vs【地聖】咆哮×砂煙
砂煙が完全に晴れる。
「……防いだか」
「『左腕:盾』っ」
フルミネは両腕の盾を前に突き出して戦王に突進した。
「『土壁』」
「『S=D』」
戦王は、フルミネが突進する直線上に分厚い土の壁を作る。
――僕はフルミネの後ろから飛び出し、その壁を蹴り飛ばした。
「っ……!?」
今までずっと変わらなかった戦王の表情が、驚愕の色に染まっていた。きっと、僕が地中から脱け出していたとは思わなかったのだろう。
「『特避』っ、フルミネ!」
「うんっ、『右腕:盾』『左腕:魔銃』!」
「『土柱蔓』」
僕達の目の前の土が盛り上がり、行く手を遮るように幾本もの柱となって襲ってくる。
「任せてっ、『魔弾:散×連』!」
フルミネはその柱を『魔弾』で全て相殺しようとした。しかし、それはまるで生きているかのように、『魔弾』を避けてフルミネを襲う。
「――『運搬』」
フルミネに迫る土の柱から、僕はフルミネを引っ張って後ろに後退することでそれをかわす。
「足引っ張ってごめんっ……」
「いや、今のは完全に読まれてた。フルミネのせいじゃない」
きっと、地聖は[王眼]で『魔弾』の射線を知ったんだ。だから、土の柱をあんな風に動かすことができた。
「……作戦が成功するかどうかの前に、まずは近づかなきゃ始まらない……『C極』」
どうする。考えろ。今は触れられなくていい。一瞬でも近づければそれでいいんだ。でも、それができない。どうすれば[王眼]を掻い潜れる……?
僕の『A極』なら、人に接近するのは容易だ。魔人にだってそれはできた。
けれど、どんなに速度が速くとも[王眼]で読まれてしまえば、それは罠に向かって直進するようなものだ。
逆に『C極』なら擬似的な先読みができる。[王眼]の未来視にも追いつけるかもしれない。
……でも、それだけだ。ろくに動けないし、フルミネへの指示だって追いつかない。
せめて、[能力改変]の"発言"という制約が無ければ……こんなことを考えても仕方ないか。できないものはできないんだ。
「……それなら、近づかなくてもいいぐらいの声量で、叫ぶ」
できないことはないが、僕の近くにいるフルミネの方が危ない。だからこの方法は使えない。
――そんなことを考えていると、フルミネは僕を戦王から隠すように盾を前に突き出した。
「私なら大丈夫だから、やって」
「……何を?」
「シンの独り言、聞こえちゃった」
……いつの間にか口に出してしまっていたらしい。
「『地下牢獄』」
戦王も待ってはくれないみたいだ。僕とフルミネの足が地面に沈み始める。
「耳の頑丈さに自信は?」
「音は盾で軽減するから大丈夫」
例え軽減できたとしても、ただでは済まない筈だ。
「私はシンのことを信じてる。だから、私のことも信じて」
「……分かった、信じるよ」
本当は不安しかない。でも、フルミネは僕を信じてくれている。なら、僕も信じない訳にはいかない。
「……それより、腕と頭……大丈夫……じゃないよね……?」
フルミネは心配そうな目で僕を見る。誤魔化せなかったか。
「……大丈夫だから、今は集中。絶対に失敗できないから」
頭はガンガンするし、腕も動かそうとすると痛い。でも、そんなことを気にしてる余裕も時間も残っていない。
「……無理はしないでね」
「分かってる。じゃあ、やろう。『S極』、3、2――」
「『両足:魔力回路、瞬間集中』っ」
フルミネは強引に地面から足を抜き、僕と距離を取る。
「――1――」
戦王は、動こうともしない僕に訝しげな様子だ。僕がこれから何をしようとしているのか、分かっていないのだろう。
――でも、今さら気づいても遅い。
「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!!!!」
「――っ!」
「ぐっ……!?」
『S極』は力。それは、喉や腹も例外ではない。僕の全力の叫び声に、戦王は堪らず耳を塞いだ。
そして、足を沈ませていた地面が柔らかくなる。僕はそこから足を引っこ抜き、戦王に話しかける。
「やっぱり、そうだったんですね」
「……?」
「あなたは、未来が視えるだけですよね?」
「何が言いたい」
「僕の声だって、壁を作るなりすれば防げた筈です」
未来視の欠陥。
「なのに、それをしなかった……否、できなかった。未来が視えても、未来は聴こえないから」
それは、視覚に頼りすぎること。
「壁ばかり作って、攻撃をしてこない」
「……何の話だ」
「さっき、フルミネに使った魔法も手加減してましたよね。僕が防げた理由も、あなたが手加減していたから」
あの戦闘訓練の時、フルミネが威力を加減していたように。
「逃げも隠れもしないんじゃなかったんですか」
「俺は逃げてない」
「……言い方を変えます。壁を作って、手を抜いて、まともに向き合う気はないんですか」
「『土壁』」
今までとは比較にならないぐらい、大きな壁が目の前に立ち塞がる。
「『運搬』」
僕はその壁を駆け上がり、乗り越え、落下する。
「『D極』、逃げるなっ!!」
「――っ」
垂直落下は戦王に避けられる。
「黙れっ――『土砂崩れ』!」
戦王が初めて声を荒げた。
フルミネを襲った以上の量の土砂が、僕に向かって零距離で放たれる。これは避けられない。
「――それを待ってた」
この避けられない距離の攻撃まで、全て作戦通り。
全ては、戦王に『土砂崩れ』を使わせるために煽っていた。
「『S極』」
先程と同じように土砂を両腕で吹き飛ばすが、波のように押し寄せる土砂を全て吹き飛ばすには至らない。
「――まだだ」
体を回転させて、右足で蹴り飛ばす――!
「ぐっ……!?」
その瞬間、目を開けていられないような砂煙が巻き起こり、僕はアルバが漏らした声を聞いた。しっかりと。
「フルミネっ!」
僕は叫ぶ。僕を信じて、息を潜めて待っていてくれた彼女の名を。
僕はもう左足しか動かない。砂煙のせいで目は開けられないし、頭痛のせいでまともに立っていられない。
それに対して、地聖はノーダメージ。視界を塞いでも、今の僕では触れることすら叶わない。
――だから、後は任せるよ?
「任せて」
僕に答える声が、隣から聞こえたような気がする。その声を最後に、僕は意識を手放した――。




