安寧は訪れず
私は軽く周りを見回して、周囲の状況を確認する。
重傷者は付近に数名。
テトは魔力切れで神器使用不可。
シンシア、グラディス、レティは軽傷。
シンは出血が気になるものの、意識有り。
フルミネは目立った外傷がない代わりに意識なし。
……何故ここに居るのか分からないコンビニは無傷。
「さて、【溶獄】。我の相手をしてもらおうか」
魔人から目を離すことなく、弓の神器に魔力を込めて光の矢をセットする。
斧の神器は既にアンクレットに戻してしまった。私にはもう、ウラノイアを振るう力がないから。
――【双聖】は、神器を二つ使える。強力な武器を二種類使える。それが最大の利点だ。
しかし、それは欠点でもあった。人の身で人智を超えた力を使用することは問題ない。ただ、二つ使用するということが問題だった。
それが理由で、私は二つの神器を使った後は動けなくなる。ウラノイアを振れないのもこの作用が働き始めているからだ。
だから、動けなくなる前にけりを付けなければならない。
「もー、邪魔しないでよー」
「断る!」
一矢極光。魔人は体を液状化させ、左右に分かれてそれを避ける。
「『氷葬』」
「くたばりなさい!」
突然、グラスとウリエーミャが何もないところから現れ、左右に分かれた魔人に攻撃を仕掛ける。
しかし、ウリエーミャの神器による奇襲は意味を成さなかった。左右に分かれた液体は、どちらも魔人ではなかったのだ。
「寄って集っていじめるなんて酷いよー」
魔人が現れたのは、射線状だった。桃色の液体は地面から染み出ると、元の魔人の姿に戻る。
どうやら、左右のどちらかに避けるのではなく、下に避けたらしい。
私達は魔人を見据える。やることは決まっている。二人がここに来た理由も分かっている。だから、言葉は要らない。
魔人は私達を一瞥すると、落胆するように言った。
「あーあ、誰も壊せなかったー」
魔人の背後の空間に、何の前触れもなく穴が開く。
「またねー」
残念そうに魔人はこちらに手を振って、その穴に入ろうとする。
「逃す訳ないでしょ――っ!」
一早く動いたウリエーミャは魔人に接近するが、見えない壁によって弾かれた。
「プラタ!」
「アモウ! 我の魔力全て持っていけ!」
放たれた極太の光線と、それに追従する絶対零度。大地を抉り、舞った土は空中で凍りつく。
残りの力を振り絞った、私達の全力攻撃。それすら、見えない壁を打ち破ることができなかった。
魔人は既に穴に入り、その穴は閉じていく。それを見て立ち尽くすことしか、私達にはできなかった――。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
全てが終わり、ガロウナムスに戻った僕達は、すぐに医療棟で治療を受けた。
――そして、様子を見に来てくれたテトさんから、今回の戦いがどれだけ異常なものだったのかを聞いた。
グラスさんとウリエーミャがいなければ対処できなかったかもしれないという魔物の数と、東西南北に現れた【溶獄】の話を。
それでも、死者は出なかったそうだ。今回の襲撃規模からすれば、それは奇跡的なことらしい。
その分、重傷を負った人は過去の防衛に比べれば多い。今回防衛に参加した部隊長達は全員それに含まれており、未だに目を覚ましていない人もいることも聞いた。
「腹の具合はどうだ?」
「少し痛いですけど、平気です」
ざっくりと今回の話を聞いた後、テトさんに調子を聞かれてそれに答える。
「皆は今、どこに?」
僕は絶対安静を言い渡されていたため、動くことができなかった。
テトさんに訊ねると、彼は丁寧に答えてくれる。
「ラミアはお前と同じくベッドの上で、レティが見てる。フルミネはまだ起きてないから、シンシアが見てくれてる。グラディスは……気づいたらいなかった」
「そうですか」
フルミネはまだ目を覚ましてないのか。少し心配だけど、今の僕は様子を見に行くこともできない。
「ごめんな」
「はい?」
「お前の怪我は俺達が……俺が魔人を逃したせいだ。頼りにならない団長で、ごめん」
テトさんに頭を下げられるが、この怪我はテトさんのせいではない。僕が自分の意思で魔人と相対して生まれたものだ。
「これは僕が弱いせいですから、テトさんは関係ないです」
「いや、俺のせいだ。俺がちゃんと七聖として――」
「しつこいです」
テトさんは自己否定が過ぎる。自信がないのは分かるけど、そこまで自分を下に見る必要があるのか。
だから、言葉を遮るような形になっても言わせてほしかった。
「うだうだうだうだ、うるさいです」
「う、うだうだって……」
「僕は生きてます。テトさん達が駆けつけてくれたから。それでいいじゃないですか」
「だけど……」
確かに、テトさんが魔人を抑えられていれば前線は崩壊しなかったのかもしれない。
けれど、僕だって魔人の恐ろしさは身をもって経験しているんだ。どれだけ大変なことかなんて分かっている。
「新人の方がよく分かってんじゃねえか」
そんな声と共に、隣のベッドと仕切られていたカーテンが開いた。
「「ジョニーさん!?」」
テトさんと声がハモる。まさか隣のベッドだったなんて……治療は別室だったから、全く気づかなかった。
「この際だから俺も言わせろ。お前は責めてほしいのか?」
「……俺が弱いせいで、皆が傷つくのは嫌なんすよ」
「ふざけんな」
ジョニーさんから叱責が飛ぶ。僕はそれに少し驚き、テトさんもビクッと体を震わせた。
「お前に守られないといけないのか俺らは」
「だって、フォース団長は皆を守って、引っ張って……あの人は俺と違って団長でした!」
「俺達がお前にそれを望んだ覚えはねえ」
「……俺がフォース団長みたいにはなれないからっすか」
「ああ、無理だろ」
ジョニーさんに言い切られ、テトさんは顔を俯かせる。そんな彼を見て、ジョニーさんは「でもな」と言葉を続ける。
「フォースはフォース、お前はお前だ。大事なのは、お前がどんな騎士団にしたいのかっていう意志だ」
「俺の、意志……」
ジョニーさんの言葉に対し、テトさんは考え込む。そして、しばらく間が空いた後、おずおずと口を開く。
「……俺は、夢物語と言われても、誰にも死んでほしくない。生きて、皆で笑っていられるような騎士団にしたい……っす」
「なんだ、なら完璧じゃねえか」
「え……?」
きょとんとするテトさんを見て、ジョニーさんは肩を竦めて言う。
「いつも自分で言ってること覚えてねえのかよ」
「いつも言ってること……」
「"死ぬな"だよ」
それはガロウナムス防衛戦の前に、テトさんが団員達に向けて言った言葉。
「俺達は死んでない。ちゃんと、団長の言葉を胸に刻んで、今もこうして生きてるぞ。これでも文句あんのか?」
「な、ないに決まってるじゃないっすかっ」
「なら、俺が腕一本なくしたのも文句ねえよな」
「それは……」
狼狽えるテトさんに対して、駄目押しするようにジョニーさんは声をあげる。
「ほら、皆も言ってやれ!」
「めっちゃ怪我したけど生きてるからいいよな!」
「今は歩けなくても、生きてるからいいでしょう?」
「生きてるだけじゃ足りないのかぁ。団長は欲張りだなぁ」
同じ部屋の、他のベッドから聞き覚えのある声が聞こえる。他の部隊長達だ。
その声を聞いたテトさんは、感極まった様子で肩を震わせる。そして、声を絞り出すように言った。
「ありがとう、ございます」
「俺達は構わねえけど、他の団員にはあんまり情けねえ面見せんじゃねえぞ」
「……善処します」
「そこは言い切れよ」
ジョニーさんの突っ込みに、僕達は吹き出し笑う。テトさんもそれに釣られるように、力の抜けた笑みを見せた。
▼ ▼ ▼ ▼
「――っ」
不意に襲った右肩の痛みで、私は目を覚ました。
体を起こし、肩を見る。そこに傷はないのに、内側から断続的に痛みが襲う。
「おはようございます。体の調子はどうですか」
「あ……おはよう、ございます」
肩の痛みははっきりしているのに、頭はどこか浮遊感に包まれてはっきりしない。
私は左手で肩を押さえる。でも、痛みが和らいだ感じはしなかった。
「肩、痛いんですか?」
「……えっと、大丈夫です」
シンシアさんに声をかけられ、私は思わず肩から手を離した。押さえても変わらないなら、心配をかけるだけだから。
ぼんやりとした意識のまま、私はシンシアさんに訊ねる。
「ここはどこですか……?」
「医療棟ですよ。外傷はありませんでしたが、気を失ってたので」
それを聞いて、ようやく意識がはっきりした私はシンシアさんに慌てて聞いた。
「魔人はっ」
「グラス様、ウリエーミャ様、ラミアが退けました」
そして、思い出す。私が意識を失う直前に見たのは、シンのお腹に突き刺さる【溶獄】の神器だった。
「シンはどこですかっ」
「出血はありましたが、大事には至っていません。今は他の病室で安静にしてると思いますよ」
「分かりましたっ」
「フルミネ!? 待っ――」
居ても立っても居られなくなった私は、シンシアさんの制止を無視して病室を飛び出した。
次回の更新は7月16日です。