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vs【溶獄】ゆうせい

「団長っ」

「おうっ」


 俺とシンシアは最前線を駆ける。魔人の有無はまだ分からないけど、作戦は変わらない。

 魔物の群れに衝突する手前で、まずはスライムが四体。正面から襲いかかってきた。


「『神器解放』っ、いつも通りでいいんだよな!」

「はいっ、『錬成』!」


 シンシアは土から剣を一本作成し、俺は盾の神器――アイギスを正面に構える。


「アイギス、拡大っ」


 俺の言葉にアイギスは押し広がるように薄い板となり、俺達と魔物の間に一枚の壁を隔てた。

 そして、俺はアイギスの持ち手の部分を両手で握り締め、前進する。


 アイギスは何者にも破られることはない聖なる盾。

 どんな強力な物理もあらゆる魔法も、他の神器の力ですらこのアイギスは破れない。

 だから、幾度となく魔物が盾にぶつかってきても関係ない。その全てを轢いていくだけだ。


 けれど、全部がそう上手くはいかない。

 今の俺が防げるのは正面だけで、魔物は馬鹿だが学習能力を持っている。そうなると、当然左右からも襲ってくる訳で。


「『錬成』」


 シンシアがさっき作った土剣で地面を削りながらそう叫べば、地面から無数の土剣がぼこぼこと飛び出してくる。


 それから、スキルを使ったのだろう。土剣は左右の魔物達に向かって飛んでいく。

 精度はお世辞にも良いとは言えない。だけど、それを補う物量で次々と魔物は倒されていく。


「団長、この辺りで」

「分かったっ、アイギス!」


 立ち止まり、アイギスを上に掲げる。アイギスは俺達を包むように半球の形に変形する。

 盾の中は密閉空間だから暗闇だ。光が入ってこないから何も見えない。


「シンシア、いるか?」

「はい、攻撃を開始します」


 暗闇にシンシアの瞳が青く灯ると、外から衝撃音と破砕音が聞こえ始めた――。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 テトさんとシンシアさんが真っ先に魔物の波に突っ込み、他の部隊も迎撃を開始する。


「シンとフルミネは俺からあまり離れんな。レティは援護頼む」

「「はいっ」」「ん」


 グラディスさんに続き、僕達も前線に参加する。

 まず、前方に桃色のスライムが五体。大小様々なそれは、こちらに気づいて真っ直ぐに向かってくる。


「そっち三体は任せる」


 グラディスさんはそう言って口から炎を吐く。スライムはそれを2:3で分断するように左右に避けた。


 グラディスさんは左側のスライム二体に向かって正面から向かっていく。

 僕とフルミネは彼の指示に従い、右側のスライム三体に向かって突っ込む。


「『雷撃』っ」


 フルミネは一体のスライムに向かって放った緑雷はは、小さな核を見事に撃ち砕く。

 僕も右手で刀の柄を持ち、残るスライムの片方に向かって斬りかかる。


「はあっ!」


 魔力を込めて抜刀すると、勢いよく引き抜かれた刀はスライムを切り裂く。

 しかし、核を掠めただけで魔物を倒すまでには至らなかった。


「『左腕:ワイヤー』!」


 そのミスをカバーするように、銀色のワイヤーが核を的確に貫く。

 僕はフルミネに心の中で感謝しながら、抜刀したまま三体目に斬りかかる。


「ふっ」


 スライムが真っ直ぐに僕に向かってきたので、僕は型も考えずにただ上から剣を振り下ろす。

 すると、今度は核の中心を上手く切ることができ、スライムは跡形もなく消えていった。


「シン、今わざと帯刀しなかっただろ」

「……こっちの方が慣れてるので」


 魔物を倒し終えたのか、こちらに戻ってきたグラディスさんに小言を言われる。


 ――この世界の刀の振り方である『竜式』はその全てが抜刀術であり、それを生かすために特別な鞘が用いられる。

 彼の小言の理由もこれで、一振りごとに帯刀するのが基本と教わった。正直、面倒臭いし振りにくい。


「まあいい。次行くぞ」


 そう言うや否や、グラディスさんは次の標的(スライム)に向かって斬りかかる。


「『竜式:()(エン)』」


 グラディスさんはその場で、何故か空を切るように一拍早く抜刀した。

 スライム達は当然、そのまま彼に飛びかかる。


 すると、グラディスさんが刀を振るった軌跡が燃え上がるように発火し、スライムは炎に包まれた。


「すご……」

「シンっ」


 フルミネの声に後ろを振り向くと、スライムが僕の眼前に迫っていた。


 ――あ、これ駄目だ。避けられない。


 そう思った矢先、スライムは横から何かに核を撃ち抜かれて消えていく。

 右を見れば、ゴーグルを着けたレティが長銃を構えていた。どうやら彼女が助けてくれたようだ。


「気ぃ抜きすぎだ馬鹿野郎」

「いたっ……すみません」


 戻ってきたグラディスさんに軽い拳骨を受ける。

 でも、今のは一瞬でも気を緩めた僕が悪い。レティの援護がなかったらと思うと、ゾッとする。


「し、シン、大丈夫っ!?」

「ああ、うん。レティのおかげで平気」


 駆け寄ってくるフルミネの顔色も悪くない。『溶獄』の作り出した魔物でも、本人でなければ大丈夫のようだ。

 ……そして、今、この短い戦闘だけでも十分理解できた。


 ――僕が一番の足手まといだということが。




 ▼ ▼ ▼ ▼




「我は正面を行く。左右は任せるぞ!」

『了解!』


 私は手の届かない範囲を第三部隊に任せ、一人で魔物の群れに向かって飛翔する。


「『神器解放』」


 魔物の群れに近づいたところで、私は神器を解き放つ。

 ――足に着けられたアンクレットは柄の短い大斧に形を変える。それを左手で握り、振り回すように斬りかかった。


「だあああああああ!!!!」


 スライムの体は上下に切断されると、粒子となって神器に吸収される。


 ――この神器は接触した相手の魔力を喰らう。そして、喰らった魔力は私の魔力になるというもの。


 スライムを吸収できたのは魔物だからに他ならない。魔物は魔力なしに存在できないのだから。

 つまるところ、この神器なら核を破壊せずとも、魔物の一部を切るだけでその魔物を倒せてしまうのだ。

 これは魔法も例外ではない。切ることができれば、どんな魔法でも吸収してしまえる。


 でも、そんな強大な効果を持つこの斧の神器――"ウラノイア"には、単純かつ面倒な特徴がある。


 ウラノイアは大斧。重いのだ。どの神器の武器形態よりも。

 けれど、私は吸血鬼。この世界の約半分の人口を締る人間より身体能力は高い。


 それでも、片手でウラノイアを振り回すには少し足りない。

 だからこそ、[操血]で全身の血流を加速させ、筋力を上げている。

 ……文献によれば、体が興奮状態になって火事場の馬鹿力のようなものが働いているだけらしいが。"故意に起こせる覚醒状態"とも言う。


 それが関係しているのか、この状態の時は痛覚も鈍い。

 今も左腕の血管が膨れあがった結果、皮膚を破って出血している箇所だってある。

 けれど、痛みが分からなければ腕は動く。[血液変換]があるから血には困らないし、神器の力があるから魔力枯渇もない。


 スライム達が飛びかかってくるのに対し、私は左腕を突き出す。


「遅いぞ」


 腕の出血は槍となり、スライム達の核を穿つ。

 残念ながら、神器だけには頼れない。ウラノイアは一対多の戦闘にあまり向かないのだ。


 もう一つの神器を使えば魔物の一掃なら可能であるが、不用意に使えない理由がある。


「聖なる光よ、邪なるものを滅却せよ!『ホーリーバースト』!」


 私は右手を突き出し、光球を発射する。

 放った光球はスライムの集団に近づくと――閃光と共に大爆発を引き起こした。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 殴る。


 蹴る。


 殴る。


 殴る。


 殴る。


 蹴る。


 殴る。


 核を掴む。


 握り潰す。


 殴る。


 殴る。


 魔物を一心不乱に奢り続ける。神器はまだ使わない。使うまでもない。

 防衛は第一部隊に任せてしまった。私の戦い方は守ることに向かないから。


 体に魔物の酸がかかり、皮膚を焼く音がする。でも、それだけ。その程度で私の皮膚は溶かしきれない。

 魔物は私を易々と殺せない。使徒の体は頑丈だ。そう創られている。


「出てきなさい!」


 南からも、東からも、北からも……未だに連絡がない。つまり、まだ魔人は姿を現していないということ。

 一体、いつまで高みの見物をしているつもりだ。


「ふふっ」

「――っ!」


 上から、笑う声と共に何かが飛来する。私は後方に飛んでそれを間一髪で躱した。

 飛来したそれは地面でベシャっと潰れると、再び体を再形成していく。白い角、黒い肌、桃色の髪、大きなリボン。


「やっと姿を現したわね、【溶獄】」

「おねーさん、久しぶりー」

「『神器解放』」


 私は魔人の言葉に耳を傾けず、神器を解き放つ――といっても、私の神器である腕時計は一度光っただけで形を変えることはない。

 何故なら、この時計自体が神器なのだから。


「もー、無視しないでよー」


 桃色の髪を結んでいたリボンは消え、魔人の手には一本の鞭が握られていた。

 魔人がそれを振り上げると、まるで雨粒のように桃色の酸が私に襲いかかってくる。


 それに対し、私は神器に魔力を込めた。

 ――瞬間、スライムや魔人、酸の雨……私以外の存在、世界が灰色になって動かなくなる。


 その間に私は魔人に接近し、腕を振りかぶる。私の最大限の力を込めた拳が魔人の胸を貫く寸前で世界に色が戻った。

 私はそれに構わず腕を振り抜き、魔人の胸を貫く。すると、魔人の体に大穴が空き、後ろに桃色の液体が飛び散る。


「わっ、びっくりした」


 私は手を引き抜いて後退すると、空けたばかりの穴は既に塞がれていた。


「おねーさんの神器、いつ見ても凄いね! 手品みたい!」


 そう言って、魔人は目を輝かせる。皮肉のようにも聞こえるが、魔人が言っている言葉は本心からの言葉なのだろう。

 この魔人の精神は何百年、何千年と成長していないのだから。


 ……ふざけてる。


「でも、おねーさんってばまた時間稼ぎしようとしてるの、つまんなーい」


 魔人の言葉は間違いじゃない。私の神器で魔人は殺せないから。でも、殺す気がない訳じゃない。


 私の神器は、私が直接触れているもの以外の時を止める力がある。

 ――たった、それだけしかない。強力な効果に思えても、この力では魔人を殺せない。


 特に、物理攻撃が効きにくいこの魔人は絶対に。

 私には魔法もスキルもない。あるのはホワル様に貰ったこの使徒の体だけ。それだけが、私の武器。


「そうとも限らないわよ。今日こそ殺してあげる」

「じゃあ、私も壊してあげるっ」


 神器に魔力を込めると、再び灰色の世界に包まれる。

 そして、魔人の楽しそうな(ムカつく)顔を殴る寸前で世界に色が戻る。

 私がそのまま振り抜けば、魔人の顔は破裂するように飛び散り、地面を焼く。

 しかし、先程と同じように後退すれば、既に魔人の顔は再形成されていた。


 私はその間に、他の方角にいる七聖達に魔道具を使って通信を繋げる。

 ――同じタイミングで、向こうからも通信が繋がる。それはグラスとラミアからだった。


『魔人を確認した』『魔人が出たぞ!』


 ……………………は?


「ふふっ、まだ始まったばかりだよー」


 そう言って、魔人は薄気味悪く笑った。

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