消えない傷
――飛行船、二日目。
「暇だ」
「……だね」
現在、僕とフルミネは暇を持て余していた。昨日、飛行船の即席修繕も大方終わらせてしまったらしいので、やることが何も無いのだ。
修繕の手伝いついでにこの船を見て回ったけれど、暇潰しになりそうな場所も娯楽もない。本格的に暇だ。
「――ただいま」
「あ、師匠、おかえりなさい」
「帰ってきていきなりで悪いんだが、昨日の続きをやらせてくれないか?」
「……え?」
グラスさんの言葉に、フルミネが固まる。どうしたのだろう。
「残りは手足だけだから、麻酔は飲まなくて平気だぞ?」
「な、なんだ……よかったぁ……」
「麻酔、そんなに嫌なの?」
フルミネに訊ねると、彼女は罰が悪そうな顔になる。
僕は流石に麻酔を飲んだことはない。それに、フルミネがここまで拒否反応を示すものがどんなものか気になった。
「……麻酔ってね、凄く苦いの」
「うん」
「あとね、凄く不味いの」
「なるほど」
普通に苦い薬か。美味しかったら美味しかったで驚くけど。
「つまり、フルミネは苦いものが苦手、と?」
「……はい」
「味覚は子供のままだからな」
「師匠うるさいっ」
そう言って、フルミネは頰を膨らませた。
反応が完全に子供のそれである。ほら、グラスさんも苦笑いしてるし。
「それにしても、恋人なのにフルミネの好みとか知らなかったんだな」
「……はい、すみません」
流れ弾が僕の心にクリティカルヒットする。
「ああ、いや、別に悪いことじゃない。時間はあるんだ。これから知っていけばいいさ」
そうは言っても、フルミネと出会ってそろそろ一年が経つ。それなのに、彼女の好みを知らないとか、彼氏として駄目だと思う。
「フルミネっ」「シンって」
声が被ってお互いに沈黙する。
「お先にどうぞ」「先にいいよ」
譲ろうとした言葉も見事に声が被り、二度目の沈黙。
「息が合ってるのはよく分かった。そろそろ点検してもいいか?」
「……うん」
グラスさんは微笑みながらフルミネに頼んだ。
……なんか凄く恥ずかしい。彼女との関係も昨夜に言ってしまったから、尚更。
「それじゃあ、フルミネ、外してもらえるか?」
「分かった……『四肢:着脱』」
フルミネはベッドの上でそう言うと、彼女の手足が飛び出すように取れ、ベッドに背中から倒れる。
「あたしは点検してくるから。何かあったら呼んでくれ」
そう言って、グラスさんはフルミネの魔道具を魔法で浮かせて浴室の方へ歩いていく。
なんで浴室に……と思ったけれど、点検する前に洗うためか。
疑問を自己解決した僕は、フルミネに視線を戻した。
「――っ」
「……やっぱり、変?」
「変じゃない……けど……」
フルミネの義手や義足によって隠されていた腕や足の先端に、痛々しい傷跡が残っていたのだ。
傷を無理矢理塞ぎ、縫い合わせたような大きな跡が。
「シンがそんな顔しないで。もう終わったことだから」
「……ごめん」
ホムストの時にも腕を杖として貸してくれたが、その時はフルミネが隠すような素振りを見せていたので僕も視線を逸らしていた。
だから、改まって見るのは初めてだった。そして、その傷跡は当時の凄惨さを物語っている。それぐらい、酷かった。
「……触ってみる?」
「え?」
「え、あ、いや、ごめんっ。いきなり変なこと言っちゃって」
フルミネは慌てた様子で、その短い手足を振る。
「痛かったら言ってね」
「跡が残ってるだけだから痛みはない筈だけど……分かった」
どうしてフルミネがそんなことを言ったのか分からない。それでも、僕はフルミネのその申し出を受けた。
そっと、フルミネの腕の先に触れる。
「ひゃぅ」
「――っ、ごめんっ」
フルミネが体をビクつかせたのを見て、僕はすぐに手を引っ込める。
「ち、違うよっ。紛らわしくてごめんっ。痛かった訳じゃなくて、ちょっとくすぐったかっただけ」
「本当に?」
「うん、本当に」
「無理してない?」
「してないから、大丈夫」
フルミネの顔色も、無理をしているようには見られない。
……それでも、僕はもう一度手を伸ばすことができなかった。触れて、何の意味があるのか分からなかった。
「シン……もしかして、怖い?」
当たり前だ。僕はフルミネを傷つけなくない。
――その言葉すら、何故か声に出せなかった。
「私が触ってほしいって言ったら、触ってくれる?」
その問いかけにも、僕は何も答えられない。
「気持ち悪い?」
「そうじゃないっ」
「よかった」
慌てて否定すると、フルミネは安堵の息を漏らす。そして、僕を真っ直ぐに見据えて言葉を続ける。
「私は、私のこと、シンにいっぱい知ってほしい」
……傷跡に触れることが、フルミネを知ることに繋がるのかよく分からない。
――それでも、彼女のお願いは聞いてあげたい。力になりたい。
「じゃあ、触るよ?」
「うん。ガシって、掴んでいいから」
言われた通り、僕は彼女の腕の先を掴むように触れる。
「……あったかい」
フルミネは少し冷たかった。けれど、ちゃんと人としての温もりを微かに感じる。
「……シン」
「何?」
「どうして、私なの?」
「え?」
言葉の意味が分からない。
「私の、どこが好き?」
「……笑った時の顔が一番好き……かな」
その質問をした理由も分からなかったが、僕は迷わずあの時と同じ答えを言った。
「それだけ?」
「それだけって?」
「本当にそれだけ……なの?」
「……?」
やっぱり、フルミネの質問の意図が分からない。もっと好きなところを挙げてほしいとか?
「フルミネは何が知りたいの?」
「シンのこと」
「――っ、な、なんで?」
「私だって、シンのことがす、好き……だから……知りたいって、思ったの」
そう言いながら顔を赤らめる彼女からは、「好き」の部分こそ聞き取りづらかったものの、はっきりとした好意が伝わってきた。
「私の勘違いならいいんだ。でも、どうしても気になることがあって……」
「……気になること?」
「私、誰かに似てる?」
その言葉で、僕は質問の意図がようやく分かった――否、分かってしまった。
だから僕は、彼女の問いに正直に答えることにした。
「いや、全く」
「……あれ?」




