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久しい温もり

 夕食を食べ終わって浴場に行く前までの間、僕は久々に入った自室をはたきで簡単に掃除していた。

 そして、その作業中にラミアさんの言葉を思い返す。




 * * * *




「シン、明日も来てくれないか。聞きたいことがある」

「それなら今日聞きますよ? 特にやらないといけないこともありませんから」

「大事な話になる。だから、日を改めてゆっくり話したい」




 * * * *




「大事な話って何だろう……」


 独り言を零しつつ、はたきで机やら部屋の隅やらを掃除していく。あまり埃が見られないけれど、誰かが掃除をしてくれていたのだろうか。

 そんなことを考えつつ掃除を進めていると、部屋に放置されたリュックが目に留まった。持ってきた荷物……衣類で膨らんでいるリュックが。


 服はここで買ったもので済んでしまっているし、お金は刀を買った時しか使っていない。

 それもあって、今までの荷物に触れることもなかったのだけれど、そろそろ放置も限界だろう。面倒でも、片付けないと。


 リュックを開け、衣類を取り出していく。この服どうしよう。ここで買った服の方が見た目が日本の服に近いから、気持ち的に着やすいのだ。

 でも、着ないのも勿体ない。ホムストの服は部屋着にしてしまおうかな。着心地はこっちの方が良いし。


 部屋にあったクローゼットに衣類を収納していると、扉をノックする音が聞こえた。風呂の前だし、テトさんかな。


「はーい、今開けまーす……フルミネ?」

「今、大丈夫?」

「うん、入って」


 どうしてこの時間にフルミネが来たのかは分からないけれど、片付けをしていただけなので拒む理由もない。


「それで、何か用事?」

「えっと――ふあっ!?」


 フルミネは部屋に入るや否や、奇妙な声をあげて両手で顔を覆い隠す。


「フルミネ?」

「か、かか、片付けようよっ!?」


 フルミネは指の隙間から、何かを一点に見つめている。

 その視線を辿ると、下に散乱したままのホムストの服一着。しかし、彼女の目線は少しズレていて、僕の下着……。


「あ、ごめん。すぐ片付ける」

「うん……」


 風呂の前だからテトさんが来たのかと思っていて、片付け途中でもいいかとそのまま扉を開けてしまったのだ。

 急いで片付けていたのだけれど、あることを思い出した僕は手を止めることなくフルミネに訊ねた。


「フルミネ、あの森にいた頃は僕の下着も一緒に洗ってなかった?」

「別に平気だった訳じゃないもんっ」


 そうだったのか。知らないところで頑張らせてしまっていたことを知って、少し反省する。今後は気をつけよう。


「でも、それなら僕に任せてくれればよかったのに。洗濯なら慣れてるし」

「絶対嫌っ」

「えっ」


 本日二回目の、朝の時より強い拒絶に僕はショックを受ける。服に触れられるの、そこまで嫌だったの。


「……あ、違う、違うよ? 嫌じゃなくて……」

「ごめん……」

「だから違うって! 恥ずかしかったから!」

「恥ずかしい?」


 洗濯に恥ずかしい要素なんてあったっけ。

 僕が首を傾げていると、フルミネは真っ赤に染めた顔を俯かせて、話し始めた。


「だって、シンが洗ってたら私のを……見るってことでしょ。それなら、私が全部洗った方がマシだったし……」


 それを聞いて僕もようやく理解する。当たり前の話だった。フルミネは子供じゃないんだから、気にするに決まってる。

 そして、僕は心底安堵した。


「嫌われてなくてよかった……」

「嫌う訳ないっ」


 僕の気の抜けた呟きに、フルミネが即反応する。

 それが嬉しくて、僕は勢いで彼女を抱き寄せた。すると、彼女は抵抗することなく体を預けてくる。


「よいしょ」

「ひゃっ」


 ――衝動的に、腰の辺りをしっかり掴んでフルミネを持ち上げてベッドに運ぶ。

 彼女は為すがままに運ばれ、ベッドにゆっくり転がされる。


 けれど、すぐに彼女は起き上がると壁の方に後退(あとずさ)った。


「め、目が怖いよっ」

「……ちょっとだけ、僕の好きにさせてくれない?」

「待ってっ、心の準備させて! お願いだからっ……!」

「待てない」


 僕もベッドに乗り、ゆっくりフルミネに近づく。彼女は壁に背中をぶつけると、ギュっと目を瞑った。


 ――僕はそんな彼女を抱き締めて、一緒にベッドに横たわる。


「……え?」


 久し振りの温もり、久し振りの感触、久し振りの寝心地。その全てを噛みしめるように、僕はフルミネを抱き締める。

 この癒し、抱き枕の如く。本当に、これに代わるものは存在しないと思う。温かくて、少しひんやりする部分もあるけど、安心する。


「"好きにさせて"って、これ?」


 下に目を向けると、フルミネは上目遣いで僕を見上げていた。可愛い。


「最近できなかったから」

「……そっか」


 フルミネも僕の背中に手を回して抱き締めてくる。お互い離れないように強く、それでいて痛くならない程度に抱き締め合う。


「シンからこうしてくるの、珍しいね」

「かもね。大体はフルミネからだし」

「そうだっけ」

「多分」


 のんびり、言葉を交わす。話す内容もふわふわしていて、思ったことを深く考えずに言い合う。


「僕、独占欲強いみたいなんだ」

「どうして?」

「レティに妬いた」

「……そう、なんだ」


 相槌は、少しくぐもった声だった。


「そうでもないよ」

「本当?」

「足りない」

「良かった」


 もう一回、フルミネの温もりを噛みしめる。腕はひんやり、体はほんのりほかほか。ちぐはぐな体温を持った彼女の体。


「肩は平気?」

「うん」


 フルミネが右肩を痛めていた話は、僕も入院中に聞いていた。

 魔人は関係なくて神器の使用によるものらしい。グラスさんからもしばらく神器の使用を禁じられているそうだ。


 しばらく、僕達はそのままの体勢でまったりとした時間を過ごした。




 その夜、冷静になった僕は自分のしたことを思い返して眠れなくなるのだが、それはまた別のお話――。




 * * * *




 ――ロトン/48カ――


 今日は巡回はなく、昼食後に鍛錬場集合とのことだ。

 なので、僕は午前中の内にラミアさんの元へ赴くことにした。


 医療棟の二階の一番奥の部屋の前に着き、扉をノックして声をかける。


「入ります」

「ああ」


 ――中に入ると、ラミアさんはベッドに寝ておらず、腕を回したり腰を捻ったりという柔軟体操をしていた。


「体、大丈夫なんですか……?」

「とっくにな。むしろ、動かさなさすぎて逆におかしくなってしまう」


 柔軟を中断した彼女は「皆が過保護すぎるのだ」と苦笑して、ベッドに腰掛ける。


「神器の影響は……」

「数日で治まった。あんな地獄がいつまでも続いてたまるものか」


 ラミアさんは自分の体を抱くように縮こまらせ、真顔で言い切る。地獄……そこまで辛いのか。

 ……とりあえず、その話は置いといてそろそろ本題に入ろう。


「話って何ですか」


 ラミアさんが僕に聞きたいこと。わざわざ日を改めてまで、落ち着いて話したかった理由。

 彼女は僕を真っ直ぐに見据え、話を切り出した。


「シンのいた世界は平和だったか?」

「……はい?」


 これがラミアさんが日を改めてまでゆっくり話したかったこと?

 僕はその質問の意図が分からないまま、何も考えずに答えた。


「世界的に見れば全体が平和とは言えないかもですけど、僕のいた国は戦争もなく平和でしたよ」

「なら、何故シンは銃を突きつけられても平気だった?」


 ――核心を抉るような問いかけに息を呑む。恐らくこちらが本題なのだろう。


「あの時は撃たれないと分かっていたので」

「何を根拠に? それに、あの時笑った理由は?」


 レティとの初対面は僕の記憶にも強く残っている。

 これはあの時、ラミアさんがレティを羽交い締めにしていたから、僕の正面にいたからこその質問。

 言い逃れることはできない、そう思った。


「銃を向けられた経験は否定しません」

「そうか」


 観念して事実を告げれば、ラミアさんは一言だけ返してくる。

 彼女は何を望んでいるのか、僕に何を求めているのか、分からない。


「知ってどうするんですか」

「我が知りたいだけだ。家族なのだから、気になるのは当たり前だろう」

「……家族?」

「遊撃部隊の皆が家族だ。少なくとも我はそう思っている。血の繋がりなど関係ない」


 ……なんてお節介で、優しい人なんだろう。


「まだ、心を許してはくれないか」


 僕はその言葉に答えることができなかった。それに答えること自体が、僕が話すのを拒む理由だったから。


「……聞いてばかりという訳にもいかないな。じゃあ、我がどうしてこの騎士団に来たのかを話そう」

「いいです」

「我が勝手に話すだけだ」


 ラミアさんは僕に微笑みかけた後、顎に指を当てて「どこから話そう」なんて呟いている。


 "違う"とはっきり言えばよかったのだろう。でも、今の僕にはそれができなかった。

 葛藤は少しだけあった。気を遣わせて、僕のために真摯になってくれる彼女への罪悪感も。


 僕のそんな迷いに気づく様子もなく、ラミアさんは大きな独り言を始めてしまう。


「ガロウナムスから東方に、純血の吸血鬼だけが暮らす小国があった」


 そこがラミアさんの故郷なのだろうか。


「ある日、その小国は魔人に滅ぼされた」

「は?」


 忙しい人向けの昔話のような急展開に、理解が追いつかなかった。


「我はその国の唯一の生き残りでな。多分、我がこの世界最後の純血の吸血鬼だと思う」


 最後の、吸血鬼?


「ラミアさん以外の吸血鬼はいないってことですか?」

「吸血鬼はいる。というか、騎士団にもいるぞ。そうじゃなくて、()()()()()()がもういないということだ」


 言っていることが理解できなくて僕は小首を傾げる。


「……純血とか混血とか、異種族間の子供のことすら知らないか?」

「はい」


 全く知らない。そういえば、異種族間で子供って産めるのだろうか。

 竜人には火炎袋があるように、種族によっては体の構造が異なると聞いているけど……どうなんだろう。


「……少し勉強の時間だな」

「ありがとうございます」


 無知な僕のために、ラミアさんは話を中断して説明を始める。


「まず異種族間で子供を産むと、男と女のどちらかの種族と同じ子供が生まれる。この時、変に混ざったような子供は生まれることはない。血の濃い方の種族に体が作られるって言えば分かるか?」

「なんとなく分かりました」


 例えば、人狼と人間の間に生まれる子供は、人狼か人間の両極端のどちらかにしかならない。つまり、半端な種族になることはないということだろう。


「だから、安心していい」

「……何をですか?」

「フルミネとも子供は作れる」

「話戻しましょう」


 何を言い出すんだこの人。真面目な話をしてた筈なのに、急に生々しい話に変えないでほしい。


「えっと、どこまで話したか……」

「国が滅びた辺りです」


 国が滅びたと、ラミアさんは言った。テトさんから、ラミアさんの両親はいないことも聞いている。

 それもあって、僕はもう少し踏み込んで聞いてみることにした。


「魔人への恨みがあるから、ラミアさんは騎士団にいるんですか?」

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