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変則的な恋煩い  作者: 青木りよこ
1/3

顔以外で褒められたことなどない

昼休み同じクラスの女子に声を掛けられ、またかとうんざりした。

この展開は知っている。

おなじみの風景、屋上に連れ出され、さあ、何て言って断るか考える。


俺は顔がいい。

それも半端じゃなくいい。

自慢じゃないと断らない、だって自慢だ。

でも許して欲しい。

俺は生まれてこのかた十七年、顔以外で褒められたことなどないのだから。


本当に面倒だ。

世の中の人間はなんて贅沢だろうと、俺を詰るだろう。

だけど、自分が少しも好意を持っていなくて、少しも好かれようと努力したこともないのに、告白されるってのは、迷惑極まりないと思う。

女子だけじゃない。

男だって恐怖を感じるのだ。

このように、話したこともない女子に人気のない屋上に連れ込まれるというのは。


俺は女子が何か言うのを待った。

自分から何か言うつもりはない。

悪いけど、誰とも付き合う気ないから、俺がそう言い、大人しく引き下がってくれる女子ははっきり言って、とてもいい子だと思う。

腹立たしいのが、諦めるから、せめて好きな人を教えて、誰にも言わないから、とか言い出す女子だ。

かなりの確率で当たる。

何だろう?

告白すると言うのはそんなにエネルギーがいることなのだろうか?

その消費したHPを袖に舌なら回復させろと言うのだろうか。

仮にいたとしても、俺は絶対に話さない。

言うとしたら、本人だけだ。

そんな恥ずかしいこと、名前くらいしか知らない女子に何で言える?

好きな人。

それこそ思春期における究極の個人情報じゃないか。

絶対に嫌だ。


後ものすごく面倒なのが、一週間でいいから付き合ってっていうのだ。

図々しいにも程があるだろ。

俺は今この瞬間ですら嫌なのだ。

それなのに一週間。

冗談いうな。

俺は他人とできるだけ接触したくない、話したくない。

別に潔癖ってわけじゃないし、特別綺麗好きってわけでもないが、俺は人に構われるのが大嫌いなんだ。

休みの日は一日中家にいて、スエット姿のまま、ひたすらゲームをする。

そんな生活でいいんだ。

そんな生活を望んでいるんだ。

その空間に女子などいらない。


こんな俺でも学校生活を円滑に行うための、友人なら一人だけいる。

幼馴染の田中翔太だ。

こいつはお世辞でも褒めることができない性格をした俺の友人でいてくれる、ものすごくいい奴で、俺はこいつ以上のいい奴を見たことがない。

翔太は見た目もいい。

いかにも爽やかで優しい万人受けする、困った人をほっとけないラノベ主人公のような顔をしている腐男子で、俺にラインで延々と推しカプの尊さを送ってくる以外は、完璧な理想の親友だ。

コイツと離れる大学生活が心配だが、俺の母はこう言っていた。

社会人になったら友達と遊んでいる暇なんかないわよ、友達なんかいなくて大丈夫、と。

俺の母親は京大の医学部を出て医者になり、アメリカ留学中に俺を作って帰って来た。

だから、俺は父親を知らない、写真なら見た。

金髪碧眼のやたらとでかい男だった、今後も会うことはないだろう。

母は俺を彦根の実家に預け、東京の大学病院で医師をやっている。

年に一度会うか会わないかだが、そんなことはどうでもいい。

一緒に暮らす祖母は、優しくおおらかで、俺にそう気を遣うでもなく、基本的に放っておいてくれたせいか、俺は自分のことを聞かれるのが大嫌いになった。

翔太といるのが心地いいのは、結局そこだ。

翔太は自分が興味あることをひたすら話してくれるが、俺に何か聞こうとしないし、俺の意見を求めたりしない。

それがいい。

自分のことなんて話したくない。


女子は遂に声を出したが、それは俺が予想していたものと少し違っていた。

彼女は言ったのだ。

俺に、彼氏のふりをしてほしいと。


「どういうことだ?」

「えーっと、そのまんまなんだけど」

「そのまんま?それより、俺はあんたの名前も知らないんだが?」

「えーっ、そこからなの?私達同じクラスだよ」

「話すのは今が初めてだろう?」

「それはそうだけど、もう二学期だよ」

「話したことがないなら、初対面扱いだろ」

「じゃあ、初めまして」

「ああ、初めまして」

「二年一組、佐藤司です」

「二年一組、高峯涼です」

「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

「握手する?」

「するわけないだろ」


俺は佐藤司と名乗った女子を一瞥した。

俺は人の顔を見るのが苦手だ。

見られるのは別に構わない、幼少期からの習慣でもはや慣れた。

田舎だからか、金髪碧眼は珍しく、しかも俺を連れているのが小柄でちんまりとした、丸顔の祖母なのが、それに拍車をかけた。

翔太はその頃からいい奴だったのか、親に言われていたのか、俺の容姿については、何も聞かなかったので、俺から言った。

だから翔太だけは俺の出生を知っている。

俺はすくすくと成長し、見た目だけなら、まるで乙女ゲームに出てくるような王子様キャラみたいな面になってしまい、現在に至っている。

正直告白されすぎて、困っているが実情だが、それでも、彼氏のふりをしてなんて言われたのは初めてだ。

そこからなし崩し的に、既成事実を作り出し、付き合いたいと言う魂胆だろうか。

目の前の佐藤司の小柄な体から信じられないような大きな胸がせり出していた。

こんなド田舎にもいるものなのか。

それとも俺は、まさか二次元世界に迷い込んでしまったのだろか。

俺は思いがけない巨乳キャラの出現に圧迫感を感じた。

彼女とはそこそこ距離があるはずだが、その胸のせいか、凄く近くに感じる。

これだけ胸が出っ張っていたら、陸上選手になったら、有利じゃないだろか。

体より先に胸だけがゴールしてくれる。

俺は一歩後ろに下がった、彼女と距離を取るために。


「あのね、高峯君。ふりでいいの。二か月だけ、お願い」


彼女はその大きな胸の前で両手を合わせた。

その動きで胸がたぷんと揺れたような気がしたが、気のせいだろう、気のせいだ。


「説明しろ、まずはそこからだ」

「聞いてくれるの?」

「聞くだけだ」

「ありがとう、ねえ、座らない?」


彼女はベンチを指さしたが、俺は断固拒絶した。

隣に並んで座ったりしたら、簡単に触れられる距離に彼女を入れることになる。

俺は人に触られるのが大嫌いなんだ。

幼稚園や小学校は地獄だった。

だって、隣の子と手を繋いで歩かなくちゃいけなかったから。

相手が翔太でもこれだけは嫌だ。

まあ、もし翔太だけは手を繋げるとなったら、それはそれで問題だったので良かった。

翔太とは友達でいたい。

社会人になっても、連絡を取り合うのよな友達に。


「あのね、これなの」


彼女は制服のチェックのスカートのポケットから、小さく折りたたまれた紙を俺に手渡すため一歩前に出た。

俺は紙を受け取ると、また一歩後ろに下がった。


「ベストカップルコンテスト」


今まで生きて来て一番冷え切った声が出たと思う。

顔には出なかった。

長年培ってきた習慣は、ちょっとやそっとじゃ俺の整いすぎて引いてしまうと言われるような美貌を崩すことなどできないのだ。


「それにね、高峯君と一緒に出たいの、だから、その日まで彼氏のふりしてくれないかなあ」


彼女は再び大きな胸の前で手を合わせた。

幻覚だろうか、また、ぷるんと揺れた気がした。

はっきり言う、恐い。


チラシにはベストカップルコンテストの日時と会場が書いてある。

十一月二十二日のいい夫婦の日にちなんで、十一月の十八、十九日に開催される彦根市商店街連盟のえびす講のイベントとして今年からやるらしい。

俺はこういう祭りが嫌いだ。

特にこのえびす講は彦根市の小学校に通っていた者なら必ず行っているはずのイベントだ。

低学年が校外学習として毎年行くのだ。

人、人、人。

人間がひしめき合うのだ、狭い道路で。

屋台が沢山出て、小さい子供なら、そう言うのが嬉しいのだろうが、俺は外で物を食べると言うのがどうも好きでなかったので、その場で食べなくてもいいようなものばかり買って、持参した水筒のお茶ばかり飲んでいた。


ベストカップルコンテストの会場は花菖蒲通りの、信用金庫前とある。

あんな狭い所に特設ステージを作って、公開処刑されると言うのか。

そんなことあってたまるか。


「断る」

「えー」

「断られないと思っていたのか?」


随分図々しいな。

顔は確かにそこそこ、まあまあ、嫌、可愛いか。


「ねえ、お願い。高峯君しかいないの、お願い」

「絶対に嫌だ」

「どうして?」

「恥ずかしいだろ、公衆の面前で、恥さらしもいいとこだ」

「恥ずかしいかもしれないけど、一人じゃないし、それに言うでしょ、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って」

「使い方違うだろう。嫌だ、話はそれだけか?」

「うん、それだけ」

「じゃあ、もういいな、俺は帰る」

「ねえちょっと、考えてみて、高峯君にとっても悪い話じゃないから」


何処がだ?

まさか自分が彼女だと友達に自慢できるでしょっていう、あれか。

そうか、この女も相当自分の顔に自信があると言うのか。

だが残念だったな。

俺はこれまで生きて来て、自分以上に顔がいい人間を見たことがない。

勿論男子も女子も、含めてだ。

ただし、二次元は除く。

そこは違うステージだ。

立っている土俵が違うのだから、最初から戦わない。

確かに佐藤司は顔は可愛い方だろう。

それは認める。

だけど、何と言うか、少し美貌が頼りない。

押しが弱い、すぐに倒れてしまいそうに儚い。

可愛いが、余り印象に残らないタイプだ。

俺と並んでも遜色ないとはいいがたい。

少し弱い。


佐藤司が一歩、一歩、俺との距離を詰めてきた。

不味い、もうこれ以上は下がれない。

それが狙いか。

佐藤司の胸だけが先に近づいてくる。

まさか、脅迫する気か。

そんな虫も殺さないようなおとなしい顔をして、この女。


「高峯君、下の方見て」

「は?」


佐藤司がチラシの下を指さす。

チラシの下の方にこう書いてある。

優勝したカップルには任天堂スイッチとアイフォンカード十万円分。


「十万円分?」

「ね?悪い話じゃないでしょ?」

「そうだな」


佐藤司が二歩後ろに下がり、俺から少し離れた。


「私、スイッチ欲しいだけだから、アイフォンカード十万円分は全部高峯君の物だよ、どう?」

「全部」

「うん、これでも。駄目?」


俺の母はそこそこの年収があって、俺はお金に困っていたわけではないのだが、学生の身で、養われている立場だ。

俺が貰ったおこずかいであるわけだが、それはやはり母が毎日頑張って稼いでいる金だ、そうそう無駄遣いはできない。

ましてや、使い道が出るかわからぬソシャゲのガチャに使うなど、流石に心苦しい。

だが、コンテストの賞金なら、俺が自力で稼いだものだ。

十万円だろうが、俺が何の気兼ねもなく使っていいはずだ、嫌使わせてもらう、十万円。


「いいだろう、彼氏のふりをしてやる、ただし、恥をかくからには絶対優勝するぞ」














































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