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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第4章 鷲獅子の雛鳥とイル・グレイナイト
59/64

59話目 似

新しいのを書いては五、六話で続かず投げ捨てるこの頃。物書きは難しい。



……では、どうぞ。

 ________





 反逆者として追われる身の元騎竜騎士、エイドリックに同行すること二時間。アーデ達は大分前に国境線を越え、今はディーリス王国と魔領の境界付近を北上していた。


「一度休憩しよう! あの崖の上なら離陸用の速度を稼げそうだ!」


「わかった!」


 エイドリックが乗る騎竜と、俺ことアーデが駆る鷲獅子(グリフォン)――ピー子の翼がぶつからないギリギリの距離まで寄せたエイドが叫ぶ。それに俺は頷き返すと、ピー子の騎首を巡らせて進路を変更し、着陸のための準備に取り掛かる。



 ディーリス=魔領間を隔てる山脈はクシャ山脈よりも更に標高が高く、また北に位置するため、どの山も山頂付近には雪を冠っている。植生も心なしか広葉樹より針葉樹が目立つようになっていた。


「見事な着地だ。私が籍を置いていた部隊でも、君ほど鮮やかな着地をこなす者はいなかった。騎獣と乗り手の息が完璧に合っているのだろうな」


「……どうも」


 見晴らしの良い崖上の空き地へとエイドの後に着陸し、久しぶりに大地へ足を付けてほっと一息つく。


 体力的には特に支障は無いが、長時間の飛行というのは意外と精神的な負荷が掛かるものだったりする。何しろ、気を抜いて手綱を離したら地面へ真っ逆さまなので。


「あと二つも山を越えれば目当ての高原が見えてくる。それまでそちらのグリフォンは保ちそうか?」


 手頃な岩に腰掛けた俺の隣で、騎竜に肉塊を与えていたエイドが振り返った。


 肉塊はクシャ山脈に生息する亜竜の肉で、今朝俺と合流する前に三羽ほど確保したのだとか。残りは鞍の後ろに縄で括り付けられている。


「ピー子なら問題ない。ただ……」


「ああ、承知している。長時間の飛行は鍛えていても身体に障るからな。アーデ殿のような子女なら尚更だ。身体の不調を感じたら無理せず手頃な空き地に着地してくれ」


「そうさせてもらう」


 こまめな休憩は正直ありがたいので、素直に頷いてから水筒に口を付けて喉を潤しておく。キンキンに冷えたお茶が火照った身体に沁み渡る感覚が心地良い。


 この少女としての身体は、以前の肉体より身体的な能力こそ間違いなく向上しているが、それでも疲労を感じないわけではない。

 全力疾走すればいずれ息を切らし、翌日には筋肉痛の痛みにも悩まされる。『風霊の癒し』は怪我や痛みには万能じみた効能を発揮するが、疲労には効果が薄いのだ。


 そして、長時間の飛行は意外と体力を消耗するが故のこまめな休憩である。


「何、多少休んでも日が暮れる前にはハダラ高原が見えるだろう。その後は虱潰しの捜索になってしまうが……、いずれにせよ見晴らしは良い。然程時間を掛けずに我が故郷も見つかるさ」


「……捜す? 集合地点を決めてないのか」


 気になった疑問を、俺の隣に腰を下ろした彼に問い掛けるが、エイドは首を横に振って否定する。なんでも、友人と取り決めた合流場所の集落は定期的に移動するらしい。

 なんだそりゃ、と一瞬首を傾げるが、すぐに移動する居住地の存在に思い当たって納得した。


「成程、遊牧民なのか」


「おお、知っていたのか。騎士の同僚にはあまり馴染みがない生活らしくてな、どう伝えれば良いか困ったのだが……アーデ殿には必要なさそうだな」


 高原がどれ程の規模を誇るのかは不明だが、おそらく放牧に適した草原が広がっているのだろう。その広い土地を家畜を伴って巡り、移動式の住居で生活する遊牧民族。それがエイドリックの故郷なのだ。


 期せずして未経験の生活様式に触れる機会を得たとなると……気分が高揚してしまうのを自覚する。


「何を飼ってる? 山羊や羊とか?」


「馬も十頭ほどいた。他には遠見鷹を飼っていたが、私が集落を離れた時にはかなり歳をとっていたからな、流石に会えないかもしれない」


 干し肉を無理やり水で流し込み食事を済ませたエイドは、懐かしそうに曇り空を見上げる。騎竜騎士という重要な役職に就いていると、中々休暇も取れないのだろう。ただ、国に追われて里帰りする羽目になった彼の心境は如何程のものか。


「つかぬことを聞くが、アーデ殿の故郷はサベレージ王国内の街か村なのか?」


 不意に、エイドは俺の故郷の話を求めてきた。突然の問いに一瞬息が詰まり、教えるべきか逡巡してしまう。


 出自についてはサクやリリィにも聞かれたが、その時は大陸の外から渡って来たと適当に誤魔化していた。だが情報収集のためにエイドの身の上話を聞き、協力を申し出た以上は此方だけ胸襟を隠すのはフェアとは言い難い。


(しかしどこまで話して良いものか。異世界云々は……いらん火種に成りかねないし)


 別世界から転移したなんて話しても、拗れるのが目に見えている。適当に婉曲な表現で誤魔化さないと話題が余計な方向に逸れてしまうだろう。


「……いや、大陸の外から来た。故郷はあまり面白いところではなかったけど、住み心地は良かった」


「外洋を横断してこの大陸に? 随分と遠方から来たのだな……」


 驚きに染まった表情で感嘆するエイドに、適当に相槌を返す。実際は異次元との狭間を越えている訳だが。自分でも説明出来ないことを教える必要はないだろう。そもそも、俺がこの世界に投げ出された理由すらわからないのだから聞かれても答えられない。


「ほとんど住宅街だったかな。街に住む人の殆どが飢えたりせず、治安も良かった。少なくとも……私は死ぬような目に遭ったことは無い」


「それは……凄いな。子供の頃は、冬場は乳粥だけで過ごさねばならん日があった。

 王都で衛兵として勤めていた時は腹を空かせたりはしなかったが、酔って暴れる冒険者や人狩りの検挙には苦労させられたよ。

 ……聞く限りでは不都合など何もない良い街に聞こえるが、アーデ殿はそれを不満に思っていたのだろう?」


 そうなのかもしれない。元の世界の記憶は所々に靄が掛かっていて、夢の中で起きた出来事を思い出す時のように難しい。

 だから一体何に対して不満を抱いていたか、具体的なことは思い出せない。ただ、燻っていた魂をこの身体(アーデフェルト)を動かせるゲームで慰めていた事だけは、はっきり覚えている。


 あの平和な世界が嫌いだったわけではない。こちらの世界では胸中を掻き毟りたくなるような不快な敵とも戦い、自身のミスで知人を喪い掛ける苦痛も味わっている。元の世界であれば、こんな辛い気分を立て続けに味わうこともなかった。――けれど、


「こっちの方が性に合ってる」


 凝り固まった社会構造に組み込まれず、一人で気軽に空を飛べるこの世界の方が好ましい。無論、このように振る舞えるのはアーデとしての身体(ステータス)と、持ち込めた物資のお陰だが。


「……私も似たようなものだ。家族との暮らしに不満を抱いたことはなかったが。厳しくも優しい母上に、戦う術を授けてくれた長、年の近い友人たち。皆得難い家族で、不満に思う筈がない。

 だが、そんな私の上を――飛竜が飛び去っていったのだ」


 エイドは無精髭が伸びた頬を緩め、騎竜の(おとがい)を摩る。騎竜の方も逆鱗に触られて尚、大人しくされるがままに任せている。身動ぎ一つしないのを見るに、相当に信頼を寄せているのだろう。


「視野の狭さを実感したよ。そして憧れた。『あの背中から見る景色はどんなものか? 』とね。それを夢見た私は集落での幸せを捨て、王都を目指した。

 後悔はしていない。そのお陰でドラグという得がたい相棒と出会えたし、なにより――レオノーラに出会えた。万物に替えられない、大切な絆だよ」


 外の世界に憧れた、か。特別な理由があって助けたわけではないが、妙なところに共通点が有ったらしい。


「なら、助けないと」


 その言葉に、エイドは軽く目を瞠って俺を見たが、すぐに不敵な表情に切り替え、彼は強く頷いて同意を示した。何に驚いたのかは分からないが、


「ああ、勿論だ。だからまずは頭数を揃える。我が故郷(いえ)、ハドヌスへ急ごう」






 ________





 空路を北東へと修正し飛行すること更に数時間。あれから幾度かの休憩を挟み、遂に目的地の高原の外縁部へと到達した。


 鷲獅子(ピー子)の背中から見下ろせる眼下に、地平線を新緑色一色に染める平原が……見えなかった。


「霧で何も見えない……」


 平原一帯は大規模な濃霧によって覆われていた。雲よりも低い位置で白い靄が渓流のように流れを描き滞留する様は、見ていて飽きない景色だ。しかし、これでは上空から集落を探すのは難しい。


 どのように探すのかとエイドに視線を向けると、彼は騎竜に指示を出して高度を下げ始めた。その進路は……濃霧に飛び込むコースだ。突っ切って進むつもりか? 


「このままでは霧の中に潜ってしまいますけど、大丈夫なんですか?」


「さあ? ただ、この地域について一番詳しいのはエイドリックだから基本任せるしかない。……まあ保険は掛けておくか。――『透視』、『同調』」


 妖精の疑問に肩を竦め、杖に触れながら二つのスキルを行使する。


 一つは視界の阻害を無視して地形や障害物、生体の輪郭を浮かび上がらせる『透視』。しかし悲しいかな、見えるのは身体のラインだけで細部までは見通せないため、露天風呂が在ったとしても覗きには使えない。『透身』で直接乗り込まなくては、肌色を盗み見ることは叶わないのだ。

 もう一つ、『同調』はそのままの効果で、自身に掛けたバフを味方にも付与するスキル。本来なら自己強化のバフでさえ、全体付与を可能とする便利なスキルだ。

 それをピー子と、一応妖精にも掛けておく。


 やがて視界を妨げていた白い靄を透過して、眼下に平坦な地形が浮かび上がる。霧に隠された空間には、剥き出しの岩場すらないだだっ広い草原が広がっていた。


「おおっ、ほんと何もない真っ平らな地形ですねー。まるでアーデさんの胸みたいですね!」


「何故俺の身体で例えたし」


 確かに、俺の身体は起伏に乏しい絶壁だが。


「いやアーデさん、女子として気にならないんですか? サクさんレベルのスリーサイズが欲しくないんですか!?」


「いらないが」


 欲しかったらアーデは巨乳にキャラクリしている。


「くっ、そういえば中身は男でしたっけ……。では異性としての生理現象はどうでしたかー? 用を足す時とか大変でしたよね?」


「最初はな。一度やれば慣れる」


 吹っ切れたとも言う。というか何故そこまで俺を弄ることに拘るのか。幾らピー子に任せきりにしても航行に支障は出ないとはいえ、流石に顔の横で喚かれると鬱陶しい。


「むむぅ……。じゃあ月のものは如何です? いかに美少女としての自覚が薄いアーデさんといえど、アレには勝てますまい」


「月のもの?」


「アレですよアレ。女の子の日ですよ」


 ……


 …………


 ………………ああ、生理。


「そういえばまだ無いな」


「うっそぉ!? こちらに来てもうひと月過ぎてますよね。大丈夫ですか、ストレスとか溜まってますか?」


 いや、確かにストレスが溜まる場面には何度も遭遇しているが、……それで乙女の身体に支障が出るものなのか? 


「……そろそろ無駄話は止めだ。霧の中に入るから、――しっかり掴まっていて」


 濃霧を目前にした俺は(かぶり)を振って雑念を払い、手綱を握り直して気を引き締める。前方のエイドは既に高度を下げ、霧中に姿を消した。

 今までと比べかなりの低空飛行となるが、『透視』で視界の制限を取っ払った以上、大した難易度ではない。


(しかしこの霧、平原だけを覆って付近の森には流れ込んでいないが、……本当に自然発生するような代物なのか?)


 そんな疑問を余所に、視界は白く霞み、冷たい雨粒がローブを伝って流れ落ちる。白い光の輪郭となって浮かび上がるエイドの騎竜に追従して、霧の中で降下すること数十秒。突然周囲が明るくなり、新緑色の大海原が視界を埋め尽くした。


「これは――」


 緑の海だ。事前に広大な平原だと知り得ていた筈の俺は、それでも圧倒的な景観を前に無意識に唾を呑み込んでいた。



 風の一つでさざ波のように靡く、汚れ一つない緑色一色の草原。霧の僅かな隙間から射し込む、斜光のカーテン。そして――



「雪が……花みたいに」



 乾季の陽光に照らされ、煌めきながら舞い散る細雪(ささめゆき)



 これだけなら、元の世界でも見れたかもしれない光景だ。ただ、それ故に、――この空で翼を広げて飛ぶ騎竜の姿に、俺は見惚れてしまっていた。


「あ、見てくださいアーデさん。あの一角で白い塊が動いてますよ! あれ羊じゃありませんか?」


「……本当だ」


 妖精の指差す先、雲と草原の境目に斑点のような黒点が映り込む。それが羊の頭だということに気付くには、そう時間は掛からなかった。


 そしてその奥、住居と人の影が見え隠れしだしたタイミングで、エイドは再び高度を下げ始める。どうやらあそこが目的地らしい。


「アーデ殿! あの群れの手前で降りる! 無闇に羊たちを騒がせたくない!」


 無言で頷き返し、エイドの背後に続く。話に聞いていたよりも規模の大きい集落では、生憎の空模様にも関わらず、多くの人が外で作業に勤しんでいる。


(さて、どうなることやら……)


 こちらを見上げ、集まり出した遊牧民の人々に考えを馳せる俺を余所に、鷲獅子と騎竜は緑の大地へと降り立った。

(●ω|「暑い」

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