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変則的な恋煩い  作者: 青木りよこ
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変則的な恋煩い

佐藤が待ち合わせしたいと言ったので、駅前の井伊直政公の銅像前で待ち合わせとなった。

十時に待ち合わせだと言うのに、今日も早くついてしまったので、恥ずかしい。

すぐ傍のセブンイレブンに入っていようかと思ったが、佐藤が来たとき自分がいなかったら、約束をすっぽかされたと誤解するかもしれないと思い、銅像前から動かなかった。

約束の十分前に佐藤が来た。

俺が見えると嬉しそうに手を振ってくれたが、俺は降り返したりはしない.

俺が三井寺力餅の話をしたからか、佐藤は三井寺に行きたいと言った。

石山駅から彼女の道案内で、三井寺を目指し歩いた。

電車内でもそうだったが、佐藤は最初俺の家に来たとき以外、一緒にいてもあれこれ聞いてきたりしない。

ラインも弁当のことしか言ってこない、驚くべき素っ気なさだ。

見た目が柔らかく、とっつきにくい感じはしないが、意外とクールなのだろうか。

でも友人達といる時、常に聞き役だと言うわけでもないから、ただ単に俺と話したくないだけなのかもしれない。

まあ、俺としても無口が許容されていると言うのは楽だし、有り難い。


三井寺に着くと、佐藤が駐車場にある風月というレストランに入ろうと言いだした。


「昼には少し早くないか?」

「うん、でもお寺全部見てたら、結構時間かかるよ、それに、ここの長寿蕎麦っていうのが、かつおだしがきいててすごく美味しいの、お餅も入ってるんだよ」

「餅か」

「うん、お餅。高峯君好きだって言ってたでしょう、だから、高峯君に食べさせたいと思って」


正月三が日というのは、俺にとって天国だったりする。

お雑煮は美味いし、お節も大好きだ。

おまけに三が日と言うのは部活もないから、何処にも出かけなくていい、堂々と引きこもれることが許された、俺にとってこの世で一番好きな三日間。

俺は餅が好きだし、蕎麦も好きなので、俺にとって食べない理由はなかった。


俺は長寿蕎麦と美味そうだったので、親子丼も食べた。

三井寺は広くて、静かで、あまり人もいないし、騒がしくない空間が最高だった。

仏像の前だと皆無口になるのか、とても静かだったので、俺も遂小声にならざるを得なくなり、ひそひそと近づいて話すのを余儀なくされた。

売店で佐藤がポストカードを見ていた。

遂さっき見て、片足あげてるのが珍しく、佐藤に「これ、面白くないか」と耳打ちした尊星王立像のだった。

俺がポストカードを買って渡すと、きょとんとした顔をしたが、意味を理解したのか、小さな手でそうっと受け取ると、嬉しそうに笑って言った。


「ありがとう、大事にするね」

「別に、たいしたものじゃ」

「机の上に飾っとく、縁起がよさそうだし」

「そう、か」


帰りに三井寺力餅を買い、駅で二人で食べた。

美味かった。

駅に貼ってあったポスターに、三井寺三重塔特別公開十一月十七日から二十六日と書いてあり、佐藤がそれを見ていたが、何も言わなかった。

その夜佐藤から写真が送られてきたが、机の上の兎のぬいぐるみを背もたれにポストカードが立てかけられていて、部屋の様子や、佐藤が今何をしているかがまるで分らない。

佐藤が今、何を考えているのかも。

他人のことを考えるなんてどうかしてる。

あと少し、もう少しで終わる。

コンテストが終わったら、元の他人に戻るのだろうか。

じゃあ、もうあの弁当が食べれないな。

それだけは残念だ。

それだけだ。

コンテストまでいつも通り過ごした。

昼休みに弁当を受け取り、放課後一緒に帰り、ボーナスタイムにスタンプを送り、終われば素っ気ないラインのやり取りをする。

二か月もやれば、それはもう習慣だ。

佐藤司の彼氏扱いされるのにも慣れた。

でも、もう終わりだ。

RPGをクリアしたと思えばいい。

毎日コツコツやって、ラスボスを倒して、エンディングを見る。

翔太はエンディングを見たら、周回しない派だが、俺は周回するし、コンプリートする派だ。

だから引きずるし、一度はまったらそればっかりやるほうだ。

そう、俺は意外と真面目で、思い込みが激しいのだ。


コンテストは優勝できなかった。

見た目だけなら俺達を超えるカップルはいなかったが、ステージで「このコンテストで優勝できたら結婚してください」と叫んだ男がいて、そのカップルが優勝をかっさらっていった。

佐藤は少しも残念そうにしていなくて、優勝カップルがスイッチを受け取るのを笑顔で拍手していて、隣の俺に「良かったね」と耳打ちしたので、俺もアイフォンカード十万円分を特に悔しいと思わなかったので「ああ」とだけ言った。

俺達は参加賞の台所用洗剤を貰い、滋賀デートスポット二十選にも載っていた夢京橋キャッスルロードを無言で並んで歩いていると佐藤が言った。


「最後だから、手繋いじゃ、ダメ?」


俺は隣の佐藤の顔は見なかったが、どんな顔をしているのか見なくてもわかる気がした。

俺は黙って彼女の左手を取り、そのまま歩いた。


「ごめんね、アイフォンカード」

「別に、結婚決まって良かった」

「そうだね」

「それに、見た目だけなら間違いなく優勝だった」

「高峯君はね」

「あんたもだ、あんたは可愛い」

「どうしたの?」

「どうもしていない、本当のことを言っただけだ」

「ありがとう、嬉しい」


佐藤の家の近くに自動販売機がある。

毎日見てはいるが一度も買ったことはなかった。


「コーヒー、飲まないか?」

「え?」

「おごるから」


俺はボスの暖かいのを二つ買って一本を佐藤に渡し、缶を開けるため繋いでいた手を放し、また繋いだ。

暖かくて美味しい。

いつの間にか寒くなっていた。

最初に家に来たとき、佐藤は黒いカーディガンを羽織っていたが、今日は白いダッフルコートを着ている。まだ手袋はしていないため、繋いだ手から直接伝わってくる、体温。

この温度が嫌だったはずなのに。


俺はもう二度も佐藤に言わせてしまっている。

今度は俺から言わなくちゃならない。

なんてことだろう。

イレギュラーすぎる。

こんな展開あるなんて思ってもいなかった。

まるで病だ。

佐藤の左手を掴んでいるから、まるで人質を取っているみたいで、彼女が圧迫感を感じているんじゃないかと思い、手を放そうかと思ったが、ダメだ。

何か掴んでないと持ちそうにない。

今まで告白してくれた女の子達を凄いと思う。

自分よりよっぽど勇気がある。

俺は当たって砕けたくなんかない。

でも、どうしてもこのまま帰らせたくない。

手に入れたい、今日中に。

でも、どうしていいのか見当もつかない。

そもそもどこからだ?

いつからだ?

まあ、それはわかり切っている。

今思うとあれは予言だったのだ。

胃袋を掴まれた。


空き缶を捨て、彼女に何か言われる前に掴まなきゃいけない、手だけじゃなく、全てを。

それには伝えなくてはならない。

何も言わない、察してくれなんて、それは卑怯だろう。

彼女は言ってくれたのだから。


「来月、誕生日だな」

「うん、高峯君もね」

「誕生日、生クリームいっぱい乗せたショートケーキが食べたい」

「え?」


この言い方ではダメだな。

ただの食いしん坊だ。

逃げてはだめだ。

もう一本コーヒーを買おうかとちらりと自販機を見ると、佐藤が口を開いた。


「高峯君、食べるの好きだよね。いつも美味しいって言ってくれるから、作るの楽しかったよ」

「そうか」

「うん、実はね、ご飯の用意するのしんどいなって思ってたんだよ、お仕事お休みの日はお母さんしてくれるけど、部活終わって帰ってからご飯の用意するの面倒だったし、お姉ちゃんはバイトがあるからって逃げるし、妹は受験生だし、頑張って毎日違う物用意してるのに、お姉ちゃんも妹もたまには変わったもの食べたいとかいうし、お父さんは味濃いとか文句言うし、だけど、高峯君が美味しいって言ってくれてから、毎日作るの楽しくて」


ああ、先を越されてしまった。

また言わせるのか、嫌、今日は絶対自分が言う。

今後のために。


「佐藤、俺はあんたに言うことがある」

「えっと、お弁当のこと?」

「まあ、それもあるが、それだけじゃない」


確かに最初は弁当だった。

嫌違うな、シフォンケーキだ。

簡単だと言うけれど、わざわざ作って後片付けするその手間を考えると、自分なら絶対にできない。

だって俺はお湯を沸かすのと急須を洗うのが面倒で、祖母がいない間、ペットボトルのお茶で済ましたのだ。


信じられない程恥ずかしいが、この先に続く佐藤司との日々を考えれば、まあいける。

恥をかくのは一度だけだ。

それに見返りがある。

俺はどうしても、これが欲しい。

佐藤司の弁当を食べられる男が今後俺と彼女の父親以外いるのかとと思うと、地球滅べと思う。

そして地球を滅ばすわけにはいかない。

俺は地球の維持を望む。

佐藤司がいて、彼女が幸福に暮らせる世界の存続を。

そして、その世界での俺の役割は、俺の願いが叶えば、勿論決まっている。


「佐藤、俺はあんたの彼氏になりたい」

「えっと・・・」

「彼氏ってふりじゃないぞ、本物の、ちゃんとした彼氏だ」

「ええっと・・・」

「あんたと付き合いたいと言っている」

「うん、わかるよ、意味は」

「あんたの、返事は?」


佐藤が余りに何も言わなかったので、思わず顔を見ると泣いていた。

どうしていいかわからなかったが、その顔は現在、過去、未来と誰にも見せたくはないと思った。

過去はもう無理なので、あとの二つの時間軸は絶対だ。


「あんたが好きだ」


言えるものだと自分で感心した。

俺は彼女が返事ができるまで、攻撃を続けなくてはならない。

だが、すぐに体力が付きそうだ。

羞恥心より、語彙力の無さで。


「あんたが好きだ。あんたを遂目で追ってしまうし、あんたのことが絶えず気になる。あんたのことばかり考えるし、あんたの声を拾おうとしてしまう、もうこれは病だ」


だから責任取ってくれ。

これは言わない方がいいだろう。

相手のせいにするのは卑怯だ、真っ逆さまに落ちてしまって抜けられなくなったのは俺なのだから。


「それ、治る?」

「治らないだろ、一生。治るようなら、そんなもの最初から罹らない」


佐藤は笑った。

もう目が離せない。

一瞬だって見逃したくない。



「手ね、繋ぎたいなんて、好きじゃなかったら言わないよ」


佐藤がしっかり俺を見ていった。

もう泣いていなかったけど、黒い瞳は潤んでいて、俺はそうっと白い頬に触れた。


「それ、返事?」

「うん、ダメ?」

「嫌、いいと思う」

「何それ?」


佐藤司が俺の手に自分の手を重ねた。

もうこれ以上孤軍奮闘する必要がないことが分かった。

どうやら倒せたらしい。


無事彼氏になれたからといって俺達の生活に特に変わりはなかった。

でも俺はこういう平穏が続くのが好きだ。

周回して強い状態でゲームを続ける。

それには一度ラスボスを倒し、エンディングを見なければならない。

俺はまあ何とかエンディングを見て、ヒロインを無事手に入れた。

ラスボスでヒロイン。

しかもこのヒロイン、どんどん可愛くなっていく。

それを一番近くで見れるんだ。

初めて使ったこともない、勇気を出したから。

勇気の果てに主人公が得たものが、ヒロインとの未来だなんてありきたりすぎだけど。

ゲームは王道が一番なんだ。

そしてヒロインの料理は美味いに限る。

料理で殺人兵器を作るようなキャラ付けをされる気の毒なヒロインがいるが、俺はこの設定が苦手だ。

手作りで食べれもしないようなものを作るくらいなら、お湯だけ沸かしてくれた方がずっといい。

一生懸命の表現だとしてもいただけない。

それなら歩いてスーパーのお総菜売り場で買ってきた料理を並べてくれた方がずうっとマシだし、少なくとも相手のことを考えていると俺は思うし、体力も使っている。

買い物は意外と労力がいるものなのだ。


佐藤にはもう一度、本当に最初俺と付き合うつもりはなかったのかと聞いてみたが、本当になかったらしい。

お互いイレギュラーだったと言うわけか。

成程、上手くできている。

しかも長患いせずに済んだ。

嫌、違う。

現在進行形で、患っている。

予想もしない展開で二つの時間を手に入れたのだから。




















































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