26話目 断罪の剣と救済の天雷
第2章クライマックスもこれで終わりです。長く苦しい戦いだった……(主に執筆時間の捻出的な意味で)。
後は……一、二話程度で2章完結かと。そこまでは何とか駆け抜けたいですね……!
では、どうぞ!!
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タスケテ……、タスケテ……
ベイレーン城の地下深くに生まれた、狂気が渦巻く肉塊の大空洞。生贄とされた人々の怨嗟の声が肉の壁に反響し、人の正気を奪い取る呪いの空間と成り果てていた。
「うふ、うふふふ……、あはははははは!」
苦痛と恐怖、そして哀願の叫びによって満たされた大空洞に、少女の場違いな笑い声が響き渡る。それは間違いなく狂気を孕んでいるもので、しかし僅かばかりの困惑も含まれていた。
「あはははははは、何故なの? この子たちは間違いなく人間には倒せない存在よ。きっと剣帝だって軽々と倒せたでしょう。……なのにどうして、あの子は一体何者なの?」
狂気に染まった少女ーーローズリンデ=ベイレーンは、薄暗い大空洞の中心に蹲るようにして座り込んでいた。
近くには白髪の少女から奪い取った魔導書が置かれ、ローズの目の前には、肉塊の空間に場違いな青い水晶が埋め込まれている。
『さあ? 悪い貴族をやっつけに来た天使様、とかじゃない?』
狂気の満ちたローズの頭の中に、場違いに思えるほど落ち着いた声が響いた。ローズが顔を上げれば、水晶の中に閉じ込められた一人の少女が、小馬鹿にしたような口調で彼女の事を眺めていた。
『どうするの? このままだと悪い貴族様はやっつけられちゃうと思うのだけれど』
「五月蝿いぞ雌犬! お前は王子様の創り上げた魔物の核でしかない! 喋っても良いなんて一言も言ってないわ!!」
突然顔を鬼のような形相に変化させたローズが、ヒステリックに叫んで少女の入っている水晶を蹴りつける。
バチバチバチッ!!
蹴りつけると同時に水晶に電流が流れ、中で漂う少女に対し少なくない痛みを与える。
『はあ、貴族様って本当に沸点が低いのね。やっぱリースが特別だったのかな?』
僅かに顔を顰めた少女は、脚の先まで伸ばした白髪を水晶の中に漂わせ、煌めく淡い翠色の瞳を細めてそう呟いた。実際には口を使っておらず、使い手の限られた魔法・『念話』を使った会話である為、二人のことを端から見る者がいれば不可解な光景に見えたかもしれない。
「忌々しい娘。その力がカースキマイラの制御に必要なものでなければ、すぐにでも私の手で壊してあげるのに……」
『ふうん? それはそうとして、ここも危なくなってきたと思うのだけれど……。逃げなくていいの?』
少女の言葉が終わらぬ内に、ズゥン……、と鈍い爆発音とともに大空洞が揺らぐ。
「今のは……」
『ようやく来てくれたみたいね。さあ、貴族様はこれからどうするの?』
それは侵入してきた者が肉塊を強引に突き破る音だ。呪いの塊である肉塊を、物理的な破壊によって掘り進む無慈悲で不条理な蹂躙。
時が経つにつれて轟音と地揺れが酷くなっていく大空洞の中で、ローズは魔導書を手にゆらりと立ち上がる。
「まだよ。あいつが入ってきた瞬間にこれで上級魔法を叩き込めば……少なくとも優位には立てる……!」
カースキマイラから供給されるありったけの魔力を魔導書に回し、最大の一撃を侵入者へと叩き込む為に構える。
カースキマイラが溜め込んだ魔力の源は、この呪いの塊に埋め込まれた全ての者達から搾取し続けることで得られるものだ。カースキマイラの主たるローズリンデは近くにいれば、その大量の魔力を自由に使う事が出来る。
自身は苦しまず、無尽蔵の魔力を魔導書に流し込んで上級魔法を放つことが出来る。それこそが低レベルのローズリンデが騎士団を殲滅し得た理由の一つだった。幾ら強靭に鍛えられた騎士団といえど、指揮系統が乱れた状態で上級魔法を叩き込まれては為す術がなかった。
「ふふふふ。さあ来なさい。こっちはいつでも良いのよ……! 貴女の顔が苦痛に歪む姿が見たいのだから……早く!」
今までよりもふた回りほど大きな『紅炎の翡翠』を生み出したローズリンデが叫ぶと同時、肉壁が爆散し血煙となって侵入者の来訪を告げる。
「あはははははは! 燃え尽きなさいアーデフェルトぉ!!」
血煙を突き破って突貫した炎の鳥は何かにぶつかり、盛大に爆散する。炎は周りの肉塊を灼きつくし、着弾点をクレーター状に大きく抉り取った。
(殺すのは惜しいけれど、あれなら死体でも十分過ぎるほどの力をカースキマイラに与えてくれる。むしろ利益の方が大きいわ)
今までよりも桁の違う破壊力に奇襲は成功したと判断したローズは、二撃目を放とうと魔導書に魔力を送り込もうとしてーー爆煙から飛び出してきた何かに手首を消し飛ばされた。
「……え?」
手に握っていた筈の魔導書が、自身の指先とともに肉の床に落ちる光景をローズは呆然と眺める。
「魔導書を使ってるから少しは警戒してたけど……、無用の心配だった」
それと同時に、鈴のような透き通る声が彼女の耳朶を叩く。血煙は風の魔法によって払われ、白髪緋眼の少女が無傷の姿で現れる。
「それは返してもらうよ、ローズリンデ。それに、そこに閉じ込めてる子もこっちで預からせてもらうから」
アーデの万人を魅了するあどけない笑顔は、今のローズにとって罪人の命を刈り取る、冷酷無比な死神のように冷たく無機質なものに見えた。
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「ああ、ほんと似てるな」
肉塊の中に造られた大空洞へと侵入を果たした俺は、目の前に屹立する巨大な水晶を前にして、ボソッと小さく呟いた。
人ひとりが入れる大きさの青い六角水晶の中には、実際に人が入っている。それも、俺と瓜二つの白髪少女が。
(あの子がさっきから呼び掛けてきてた子で……ケイの妹なんだろうな。まあ、取り敢えずは生きてて良かったと言うべきか)
グロテスクに流動する肉塊を爆破による直下堀で進んでいた最中、頭の中に直接呼び掛けるような声が何度か聞こえてきていたのだ。
呼び掛けのほとんどは雑音によって遮られ、何を伝えようとしているのかさっぱり分からなかった。だが送られてくる魔力の糸を辿り、そこに向かって掘り進めてみれば……ビンゴだったわけだ。
割と大きめの空洞に出た瞬間、巨大な火の鳥に襲われたことに少し驚いたが、俺よりも前に展開していたページが『爆雷』を発動して粉々に消しとばしてしまった。やはり奇襲を無効化出来るのは助かるな。
「ああああああああっ!!?」
魔導書に向けていた視線を元に戻せば、片腕の手首から上を失ったローズリンデが腕を押さえ、悲鳴を上げてのたうち回っていた。
……俺がやっちゃったんだけどな。
奇襲を受けた時につい反射的に放ってしまったものだが……、まあ殺していないだけましだろう。結局は、命の灯火を消す機会が少しだけ長引いただけだけどな。
「しかし成る程。『帰属』とか『レベル制限』はこっちにはないみたいだな。今度からは装備の保管についても考えておかないとなー」
蹲ったローズリンデの傍に転がっている魔導書を拾い上げ、思わずボヤく。ゲームの時の感覚で、この魔導書は他人には使えないだろうと考えて、油断していた俺にとって良い薬になった。今度から机の上に置き去りにしておくような、無警戒な放置は止めておこう。
予備の魔導書を仕舞い、古惚けた魔導書を周囲に浮かばせる。……たった数時間しか離れていないのに、意外と懐かしい気分だ。個々の魔導書によって魔力の通りが違ったりするんだろうか?
『あなたは……私?』
「うん? ……いや、多分違うと思う」
頭の中に直接声が聞こえてきた。ここに来るまでに聞こえていた雑音混じりの声と似ている……というか同一人物なのだろう。先程から視界に映っていた、3メートルほどもある巨大な水晶の中を覗き込めば、驚きた顔の自分が、同じようにこちらの事を見つめていた。
「君がリリィ、で合ってる?」
『はい。それで、あなたは……?』
良かった。五年も行方不明となれば生存は絶望的かと思っていたが、生きているだけでなく、なんと正気を保ったまま封印? されているらしかった。
「アーデフェルト。……君のことはケイに聞いてる。今、助けるから」
『やっぱりケイお兄ちゃんが……』
周りを見回しても、水晶から出させる為の装置は見つからない。まあ制御装置のような代物が、肉の塊の中に有っても困惑してしまうから無くて良かったかもしれない。
「強引に破壊する……のは流石に拙いかな?」
ローズに聞くという手も考えたが、まさか素直に教えてくれるわけないか。拷問も趣味じゃないというか、したことなどある訳がないので、上手く情報を引き出せるとは到底思えなかった。
畢竟、ごり押しか別の方法で何とかしなくてはならないのだが、今からここを探索するのは骨が折れそうだな。
……というかこのまま無為にこの場で時間を掛けてると、腐肉の悪臭や犠牲になった方達の怨嗟で鼻と耳がおかしくなる。
『私がここから離れてしまうと、カースキマイラを制御出来る存在がいなくなり、完全に暴れ始めてしまいます。アーデフェルトさんが放った魔法でも倒しきれないのでは、もう勇者様に頼るしか』
「いや、勇者は間に合わない。それに、まだとっておきはある」
目を閉じて項垂れているが、倒すだけならどうとでもなるんだよな。『彗星光条』よりも威力の高い範囲攻撃スキルはまだたくさんあるし。
「リリィ。多少無茶するから、痛かったら言って」
『アーデフェルトさん? 一体何を……』
水晶に手を触れ、ものは試しと自身の魔力を流し込んでみる。
泥のような、ねちょりとした抵抗の強い液体を掻き分けていく感触。……ああ、いけるな。
「ふんっ、……す」
体に流れる魔力を止めることなく水晶に注ぐ。絶えず、絶えず流し込めるだけ流し込んでいく。
ピシッ、ピシピシッ……
暫くそのままでいると、水晶から致命的な音が聞こえてきた。ふむ、まだ5分の1も注いでないんだけどな……脆すぎない?
『……嘘。人族の魔法使いが、幾ら何でも千人以上の魔力を凌駕する訳ない。それこそ勇者様か魔王じゃなきゃ……』
目を見開いて驚いているリリィを横目に、魔力の注入を加速する。てか、千人以上って……、離れた肉床で転げ回るあれは、どうすればここまでの所業を行えるのか。
「そうそう。魔法使いじゃなくて、魔導師」
まず始めに触れた箇所に罅が入り、そこから周囲へと広がっていく。カースキマイラとかいうこの肉塊も危険を感じ取ったらしく、俺を水晶から引き離そうと触手を伸ばしてくる。
『そんなの今は関係ありません! こんな事したら制御すら出来なく……』
だが、取り戻した魔導書から新たに展開したページが、『爆雷』であっさり吹き飛ばす。そして周囲の床も、軟化し触手となったタイミングで再度爆破された。
するとまあ、既に全面に罅が入っていた六角水晶に直近で起きた爆発の衝撃を耐えられる筈もなく……、澄んだ音を立てて粉々に砕け散ってしまった。
「きゃあっ!?」
「おっと……。大丈夫?」
突然の足場消失に、まだ効果の残っていた『飛翔』で転倒を避ける。砕けた水晶から弾き出されたリリィを抱え、大空洞の中程まで一気に翔ける。
KyaaaaAAAAAA!!
「げ、もしかしなくても崩れるか……?」
「みたいです。尋ねたいことはたくさんありますけど……、脱出するのが先ですね」
肉塊を纏め上げる要を抜き取られた怪物の悲鳴が、大空洞全体を揺らす。肉体代わりの人々から搾取されていた魔力と、リリィという要石を失い、身体を構成していた腐肉が次々と崩落を引き起こしているようだ。
「しっかり掴まってて。ーーデカイのいくから」
リリィを片手で抱え直し、真上に向けて手を翳す。
「使用枚数10枚。『彗星光条』」
10枚のページを前面に展開、……スキル発動。
「穿て。ーーお前達の救済は、俺が星に願おう」
カァッッツ!!
魔導書から放たれた光の奔流が、暗い大空洞を眩く照らす。腐肉は蒸発し、人々の怨嗟の呪いを光の柱が搔き消していく。
AAAaaaaaa…………
10秒以上照射されていた光の束は、やがて残存魔力の粒子を周囲に撒き散らして消滅した。光条を放ったページが魔導書に舞い戻って来るのを見ていると、すぐ側から小さな涙声が耳に届く。
「星空……。穴の向こうは、外なんですか?」
俺に抱えられたリリィは、翠色の瞳で真上を見上げ、震える声で俺に問い掛けてきた。それにつられて俺も見上げれば、大空洞の天井にぽっかりと空いた穴から、星の輝きが小さく瞬いている光景が目に入ってきている。
(……ああ、空を見るのも久し振りなのか)
リリィは五年前に攫われたという話だ。それだけ長い間、地下で軟禁され陽の目を見ることが出来なかったとなれば、当然か。
「そう。これで地の底からも、さようなら」
頷き返し、地上への出口へと飛翔する。大空洞の底から何か人の絶叫が聞こえた気もするが、落盤中の大空洞でよそ見しながら上へと進むのは流石に怖くて出来ない。
まあ、落ちてくる肉片やらは魔導書が全て勝手に防いでくれるんだけどな。こいつがあって本当に助かってるな。
「っと、これはまた、派手にやったな……」
穴を潜り抜けた俺が一気に上空まで翔け昇ると、無数の色の星が夜空を彩る幻想的な光景が視界を埋めるが、続けて地上の惨状が目に入り、思わずボヤく。
城の中庭まで到達し、そこで侵攻を留められていた触手の残骸が、辺り一面をその血で汚していた。
「マスター、ご無事で何より」
触手の残骸の山と血煙を作り上げたウルスザが、馬蹄の脚で悠々と近寄って来る。ーー当然全身を血に染めているわけで、黒の鎧だから血の色は目立たないものの、匂いを消せるわけではない。
「ウルスザ、足止めご苦労様。本体を潰すから十分に距離を置いて」
「御意に」
さりげなく黒騎士から距離を取りつつ、指示を出す。といっても後は待機させるだけなので『送還』しても問題はないのだが……保険は掛けておく。
ウルスザがベイレーン城の城門の向こう側へと消えて行くのを確認し、ようやく俺は満身創痍のカースキマイラに対して向き直った。
「『大剣射出』。ランク10、『ハマ・ツルギ』」
パチパチッ、バチバチバチッ!
スキルによってストレージ内にある赤銅色の大剣が、魔導書のページから天雷を伴って現れる。予想以上に喚び出した大剣がエネルギーを内包していたので、そっと高度を取りいつでも攻撃の余波から逃れられるようにしておく。
「さようなら、みんな。……貴族様も」
リリィの呟きが消えた直後、高エネルギー体と化した『ハマ・ツルギ』を超高速で射出する。
「っ!」
破魔の力を宿した大剣は、射出の余波だけで触手達を灼き払い、地上部分に屹立していた頭頂部を圧し潰して突き進む。
制御を外れ、際限無く膨れ上がった肉塊を、呪いを、怪物を創り上げた元凶を灼き払う。
aa……aaa………アリガ……ト……
「ああ。今度は、幸せにな」
千人以上もの人間を取り込んだキマイラは、どこか悲しげな断末魔を最期に、天から降り注ぐ幾つもの雷霆によって跡形もなく消滅した。
(●ω●)「『穿て。ーーお前達の救済は、俺が星に願おう』」
アーデ「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??」(悶えて地面を転げ回っている)
リリィ「中二病という症状は、とても恐ろしいものなのね……」




