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エゴイスト

「そう思う?」


 ラミアさんは素の口調に戻ってそう言うと、僕を見て微笑む。まるで誘っているかのような態度だった。

 違うのだろうか。でも、それ以外の理由が思いつかない。


「シンも答えてくれるなら。交換条件だよ」


 これがラミアさんの狙いなのだろうということはすぐに分かった。

 正直、彼女の過去にそこまでの興味はない。今の話も彼女が勝手に話し始めたことであり、僕が話す理由にはならない。


「心を許してないんじゃない」


 ――それでも、その口車に乗ってみようと思ってしまった。


「逆なんですよ」


 顔を上げると、ラミアさんと目が合う。

 彼女は目を逸らすことなく、真っ直ぐ僕を見ている。その真っ直ぐすぎる眼差しが眩しかった。


「逆だからこそ、怖いんです」


 目を瞑り、一息間を空ける。そして、目を開け、問いかけるように打ち明けた。




()が人殺しだって言ったら、どうしますか?」




 ラミアさんは微かに目を見開く。言葉はないが、驚いているのはよく伝わってくる。予想通りな反応だった。


 彼女は決定的な勘違いをしていた。僕が過去に何かあって、心に深い傷を負ったとでも考えていたのだろう。


 逆だ。


 僕は裁かれるべき存在だ。


 あの外道と同じく。


「二重人格?」

「違います」


 そこは訂正しておく。自分の意識は最初から一つしかない。全て、僕の意思だ。


「元々の僕の一人称が"俺"です」

「でも、今は違うよね?」

「別人になりたかったんです」


 あれは僕じゃない。あの頃は、そう思いたかったんだ。


「まあ、無理でした。一人称変えただけですから当然です。そのまま今の一人称に定着しただけなので、これに深い意味はないですよ」

「……うん、それは分かった。で、人殺しってどういう意味?」


 刺すような眼差しが痛い。できることなら、ここから逃げ出したい。

 つくづく思う。話したくないのに話してしまう僕は馬鹿だな、と。


「僕は孤児院で育ちました。その中に千紗(ちさ)っていう妹みたいに可愛がっていた存在がいました」


 よく笑う子で、僕を慕ってくれていた可愛い妹。


「……その子も孤児で、彼女も里親に引き取られていきました」


 それが全ての始まりだった。そして、終わりでもあった。


「千紗にとって大切な人……里親(げどう)の命を僕が奪った。奪ったも同然のことをしたんです」


 奴等がどれほどの屑だったとしても、千紗にとってはかけがえのない家族だった。そのことに気づいた時には、全てが遅かった。

 僕は利己的な考えで、奴等を潰した。千紗を傷つけるあいつらが許せなかった。


 でも、傷つけたのは僕だ。笑顔を奪ったのは僕だ。

 千紗のためという免罪符を掲げてその実、千紗の気持ちを誰よりも考えなかった。


 ……彼女はショックを受けて、塞ぎ込んでしまった。

 それでも、僕はあんな幸せを認めたくなかった。親のいない僕達を利用する奴等が、どうしても許せなかった。


「その里親って、そんなに酷かったの?」

「……虐待って分かります?」

「……分かる」


 奴等は千紗を……大切な妹を、ストレスの捌け口にした。道具として利用した。

 あの面を思い出すだけで殺意が蘇る。もう二度と、直接顔を見ることがないと分かっていても。


 あの時もそうだった。

 明確な殺意を持って、直情的に手を出した。泣いて許しを乞うまで殴り続けた。

 ……いや、確かあの時は奴等が意識を失っても殴り続けた記憶がある。僕自身の鬱憤を晴らすように。


「今の話聞いてると、シンが全部悪いとも思えない」

「僕自身が許せないんです。自分の身勝手で、大切だった家族を不幸にした自分が」


 僕のやったことが間違っているということは、誰よりも自覚している。当時、僕にもう少し頭があれば、もっと別の方法を取れた筈だから。

 ……後悔はないけれど、千紗から家族を奪い、幸せを奪い、笑顔を奪ったことには変わらないんだ。


「この話、他の誰かにした?」

「いえ。精々、グラスさんが察してくれている程度で」

「……フルミネには話してあげたら?」


 ――それだけはできない。


「怖いんです」


 一番大切だからこそ、打ち明けるのが怖い。そして、理由はそれだけじゃない。


「自分が本当にフルミネを好きなのか、時々不安になるんです。ただ彼女に勝手に重ねて、縋っているだけなんじゃないかって」


 僕は彼女を"幸せにしたい"、"今度こそ大切なものを守りたい"という欲求を満たすために利用しているだけなのではないか。

 ……自分でも分からない。未だに答えが出せない。考えすぎなのだと思う。でも、不安は消えない。


 打ち明ければそれがはっきりと浮き彫りになってしまう気がして、怖いんだ。

 僕の心は偽物ではない。純真な心を弄び、利用していたあの里親とは違う。そう思っていても、他人が今の話を聞いたら何を思うのか分からない。


「いつか話さないといけないのは自分が一番分かってます」


 自分が逃げている自覚はあるんだ。だから、いつか向き合わなきゃいけないのも分かっている。

 ……その一歩を踏み出す勇気が持てるのは、いつになるか分からないけど。


「それなら、我は何も咎めない。人殺し云々もな」


 ラミアさんは、口調を戻してそう言った。


「いいんですか?」

「異世界の人殺しを誰が裁けるというのだ」


 確かに自白だけでは証明のしようがない。しかし、そういう問題ではないと思う。


「それに、我はシンを信用している」

「……馬鹿ですか」


 今の今まで、僕は嘘をついて何もないかのようにこの騎士団にいたのだ。そんな奴を信用しているだなんて、控えめに言ってどうかしている。


「今回の防衛でシンは腹に傷を負ったのだろう。それは魔人に立ち向かった証拠だ。逃げていたなら、背中に傷を負っていた筈だからな」

「たったそれだけですか」


 話している途中から、自分が騎士団から追い出される可能性も考えなかった訳じゃない。

 ありがたい話ではあったが、話が上手くいきすぎている気がした僕は思わず聞き返してしまった。


「まだ騎士団に来て日も浅いのに、命を懸けて魔人を止めてくれたのだろう。そんな者の自己申告で悪人と判断するのは、些か無理があるというものだ」


 要約すれば、僕の罪は聞かなかったことにするということだった。


 僕はそれに感謝すればいいのか謝罪すればいいのか分からなかった。

 自分はどうしたいのだろう。誰かに裁かれたいのか、それともここに居たいのか。心と言葉と行動が矛盾していることを自覚する。


「シンはここに居ていい」


 ラミアさんは、僕の腕に触れて言った。


「居場所はここにちゃんとある」

「……ありがとうございます」


 今まで押し込めていた罪悪感と、僕の居場所を示してくれたラミアさんへの感謝が混ざり合う。複雑な気持ちだった。


「でも、そうか……銃に慣れていた理由はそれが関係していたのだな」

「あ、いえ、それはあまり関係ないです」

「今の話は何だったの!?」


 ……まさか、僕は必要ない話を打ち明けてしまったのでは。疑うことなく墓穴を掘り進めていた阿呆なのでは。


「ごめんなさい」

「あ、いや、いい。シンの話が聞けただけでもよかった」


 話の流れに乗せられて、つい話してしまった。

 "心を許す"という言葉に引っ張られすぎた。今後はもう少し気をつけなければならない。


「話、戻しますね」

「……そうだな」


 先程の話に比べれば銃云々の話はそこそこ話しやすい。説明が少し難しいだけだ。


「ざっくり説明すると、僕は元の世界で小悪と戦ったことがあります。銃を持つ相手とも、流石に正面からじゃないですけど戦ったことがあるんです。多少銃を見慣れているのはそれが理由です」


 この世界には、恐らく学校や部活は存在していない。だからこそ、説明が難しいのである。


 僕が所属()()()()()()()部活は"ボランティアヒーロー部"という、他の学校には絶対に存在しないであろう部活だった。

 基本は他の部活の助っ人である。しかし、時々、部長主導の下、街で起こった小さい事件にも首を突っ込んだことがある。


 あの人達なら心配はしてないけど、元気かな。

 ……そういえば、部活はまだあるのかな? ただでさえ異端な部活で、人数もギリギリだったのに。新入部員も入るとは思えないし。


「シンの世界は本当に平和だったのか?」

「平和でしたよ?」


 ラミアさんは困惑か安堵か、何とも形容し難い顔になる。

 別にこの事は隠していた訳ではない。今まで話す機会がなかっただけなのだ。悪いことはしていないので、後ろめたいことは何もない。


 しばらく沈黙が流れると、彼女は切り替えるようにパンパンと手を叩いた。考えることを諦めたらしい。


「さて、次は我の番だな。我がこの騎士団にいる理由を教えてやろう!」


 ラミアさんはこの変な空気を振り払うように言った。

 そして、ベッド脇の棚の上に置かれた銀色の何かを見せられる。


 ――それは小さな写真の入ったペンダント……ロケットペンダントだった。


「これこそが、我が騎士団に居続ける理由だ」


 その写真にはラミアさんの他に、テトさん、シンシアさん、レティ、グラディスさん、コンビニさんと、豪快に笑う見知らぬ男性が写っていた。


「この人は……」

「フォース・ガルディア、ガロウナムス守護騎士団前団長だな。顔を見たのは初めてだろう?」


 この人が前団長。

 ……なんだか不思議だ。会ったことなんてないのに、皆から慕われていそうだなんて思ってしまった。


 ラミアさんにロケットペンダントを返すと、彼女は話を続ける。


「国が滅びた頃の我は幼く、記憶もどこか曖昧でな。魔人への恨みもなくはないが、殺してやりたい程憎んではいない」

「それじゃあ、騎士団にいる理由は……?」

「我は家族の命を脅かす魔人を討ちたいだけだ」


 彼女は迷いなく言い切り、ロケットペンダントを懐かしむように眺める。


「我はフォースに拾われ、この騎士団で育った。ここは我の唯一の帰る場所だからな」


 開閉式のチャームを閉じたラミアさんは、ロケットペンダントを棚の上に戻す。


「拍子抜けしたか?」

「まあ、少し」

「騙すような真似をしてすまない」

「いえ」


 要約すれば、ラミアさんはこの場所を守るために戦っているだけ、ということだろう。


 拍子抜けと言えば拍子抜けだけど、それに越したことはない。

 だから、そんな申し訳なさそうに見つめられても困る。


 そんな時、扉をノックする音が聞こえる。そちらを見やると扉がゆっくり開き、その先に思わぬ人物の姿があった。


「元気にしてるか……なんだ、先客がいたか」

「コンビニ……」


 元ガロウナムス守護騎士団副団長、エンス・コンビニさんがそこにいた。

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