1:二回目の誕生日

培養液に満たされた試験管の中で影が蠢く

その前で白衣に身を包んだ青年は、影の入った試験管に触れた


「・・・痛そ」


影には無数の傷がついていた

普通に生活していればつかないような傷

鞭で打たれたのか、蛇が這いまわっているような痣が全身に広がり

熱した棒でぶたれたのか、痛々しいやけどの跡が背中に渡り

そして胸部に、刃物で刺されたような痕

素体である彼の致命傷になったものだ


傷が酷いのは身体部分だけであり、顔は傷一つない

彼の顔は、青年から見たらどこにでもいるような男の顔だった

しかし注目すべき部分も存在する

現在は瞼に遮られている「それ」

この世界ではよく見る色ではあるが、そうそうお目にかかれない代物である


「廃棄材料になったら、貰おうかな」


それに実験材料として、目は貴重なものだ


「奇跡的に顔に傷はないし、物好きなコレクターに首だけ売るのも考えとこうか。顔は無事だし、買いたいという奴は少なからずいるだろう」


肉体まで欲しいというのなら、内側はすべて貰って、適当なものを詰めて売ろう


「内臓は金になるからすべて貰うとして・・・脳はこの前の分があるし今回はいいか」


青年は試験管の前で楽しそうに告げる

研究だってタダでは行えない

ましてや個人で行える範囲なんて限られている


今は支援者パトロンが何人かいる・・・当然、金持ちの支援者だって指の数じゃ足りないぐらいに

けれど、それでも足りない

足りない部分は定期的にこんな実験で得た内臓を売ったり、外面が美しい遺体は防腐処理を施してその手の趣味を持つ人間に売ったりしている

そのおかげで金は少々ぎりぎりだが・・・大規模な研究が可能だ


青年は、試験管の青年が生還することを祈りつつも・・・死ぬことも祈る

生きれば彼女の出した条件をクリアすることができる

死ねば金になるし、少年にとって「悲願」を達成することにもなる

どちらも「あの子」の為になる・・・


「さあ、どうなる?」


青年は試験管の中を見つめる

すると青年の想いを裏切るように、試験管の中に空気の泡が入り込む

それは、素体に命が吹き込まれた証明であったから


「・・・ははっ」


青年は心底嬉しそうに笑う


「こいつは、久々の逸材じゃないか!」


成功か失敗か

想像以上の成果を出した試験管の中の青年に、少年は母のように微笑んだ

青年は試験管のスイッチを押す

そのスイッチは試験管の機能を停止するものだ

機能が停止した試験管は、培養液を吐き出す

試験管の中にいた青年は試験管の底に座り込んだ


「よお、聞こえているか。実験検体第拾号」

「・・・聞こえています。貴方は何者ですか」


試験管の中にいた青年は、白衣の青年から「実験検体第拾号」と呼ばれた

拾号は青年を睨みながら、まだまだ働いていないはずの頭を動かす


「試験管から出たばかりなのに、話せるのか!」

「はあ・・・?」

「お前は逸材だな!」


青年に抱き着かれた拾号は、戸惑いを隠せない表情で青年の様子を見守る

朧な視線でとらえたその姿は、拾号の記憶の中にあるとある少年の面影が存在した


「・・・事情は後でお話しして頂けますか?」

「もちろんだ!」

「それと、服を頂けませんか」

「恥ずかしいのか」

「と、当然でしょう!?」


拾号は赤面しつつ、青年に抗議を入れる

青年は拾号のその反応すら予想外で、さらに興奮を抑えずに彼に迫る


「お前は奇跡の産物だ!」

「抱き着かないでいただけますか、変態!」

「変態はお前だろう。全裸で過ごしてさ」

「何を言っているんですか!人を露出狂かとか思っているんですか!?これは目が覚めたらこうなっていただけで・・・」

「まあ、ひん剥いたのは俺なんだけどさ!」

「変態は貴方じゃないですか!?」

「ほう、会話まできちんと・・・今までの連中は、すぐに俺に跪いたのにお前は「生前」と同じように動くんだな」


青年は自分が着ていた白衣を拾号に投げる


「まあ、取りあえずはそれを羽織っておけよ」

「・・・わかりました」

「お前は一度死んでいると言ったら信じるか?」

「普通は信じませんね」

「けれど、それが今のお前の身に起こったことだよ」


青年の言葉を聞いて、拾号は考え込む

心当たりがあるのだろう

「お前、生前の記憶があるのか?」

「うっすらと。君は、三坂紳也みさかしんや君ですよね?あの子と、一緒にいた・・・」


青年は拾号の言葉に息を飲んだ

確かに、青年の名前は「三坂紳也」である

そして紳也は拾号の生前と多少面識がある


紳也にとって、拾号は「あの子」を大きく変えた存在だった

憧れも希望もなく、夢なんて抱くことのない傀儡だと思っていたあの子が、拾号の生前であった「彼」と出会ったことで夢を抱き・・・そして死んだ「彼」の夢を受け継いだ


「・・・ああ。そうだよ。俺は三坂紳也。久しぶりですね、お兄さん」


今までの実験体には見られなかった動きに、紳也は興奮を抑えきれない

それは、目の前にいる拾号が「規格外」ということを示している

どこまでも、世界は紳也に優しくない

紳也としては、拾号にあの子の記憶を失っていてほしかったというのが本音なのだから


「俺は生き返ったんですか」


拾号は紳也の白衣に腕を通しながら問う


「そうだな。人造生霊じんそうせいれいとして新たな命をその体に俺が吹き込んだ」

「人造生霊・・・聞いたこともない話ですね」

「俺が作り出した、非人道な実験だからな。あんたはその実験の成功例として再びこの世に命を吹き返した・・・例外を抱えてな」

「・・・そんな事、可能なのですか?」

「ああ。俺ならば可能だ」


「・・・君は今、何をしているんですか?」

「俺?」

「はい。君です」


紳也はどう説明しようかと頭をひねる

なんせ自己紹介なんて覚えている限りでは五年前にしてから一度もしたことがないからだ


「改めまして自己紹介、俺はね、三坂紳也。年は二十五歳。あんたの年齢は抜かした」

「じゃあ、俺が死んでから十年は経過しているということですか・・・」

「そういうことだね。職業は研究者。例の鉱石の研究をしている」

「・・・パージ鉱石のですか」

「ああ。それに生霊の女王様に作られた配下の生霊に関しても」


この世界は、数千年前から二つの驚異に晒されている

一つはパージ鉱石と呼ばれている「呪い」の鉱石だ

これに関する情報は、この世界に生きる誰もが知らなければならない


そしてもう一つは「生霊」と呼ばれる存在である

パージ鉱石で生きることができる「生霊」と呼ばれる種族に関しては、限られたものしか情報を得ていない

人智を超えた力で人々を殺す・・・という程度の知識しか、数千年かかっても得られることはなかった


「・・・お前は自分の名前言えるの?生前の記憶の有無を確認したい。どこまで記憶があるのかもね」

「・・・俺は「・・・・」。かつてさんひさ家の調理師をしていました」


拾号が告げた名前は、生前の彼が名乗っていた通りだ

また、その仕事も紳也の記憶と相違ない


「じゃあ、死因は?」

「覚えています。色々と暴行は受けていますけど・・・死因になったのは胸の傷なので、刺殺ですね」

「じゃあ、あの子の名前は?」

「もちろん。「・・・・・」、君にとっても俺にとっても、凄く大事な子」


拾号は紳也に微笑む

かつてと変わらないその笑顔は、紳也の表情を歪ませるのには十分だった


「早速だが、お前にある任務を与える」


紳也はゆっくりと話し始める

紳也にとって心底憎い拾号は記憶を持ってこの世に舞い戻った

偶然か必然かはわからない

ただ、きっと意味があると思うのだ


「わかりました。俺は、何をしたらいいですか?」


彼は目をこちらに向けて、俺の指示を待つ

これが、拾号と呼ばれる青年の二回目の誕生日

奇しくもそれは、青年の一回目の誕生日と同じ日だった

そしてこの日は

――――――――いつしか、世界を救うはじまりの日となる

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