4話 お買い物
髪型と眼鏡で随分と印象が違うものだと、ショーウインドーに映った自分を見て思う。
茶色に染められ、ワックスで跳ねさせた髪と細身の黒縁眼鏡をかけた男子高校生、それが今の私。
髪型も眼鏡も、お店のお姉さんにお任せした物なので、似合わないとは思わないけど、これが自分だと思うと複雑な気持ちだ。
初めてかけた眼鏡にも違和感。慣れるまで時間がかかりそうだ。意外と邪魔だ。
「似合うね、眼鏡」
「そうかな? まぁ、これならバレないよね?」
「あとは仕種と口調かな」
「それが一番難しいんだけど」
昨日から何度、私、と言いかけた事か。明日から学校なのだから、間違える訳にはいかないのだけど。
「ところで、次はどうする? 買う物も大体買えたけど」
私と直は昨日の予定通り、買い物をする為に近くの大型ショッピングモールまで来た訳だけども、流石にそろそろ疲れた。
日曜の昼間だという事もあって、人がごった返している。その中を何時間も歩きながらの買い物。体力というより気力が削がれる。
「どこかでお茶しない? わた……、おれ、もう歩くの限界」
「結構歩いたもんね。じゃあ、あそこのカフェ入ろっか」
同じくらい歩いてるはずの直は平気そうなのに、情けない。
カフェに入ると、空いていたテーブル席に座る。注文を終えると、私はテーブルに突っ伏した。行儀が悪いのは分かっているが耐え切れなかったので、許して欲しい。
「紬、大丈夫? 休んだら帰ろうか?」
「うん、帰る」
本当に必要な物は買えたし、帰りたい。帰って寝たいと思うくらいには疲れた。
「あのぉ〜、一緒に座ってもいいですかぁ?」
妙に間延びした猫なで声に顔を上げると、二十代前半の化粧濃いめなお姉さんが二人、話しかけてきたところだった。
周りを見渡すと、席は多くはないが、空いている。逆ナンか。
「お姉さん達、ゴメンね。おれ達、二人でお話し中だから」
「えぇ〜、何のお話? 私も一緒にお喋りしたい〜」
「あ、ずるい。私も〜」
「ちょっ」
しつこい。遠回しに断ってる事に気づけよ。というか、何勝手に隣座ってるんですかね? 何勝手に私の太股触ってるんですかね? ここはホストクラブじゃねぇんだよ。
私がいい加減、怒鳴ってやろうかと思ったころ、黙っていた直が冷ややかな声で言った。
「すいません、汚い手で触らないでもらえますか。この子、オレのなので」
直は笑顔だった。でも、目が全く笑ってない。マジで怒ってる。こわっ。
呆然と固まっているお姉さん達を置いて、そのまま、直は私の腕を掴んで店を出る。
直がやっと腕を離したのは、店から大分離れた後だった。
「ごめん、休憩にならなかったね」
「ううん、ありがと。おかげさまで助かった」 直が言ってなかったら、私が怒鳴っていた。そんな事したら、無駄に目立つ事になっていた。まぁ、別の意味で目立ってしまった気もするが……
「つい、かっとなって言っちゃった」
「あれ、わざと誤解を生むような言い方したよね? 絶対ホモだと思われた」
「別にいいよ」
「良くないでしょ。彼女出来なくなっても知らないよ」
直は困ったように笑った。自分の恋愛の話をされるのが苦手なのか、私がその手の話を振ると、いつも微妙な顔をする。
そういえば、直ってモテるのに、彼女が出来たって話は聞いた事がない。噂では、告白を全てお断りしているらしい。
「直って、なんで彼女作らないの? たくさん告白されてるでしょ?」
「好きでもない子とお付き合いしないよ」
「じゃあ、好きな子だったら、付き合うんだ。好きな子いるの?」
「内緒」
てっきり、いないって言われると思っていたのに、意外。
実はいるのか、それとも、からかわれてるだけなのか。判断の難しいところだ。
「オレの好きな子の話はもういいよ。日も暮れてきたし、家に帰ろう?」
行くよ、と言って手が伸ばされる。私もその手に自分の手を重ねる。数年ぶりに繋いだ手は、昔と変わらず暖かい。
「さっきも言ったけど、ホモだと思われるよ」
「さっきも返したけど、別にいいよ」
タイミングを合わせたかのように、二人同時に笑った。
この後、
ちびっこ「ママー、あのおにいちゃんたち、てぇつないでる。なかよしさんだね」
母親「見ちゃいけません」
的な展開になって、気まずくなり、手を離すとか考えてましたが、何となくボツりました。