vs【溶獄】はじまり
――ロトン/11カ――
「皆、昨夜はちゃんと寝たか?」
「はい」
「ん」
「いつもと変わらねえよ」
「俺はあんまり……」
「……僕も微妙です」
「私もあんまり……」
ラミアさんの問いかけに、各々が答える。
――ここはガロウナムスの外、北側。周りは荒れ果てた大地でその先には森と山が薄く見えるが、隣村らしきものは一つもない。
集まっているのは当然ながら僕達だけではなく、沢山の騎士団員が集まっていた。
「フルミネとシンは今日が初めての防衛任務になるから仕方ない。ただ、テトはそろそろ慣れんか」
「無理!」
「おいこら」
テトさんは何故か自信満々に宣言し、グラディスさんに小突かれる。
「うう……」
「こればかりは慣れるしかないと思う」
「だ、だよね……」
フルミネは周りからの視線に耐えかねて、僕に縋るように体を寄せてくる。
――今の彼女は、動き易さを考えて外套を羽織っていないのだ。銀の手足が惜しげもなく晒されている状態のため、どうしても視線を集めてしまう。
しかし、360度からの視線に関してはどうしようもない。
「では、私とテトでいつものように魔物を殲滅します。団長、守りは任せますからね」
「そ、そそそれぐらいはやってやる」
「本当に任せますからね?」
カチコチに緊張した面持ちの団長を見ていると、こちらの緊張も少し和らぐ。
まあ、きっと、本人にそんな意図はないのだろうけれど。
「シンシアとテトは先陣を切って固定砲台、レティ、グラディス、フルミネ、シンは前線手前で他部隊の討ち漏らしの処理……というのが昨日確認した内容だが、異論はないか?」
ラミアさんの確認に対し、一同は頷く。
「フルミネ、シン、これを渡しておきます」
シンシアさんに渡されたのは、見覚えがある黒い立方体だった。
「これは……」
「通信用魔道具です。遊撃部隊の誰にでも繋がるよう設定はしておきました。もちろん、魔力も最大まで充填済みですよ」
渡された魔道具を回転させたりして観察していると、窪みのようなものを見つける。
そこに指を入れるとカチッと音が鳴って、裏面からベルトのようなものが飛び出した。
「あ、その帯を足に巻くんです」
シンシアさんの言う通りに帯を足に巻くと、シンシアさんは微妙そうな顔になる。
「下すぎません?」
「ですかね?」
「……私が巻くのでジッとしててください」
シンシアさんは僕の膝下に巻かれた帯を外す。そして、腿の辺りに帯を巻き直した。
「これでよし、と……フルミネはできましたか?」
「えっと……その……」
「やる」
そう言って、レティはフルミネの通信用魔道具を手に取って帯を出す。
フルミネはそもそも窪みに指が入らず、帯すら出せていなかったようだ。
レティは慣れた手つきでその帯をフルミネの足に巻いていく。
「あ、ありがと」
「ん」
フルミネがお礼を言うと、レティは素っ気なく返した。
「……さて、テト、そろそろ良い時間だ。音頭を取れ」
「え、俺?」
「団長なのだから当たり前であろう」
「団長、ついでに騎士団全体の方もお願いします」
「うええ……」
テトさんはすこぶる嫌そうな顔をしつつ、腰に提げていた通信魔道具を手に取る。
「あー、あー、ちゃんと聞こえてますかー?」
『第一部隊聞こえてます』
『第三部隊、聞こえてまーす』
その後、次々と他の部隊の隊長の声が通信魔道具から聞こえた。
一通り確認を終えると、テトさんは胸に手を当てて一呼吸入れる。先程まで騒ついていたのが嘘のように、辺り一帯が静まり返った。
「……いつも俺が言ってることですけど、団長命令っす」
静寂に包まれたこの場で、皆がテトさんの言葉に耳を傾けている。それでも、彼はいつものように気の抜けた、如何にも自信がなさそうな話し方で――。
「死ぬな」
――その三文字だけは、やけに明瞭に耳に残った。
『――ォォォォオオオオオ!!!!』
「「――っ!?」」
「だーかーらー! 叫ぶならせめて通信切ってからにしろっていつも言ってんでしょうが!?」
数秒後、静かだった場は一転して雄叫びを轟かせ、拍手喝采に包まれた。
耳がキーンとする。フルミネも驚いたようで、僕の服の裾を掴んだまま頻りに周りをキョロキョロしている。
――騎士団全体の士気が、確実に上がっているのは目に見えて分かった。
「うむ、やっぱりこれがなくてはな。では、我もそろそろ向かうことにする」
「お気をつけて」
「ああ、北は任せたぞ」
「はい」
ラミアさんはシンシアさんとそんなやり取りをすると、翼をはためかせて空を飛ぶ。
「総員、いつ魔人が来てもいいように備えるのだ! 第一部隊は西側に、第三部隊は我と共に東側に来い!」
『了解!』
指示を終えた彼女は、第三部隊を率いて東側に向かって飛んでいく。
「……そういえば、師匠とウリエーミャさんは……?」
「言われてみれば……」
フルミネと共に周りを見渡すが、二人の姿は見当たらない。
昨日の話では、第一部隊はウリエーミャと共に西側の防衛に当たると聞いた。しかし、その第一部隊も既に西側に向かっている。
「その二人なら、さっき連絡が来た。直接向かったってさ」
「……そうですか。テトさん、ありがとうございます」
そう答えたフルミネは、どこか寂しそうだった。
すると、テトさんは通信魔道具を手に取ってどこかに繋ぐ。
『どうした? 魔人か?』
「いや、まだです。ちょっと代わりますよ。ほら、フルミネ」
フルミネはテトさんに通信魔道具を手渡されると、おずおずとグラスさんを呼んだ。
「師匠……?」
『ん……? その声、フルミネか?』
「うんっ」
通話にも関わらず、フルミネは嬉しそうな声と共に頷く。
『あー、悪いな。そっちに顔出せなくて』
「気にしないで。師匠、忙しいんでしょ?」
『……まあな』
「気をつけてね」
『ああ……フルミネ、無理はするなよ。あたしもできるだけ早くそっちに行くから』
「師匠も無理しないで。私は大丈夫だから」
『……本当に大丈夫か?』
グラスさんの不安げな様子が通信越しにも分かる。僕は横から通信魔道具に顔を近づけて言った。
「フルミネのことは任せてください」
『……シンか。すまん、任せる』
これで少しでも不安が和らぐといいけれど……僕なんかでは多分それも無理なのだろう。
それでも、言わないよりはマシだった筈。そう信じるしかない。
『そろそろ切るぞ』
「うん、分かった」
『また後でな』
その言葉の後に、ブツっと途切れるような音が聞こえた。通信が切れたようだ。
「テトさん、ありがとうございます」
「気にすんな。フルミネにとってのグラスさんは、家族みたいなもんなんだろ。声が聞きたい気持ちなら俺達も分かるしな!」
「わわっ」
テトさんは笑って、フルミネの頭をガシガシと粗雑に撫でる。
「団長、学習能力皆無なんですか?」
「……あっ」
テトさんはサッと手を引っ込めると、罰の悪い顔になる。シンシアさんは深い溜め息を吐いた後、フルミネに声をかけた。
「フルミネ、大丈夫ですか? せっかく綺麗な髪なのに団長のせいで……」
「ほんっっっっとにごめんっ!」
「わ、私は平気ですっ」
テトさんはフルミネに平謝り、シンシアさんはどこから取り出したのか、金属の輪っかを手に持って言った。
「髪、直しますね。『錬成』」
シンシアさんのスキルによって、金属輪は櫛に形を変える。彼女はそれを使って、フルミネの髪を梳かし始めた。
「フルミネも女性なんですから、少しは気にしないと駄目ですよ」
「は、はい……」
シンシアさんは微笑みながらも手を止めず、フルミネも満更ではないようで為すがままにされている。
そんな二人の、まるで姉妹のようなやり取りを見ていると、こんな時にも関わらずほっこりしてしまう。
「むぅ……」
「レティ?」
「シン、ほっとけ。シンシア取られて妬いてんだよ」
「妬いてない」
グラディスさんの言葉が気に障ったのか、レティは彼の脛を思いっきり蹴りつける。
「痛くねえなあ」
「…………」
僕なら確実に悶絶ものだが、グラディスさんは意にも介していないようだ。それどころか、レティを煽る始末である。
レティは背中に背負っていた狙撃銃を逆さに持つと、無言で彼の頭を殴る。執拗に何回も。
ガツン、ガツンと音が鳴っているが、グラディスさんは顔色を変えず平然としている。
「シンシアは元々お前のものじゃねえだろ」
「うる、さい」
「はあ……」
やれやれといったように、グラディスさんは溜め息を吐く。因みに、その間も彼は殴られ続けている。
「痛くないんですか……?」
「全く」
大人の余裕を見せる彼を見た僕は、少しカッコいい……なんて思ってしまった。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
――各方角の配置完了時刻から一時間経過。
「フルミネ、本当に大丈夫だよな……」
ガロウナムス南側で待機していたあたしは、今日の唯一の不安を口に出す。
ここには誰もいないから、当然それに答えてくれる奴もいない。それでも、口に出さずにはいられなかった。
「……来るなら早く来い。できれば南側だけ早く来い。北側は遅く来い」
願掛けのように呟くが、特に意味はない。それがあり得ないことを知っているから。
今までの経験から、魔物は前触れなく一斉に召喚されることは分かっていた。
もちろん、第一波、第二波と波が分かれることもある。しかし、そのタイミングすら場所が離れていてもほぼ同時だ。
「……【溶獄】」
フルミネを身体的にも、精神的にも長く苦しめた魔人。
フルミネから手足を奪い、内臓を滅茶苦茶にし、魔力なしには生きていけない体にした張本人。
見た目も精神も幼い子供のようで、その実態は言葉の通じない殺戮人形。
――あたしの中にあるのは、憎悪と殺意。
もう繰り返さない。今日こそ終わらせる。
これほど環境が整った戦いは久しぶりだ。今回は七聖が……戦力として頼れるのが二人もいるんだ。
「……やっと来たか」
荒野の先に、大量の召喚陣が出現する。
そこから、桃色のゼリーのような気色悪い魔物――"スライム"が這い出るように現れた。
あたしは通信魔道具を手に取り、通信を繋げる。
「南側、魔物を確認。魔人は分からん。殲滅する」
『西側も魔物は見えるけど、魔人はまだ分からないわ』
『東側も同じだ!』
『北も同じ……あああ嫌だあああ『団長、気を引き締めましょうね』痛い痛いごめんなさい!』
魔人はまだ姿を現していない……つまり、あの時と同じく魔物に紛れているのだろう。
魔物はまだ遥か前方。ここに到達するにはあまりに距離がある。
「〈憤怒の炎に薪など要らず、憎悪の炎は消えることなし。蒼き大海をも紅蓮に染める灯火をここに〉――『シーフレイザー』」
あたしが放った炎は荒野の大地に着弾すると、扇状に際限なく燃え広がっていく。
――そして、数十秒後の荒野は火の海に包まれた。
4




