068 黒き欲望と蒼の復讐
屋敷を飛び出した俺は、〈気配察知〉が示す方向に視線を向ける。
月の青白い光が、近くの貴族屋敷の屋根に立つ二つの影を照らしていた。
ひとりは、スキンヘッドの男。
白い僧衣に黒帯を締め、引き締まった筋肉が月光を鈍く反射している武僧――あれがキヨシだろう。その眼は炎のようにぎらつき、どこか狂気めいた静けさを宿していた。
もうひとりは、騎士ミリア。
淡い青髪が夜風に揺れ、手首と足首のあたりが透明化している。〈部分収納〉によって、空中で両手を上に、両足をM字に開いた格好で拘束されていた。
ミリアは唇を噛み、必死に抗おうとしている。しかし手足はまったく動かせない。時折、叫んでいるように見えるが、声がこちらに届かないのは、キヨシが〈空間規制〉で防音しているからだろう。
ミリアの指にあったはずの〈催淫無効の指輪〉は外され、すでに〈催淫〉スキルを受けてしまっているようだ。
それでも、まだ手を出される前だったことが唯一の救いだった。
俺は即座にキヨシの背後へ〈空間転移〉し、手刀で首を狙った――しかし、軽くかわされた。
「ほう。俺以外に〈空間転移〉できる奴がいるとはな。だが、人が楽しもうとしてるところを邪魔するのは感心しねぇな。少しおとなしくしてりゃ、あとでお前にもヤらせてやったのによ。よく見てみろ、こいつの装備。ここんとこずらすだけでヤれるんだぜ? 絶対そういうふうに考えて作った装備だよな?」
そう言ったかと思うと、キヨシの姿が掻き消えた。
(〈空間転移〉か!)
俺も反射的に別の位置へ〈空間転移〉する。直後、さっきまで俺がいた場所を、キヨシの回し蹴りが風を裂いて通り過ぎた。
「くそっ、なにもわからねぇうちに殺してやろうと思ったのによ。まあいい。ここで時間をかけるわけにもいかねぇし、その女はついでだった。お前にくれてやるよ。俺はメインディッシュのほうへ行くぜ」
そう言い残して、キヨシは再び姿を消した。
〈気配察知〉で確認すると、〈黎花の翼〉がいる屋敷――俺たちの屋敷の方向へ向かっている。だが、ミリアを放置するわけにはいかない。
「ミリア、大丈夫か!?」
頬を赤らめ、うつろな目で荒い息を繰り返している。以前、リンファやエルマがインキュバスに〈催淫〉を受けたときと同じだが、スキルレベル5と8の差か、ミリアのほうが症状が重い。
「くそっ、他人の〈部分収納〉の解除方法がわからない……」
キヨシの〈部分収納〉に取り込まれているミリアの四肢の一部は、キヨシの亜空間に取り込まれているはずだ。それを取り出さなければならない――だが、今持っている魔法にそんなものはない。
「……この透明になった部分から、キヨシの亜空間にアクセスできないか?」
時間がない。やってみるしかない。
「――独自魔法、第三階梯空間魔法〈収納吐出〉!」
ミリアの透明だった手首と足首が光を放ち、次の瞬間、失われていた部分が亜空間から戻ってきた。
「おっと!」
同時に〈部分収納〉が解除され、空中で拘束が解けたミリアが落下する。
俺は彼女を抱きとめ、お姫様抱っこのまま屋敷へ向かって走った。
屋敷にたどり着くと、キヨシがちょうど中へ入るところだった。
「しつこいな。そこでおとなしくしてろ――〈空架障壁〉」
屋敷の入口に透明な壁が展開された。
「くそ、別の侵入経路は……!」
視線を走らせると、二階のバルコニーが見えた。
俺は〈空架障壁〉を階段状に展開して駆け上がり、二階の窓から屋敷へ侵入する。そこにはちょうどベッドがあり、ミリアをそっと寝かせた。
「ミリア、少しだけ待っててくれ。キヨシをどうにかしてくる」
声が届いていないかもしれない。それでもそう告げ、俺は一階へ向かう。
一階のロビーに行くと、そこにキヨシはいた。
「しつこいな、お前。まあいい。〈気配察知〉で他に四人隠れてるのはわかっている。この気配……ヒカルと、あのいけすかないメイドと……なんで食堂のおばちゃんまでいるんだ? もう一人は知らんが、まあいい。出てこい。殺るかヤるかは見てから決める」
暗がりから四つの影が現れる。月光に照らされたのは――上半身裸で腰に布を巻いただけの四人の男たちだった。
「はあ!? 男だと!?」
ヒカル、リンファ、エルマ、エリュシア。四人は〈性別変更〉で男性化していた。
〈催淫〉は異性にしか効果がない。つまり、キヨシの〈催淫〉は不発だ。
「〈性別変更〉!」
ヒカルが叫ぶと、キヨシの身体が女性へと変わった。
「な、なにをする気だ!?」
狼狽するキヨシに、ヒカルが畳みかける。
「〈感度調整〉1440倍! 〈強制終了〉!」
瞬間、キヨシの身体が跳ね上がり、絶叫とともに崩れ落ちる。
レベル7相当の快楽だ。通常のヒューマンなら、この一撃で動けなくなる。
「じゃあ、これつけてもらうよ。それと――〈部分収納〉!」
エルマが〈魔封じの腕輪〉を装着し、〈部分収納〉でキヨシを空中に拘束する。奇しくも、先ほどミリアがされたのと同じ格好だった。
ここまでは作戦通り。あとは――
「リンファ、本当にやるのか?」
「ええ。私の妹は、こいつに襲われて自殺しました。こいつだけは……絶対に許せない」
「……そうか。わかった」
俺は二つの指輪をリンファに渡している。
一つは〈スキル・称号奪取(性)〉を含む、以下の〈バッチ処理〉魔法陣が付与されている。
①奪うスキルを選択し、〈スキル・称号奪取(性)〉発動。
②〈脳状態保存〉で相手の脳状態を保存。
③〈強制終了〉を二人にかけてスキル奪取。
④〈脳状態復元〉で相手の脳状態を復元。
⑤〈精力回復〉を二人にかけて精力回復。
もう一つの指輪はこれの〈スキル複製(性)〉版――双方向にスキルを複製できるよう調整してある。
俺はリンファに、もしスキルを奪うのであれば、まず〈強靭〉をキヨシに複製し、最後に〈身体強化[8]〉を奪うよう指示した。
スキルレベル10の奪取は通常の人間なら即死もあり得る。少しでも生存の可能性を残すためだ。
万一のときは〈念話〉で呼んでもらうことになっている。最悪、独自魔法・第七階梯回復魔法〈心肺蘇生〉を使うしかない。
これから、男性化したリンファが女性化したキヨシのスキルをすべて奪う。
相手が死んでも構わない――その覚悟で。
俺たちはリンファとキヨシを残し、部屋を出た。
リビングでは、ヒカル、エルマ、エリュシアが女性に戻る。
彼女たちは上半身裸だったので、俺は視線をそらした。男性化した際、女性用の服は体格差で破ける危険があるため、あえて布一枚の簡易装備にしていたのだ。
ようやく全員が着替え終わり、俺も顔を上げる。――だが、何かを忘れている気がした。
「あっ! ミリアどうしよう! キヨシに〈催淫〉をかけられてたんだった!」
するとエルマが答える。
「アレスが解消してあげて! ついでに、しっかり強化してやって!」
聞けば、ミリアは俺と初めて会った日、俺に一目ぼれしていたらしい。あの日、それをヒカルに相談していたという。
……そういうことなら、全力でやってやろう。
どうにかしてやりたいと思っていたことだし。
俺はミリアのもとへ戻り、〈催淫〉の解除と同時にスキルを強化した。
ミリア・アズール ヒューマン 十九歳
エルセリオン王国騎士団 騎士
所持スキル:
回復魔法[8] ※NEW
生活魔法[8] ↑UP
空間魔法[8] ※NEW
剣術[8] ↑UP
盾術[8] ↑UP
挑発[8] ※NEW
威圧[8] ※NEW
身体強化[8] ※NEW
気配察知[8] ※NEW
気配遮断[8] ※NEW
鑑定[8] ※NEW
美容[8] ※NEW
騎馬[8] ↑UP
全スキル経験値アップS ※NEW
アイテムボックスS ※NEW
無詠唱 ※NEW
強靭 ※NEW
念話 ※NEW
魔力常時回復 ※NEW
盾を持つ騎士でもある彼女には、タンク運用を意識したスキル構成にした。
とはいえ、これだけあれば前衛のスペシャリストとしても十分だ。
特に〈空間転移〉や〈部分収納〉を使える空間魔法は、近接戦闘職にとってこの上ない強力な補助になる。
強化を終えると、ミリアは安らかな寝息を立て始めた。
キヨシとの遭遇で心身ともに疲れ果てたのだろう。
俺はそっと布団を掛け、音を立てぬよう部屋を出た。
そのとき――リンファから『終わりました』と〈念話〉が届いた。




