20話目 ベイレーン城、受難の始まり
シリアスな戦闘回に相応しくない変なサブタイ。
事が全て終わった時、お城が残っていないんじゃないかと今から心配しています。
2/26:本文最後の一文を「幾つもの」→「新たな」に変更しました。
では、どうぞ!
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ベイレーン城の内壁に出来た陰の内に、灰色の髪に黒いコートを羽織った人影が身を潜めて周囲の様子を伺っていた。
灰色の髪の男、ケイは周囲に誰もいない事を確認して次の物陰へと素早く体を移したが、足元から忍び寄る悪寒を感じ取り、その歩みを止める。
「何だ……。兵が、いない?」
ベイレーン城は、街の広がっている扇状地の扇央部に築かれ、城壁の一面を山の背に面している都合上、必然的に警備の困難な箇所が生じている。
ケイはそれを利用し、闇夜に紛れてその警備上の空白の一つから内壁の内側へと忍び込むことに成功したのだが、未だ警邏の衛兵が誰も現れない状況に違和感を覚えていた。
地方とはいえ、仮にも貴族の住む領城なのだ。街の最重要拠点に衛兵が巡回していない事など、不可解を通り越して異常だった。
(なにか不測の事態でも起きたのか? いや、そうだったとしても誰か一人くらいは見かけてもおかしくはない。なんだ、何が起こっている?)
アーデを取り戻す為にここまで来たケイだったが、止まることなく流れ続ける冷や汗を服の袖で拭い、意識を切り替える。
ここまで来てしまった以上、後戻りはもう出来なかった。そしてリリィと瓜二つの少女が再び犠牲になるのは絶対に阻止してみせる。アーデを取り返し、彼女の家に送り届ける。それが今、ケイが城に潜入した唯一の目的だ。
周辺に兵がいない事を確認したケイは城の裏口から城内へと忍び込み、怪しげな部屋をしらみ潰しに探していく。しかし人ひとり見つける事すら叶わず、徒らに時間は過ぎ去っていくだけだ。
(使用人もいなければ文官すら見ない。どこかに出払っている? もしくはここで何かがあったのか?)
どの部屋も慌てて引き払ったかのように部屋が乱れていた。更に幾つかの部屋は盗人が押し入ったかの如く机や本棚が倒され、直されることなく放置されていた。
「っ!」
そして3階への階段を駆け上がろうと一歩踏み出した時、人の気配を感知したケイは素早く手頃な物陰へと飛び込む。集団で神隠しにあったわけではなさそうだとほっとしたケイだが、すぐさま気を引き締めて気配を断つ。
(……あれは!)
物陰から対象の姿を確認しようと顔だけを覗かせたケイは、現れた人影に思わず息を呑む。容姿が特に優れているわけではない、むしろ平凡という言葉が相応しい50代程度の男が軽鎧に身を包み、蒼い槍を携えて階段を下りて来ていた。
(ゾルト=ベイレーン……!!)
ベイレーン領主にしてリリィとその友人を攫った元凶。思わぬ仇敵の出現にケイは息を呑む。この城はあの男のものなのだから、ここにいて当然の事なのだが、この異常事態で護衛も連れずに歩いているのは完全に想定外だ。
「そこにいる元冒険者、この状況の説明を求めて構わないか? なぜ誰もいないのか、を」
二階へと降り立ったゾルトはその場で脚を止め、振り返ることなく誰何する。明らかにこちらの気配に気付いている態度に思わず舌打ちし、ケイは自身の姿をゾルトに見せた。
「俺もあんたに尋ねたかったんだけどな。ここはあんたの城だろ? 『蒼槍』、ゾルト=ベイレーン」
一目で見抜かれたケイは、油断なく得物の短剣二本を両手に構える。冒険者を辞めた後も手入れも修練も毎日欠かさずこなしてきたが、選択を誤れば一瞬で死へと誘われるこの緊張感には、懐かしさすら感じる。
「そう言われると耳が痛いが……。書類仕事を終わらせた時には既に誰もいなかったのだ。今頃王都から来られたヨークスコーツ公爵の、バジリスク討伐成功に対する祝賀会が開かれてるのだろうが……完全に遅刻だ」
蒼い短槍を肩から下ろしたゾルトは、僅かに殺気を伴ってそれを構える。二つ名持ちの重圧に冷や汗がとめどなく流れるが、この程度なら知り合いの『鬼』で慣れている。初動を見逃さない為、相手の筋肉の動きを注意深く確認する。
「どうやら私を狙った暗殺者という訳ではないようだが……侵入者は侵入者だ。殺さない程度に痛みつける。何か言い遺したことはないか?」
殺す気満々じゃないかーーー
そうつっこみたくなったケイだったが、頭を振って雑念を振り払う。そして半身に構えると同時に口を開く。
「二つ聞きたい。アーデフェルトという少女を知っているか? 白い綺麗な長髪を、紅いリボンで結んだ14くらいの少女だ」
半分ダメ元の確認だったのだが、ゾルトは意外そうな顔をして俺の問いに頷いた。
「知っている。つい先日私の元を訪れたばかりだからな。勇者と縁故のある者のことを聞いてどうかしたのか?」
「勇者と……? いや、今は関係ないか。その少女がお前の娘に拐われた。それをお前は知っているのか?」
その言葉に初めて目を見開いて驚きを露わにしたゾルトだったが、すぐさま訝しげな表情を浮かべて顔を歪めた。
「ちっ、あの馬鹿娘、また厄介な娘に手を出したのか……。しかしアーデという少女、ローズが雇っているゴロツキ程度に拐われる程、弱くはない筈なのだが……油断したのか?」
「……もう一つ聞きたい。5年前、あんたは準男爵の屋敷を襲撃して殺した。何故だ?」
ブツブツと独り言を呟くゾルトを遮り、ケイはもう一つの疑問を口にした。領主自らが出陣し、低位とはいえ貴族を殺す事などそうそうある事では無いのではないだろうか?
「5年前で準男爵となると……あれか。謀反を起こそうとして兵を屋敷に召集していたあの男のことだな?」
「っ! あの人は誘拐された娘を捜していただけだっ。それをどうして……」
「領主に断りなく兵を集めれば当然の事だ。ああ、そう言えばあの時もローズが何かしていたみたいだが……お前もあの時の関係者だったのか? 情報を隠蔽する為に全員処罰した筈だったが、漏れていたか」
ゾルトの発言からローズという娘があの事件に関わっていたことを知ったケイは、潜入していたことも忘れて思わず声を荒げる。
「まさか……リリィはお前の娘に攫われたのか!? お前の娘はどれだけの少女を攫っている! 何故お前はそれを見逃している!!」
この城にリリィの手掛かりがあるかもしれない。それを知ったケイはすぐさま駆け出したい衝動に駆られたが、殺気を放ち始めたゾルトを前にして動けずにいた。
下手をこけばその瞬間、なす術なくあの槍に貫かれる予感がする。ゾルトのことを糾弾しながらも、頭は冷静に相手の一挙手一投足を見逃さないよう精神を集中させる。
「それは罪ではないからだ。ローズが市井の者をどう扱おうと、それによって政に影響が出なければ大きな問題ではない」
「なっ………」
それが一地方を預かる者の言うことなのか。絶句したケイは、構えていた短剣を取り落とさないよう強く握り締め歯を食い縛る。
「……リリィがそのクソみたいな理由で攫われたんなら、オレはお前を許さない。例えお前を倒した後に首を刎ねられようとも、お前とお前の娘だけは絶対に許さない!!」
ケイは怒りのままに駆け出し、一気にゾルトの元へと肉薄する。
「構わん。私の首を狙うというのならば、貴様もその心臓を貫かれることを覚悟すると良い」
ゾルトの横を駆け抜け、死角へと入り込んだ勢いを保ったままその背中へとナイフを投げつける。
「ふむ、筋は良し。ナイフの威力から鑑みるにお前のレベルは30半ば、か?」
「っ!?」
たった一度の牽制だけで実力を見抜かれ、ケイが思わず足を止めたその隙を逃さず、ゾルトは心臓狙いで槍を振るう。
「くそっ!」
受ければ間違いなく致命傷となる一撃を、ケイは間一髪短剣を交差させて槍の軌道を逸らした。そしてその勢いを利用して槍の届かない間合いへと退避して様子を伺う。
「私のレベルは48。なに、この程度のレベル差なら知恵と体力、そして一瞬の判断能力さえあれば余裕で乗り越えられる。元より逃すつもりは無いのだ。ーーー全力で来い」
「っ! おおおっ!!」
ゾルトの蒼い槍とケイの二本の短剣が交錯する。
この戦闘が今夜の戦いの中で一番最初に始まり、そして最も実力の近しい者同士による戦いとなったーーー
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「ふん、王子が何やらキナ臭い動きをしているとは思っていたが、ここまであからさまな襲撃を仕掛けてくるとは……愚鈍だ」
迫り来る人間の形をした腐肉の魔物、ゾンビを大剣の一撃の下に斬り捨てたイルデインは、鼻を鳴らして現在起きている状況を確認する。
ベイレーン領主が感謝と歓迎の意を示す為という名目で開いた祝賀会に出席したイルデイン=ヨークスコーツ公爵だったが、主催者である筈のゾルト=ベイレーンはいつまで経っても現れなかった。
他の貴族すら現れない事に流石に違和感を感じたイルデインと騎士団の幹部達が腰を上げた時には、既にそれは始まっていた。
扉や高価な窓ガラスを破って迎賓館へと無数のゾンビが入り込み、騎士や使用人へと無差別に遅い掛かってきたのだ。
しかし動きも遅く頭を吹き飛ばすだけで動かなくなるゾンビは、ランクD程度の冒険者でも落ち着いて対処すれば簡単に倒せる魔物だ。
そして騎士団の幹部達は各個人が最低でもランクB以上の実力を誇っている。仮に寝込みを襲われたとしても軽々と倒せる彼らにとって、例え数百体が同時に遅い掛かって来たとしても、大した脅威にはならない。
今は戦う力を持たない使用人達を守る為にこの場を動けないが、ある程度の数を片付けた後は外で待機している騎士団の本隊に合流する予定だ。
(王都に戻ったら、この騒ぎの元凶に仔細を問い詰めなくてはな……)
王都においてあり得ない速度で勢力を広げ続けている甥の顔を思い浮かべ、剣を強く握りしめる。現国王の体調が悪化すれば、王位継承権争いはさらに激化する。そしてもしあの王子が王位を得ようものなら、サベレージ王国は一体どうなってしまうかーーー
ドオオオォォォンンン!!!
イルデインの思索は突然の轟音と振動によって遮られた。迎賓館のシャンデリアが激しく揺れ、ヒビ割れた天井からはパラパラと小さな破片が落下する。
「無事か!」
「は、はい! 外で大きな魔力を感知しました。おそらく上級クラスの魔法が複数放たれた模様です!」
揺れが収まると同時にすぐさま背後の騎士達の安否を確認するが、幸い誰も怪我をしていないようだ。しかし騎士からのあまり良くない報告に思わず歯噛みする。
今回のバジリスク討伐にあたって10名程度の魔法騎士を連れてきているが、幹部を除けば精々が中級魔法を最低限扱える者達だけで上級魔法を扱える者は存在しないはずだ。そしてその幹部達はこの場にいる。
「マッシュ! 貴様は使用人達を裏口から避難させろ。他は私に続いて迎賓館正面に向かうぞ!」
「「「はっ!!」」」
掴み掛かろうとするゾンビ達を大剣の一振りで薙ぎ払い、退路を確保する。廊下に飛び出した幹部達が廊下の障害を掃討し、マッシュが使用人達を避難させていくのを確認してから迎賓館の正面玄関へと続く通路を駆け抜ける。。
断続的に続く振動と轟音、そして怒号と悲鳴から最悪の事態を覚悟したイルデインは、勢いを殺さずに一気に迎賓館から飛び出す。
「な………」
篝火の火に照らされてイルデインの目に入ってきたのは、騎士団総勢100名全てが倒れ伏し全滅している惨状だった。
イルデイン直々に教練した配下の騎士達が、ほんの僅かな時間だけで全滅している状況に流石のイルデインも絶句する。
「おや、ようやく来られましたか。イルデイン様」
グフフと不快な笑い声が聞こえた方向へと視線を向けると、そこには肥えた腹を揺らして笑う中年の男と、その後ろで控えめに微笑みながら古びた本を広げている十代後半のドレス姿の娘が立っていた。
どちらも初日に挨拶に来ていた者達のため、見覚えがある。
「貴様……ゴープ男爵だったか。この惨状はお前達が引き起こしたものか?」
イルデインの誰何に対し、ゴープはグフフと笑って首を振り、一歩脇に逸れて貴族の娘の方へと視線を向けた。
「いえ、私は何もする必要がありませんでしたよ。こちらの、じきに王妃様となられるローズリンデ様が一人で為された偉業でございます」
「ご紹介に預かりました、ゾルト=ベイレーンの娘、ローズリンデ=ベイレーンにございます。僅かな時間ではありますが、お見知り置きを」
ゴープより一歩前に踏み出したローズリンデはスカートの端を摘み上げて優雅に一礼する。貴族の娘として十分な教養を教え込まれているお陰か、完璧な所作ではあったが……騎士団の全滅と噛み合うようには思えない。
「冗談はよせ。噂にもならない貴族の娘に敗れるほど、我が騎士団は落ちぶれてなどいない」
静かに湧き上がってくる怒りを抑え込み、大剣を二人に向けて構え直す。どんな手段を隠しているのかは分からないが、騎士団が全滅しているのは紛れもない事実。僅かな隙が死に直結すると考え、全身に力を込める。
「あら、では試してみましょうか。どうせあなたを殺すのが私達の目的ですから。『紅炎の翡翠』」
次の瞬間、目と鼻の先に現れた炎の鳥にイルデインは目を疑った。上級魔法の中でも特級魔法に近いと言われている『紅炎の翡翠』を、起句を告げただけで発動するなど何の冗談だというのか。
「ぬうっ! 陣形、凸!!」
「「「はっ。『聖盾』!!」」」
それでも咄嗟に反応出来たのは、長い間死線を潜り抜けることで鍛え上げられた直感のお陰だろう。イルデインの出した指示に、騎士達も条件反射でイルデインを頂点とした三角形型に上級魔法の防御結界を張った。
ドオオオォォォンンン!!!
爆音とともに炎と結界がぶつかり合い、イルデイン達の目を灼いた。少しだけ抜けてきた炎の鳥の熱を大剣を翳して凌いだイルデインは、すぐさま術後の隙を突こうと駆け出そうとして、再度目を瞠る事になった。
「防御結界維持! あの娘、上級魔法を連発して何故魔力が切れない⁉︎」
ドオオオォォォンンン!!
次の瞬間、再び轟音とともに炎の塊が結界へと直撃して閃光を放った。立て続けに特級魔法に近い威力の魔法を受け、結界を張っていた騎士達が兜の中で苦悶の表情を浮かべた。
二発目の爆炎が消え去りその奥に見えるローズの姿を見たイルデインは、ローズの周りに炎の鳥が幾つも浮かぶというありえない光景に、思わず眉を寄せた。
「流石はイルデイン様直属の騎士達ですね。けれど、後どの位でその結界は破れてしまうのでしょうかしら? 精々私を楽しませてくださいね、剣帝様?」
古びた本ーーーおそらく魔導書なのだろうーーーを片手で開いたローズは自身の周囲に新たな『紅炎の翡翠』を創り上げ、妖しく微笑むのだった。
ローズリンデ「ふふ、これで私もチートの仲間入りね!」
(●ω●)「高ランクの装備にはレベル上限を設定しておけば良かった……」
アーデ「ちょっと? Lv.7の少女にあんな無双をさせておいて、何故私はいとも容易く眠らされてるの?」
(●ω|「物語の都合だ」
ア「メタい。てかぶっちゃけ過ぎ」