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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第2章 白髪緋眼の魔本使いと呪いの狂宴
19/64

19話目 百合の残り香

前話のケイ視点に到るまでの描写になります。若干時間が遡ってしまっているのでお気をつけください。



ではどうぞ!

__________________



ズズ………ドサッ。


「……………痛い」


柔らかい布の感触に包まれ、心地良く微睡んでいた筈の俺は、突然背中に走った衝撃によって目が覚めた。ぼんやりと瞳を開くと、目の前には上になくてはいけない筈の天井が見える。


「……あー。寝相、悪」


どうやら天蓋付きのベッドに片脚だけ残してずり落ちた体勢になっているらしい。目だけを動かして、周りの様子を確認する。


するとベッドに備え付けられた遮光用の黒い天蓋に、小洒落た桐箪笥やクローゼットという見慣れた自分の寝室ーー画面の向こう側での、だがーーの内装が目に入ってきた。


そこでようやく昨日は家の掃除をする事なく『マイルーム』の自室で床に就いたのを思い出した。


「もう昼なのか。けどまだ眠いな……」


本棚付きの座卓に置かれた時計は、既に午前2時を指している。取り敢えず肌けたネグリジェを整えて起き上がり、寝癖のついた髪を座卓の隣に置かれたドレッサーの前で軽く梳かす。


漆塗りの櫛で髪を梳き、昨日の出来事についてまだぼんやりとした頭で整理する。


(つまりあのダンジョンのダンジョンマスターはあいつだった可能性が高いって事か。どうやってかは分からないが、俺の『マイルーム』を利用、居住スペースにしてあのダンジョンを造った。

元々あの場所に埋まってたマイルームに合わせるようにダンジョンを造ったか、何故かマイルームを利用出来てあいつも自由にマイルームを動かせたか、だが……)


おそらく前者だろう。でなければマイルームの二階や三階が荒らされていない理由が見当たらない。


あの後、魔導書を手にして慎重にマイルームの調査を実施したのだが、一階に適当に設置していたクローゼットやキッチン、インテリアには使われていた形跡があったり、丸ごと持ってかれていたりした。


しかし、二階や三階に置かれた寝室や各種作業場には侵入した形跡もなく、素材も記憶通りの数が残っていた。これでしばらくの間はポーションや武器の供給不足の心配をする必要が無くなった。


ちなみに二階や三階へと続く階段は存在しない。俺は『飛翔』を使って自由に階を移動する事が可能だし、そもそもカンストステータス(Lv.250)ならば単なる跳躍だけでも二階まで余裕で飛び移れる。


そして二階以上の部屋に入る為には、『マイルーム』の管理者である俺が直々に渡す鍵が無ければ不可能だ。


現在マイルームに入る扉は一般開放に設定されている。なので玄関にさえ到達すれば自由に入る事は確かに出来、二階以上の扉に手をつけていないのも納得はできる。というか、しなければ怖い事になる。


(1階のクローゼットに入ってた装備と衣装、何されてるか分からないから泣く泣く全部廃棄したんだ。これで二階にまで入られてたら……)


最悪の事態を強引に頭から振り払い、梳いていた白髪を全て後ろに流してネグリジェを脱ぐ。地味に服を脱ぐ際に髪が邪魔になってるが、多少の不便でこの白髪を切ろうとは微塵も思わない。


全裸になった俺は寝室の桐箪笥から小さい下着を取り出し、細い脚に通そうとしたところで動きを止める。


「……俺、男だったよなぁ……?」


もはや躊躇無く女物の下着を履こうとしている自分に戦慄する。いや、男物の下着をアーデに履かせるつもりなんてさらさら無かったので、所持していないだけなのだ。


それに肉体が少女アーデのものになっている以上、男であった事に拘って拒絶するのは徒労だろう。なってしまったものは仕方がない。行き当たりばったりだとしても、今出来ることをした方が建設的というものだ。


………ランジェリーを履きながら考える事じゃないな。


クローゼットから取り出した服といつものローブを身に纏い、座卓の上の魔導書と紅いリボンを手に寝室を後にした。



__________________



「さて、朝飯は何にするか……」


そんな事を呟いて冷蔵庫の中身を眺めるが、選択肢がそう多くない事は自分でも分かっている。


食料や調味料は沢山ある。料理器具も必要最低限の種類は揃っている。米や醤油も有るから日本食の再現も可能だろう。


………作れればの話だが。


「や、焼きそばくらいなら作れるよな……?」


悲しいかな、俺がフライパンを扱うと必ず出来上がった料理が炭化する。スパゲッティにしろ、パンにしろ必ずと言っていい程焦げて炭の味を味わうことになる。


あちらの友人に触れる事さえ禁じられたフライパンを恐る恐る握り締め、冷蔵庫の中に入っているアイテム『乾麺』を取り出す。そしてフライパンの上に袋から出した乾麺を乗せ、そのまま強火で熱する。


(野菜とか肉も入れないと……)


まな板の上にキャベツと豚肉を置き、取り敢えずみじん切り。均等に切っている筈なのに、何故かただの残骸へと成り果てている気もするが、きっと気の所為だろう。


「あ痛っ、……はあ。『風霊の癒し』」


やってしまった。包丁で切ってしまった傷口からドクドクと溢れ出す血を舌で舐めとり、患部に向けて治癒スキルを放つ。


いつものように魔導書から飛び出したページが輝くと同時に、魔力が指を包み込む。そして驚くほどの速度でパックリと開いていた傷口を綺麗に修復していく。


「便利だな、魔法」


数秒と経たずに傷痕が綺麗に消え去った指を掲げて思わず感嘆の声を上げる。これなら指が傷だらけになる事も無いし、ポーションもギルドへの納品に充てる事が出来る。


便利な魔法の効果に感心していると、何やら焦げ臭い匂いが鼻をつく。慌てて未だに固い乾麺をひっくり返してみれば、見事に黒一色に染まっていた。


「……ああ、飯は露店で買うか……」


女になったからといって料理が上手くなるわけではないらしい。ままならない現実に、思わずがくりと肩を落としてしまった。



__________________



「ふむ、やはりあのタレは欲しいな。ほんと何を混ぜたらあんな旨くなるんだ?」


昨日と同じ屋台で買った肉串を口に咥える。パサパサした肉の食感と、トロリと口の中に広がるタレの甘味が合わさり絶妙な風味を醸し出している。


店のおっさんにタレの内容を聞いても「秘密だっ!」とか言われて教えてもらえなかった。銅貨一枚で回していることから、きっと原価もかなり安いものなんだろうが、何を使ってるんだ?


「この肉をキャベツで巻いたら美味しいかもな。……はあ、夜は外食にするか……」


最近肉しか食べてない気もするが、これはもう仕方のないことだ。蜜林檎も子供達にあげてしまったし、ビスマ村で買った食料の備蓄を悪戯に炭化させてしまうわけにもいかない。


なので明るいうちから夜に外食出来そうな場所を探すとともに、先日一泊した宿の鍵を返す為に出掛けているのだ。


定住出来そうな拠点を購入した今、宿の必要性はそこまでない。家を紹介してもらってからはごたごたしていたために、宿の個室の鍵を返す事をすっかり忘れてしまっていた。


一応二泊三日分のお金は既に払っているので盗難扱いされる事もないだろう。あのオムレツステーキは絶品だったから定期的に食べたくなる。食堂としても経営してたりするのだろうか?


そんな事を考えている間にも、人の通りはどんどん多くなってきている。まだ若い冒険者風の少年達のパーティーだったり、身長の三倍近い長さの丸太を軽々と抱えて運ぶドワーフの大工達など、一度は見てみたかった光景の連続は目を飽きさせる事なく続いていく。


「うん? ……あの時の騎士団か?」


多少道に迷ったものの、何とか大通りへと辿り着くと、何やら人の列が通りに沿って並んでいて、彼らは大通りを進む騎馬集団に向かって歓声を上げていた。


人の隙間から時折見える鎧姿からして、おそらく騎士団か何かなのだろう。……確か勇者の師匠が騎士団を率いてどこかに向かっていた筈。それが帰ってきたのか?


(ふむ、意外と激戦だったみたいだな。鎧が傷だらけだ)


遠くから眺めていても分かるような損傷を受けた騎士が目立つ。酷い外傷を負った騎士は見当たらないが、大きく破損した鎧を着て歩く騎士は少なくない。


はへっ(あれっ)はーてたゃん(アーデちゃん)?」


「ん……シャイナ」


聞き覚えのある声に振り返ると、客引き用の扇情的な服とは異なる、地味な服装に身を包んだシャイナが立っていた。手に野菜や果物が沢山詰まった籠を抱え、口には固そうな黒パンの欠片を咥えている。


「アーデちゃんも騎士様達の凱旋を見に来たの?」


ガリガリと残りの黒パンを呑み込んだシャイナは、少し嬉しそうな表情を浮かべてすぐ側まで近づいて来る。そして俺の手中にある肉串を羨ましそうに見つめてくる。あげないぞ?


「いや、たまたまだけど……買い出し?」


「うん。夜に向けて体力を付けとかなくちゃいけないからね。うちの娼館は冒険者を相手にする事が多いし、中には一晩中やり続けても全然収まらない男の人だっているんだから。アーデちゃんも気を付けてね!」


「う、うん……」


思ったりより生々しいかった。当分の間こういう話題には触れないようにしておこう……。


「けどすごいよねぇ騎士様たちは。今回なんて二階建ての家くらいの高さのバジリスクを討伐してきたんだって。あ、ほらあれがきっとバジリスクなんじゃないかな?」


シャイナが指を向けた先から歓声が沸き起こる。視線をそちらに向ければ、大の大人達の壁を悠々と越えてその威容を見せつける、毒々しい怪物の死体が牽引されて来ている。


形は……ツチノコを巨大化させ、そこに役に立つのか分からない小さな足を4本取り付けたようなものだろうか? どうやらゲームでのバジリスクとは違うみたいだ。あっちだと鶏みたいな姿だったし。


「あれ、真っ二つに両断されてる……?」


「ほんとだ!きっとあれが剣帝様の一撃なんだろうね。剣帝様は魔法で強化した大剣を使って戦うんだってさ」


バジリスクの死体には胴体を綺麗に両断された跡が残っている。剣帝イルデインの得物は見た事ないが、あの傷跡から推測するに大の男二人分くらいの長さの武器が必要になるのではないだろうか?


「そういえば、この辺りだとバジリスクはあんまり見かけない?」


「え? うん。というかバジリスクなんて数年に一度出るか出ないかぐらいの頻度でしか縄張りの山から降りてこないよ。いまこの街にはBランクまでの冒険者しかいないから、王都の騎士様たちが来なかったら結構困った事になってたと思う」


ふむ、死体にはウィンドウが浮かばないのでステータスを確認出来ないが、集団で戦う必要がある事からそこそこ強敵の部類に入るのかもしれないな。Bランクの冒険者がどのくらいの強さなのか確認出来る機会があれば良いんだけどな。


「さて、私は職場に戻るんだけど、アーデちゃんはこの後どうするの?」


「ええと……、宿に鍵を返して、服の物色かな。あとは洗濯屋があればそこに行くんだけど……」


宿屋に鍵を返却するのは必須として、出来れば今のうちに服や下着は十分に揃えておきたい。マイルームのクローゼットにもある程度の数を揃えてはいるのだが、何せ元がゲームのコスチュームだ。


恥ずかしくて着れない物も多いし、悪目立ちしそうなものを着るよりは、異世界の流行に合わせた服も何着かは買っておきたい。


それと洗濯なのだが、いざとなったら風呂場でやるしかないだろう。折角の衣装が傷んでしまうかもしれないが、汚れた服を使い回すよりは断然良いだろう。


「そうなんだ! だったら服屋とかの場所を教えようか? アーデちゃんが宿屋に行ってる間にこの荷物を置きに行くから、あの鍛冶屋の前で待っててくれる?」


「別に良いけど、仕事は?」


そもそも仕事場の買い出しじゃなかったか。


「うーん、一応支配人には話を通しておけばきっと大丈夫だと思う。まだ昼だから店に来る人も少ないしね。夕方までだったら色々教えてあげられるよ」


休憩時間は自由に取れるのか。むしろ不定期と言った方が良いのかもしれないけど。


「分かった。じゃああの鍛冶屋の前で、……なるべく早く返しに行くから」


「うん! じゃあまたね〜」


荷物を抱えたまま小走りで駆けていくシャイナに小さく手を振り、俺も当初の目的である宿屋へと踵を返した。



__________________



「いらっしゃいませ。あら、お客様、ご無事でしたか」


「……何かあった?」


宿屋の扉を開くとすぐに女将が駆け寄って来て、俺のことをまじまじと眺めてからほっとしたような表情を浮かべた。理由が分からない俺が首を傾げると、女将は少し声を潜めて俺の耳元で囁いてくる。


「実はここ数年、お客様くらいの年齢の少女が行方不明になる事が多くなってしまっているんです。領軍の方も警邏の数を増やして巡回に当たっているようですが、芳しくないという話です」


ふむ、レージにも似たような話をされたが、黒幕の見当は大体付いてしまっている。ケイの妹についての事情もオウビ婆さんに聞かされているし、何より相手の簡単なステータスと称号を閲覧できるこの眼は、かなり凶悪だ。


十中八九、あのSっぽいお嬢様が道楽目的で少女達を誘拐してるんだろうな。実行犯についてはまだ分からないが、貴族の護衛を始末できる程度の実力か、または集団での誘拐の可能性もあるな。


「家を購入したから鍵を返しに来た。色々と世話になったけど、またあれを食べにここに来ても?」


「それはおめでとうございます。ええ、昼と夜なら食堂はいつでも開いていますから。また来てくださいね」


やった。これでオムレツステーキに恋しがるような事態も無くなるだろう。あのこってりとした兎肉のステーキは、忘れようと思って忘れられるようなものではない。


「はい、では鍵の返却、ありがとうございます。お部屋に忘れ物はありませんでしょうか? こちらでも確認はしますが、他のお客様が入られた後に対応しかねますのでご留意ください」


忘れ物は……うん、ないな。昨日出た時に確認自体は既にしていたしな。貴重品は宿で出してすらいないから、無用な心配だ。


「ご利用ありがとうございました。この近くに用がある時にでも顔を出していただければ嬉しいです」


「分かった。元気で」


宿の前まで見送りに来てくれた女将に手を振って別れる。……多分、頻繁に利用する事になりそうだなぁ。おそらく料理人を家で雇うまでは毎日通う事になりそうだ。




宿を出た俺は大通りを歩く人の流れに身を任せ、鍛冶屋の煙突から立ち昇る白煙を目指して歩く。武器を背負った冒険者達のパーティーが目立ってきた。


今はもう午後4時。キッチンに立ってから既に2時間も経ってしまっている。まあ……この世界では、やらなくてはいけない事がある訳でもないし、数時間の時間の無駄くらいで気に病むような性格はしていない。


この世界ではのんびりと、だらだら過ごす事を目標にして生きようかな? ポーションを生きる為に必要な程度の数を作って売って、この街を散策して暮らすのも悪くはないかもしれないーーー



「や、やめて! あんたたち一体なんなの? 離してよ!!」



だがそんな空想は平和ボケだと嘲笑うかの如く、聞き覚えのある悲鳴が俺の耳に届いた。否、ついさっき聞いたばかりの声ーーシャイナの声だ。


「っ!」


それが何を意味するのか、頭で理解する前にはもう駆け出していた。


カンストステータスとしては貧弱な脚力で、この世界の誰よりも速く、素早く人混みを駆け抜ける。


エルフのカップルの腕の間を潜り、人族が着込んだ全身鎧フルプレートの肩に足を掛けて跳躍し、ドワーフの担いでいた木材を足場に野次馬が集まり始めた広場の中心へと飛び込んだ。


「このアマ! いい加減にしやがあっっ…!?」


「きゃっ、……アーデちゃん!?」


シャイナの手首を掴んでいた男の背中に跳び蹴りを決める。変な感触がしたし、もしかしたら背骨折っちゃったかもしれないな。


だが関係ない。着地した勢いのままに、もう一人の大男に向かって再び回し蹴りを放つ。


「ぐぅっ…⁉︎ なんだテメェ!!」


が、若干距離が足りなかった。胸板を狙った蹴りは、男が身を捩ったことによって左腕の上腕部を砕くだけに留まる。


「ガキが邪魔すんじゃねぇ!!」


そして思ったよりも早く立ち直った男が無事な方の右手に短剣を握りしめて突っ込んで来る。だが、遅い。遅すぎる。勇者の戯れ程度の素振りだってこんなに遅くはなかった。


「失せろ」


「っ……⁉︎」


くだらないフェイントを織り交ぜた男の刺突に対し、なんの工夫のない前蹴りを合わせて短剣を弾き飛ばす。


そのまま体勢を崩した男のガラ空きの胴体に蹴りを入れようとしてーーー真横から迫ってきた何かによってその行為は中断させられた。


「お止めなさい」


少し耳障りな声の主に向かって引き戻されたそれは……鞭、だろうか? 手首の返しだけでは不可能な動きで主の元へと戻っていくそれを鞭と言っていいのか、俺には分からないが。


そして鞭の主は、やはりーーー


「あら、やっぱりあの時の子だったのね! ふふふ、私の連れが迷惑を掛けてしまったわね」


俺が折った左腕を押さえて蹲る大男に体を向けたまま、目線だけそちらに向ける。


俺が乗ったことのある迎賓用の代物よりも豪奢な装飾が施された馬車から降りてきたのは、やはりローズリンデ・ベイレーンだった。


「あの時はお茶に誘えなくて残念だったわ。けれど……今夜は大丈夫ですわよね、白髪のお姫様?」


馬上鞭程度の長さに縮まった鞭を腰に納め、仮面のような笑みを浮かべて手を差し伸べてくる。その目は当たり前のように笑っていない。


彼女(貴族)の誘いを断ったらどうなるか。仮に俺が今捕まったとしても、大した問題にはならないだろう。自分の身は自分で守るし、権力的な問題も勇者とのコネを使えば何とかなる、筈。


しかし、俺の後ろでへたり込んでしまったシャイナはそうはいかない。俺がこの場から逃げてしまえば、特に権力者とのコネを持たない彼女がどうなってしまうか想像に難くない。


(仕方ない、この場では大人しくついて行くか。……後でこっそり逃げよう)


「分かった。当然……私一人、よね?」


「あ、アーデちゃん……!」


俺の答えにローズリンデは満足そうに頷き、シャイナが焦ったような声を上げる。俺のローブを引っ張って必死に何かを訴えているが、今は無視させてもらう。


「ええ。勿論貴女だけで構わないわ。……あなただけで十分だもの」


差し出された手を握ると、ほとんど引っ張られるような形で馬車へと引き込まれていく。俺は片方にしか扉の無い馬車のふかふかの長椅子の奥に押し込まれ、入口付近にローズリンデが座る配置になる。ま、やろうと思えば馬車の壁を蹴り破って出られそうだけど。


「出しなさい」


「ちょっとくらい待ってくれ。そこのガキにやられた腕、折れてんだよ。ポーションくらい飲ませてくれよ」


「まったく、だらしないのね」


痛そうに腕を押さえた男は、懐から取り出した小瓶の中身を一気に呷ってから御者席に乗り込み、何事も無かったかのように馬に鞭を入れた。


砕いた筈の左腕も平然と使っているし、おそらくポーションの類なのだろう。砕けた腕を治すとなると、結構高級な代物になるんじゃないだろうか?


「ふふ、そういえば名前を聞いていなかったわ。白髪のお姫様、お名前は何というのかしら?」


流れ行く風景を眺めていると、上機嫌なローズリンデがすぐ隣にまで身を寄せてきた。彼女から漂ってくる薔薇の香りを嫌って端に身を寄せようとするが、ずれた分だけ近寄ってくるので諦めることにして彼女の問いに答える。


「……アーデフェルト」


「アーデフェルトね。いい名前だわ。そんな貴女には、こんな花が似合うのではないかしら?」


ローズリンデはポーチから一輪の白い花を取り出して俺に手渡した。……何か変な香りのするこの花、元の世界でも見覚えがある。確かーーー


「それはね、百合っていうお花なの。綺麗でしょう? まるで貴女や、貴女と同じ綺麗な白髪を持ってた、リリィみたいな綺麗なお花。こんなに綺麗だとーーー散らしてみたくならない?」


百合リリィ。やはりこの少女がーーーっ?


「…………な」


ローズリンデに顔を向けて口を開こうとした途端、突然の眩暈と猛烈な眠気に襲われて百合の花を取り落としてしまう。状態異常魔法の可能性から魔導書を取り出して解呪を試みるが、効果はない。


「ふふふ、いい香りでしょう? Aランク指定の植物から抽出した薬だから、魔法では解除出来ないものなの。バジリスクみたいな巨大な魔物ですら一瞬で深い眠りに誘うのだから、無理に抵抗せずに安心して身を預けて良いわ」


(まさか、この花に細工してい……た?)


混濁する意識の中で、ローズリンデが俺の手から魔導書を取り上げる光景を最後に、抗うことすら出来ずに瞼が閉ざしてしまう。



「おやすみなさい、純潔(百合)のお姫様。次に貴女が目覚めた時、お花を散らされてどんな顔をするのかとても楽しみだわ」



(っ、魔導書が………)


ローズリンデの呟きを最後に、何も出来ずに俺の意識は闇の底へと沈み込んでいった。

(●ω●)「残念だったな、ここはノクターンじゃないんだ!」


アーデ「良かった……」


次回は乱戦になる予定です。お気をつけください。




話は変わりますが、初めて作った料理は「ホンコンやきそば」というインスタント食品でした。沸騰した水に麺を浸して解して青海苔を振り掛ければ完成の簡単料理ですが、インスタント食品の中では一番のお気に入りです。


大分の実家から送ってもらうのですが、アマゾンでも見かけた気がするので興味がある方は是非食べてみてください。

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