181 反射される魔法と孤高の王
俺の周囲には、隙間なく百二十一発の〈溶岩弾〉が浮かんでいる。
そして、そのすべてが――中心にいる俺へと向かって放たれた。
(避けられない! せめて中心部から逃げて、すべてを受けるのを避けるしかない!)
俺はさらに上空へと飛翔しながら、いくつもの〈溶岩弾〉を受けた。先ほどまで俺がいた位置へ〈溶岩弾〉が集中し、激しい爆発を起こす。
「大丈夫なの!? アレス!」
俺を心配したラグナとベルガが近づいてくる。
「心配かけてすまない。大丈夫だ。ああ、フェンリルのスキルを見落としていたようだ。アイツ、〈魔法反射領域生成〉を隠し持っていやがった」
そう答えても、ベルガはなお心配そうな顔で問いかけてくる。
「かなりの数の魔法を受けただろう? あれで平気なのか?」
そういえば教えていなかったなと思い、俺は二人に説明した。
「俺は《魔法殺し》という称号も持っているんだ。今の俺には魔法は効かない」
これは《黒牙団》のリーダー、ザルグが持っていた称号だ。以前、オークを介して奪ったものであり、自分に魔法をかけることがほとんどない俺は、普段からこの称号を付けていた。おかげで助かった。
本当は中心部に留まったままでも問題はなかったのだが、《魔法殺し》は俺自身に対する魔法のみを無効化するが、装備までは守ってくれない。魔女のローブはともかく、今履いているブーツはこの魔法に耐えられないため、回避したのだ。それを聞いて安心したラグナが言う。
「しかし、どうするの? 一匹も減らせないまま近接戦闘に入るのは危険じゃない?」
それに俺は頷いた。
「ああ、それは俺に任せてくれ。たぶんフェンリル以外は、俺一人で殲滅できる」
「「え!?」」
「まあ、ここで見ていてくれ」
俺は自分の周囲をガチガチに〈空架障壁〉で覆うと、履いていたブーツを亜空間へ収納し、百二十匹の狼が待機する中心地へと飛んだ。到着すると同時にスキルを発動した。
「〈挑発〉」
周囲の狼たちが一斉に俺へ襲いかかってくるが、〈空架障壁〉に阻まれて近づくことができない。
「そろそろいいかな。“全滅バッチ”起動」
全滅バッチによって発生させた〈溶岩弾〉は、フェンリルの〈魔法反射領域生成〉によって反射され、俺を中心として半径五メートルの位置に隙間なく出現した。
その時点で巻き込まれて倒れる狼もいたが、すべての〈溶岩弾〉は中心にいる俺へ向かって収束する。結果として、半径五メートル以内にいた狼たちは回避不能となり、全滅した。
〈溶岩弾〉が消えると、半径五メートルより外にいて生き残った狼たちが再び襲いかかってくる。だが、俺は再び全滅バッチを起動し、同じ状況を作り出すだけだ。
〈魔法反射領域生成〉によって現れる〈溶岩弾〉には一切の隙間がない。たとえダイアウルフであっても、俺の半径五メートル以内に入れば回避は不可能だ。
俺はこれを繰り返し、フェンリル以外の魔物をすべて殲滅した。
「さて、あとはフェンリルだけだ」
上空で様子を見ていたラグナとベルガが降りてくる。
「あんな方法で全滅させるとはね。感心したわよ、アレス」
ラグナが珍しく俺を褒めた。
「ラグナ、ベルガ。フェンリルの攻撃魔法は封じている。あとは近接戦闘だ。頼むぞ」
「わかったわ」
「承知した」
俺は“レッドキャップ”に変身し、ミスリルのショートソード二振りを両手に構えた。
配下が全滅していく様子を見ていたにもかかわらず、ずっと鎮座していたフェンリルが、ゆっくりと立ち上がる。並の狼とは比較にならない巨躯は、まるで岩山の一部が意思を得て動き出したかのようだった。四肢に走る筋肉の隆起ひとつひとつが圧倒的な力を予感させる。
銀灰色の毛並みは闇を拒むように淡く輝き、その一本一本が刃のような気配を帯びている。背の剛毛は風もないのに逆立ち、その隙間から濃密な魔力が白い霧となって漏れ出していた。
大地に食い込む爪痕は、わずかに体重を移しただけで地面が悲鳴を上げるほどの重みを物語っている。顔を上げた瞬間、金色の双眸が獲物を射抜いた。そこに宿るのは単なる獣の本能ではない。数多の戦いを経て頂点に立ち続けてきた王者の知性と、敗者を喰らい尽くしてきた冷酷さが、静かな光として凝縮されていた。
フェンリルが一歩踏み出す。
それだけで空気が震え、狼エリア全体が息を潜めた。
そして――自分だけでも俺たちを倒せるとでも言いたげな視線を向けたかと思った次の瞬間、凄まじい速度で突進してきた。
ベルガが咄嗟にタワーシールドで突進を受け止める。
その隙を突き、ラグナがフェンリルの首を狙って刀を振るった。しかしフェンリルは瞬時に後退し、その斬撃を回避した。
「デカいくせに素早いな」
「速すぎるわね。刀を当てるのすら難しいわ」
ラグナもフェンリルの速度に驚きを隠せない様子だった。
次にフェンリルが狙いを定めたのは俺だった。一番小さい個体から潰すつもりなのだろう。
「双星斬」
こちらへ突進してくるフェンリルの脚を狙い、斬撃を放つ。だがフェンリルは跳躍してそれを回避する。
「やはり飛ぶよな――〈飛翔〉」
俺は〈飛翔〉で全速力のまま空中にいるフェンリルの横をすり抜け、その瞬間、ミスリルのショートソードで斬りつけた――しかし、その一撃はフェンリルの爪によって弾かれた。
あまりの速度で空中で交差したため、俺とフェンリルは共に体勢を崩す。
「アレス、ナイスよ。あとは私に任せて」
バランスを崩して落下してくるフェンリルが地面に着くよりも早く、ラグナの刀が閃いた。
一閃。
フェンリルの首が宙を舞い、その巨体が地面へと崩れ落ちる。
「ふぅ、なんとかなったわね」
ラグナはそう言うと、刀に〈洗浄〉をかけ、静かに鞘へ収めた。
間違いなく、このエリアは俺一人ではクリアできなかっただろう。
「ありがとう、ラグナ、ベルガ。助かった。俺一人じゃ勝てなかった」
俺の言葉に、ラグナは静かに首を振る。
「アレスがフェンリルのバランスを崩してくれたおかげよ。あれがなければ、私は一太刀も浴びせられなかったわ」
そうかもしれない。だが、この二人がいなければ、俺はここで倒れていたかもしれない。
俺は二人の存在に、心から感謝した。
「じゃあ、オーブを持ってオークエリアに行こうか」
フェンリルが鎮座していた場所には、静かにオーブが置かれていた。
俺は狼のオーブを亜空間に収納し、ラグナとベルガと共にオークエリアへ向かって飛び立った。




