198 エヴァルシアへの帰還
俺は食事という名目で二人を起こし、三人で食事を済ませたあと、ダンジョンコアを持って外に出ると伝えた。カエデが言う。
「『八王の大迷宮』がなくなるわけね。そうしたら、古代遺物で飛ばされる人もいなくなるかもしれないわね」
たしかにそうだな。もしエヴァルシアにダンジョンを設置するなら、古代遺物で飛ばされた人が困らないような仕組みも作っておいたほうがいいかもしれない。
「じゃあ、念のため透明化して外に出るぞ。ダンジョンが消えれば大騒ぎになるはずだ。その間に透明化したまま、できるだけ遠くへ移動する。はぐれないように、俺と手をつないでおいてくれ」
俺はダンジョンコアを亜空間へ収納すると、右手でカエデ、左手でレイナと手をつなぎ、透明化した。そしてダンジョンコアルームの先にある転移魔法陣を使い、地上へ出た。
◇
地上はまだ明るかった。十五時くらいといったところか。
突然消えたダンジョンと、内部から強制的に地上へ転送された冒険者たちによって、その場はパニック状態になっていた。俺たちは透明化したまま手を繋ぎ、近くの森へ向かって早歩きでその場を離れた。
よく見ると、クラウディアが一人一人の冒険者を確認している。あれは〈鑑定〉しているのか?
すると、クラウディアが部下の団員に声をかけた。
「アレスは見つかったか?」
「いえ、まだです」
「この中にいるはずだ。必ず探せ」
そうか。クラウディアは俺を探していたのか。無駄に時間を取らせるのも申し訳ないな。
俺は紙を一枚取り出し、簡単にメッセージを書いた。そしてクラウディアの目の前へ、その紙を〈空間転移〉で転移させる。
「な!?」
突然現れた紙に驚いたクラウディアだったが、すぐにそれを手に取り、俺のメッセージを読んだ。
『クラウディアへ。今は会うことができないので、このまま立ち去らせてもらう。俺に伝言がある場合は、渡したマジックバッグに手紙を入れてくれればこちらに届く。俺も返事を書いてそのマジックバッグに入れるので、今はそれで勘弁してほしい。 アレス』
メッセージを読み終えたクラウディアは、しばらく目を閉じたあと、大きな声で団員に命じた。
「捜索中止! 拠点に戻るぞ!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
騎士団はクラウディアを先頭に整列し、『八王の大迷宮』があった街、グランドリムへ向かって歩き始めた。
ただこの時、クラウディアが固く握りしめている左手の中に、俺がダンジョン内の屋敷で彼女に着せた洋服――『ターリア服飾工房』のタグがあったことを、俺は知らなかった。
◇
森へ入り、少し開けた空き地まで進んだところで、俺は透明化を解いた。
そして亜空間から、ドラゴン運搬用の客車を取り出す。
「カエデ、レイナ、これに乗ってくれ。乗ったら俺がドラゴンになって、そのままエヴァルシアまで運ぶ」
「え!? アレスってドラゴンになれるの?」
カエデが驚いたので、目の前でドラゴンへ変身してみせる。すると、さらに驚いた表情になった。
俺はすぐに元の姿へ戻る。
「そういえば、二人には〈念話〉というスキルも渡しているんだ」
俺は二人に〈念話〉を送る。
『こんな感じで会話できる。俺はドラゴンの姿で飛んでいるときは〈念話〉でしか話せない。用事があるときは〈念話〉で呼んでくれ』
『わかったわ』
『承知した』
二人が乗り込んだ客車は、内部空間が20LDKまで拡張されている。
俺はドラゴンへ変身し、客車を掴むと透明化し、そのままエヴァルシアへ向けて飛び立った。
グラント山脈を北側から回り込む形になるため距離はあるが、それでも一時間ほどで到着するはずだ。
◇
途中、旧カリスティア王国の王都だったセラフィードの上空を越え、国境の領都ヴァルグラントを通過する。
そして一時間後――ほぼ二ヶ月ぶりに、俺はエヴァルシアへ帰還した。
(俺がいない間の二ヶ月で、エヴァルシアはかなり発展したみたいだな)
俺が飛ばされた時には、北東の商業区にはエヴァルシア商会の本店と冒険者ギルド、大型の宿屋と娼館くらいしかなかった。
だが今では、あちこちに新しい建物が建ち、多くの建物が建築中だ。
通りを歩く人の数も倍以上に増えているように見える。急速に大都市へと発展しているようだった。
北西の居住区へ向かうと、家の数が大幅に増えていることがわかる。人口もかなり増えたようだ。
屋敷の近くまで来たところで、俺は透明化を解いた。
ゆっくりと客車を着陸させ、俺もドラゴンからアレスの姿へ戻る。
「やっと帰って来られた」
地面に手をつきながら、思わずそうつぶやいた。
ふと見ると、客車からカエデとレイナが出てきていた。
「カエデ、レイナ、屋敷に行こう。皆に紹介するよ」
しかし、二人は少し困った表情を浮かべる。
「あそこに行くのよね?」
カエデが指さした先――屋敷の玄関前には、総勢二十名の《万紫千紅》の女性たちが隊列を組み、腕を組んで待っていた。
わずかに怯えるカエデとレイナを連れ、俺は屋敷の玄関前まで進む。
全員が憮然とした表情で腕を組んで立っている。
俺はできるだけ平静を装って口を開いた。
「ただいま。ミノルにやられて大変だったけど、なんとか帰ってこられたよ」
するとセレナが、憮然とした表情のまま答えた。
「アレス……こんな……ときに……女を……連れて帰ってくる……なんて」
その声は震えていた。
気づけば、セレナの頬には涙が流れている。
「凄く心配したんだからね!」
そう叫びながら、セレナは俺に抱きついてきた。
「セレナ! アレスに……説教するって言ったのはアナタでしょ! なんで……なんで先に泣くのよ!」
ヒカルも泣きながら俺に抱きついてくる。
周囲を見ると――全員が涙を流していた。
心配をかけてしまった。
しかし、その中でリディアだけは冷静だった。
「アレスさま。堂々とその称号をお見せになっているということは……そういうことですよね?」
――しまった。
《エンドリング改》の称号を隠すのを忘れていた。
すでに〈鑑定〉されてしまったらしい。
「すべての生まれてくる種族に対して、自分の遺伝子を継がせるかどうかを選択できるのですね。そして子孫は、どれほど魔力が高くても魔女化しない。素晴らしいです。もう何の問題もありませんね。私はハイエルフの子がいいです」
メディアが微笑みながら言った。
――これはマズい流れだ。
「ちょっと待て。冷静に考えてくれ。全員が同時期に妊娠・出産したら、エヴァルシアの運営に支障が出るだろう? こういうことは計画的に――」
「セレナ、計画を立てるぞ」
リディアが即座に言った。続いてセレナが宣言する。
「わかったわ。三十分後、《万紫千紅》の緊急会議を始めます。アレスの子供が欲しい人は、屋敷内の会議室に集まるよう、全員に伝えて」
「「「「「はい!」」」」」
全員が一斉に散っていった。
セレナがカエデとレイナを見る。
「カエデさん、レイナさん。あなたたちも参加したければ、会議室に来て構いませんよ」
「「参加します!」」
二人は即答し、セレナについて屋敷へ入っていった。
そして――
玄関前には、俺一人だけが残された。
「……もう父になるしかなさそうだな」
気づけば、この世界に来て一年二ヶ月。
俺は十八歳になっていた。
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