9会食
東国の王邸には大広間があり、優に百人は超える客人を迎えることができる。
築年数はかなり経っているだろうが、改築を繰り返し豪奢な今風の作りになっている。
上座からよく見渡せるように長く白いテーブルが並ぶ。テーブルの上には東国の郷土料理が運ばれる予定だ。
大広間と同じ階には控え室がたくさん用意されている。その一室でラナは、今までにないくらい緊張していた。
「しないでくださいって方が無理なんでしょうけど、イリュー様もいるんですし、落ち着いてくださいね」
マールがラナが着替えた後の着物を手際よく片付けている。
シアから正装は動きにくいだろうから、もう少し身軽でいいと言われ、花国での会食でよく着る着物に着替えた。
(だいぶ呼吸しやすくなった…何より動きやすい)
扉がノックされる。
「失礼します。時間だそうです」
「イリュー?」
入室してきたイリューは、ラナと同じ濃紺の着物に着替えていた。
銀髪が着物に映えて、見惚れるほどかっこよかった。ラナは少しの間言葉が出なかった。
「今日はラナの付き添いをさせていただくので、着替えました」
「すごく似合ってる」
「ラナ様のお着物と合わせていて、とってもいいですね!夫婦?婚約者同士?みたいですよ」
イリューと婚約者同士なんて、本当にそうだったら照れるけど、今日はそう思わせてもらえたら心強い。
「では、ラナ、手を」
イリューはラナの手を自分の右腕にかける。
「今日はラナの付き添いですので」
いたずらっぽく笑うイリューを見て、緊張していたはずのラナは楽しくなってきた。
大広間へ向かう廊下には管弦楽の繊細な音楽が聞こえてくる。目の前にある大広間の開け放たれている扉まであと少し。
「大丈夫です」
イリューが腕にあるラナの手に手を重ねてきた。
「東国の新しい夢見、ラナ・メルザ様です!」
よく通る声で紹介された途端、大広間にあるたくさんの人の目がラナに集まる。
ラナはイリューの腕を掴む手に少し力を込め、一歩ずつしっかり歩いていく。
……大したこと…
国費を使って……なの
…何、あの軽装…
地味な…
…夢見なんて…
管弦楽の演奏の合間合間に途切れるように聞こえてくる言葉が、嫌でもラナの耳に届く。
…ちょっと、隣は誰なの…護?
顔、良すぎない…え
…銀髪って珍しい…
「わかってはいたけど、なかなかあからさまだなぁ」
ラナはイリューに顔を向けて無理して笑って見せる。
「みんな、夢見の力とラナの美しさを妬んでるんですよ、絶対に手に入らないから」
「イリューは褒められてるよ、かっこいいって」
「ああいう外見だけ見ていう人の言葉からは何も感じませんね。勝手なこと言うなって感じです」
イリューが、ラナの方をじっと見る。
ラナは恥ずかしさをめいいっぱい堪えて見つめ返した。
「なに??」
「ラナは、今日の俺どうですか?」
ラナは、少しの間考えて、イリューの腕をそっと引っ張り、彼の耳の近くで、彼にだけ聞こえるように言った。
「かっこいい…です」
イリューがラナが掴んでいる手に触れて言った。
「嬉しいです」
異性とこんな近距離で見つめ合うことなど初めてだった。心臓がうるさいくらいに鳴っている。
ラナとイリューの仲睦まじい様子に、また何か声が聞こえてくるが、二人は気にしなかった。
「ようこそ!東国へよく来てくださいましたなぁ!歓迎してしております!!」
しゃがれているのによく通る太い声が大広間中に響き渡った。たくさんの視線が集まるのを感じる。
「私は統治補佐ロドルと申します。どうぞよろしくお願いします、夢見殿」
ギョロリとした大きな目に、口元に蓄えた髭、自信に満ち溢れる立ち振る舞いに一瞬ラナは気圧された。
「ラナ、と申します。どうぞよろしくお願いします」
ラナは優雅に礼をした。ロドルが感心したように頷く。
「どうですかな、東国は。食べ物もおいしい、気候も良い、そして何より人が良い。きっと気に入ってくださるでしょう!」
…さすが…
ロドル様…意地が悪い
…誰も…してないのに
…歓迎など
ロドルはにこにこしながらラナの返事を待っている。
「そうですね。これから過ごせることを幸せに思います」
その時、ラナには違和感があった。
ロドルの顔を見て、何か、大事なことを思い出しそうだった。
何だろう。
「では、東国の料理をたくさんお召し上がりください。夢見殿」
そう言ってロドルは、年齢を感じさせない颯爽とした動きで人々の中に入っていった。
彼の周りにはたくさんの人が集まり、我先にと、ロドルに話しかけているのが見える。
「思ってもないことを言うのが上手な方でしたね。私の名前なんかきっと興味ないんでしょうね。呼ぶ気もなかったみたいですし」
ラナは出来るだけ声を小さくして言った。
「俺なんか無視ですよ、無視。百歩譲って護だからとはいえ、存在消されてました」
「たしかに」
ラナは思わず笑ってしまった。
本当だったら嫌な気持ちになってもおかしくないのに、イリューといると心強くて楽しい気持ちに変えられた。
「ラナちゃん、大丈夫?」
お酒のグラスを持って、シアが来た。
「お前がくると騒々しくて大丈夫じゃなくなる」
「ちょっと!イリュー、お前、何腕組んでんの!」
「ほら、騒々しい」
「本当に」
二人が笑い合うのを見て、シアは目を見開く。
「ちょっと何!やなんだけどその空気!いつのまにそんな仲良くなってんの!」
まずは腕を組むのをや、め、ろ!と、シアが騒ぎ立てていたが、それを見かねたのか一人の女性がシアを制しに来た。
「何を騒いでいるんですか、やめてください」
「わぁ、びっくりした!いつも気配消してくるのやめろよ」
耳の下で切り揃えられた黒い髪がさらりと揺れた。一重の瞳が呆れたようにシアを見つめている。
「注目されています。そして仕事です。いいですね?」
「今日はもう仕事入んないって言ってなかった?やだよ、僕!」
「あ、ラナ様、お初です、ファタと申します。イリュー様、お疲れ様です。では失礼いたします」
「おい、無視すんな!そして連れてくなぁぁ!」
あっという間にシアがファタに引きずられていった。
「あ、挨拶できなかった…」
「ファタに会った人はみんなそうなります。お気になさらず」
何か食べますか?イリューがテーブルを指差す。今日は緊張続きであまり食べていない。ラナは笑顔で頷いた。




