51話目 横槍
な、夏休みでした……(2回目)。
まだ定期更新は厳しいですが、ゆっくり更新出来ればと思います。取り敢えず三章が終わるまではなるべく早めに投稿しなくては……。
では、どうぞ。
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「目、痛ってぇ……」
至近距離で膨大な光の奔流を直視してしまったアーデこと俺は、チカチカと明滅する目を押さえ覚束ない足取りでふらりと立ち上がる。
暫くして、純白に染まっていた視界にも色彩が戻る。そして黒に染まっていた迷宮の最奥、迷宮主の大広間も、石造りの地味な色を取り戻していた。
(っ、今の状況は……)
視力を失っていたのは数秒にも満たない僅かな時間だけだ。しかし敵の目の前で無防備な姿を晒すというのは、例え数秒でも致命的な隙であることに違いはない。
だが身体を爪で裂かれる痛みも、呪いに侵される不快な感覚も一切ない。それはつまり、敵であるガメスオードに俺を仕留める余裕が無かったということ。その原因は――
『LAaaaaaaaaa――――!!』
「……っ!」
突如として吹き荒ぶ虹色の風から、腕を翳して視界を守る。と同時に、天使のような姿をした「それ」の歌声が風に乗って大広間に響き渡った。
「ガアアアッ!? 糞ガッ。聖霊を、しカモ『王位級』を呼びやガッタのか!? ヒト程度の魔力でドウやりヤガっタっ」
人外の絶叫に顔を上げると、迷宮主の王座の側で両目から血を流し、膝をつくガメスオードの姿が。
つい数分前の余裕そうな表情はなりを潜め、血に塗れた瞳で新たに顕れた「それ」を睨みつけている。
「それ」は、凝縮した魔力が人型を取った靄だった。
七色の風が吹くたびに人型は乱れ、周囲に満ちた虹色の粒子を舞い上げる。肉体を持たず、絶えず零れ落ちる魔力が風となって肌を擽ることで、辛うじてそこに「いる」のが分かる。
セレーラが唱えていた通りあれが精霊王、なのだろうか? てっきり偉そうな王様か、女神風の何かが召喚されるものだとばかり。容姿性別不明、実体なしは評価に困る。
「アーデさん、アーデさん」
「ん、どうした?」
いつの間に潜り込んだのか、ひょっこりと服の襟から顔を覗かせた妖精が俺の肩を叩いて呼んでいる。黒い斑点模様で汚れていた彼女の羽根も、今は薄緑の鮮やかな色彩を取り戻していた。
「目の前の精霊王様なんですが、やっぱり無茶な召喚をしたせいで万全の状態じゃありません。一応戦闘力に関しては問題ないかと思いますが、意思の疎通が出来ないんですよね……」
あの姿は不具合だったようだ。本物の拝謁はまた今度、と。
「何度か呼び掛けているんですが、全く応えが返ってきません。今は大人しくしていますけど突然暴れ出してもおかしくないです」
「……つまり暴走中?」
え、どうするんだそれ。当初の目的である「魔法を封印する結界の破壊」こそ達成しているが、まさか自分で喚んだのに自分で倒さないといけないと?
「おそらく人には危害を加える心配はないかと。ですが、味方している魔族を判断できているかはちょっと……」
「成る程。オリベルが問題だと」
ヒューちゃんの吐いた毒霧を避けるために、大広間の石壁の隙間に剣を刺して難を逃れたオリベルを見上げる。って、姿が見当たらないと思ったらあんなとこに貼り付いていたのか……。
「オリベル! ここからはこっちで終わらせる。巻き添えを食らわない内に下がって」
オリベルは無言で頷くと骨の身体をバネのように縮め、壁を蹴って跳躍。一足で大広間からの唯一の出入り口である扉へと降り立つ。
いつの間に扉が開いてる……よりも、あいつどうやって跳ねた? 筋肉とかアキレス腱無いのに。今更か。
「……アーデフェルト。後ハ任セルガ、マロンヲ頼む。必ズ助ケ出シテクレ」
「言われなくても」
笑って頷き返し、迷宮の闇へと消えていく彼の後ろ姿を見送る。――さて、ようやく真っ当な戦いに挑める。
奴にはスキルを無効化されたり空中から落とされたりと、実は少しストレスが溜まっていたりする。その落とし前、つけさせて貰うからな?
「……逃さネェ、貴様ラは絶対ニ逃さねえカラナァァアア!! 骨ゴト食イ千切り、その死体ガ腐っテモ嬲リ続けてヤル! テメェらは、テメェらダケハアアァァ
「うるさい。『長剣射出』、ランク8『浄掃剣』、99本」
紙吹雪のように散ったページから鋭利な刃先を見せる99本もの凶刃。その全てが俺の指し示すままに悪魔へと鋒を向け、投射の合図を待つ。
百本近い刃が虹色の輝きに染まり、
「――やれ」
号令を下すのと同時、大広間に閃光が疾る。百に近い長剣の投射はさながら絨毯爆撃の如く、広間の石畳を耕し巻き上がる土煙に朱が混じる。
「くそくそクソクソォ! ナンなんだキサマは!? 何故『絶対防護』を貫通スル剣を幾百も用意できル!? ダンジョンマスターの権能だぞ!」
土煙から飛び出したガメスオードは、先程までの不自然な無敵っぷりが嘘のように血塗れの姿で地に膝をつく。そこへ精霊王の起こした虹色の風が襲い掛かり、更に王座から離れるように逃れていく。
「アーデさん、今こそ迷宮主の支配権を奪う好機です! あの王座に触れてください。あれが予備のシステムコンソールになっています!!」
肩の上に収まった妖精の指示に王座へ目を向ける。あの地味な意匠の王座が、迷宮を管理するための合鍵か。
「『飛翔』。しっかり掴まってて」
ゆるく地を蹴って低空へと上がり、虹色の魔力が立ち込める広間を一直線に翔る。
「サ……サセルカ!!」
途中、端まで追い詰められたガメスオードから苦し紛れに『黒焔』が飛んでくる。しかし狙いも威力も甘い攻撃魔法は、俺が何かしなくても魔導書によって遮られ消滅した。
(っと、これか。……ふむ)
大した妨害もなく舞台の上、王座の側へ到達した俺は肘掛けに埋め込まれた「それ」を見下ろす。
システムコンソール、ダンジョンの制御装置は『マイルーム』のそれと非常に酷似していた。無機質な窓、地味なレイアウト。間違いなく同じシステムを利用している。
「アーデさんっ、早く!」
妖精に促され、触れようと手を伸ばし――視界が暗くなる。
「っ!」
大質量の落下地点は俺……ではなく、王座正面の階段。――丁度俺とセレーラの視界を塞ぐ位置取りに降り立ったのは、牛頭の怪物。
GRUUuuuuaaAAA――――!!
「ミノタウロス……!」
「にしてはデカすぎます! 亜種か何かですよアレは!?」
新たに降り立った獣の咆哮が大広間を揺さぶる。人外の大音声は咄嗟に耳を塞ぎ凌いだものの、セレーラとの間を遮られたことに思わず舌打ちする。
(……くそったれ。まだデカブツのストックが残ってたのか。幾らなんでも時間をかけ過ぎた)
ゆらりと立ち上がったソレを睨み、視界の大半を占める壁のような巨躯に内心で毒づく。
ソレはいつぞやのダンジョンで遭遇したミノタウロスよりも、ひと回りは巨大な個体だった。
それが纏う鎧はその殆どが砕け、帷子も剥がれ落ちて防具としての体をなしていない。傷ついた肉体には流した血痕がこびり付き、茶の体毛を赤黒く染めている。そして頭部には、禍々しい黒色に染まる一対の大角。
手負いの個体。しかし今は果てしなく邪魔な存在だ。それに……こいつ、何処かで見たような気が――
「ハハハッ、殺セ! まズハ目の前ニイル女かラだ牛鬼!!」
虹色の風に喰われ半身を失ったガメスオードが嗤う。だが灰になって滅びかけている奴は後回しだ。迷宮の支配権とセレーラの身の安全。まだ同時に対処する余裕はある。
「『縛鎖喰霊』、ランク5『捻断の鎖鎌』10本」
俺の指示に反応したページがミノタウロスを包囲、所有する数多の暗器から鎖鎌を喚び出し、投射。跳躍間際の牛鬼の頸椎、双腕、両脚、大腿部、腰椎、鳩尾へと刃を突き刺し絡みついた。
GRUUuuuuaaAAA――――!!
牛鬼が雄叫びを上げ、鎖が軋む音を立てる度に喰い付いた刃は深く肉を抉る。大樹のような巨躯は鮮血に染まり、引き千切るよりも早くその身は削れ擦り切れていく。怪物の抵抗を受けて尚、鎖鎌の拘束は弛まず更に締め上げる。
……拘束目的だったんだが、そのまま縊り殺しそうだ。いや、この場合は鎖鎌に寸断されないミノタウロスの肉体を賞賛すれば良いのか?
兎も角、足止めはこれで十分だろう。後は――
「妖精、何をすればいい?」
「あっ……、その画面に触れてくださいっ。登録とかその他諸々はこちらでやりますから!」
雑な説明に不安を覚えつつも、宙に映し出された窓に触れる。その途端、触れた画面から赤い靄が俺に絡みつくようにして溢れ出し、何の痛痒もなく身体に溶けて消えた。今更だが、本当に大丈夫なんだろうかこれ。
「登録生体名『アーデフェルト』。〈助言者〉の権限において非正規接続者ガメスオードの全権を剥奪、迷宮支配者の能力をアーデフェルトに返上します。――執行」
妖精の機械的な声が耳に届いた刹那。情報の波が視覚、聴覚を介さず直接脳内に雪崩れ込んだ。
「……っ」
その情報は精々がこの迷宮の構造図であり、簡易的な操作方法の説明と大した情報量ではない。しかし不自然な情報の獲得に不慣れな脳が軽く揺さぶられ、弱い吐き気を催し咳き込んでしまう。
(うぇぇ、説明の一つや二つしといてくれよ……)
正直、勝手に流れ込む情報というのは不快でしかない。歪んだ視界の端で死に体の悪魔が何かしているが、妨害すら出来ず奴は姿を消した。……精霊王に食われたか、それとも逃げおおせたのだろうか?
王座を支えに立ち上がり周囲を見回せば、なんと鎖鎌の拘束を強引に抜け出したミノタウロスと目が合った。
UraaaAAA――――!!
既に満身創痍、四肢すら満足に動かせないはずだが、その獣の瞳の闘志は全く薄れていない。一歩一歩しっかりとした足取りでこちらへ近づいてくる。
「ふっふっふふ。み、ミノタウロスの亜種風情が迷宮支配者たる姉御に楯突こうなど百年早いですぜ! さあアーデの姉御、やややっちゃってください!!」
「声が震えてるけど……」
いつの間に潜り込んだのか、俺のローブからひょっこり顔を出した妖精がドヤ顔で笑っている。これで顔面蒼白かつブルブルと怯えてさえいなければ、奴に向けて投げ捨てられたのだが。ただの小物なのか判断に困るな。
GWOOoooruuuuaaaAAA――――!!
「――『大剣射出』、ランク7『オルホンの魔鋼大剣』1本。……追加5本展開、待機」
俺の斜め後方からページを介し、華奢な身体よりも遥かに巨大な大剣が迫り出す。全ての鎖の拘束を引き千切った牛鬼もそれに気付き、壊れた手甲を纏った片腕を突き出して防御姿勢を取る。――無駄なことを。
突風が吹き荒れ、破城槌のような大剣が投射される。雄叫びを上げ大剣を迎え撃ったミノタウロスはしかし、腕を吹き飛ばされ、腹部に風穴が開き床に縫い付けられて尚、残った腕を俺へと伸ばす。
「…………」
妙な既視感。そういえば初めて潜ったダンジョンでも俺はミノタウロスに執着されていたな。こいつらの種族と何か縁でもあるのだろうか?
Guoo……
微かな呻き声。……放っておいても勝手に死ぬだろうが、いたずらに苦しませる理由もない。待機させておいた5本の内の一つを迫り出させ、介錯のため手を振り下ろ――
「アーデさん右です!」
「な、どうして■■■■様が!?」
セレーラの警告、妖精の悲鳴。しかし俺が振り向くには一歩遅かった。
『LAaaaaaaaaa――――!!』
「は?」
視界の端を虹色の粒子が過った。そう認識した瞬間、俺はページの守りごと虹色の風に呑み込まれた。
(●ω●)「逝ったかと思ったよ」
アーデ「前作でもやらかしてるし……」
夏の暑さは天敵(既に10月下旬)。