騒動が終わった夜
「――疲れた!」
夕食も食べ終えて部屋に戻ってくるなり、僕はベッドに突っ伏した。
あの後、乗客の誘導や壊れた壁の修理の手伝いをして、気づけば日も暮れていて……とにかく疲れたのだ。
だから、立ち上がりたくない。このまま寝てしまいたい。
「シン、お疲れ様。私、手伝えなくてごめんね……」
「フルミネは眠ってたんだから仕方ないよ」
フルミネの魔道具の点検中だったことはグラスさんに聞いた。そのために、麻酔を飲んでいたことも……"麻酔を飲む"なんて聞いたこともないけど。
「何かできることある?」
「ん? んー……」
フルミネから嬉しい申し出をしてくれたが、特にやることもない。あとは風呂に入って寝るだけだ。
その風呂も、今はウリエーミャが先に入っている。
因みに、グラスさんは窓の補強作業や飛行船の破損箇所確認、怪我人の治療等、現在も魔法で手伝いをしている。
グラスさんは多くの種類の魔法を使える上に、魔道具も弄れることから、色々な場所で引っ張りだこのようだ。僕も手伝いをしている時にチラッと見かけたが、かなり忙しそうだった。
……さて、どうしよう。せっかくのフルミネからの申し出だけど、何も思いつかない。
「うーん……」
「マッサージでもしよっか?」
「それだ」
「分かった」
フルミネがベッドに乗ったのか、ぎしぎしと音が鳴る。
それにしても、フルミネにマッサージされるのは初めてだ。腕前はどれほどなのだろう。
「えいっ」
「い゛い゛っ!?」
――マッサージに似合わない掛け声と共に、腰に激痛が走った。
僕はうつ伏せのまま、自分の腰の存在を確かめる。よし、ちゃんとある。
「あれ? ちょっと強すぎた?」
「強いとかの次元じゃないっ」
「ご、ごめんねっ?」
「あ、いや、ごめん。責めてないから」
フルミネが、力の加減が苦手だということを忘れていた。これは僕の落ち度でもある。なら……。
「『D極』……これならさっきの感じでやっても大丈夫だと思う」
「う、うん」
フルミネの腕が再び僕の腰辺りに触れる。さっきよりもゆっくりと。
――そして、まるでピザを伸ばすように僕の腰を押した。
「……フルミネ?」
「え、また何か違った?」
マッサージって、これはなんか違う。ただただ腹が圧迫されて苦しいし、なによりも気持ちよくない。
「押すんじゃなくて、ほぐしてほしい」
「……もう一回やるよ?」
「どうぞ」
再びフルミネの手が動く。今度はパン生地を引き延ばすように押していく。
気持ちいいとまではいかなくとも、ほぐされている感覚はある。あまり求めすぎるのもよくないだろう。
「どうっ……かなっ……?」
「良い調子良い調子」
正直、身体的には全然ほぐれていないが、精神的に癒されている自分がいる。
「んっ、しょっと……」
なんだろう。この、微笑ましいものを見ている感覚は。
いや、正確には見てないし、フルミネがマッサージをしてくれているってことしか分からないのだけれども……本当に何だろう?
「――次、いいわよー」
「あ、はい……どちら様ですか?」
僕はうつ伏せのまま顔を右に向けると、そこには水に濡れてしっとりとした白髪の、綺麗な顔立ちの女の子が立っていた。
「本気で言ってる?」
「……半分冗談」
パッと見で誰か分からなかったのは本当だ。声と白髪で分かった。
「えっと、誰ですか……?」
「……ウリエーミャよ」
「えっ、あ、ごめんなさいっ」
尤も、フルミネは分からなかったみたいだったが。
「別に謝らなくてもいいから。それより、何してるのよ?」
「……マッサージ、です」
「シンに全体重かけてるようにしか見えないんだけど」
「う゛っ」
「ちょっ、あえて言わなかったのに!」
「えっ」
フルミネが僕から手を離すと、一気に身体が軽くなる。
「あんた、いくら人間じゃないとはいえ、ただの人狼でしょ? 重くなかったの?」
「『通常』……スキル使ってたから、そうでもないよ」
僕はステータスを元に戻して体を起こしつつ、そう答えた。すると、ウリエーミャは呆れたような顔になる。
「つまり、スキル使わないといけない程度には重かったのね」
「げふうっ」
「もうやめてあげてっ」
わざとなのか、デリカシーがないだけなのか。どちらにせよ、フルミネの精神力はもうゼロです。
ほら、いつの間にか痙攣しながら床に倒れてるよ。
「――戻ったぞー……って何があった!?」
あ、グラスさん、おかえりなさい。
* * * *
全員が風呂に入り終え、あとは寝るだけになった時、新たな問題が発覚した。
「なんでベッドが一つしかないの?」
ウリエーミャが漏らした疑問。そこでようやく僕達は気づいた。
この部屋には、ベッドが一つしかない。しかもそれは、横幅四メートルの特大サイズのベッドであり、並んで寝てくださいと言わんばかりだ。
「この世界って、こういうのが普通とか?」
「そんな訳ないでしょ」
「家族連れのチケットだったから……とか?」
フルミネの言葉を聞いた僕とウリエーミャは、グラスさんに視線を向ける。
「……すまん、考えてなかった」
「でしょうね!」
考えてこれなら逆に驚きである。
「あたし、一番端貰うから」
そう言って、ウリエーミャは早い者勝ちとでも言うようにベッドに寝転がってしまった。
「……とりあえず、僕も端に寝ますね」
「じゃあ、あたしがその隣で寝ればいいか」
「えっ」
そこで声をあげたのはフルミネだった。グラスさんはきょとんとした顔で彼女に訊ねる。
「どうした?」
「……私、シンの隣がいい……」
「……なるほど。そういうことか。分かった」
謎の納得をしたグラスさんは、ウリエーミャの隣に寝る。
話が勝手に進んだ感が否めないけれど、別に文句もない。それに、フルミネと寝るのもいつものことだ。
僕とフルミネもベッドに転がる。そして、彼女は片手で控えめに、僕の尻尾に触れてきた。
これは多分、グラスさん達がいるから、いつものように尻尾を抱き枕にできないのが理由だと思う。僕はあまり気にしてないけど。
……あ、そうだ。これ、まだ言ってなかった。グラスさんには先に言っておいた方がいいか。
「グラスさん」
「何だ?」
「僕、フルミネとお付き合いさせて頂いてます」
「「「ぶふっ」」」
何故か三人揃って吹き出した。
〜軽い補足説明〜
タイミングが少しおかしいご挨拶になりましたが、二人はまだアルバに報告していません。
理由は落ち着いて報告する時間がなかった……という訳ではなく、二人が単純に忘れていただけです。
余談ですが、フルミネは未だアルバのことを"お父さん"と呼べていません。




