072 汚れてなどいない花
俺は〈気配察知〉が指し示す場所へ、透明化したまま迷路のような王城の中をひた走った。
騎士団の詰め所にいるのは夜勤の兵士だけのようだ。人はほとんどいない。
そして辿り着いた場所は――おそらく騎士団長の執務室だろう。その部屋のドアだけ、立派な装飾が施されていた。
(中にヒカルの気配と、あと三人いるようだな)
不自然なほど静かなのは、この部屋が何らかの方法で防音されているからだろう。
防音された部屋なら、ヒカルがどんなに騒ごうが大丈夫ってことか。下衆だな。
部屋の気配には動きがない。ただ気配があるということは、誰も死んではいないはずだ。
俺は静かにドアを開けた。
部屋の中のランプはすべて消され、窓から零れ落ちる月明かりだけが、静かに部屋を染めていた。
三人の男が裸で床に倒れている。生きてはいるようだが、眠っているのか意識はなさそうだ。
そして――
月明かりの淡い光の中で、ヒカルは一糸まとわぬ姿のまま立ち尽くしていた。
十代後半の少女らしい華奢な身体は、月光に透かされるとまるで白磁のように冷たく、儚げに見えた。
切り揃えられたボブの髪は滑らかに垂れ、わずかな風にも揺れていた。
瞳は虚ろで、思考も感情も置き去りにされたかのように、ただ静寂を映している。
部屋の影と光の境界に、彼女の存在だけがひっそりと浮かび上がっていた。
ふと、こちらに気づいたヒカルは、何事もなかったかのように俺に話しかけてきた。
「あ、アレス……私ね、〈剣術〉と〈身体強化〉と〈回復魔法〉がレベル10になったよ! すごいでしょ! これでみんなに迷惑かけなくてすむ……」
そう言ったヒカルは表情こそ笑っているが、頬には涙がこぼれていた。
俺はヒカルが自分から望むまで、スキルは与えないようにしていた。だが、今日のダンジョンで、明らかにリンファ、エルマ、ミリアとの実力差が出てしまった。俺がヒカル以外を強化したからだ。
――俺がヒカルを追い詰めていた。
「アレス……私は汚れているの。あなたを最初に見たとき、こんなすてきな人が相手ならと思ったわ……リンファよりエルマよりミリアよりも先に! アレスのことが好きになったのは私! だけど……言えなかった。こんな汚れた身体で、あなたに好きですなんて言えなかった……リンファやエルマ、ミリアがアレスに抱かれているのがとても苦しかった。でも……私は汚れているから……この身体、こいつらに汚されていない場所なんて、もうどこにもないの……」
そう言ってヒカルは泣き崩れた。気づくと、扉の外にリンファ、エルマ、エリュシアが来ていた。
「リンファ、エルマ、ヒカルを誰にも見つからないように屋敷に連れて帰ってくれ。ここは空気がよくない。続きは帰ってから話そう」
リンファとエルマにヒカルを透明化して連れて帰ってもらった。
部屋に残ったのは俺とエリュシア。
「このあとどうするんだ、アレス」
「とりあえずここをどうにかしないとな」
俺は〈念話〉でメディアとセレナに連絡を取り、部屋の中を多少工作し、ヒカルの痕跡を消してから部屋を出た。
◇
屋敷に戻ると、リビングにいたのはエルマだけだった。
「ヒカルは?」
「帰ってきて風呂に入ったあとは部屋に引き籠もっちゃってね。ずっとリンファがドア越しに話しかけてるんだけど、今のところ返事はないみたい」
「そうか」
俺は〈念話〉でリンファをリビングに呼んだ。
「ヒカルの件は俺に任せてもらえないか。あと、エリュシア、今日がローテーションの日だったが明日に延期してくれ」
「ああ、わかったよ」
いつもエリュシアには我慢してもらっている。エリュシアのスキルをなかなか上げられず、申し訳ない。
俺は三人とリビングで別れ、ヒカルの部屋に向かった。
ドアをノックする。
「ヒカル、俺だ。少し話がしたい。部屋に入れてくれ」
返事はない。まあ想定通りだ。部屋にも鍵がかかっているらしい。
「入るぞ」
俺は鍵を〈罠解除〉で開け、勝手に部屋に入っていった。
「な!? 勝手に入ってくるなんて! 出て行って!」
そう言って、ヒカルはベッドの掛け布団の中に潜り込む。
俺は掛け布団を亜空間へ収納した。
「ほっといてよ! 私は、私は汚れているの!」
俺はそんな言葉を気にせず、言った。
「元の世界で、永久脱毛ってあったの覚えてる?」
「お、覚えているけど、それが何よ?」
「俺、それを魔法でやれるんだ。ちょっとヒカルも永久脱毛してあげるね」
言ったと同時に、ヒカルの服をすべて亜空間へ収納する俺。
「な、なにするのよ!」
「動くと余計なところまで脱毛してしまうよ。特に顔のあたりは眉とかまつ毛とか消えちゃうとまずいだろ。じっとしてて」
おとなしくなったヒカルに対して、顔の永久脱毛を施す。
「アレス、これってもしかして〈感覚変更〉使ってる?」
「おお、よく気づいたね。痛いと嫌でしょ。だから快楽に変えてある」
顔や首、うなじの脱毛が終わり、
「あ、アレス、まさかと思うけど今指定している範囲って首より下全部じゃない?」
「あー、動くと余計なところまで脱毛しちゃうから動かないで」
「ね、ちょっと待ってアレス。まとめてやろうとしてない?」
有無を言わさず残りを一気に脱毛する。ヒカルは痙攣していた。
「さて、じゃあ次はスキルを渡しまーす。とりあえず今日は俺のおすすめセットをあげるね」
「ちょ、ちょっと……待って……まだ、息が……整ってない……」
まずは〈強制終了〉でスキルを渡す。その後は朝まで魔力保有量アップだ。
「ヒカルは汚れてなどいない。それでもヒカルが汚れていると思っているのなら――それをすべて俺が上書きしてやる」
ヒカル ヒューマン 十八歳
Bランク冒険者 《勇者》
所持スキル:
闇魔法[8]
回復魔法[10] ※NEW(騎士団長たちから)
生活魔法[8] ※NEW
空間魔法[8] ※NEW
性魔法[10]
剣術[10] ↑UP(騎士団長たちから)
身体強化[10] ※NEW(騎士団長たちから)
気配察知[8] ※NEW
気配遮断[8] ※NEW
鑑定[8]
料理[8] ※NEW
美容[8] ※NEW
技巧(性)[8] ※NEW
絶倫[8] ※NEW
スキル・称号奪取(性)
スキル複製(性)
全スキル経験値アップS
アイテムボックスS
無詠唱 ※NEW
強靭 ※NEW
念話 ※NEW
魔力常時回復 ※NEW
ステータス情報改竄
全言語理解
朝。一時間ほどしか寝れなかった。横には幸せそうな顔で俺に抱き着いて眠るヒカル。
〈剣術[10]〉と〈身体強化[10]〉はスキルだけなら世界最強クラスの剣士だろう。
〈空間魔法〉で〈空間転移〉もできるようにしたので、手が付けられない剣士になるだろうが、剣術自体はまだ未熟なので、そこだけサポートしておかないと、俺みたいに剣を壊すことになるだろう。
今日はダンジョンを休みにして、ヒカルに剣術を教えることにする。
「ヒカルの心が、これで少しでも落ち着くといいんだけど」
毎回これに頼っているが、今回もうまくいくかどうかはわからない。
俺はヒカルの髪を撫でながら、うまくいっていることを願っていた。
「んっ」
撫で方が少しくすぐったかったのか、身をよじったヒカルが目を覚ました。
俺と目が合ったヒカルはとても恥ずかしそうだったが、おはようのキスをすると、燃え上がるような情熱的なキスで返してきた。
「ヒカル、朝だから。この先はまた今度ね」
「う、うん。我慢する……」
頭を撫でてヒカルを宥める。
よかった。うまくいったようだ。
リビングに行くと、みんな起きていた。
俺の腕に抱き着いたままのヒカルを見たエルマは、
「アレス、あんたすごいね……一晩でヒカルを元気にしてしまうなんて」
何日か頑張ればいけるだろうと思っていたが、一晩でなんとかなったようだ。
するとヒカルが
「わ、私もローテーションに入れて!」
と女性陣にお願いしていた。それはあとで女性陣で話し合ってもらおう。
朝食はみんなまだだったので、俺の作り置きの朝食を振る舞った。
朝食後ほどなくして、ミリアも帰ってきた。
今日はダンジョンを休みにしてヒカルに剣術指導することを伝えると、リンファもミリアも一緒にやるという。
エルマには、昨晩の騎士団長の件がどのように処理されるのか気になったので、それとなく調査をお願いした。
いざ剣術指導を始めてみると、ヒカルの〈剣術[10]〉は伊達じゃなく、あっという間に基礎をマスター。
試合稽古もなんなくこなせるようになったので、ミリアと実戦形式で戦わせてみたが、なんとミリアに勝ってしまった。
リンファも「手合わせ願いたい」と言ってヒカルとやってみたが、やはりレベル8とレベル10では勝負にならない。
凄まじいスピードでお互いやりあっているのだが、ヒカルは余裕をもってリンファに勝ってしまった。
最後に俺もやってみたが、とてもじゃないが勝ち目はなかった。ミリアやリンファより多少粘れたが、勝てなかった。
「世界最強の剣士が誕生したかもな」
もう俺たちでは相手にならないので、ヒカルにはエリュシアの魔物スキル相手に戦ってもらうことに。
リンファはミリアとスキルレベルが同じなので、二人で実戦形式でやってもらうことにした。




