振り上げられた腕
いつ玄関の扉が開いて、
いつリビングの扉が開かれたんだろう。
テレビの音量は決して大きくなくて、
扉が開く音が聞こえない筈がない。
バカなの、バカじゃない?
心の中の自分が嘲笑う。
京太は当たり前に、乱暴にヒラケイを引き離し、
大きく腕を振りかぶる。
「違うっ、私がっ」
「黙って。」
「でも、私がっ…」
「そうだとしても!黙れって!」
京太が声を荒げたのをはじめて聞いた。
今にもそのまま振り下ろされそうな拳。
指先がどんどん冷たくなっていくのを感じる。
「俺が、無理矢理した事だから。」
そう言い終わるのを待つ前に、
力いっぱい腕を引かれ、
京太の寝室へと引きずられた。
リビングの扉も、寝室の扉も、
耳を押さえたくなる程、大きな音だった。
勢いのまま、ベッドに倒され京太が覆い被さる。
抵抗なんてする気もなかったけど、
きっとそうしないように手首は力の限りで
ベッドへと押さえつけられていた。
唇から、首筋、胸元。
赤い印を消すように、何度も何度もなぞる。
いつもは気にもならなかった、
ベッドのスプリングが耳に焼き付く。
涙さえも出なかった。
京太はことを終えるまで掴んだ手首を離さなかった。
「京太、ごめっ…」
謝る事さえも許されず、私の言葉は遮られる。
「郁、結婚しようか。
次の休みに家探して、
大変だと思うけどなるべく早く引っ越してさ。
細かい事はこれから決めればいいけど、
早い方がいいよな、お互い、若くないしな。」
残酷。本当に私は最低だ。




