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反転の札(ふだ)

あの悪夢の夜から一週間後。



相変わらず霧が深い神社の朝。



俺は竹箒を手に持ったまま本殿 入口の階段の1段目に腰掛け、落葉が散っている境内を虚ろな目で見つめていた。



京都第ニ縦貫道は緊急工事と称して通行止めになってしまった。


細木さんの魂の抜けたような顔が忘れられない。



(嗚呼!俺のせいだ……)


俺は竹箒を乱暴に地面に打ち付ける。


地面の落ち葉が跳ね上がって散乱した。



「おいおい。物は乱暴に扱うな。箒が壊れてしまうぞい」


いつのまにかじいちゃんが後ろに立っていた。


「何だ……居たのかよ……」


「何をやさぐれておる?沈んでおっても物事は進まんぞ!」


「そんなことは分かってるよ。でも……どうしたらいいかわからないんだよ。俺には人霊を三体も消し去る力なんてないし……」


「晴朗。お前はいい線行っておったんじゃぞ」


俺は顔をゆっくり上げて目を見開いた。


「どういうこと?じいちゃん」


「力ずくで霊を消し去るのは大変じゃ。それを理解してマッチョ霊を嗾(けしか)けたではないか」


「それはそうだけど……うまくいかなかったよ」


「一度や二度の失敗でくじけるな!ダメなら次の手を考えればいいんじゃ!」


「でも……一体どうすれば?」


「今回は霊同士の強すぎる愛情が問題となっておる。それをなくしてしまえば良い」


「じいちゃん……そんなに簡単に言うなよ」


「仕方無い。今回は力を貸してやる」


「ほんとに!?」


俺は思わず立ち上がって目を見開いた。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!ただし一回だけじゃぞ。わしについてこい!」


「あ!どこに行くんだよ!」


「来てみればわかる!」



こうして二人が向かった先は本殿の裏にある神庫(しんこ)であった。


大社造りで檜皮葺の屋根が苔に覆われている。


中に入ると、祭祀の道具や神輿、提灯などの他、わけのわからない物が雑然と置かれている。


「じいちゃん……こんなところに何があるんだよ?」


俺はカビ臭さに顔をしかめながら尋ねた。


「お前は黙って見ておれ!お!有った有った!」


じいちゃんは桐の箪笥から埃まみれの数枚の札を引っ張り出した。


「こいつはあんまり使わん札じゃからの。 たくさん残っておったわ」


じいちゃんは札に息を吹きかけて埃を払い、ニンマリしながら俺に見せてくれた。



何だこの札……



意味不明の呪文に囲まれてハートマークがついてるぞ……



俺はジト目で尋ねた。



「じいちゃん……そいつは……一体何?」



「これはのう《霊性反転の札》じゃ!」



「……どんな効果があるの?」



「聞いて驚くな!こいつを霊に貼り付けて呪文を唱えれば、その男女の性が入れ替わるのじゃ!」



「じいちゃん。ごめん!俺ちょっと用事思い出したわ……」



「待て!晴朗!どこに行くんじゃ?」



「俺にはじいちゃんのおふざけに付き合ってる時間はないんだよ!」


「ふざけてなどはおらん!」


「ふざけてるだろ!何なんだその札は!」


「全く物のわからんやつじゃ……。仕方無い。この札の力を実際に見せてやろう!稲荷の前に来い!」


「まじかよ……」


半信半疑の俺は、嫌々ながら境内の隅にある稲荷明神の祠の前に連れて行かれた。



「甚助!甚助はおるか!?」


じいちゃんが祠に向かって大声で呼びかける。



すると間の抜けた声がした。


「へ~い!あっしはここに!」



祠の扉がバンっと開き、中から煙状のエクトプラズムが悶々と湧き出してそれが人の形に変わっていく。


そして、手もみをしながらニヤニヤ笑っているちょんまげ姿の小男が姿を現した。


彼は江戸時代にこの境内で行き倒れになった町民の霊である。


浮遊霊となって彷徨っていたのを先代がみつけ、稲荷明神の祠の中に居場所を作ってやったのである。



「今日は若様もご一緒で。このあっしに一体どんな用件でござんす?」


「お前に頼みたいことがある。この札をお前の背中に貼らせてくれ」


それを聞いた瞬間、甚助は顔を激しく強張らせた。


「それは……何の御札でございましょう?」


「どうということはない!早く背中を向けるんじゃ!」


「い、いやでござんす……。この前はカエルに変えられやした。怪しい霊体実験はまっぴらでござんす」


「居候の身でぶつぶつ言うでないわ!お前の寝床を厠に替えるぞ!」


「そ、そいつはたまんねえ!わかりやした……分かりやしたよ」


甚助はしぶしぶ背中を向ける。



じいちゃんは札を指に挟んでピッと投げると滑るように飛び、甚助の背中にピタッと張り付いた。


「えろえるじいびいていきゅうそわか……」


そしてじいちゃんが呪文を唱え出すと、甚助の体に驚くべき変化が現れた。



顔は細面になり、胸が大きく膨らんできた。


ウエストは細くなり、お尻がどんどん丸みを帯びる。



みるみる女体化していく甚助を見ながら俺は呆気にとられた。



「え……あっしは……どうなっちまったんで?」


「甚助。自分の体をまさぐってみよ!」


「へ?まさぐるって………。あっ!この胸の膨らみは何でさあ?」


「股ぐらも触ってみるんじゃ!」


「ま、まさか………!ひい!無え!おいらの大切な一物が無え!」


「甚助。おめでとう。今、お前は立派な女じゃ!」


「そ、そんなあ!あんまりでさあ!こんな体じゃ、あっしはもう生きていけませんや」


「心配せんでもよい。お前はもう死んでおる」


「へへへ!そうでやんした……って!どうしてくれるんでやんす、この体!」


甚助はまつ毛の長い大きな瞳を見開きながら、真っ赤に艶光りする唇で絶叫した。


「慌てるでないわ甚助。晴朗……これからお前に呪文を授ける。札はたくさんあるからこいつで十分に練習してから勝負に赴くんじゃ!」


「まっ、待ってよ!じいちゃん!これをどう使えばいいんだ?」


「それはお前が考えることじゃ。そんなに難しいことではなかろうて。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!」



高笑いするじいちゃんを、俺と甚助は恨めしそうに睨んでいた。




次回  三度目の対決











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