フラグ16 百年の恋が冷めたのなら、もう百年の恋をすれば良い
「っていう感じで、昔は格好良かったんだけどにゃ~。普段のニートっぷりを見ちゃうと百年の恋も冷めちゃうにゃ」
時は現代、場所は喫茶店の中。
想い出を語るウェイトレスのアディンクラと、それを聞いていた女子高生のレイネ。
「う……うぅぅぅうう……」
突如聞こえてきたうめき声に、アディンクラはビクッと尻尾を立てた。
「にゃにゃっ!?」
「あ゛でぃ゛ん゛ぐら゛ざぁ゛~ん゛!!」
大粒の涙を流したレイネがそこにいた。
そのまま勢いをつけて、ゆたかなアディンクラの胸へと飛び込んだ。
「ちょっ!? レイネちゃん、どうしたにゃ!?」
「可哀想で! 可哀想で! 私もその場にいてあげられなかった事が悔しくて、アディンクラさんがんばったねって! つらかったねって!!」
抱きつかれて頭をグリグリされて、アディンクラの方も動揺してしまっている。
「お、おおおお落ち着くにゃレイネちゃん! にゃーは大丈夫だから!」
「うぅぅ……。アディンクラさんに酷いことをしようとした男の人達をぶん殴ってやりたいです……」
「い、意外と過激なのにゃ……。でも、ブレイカーの証言によって奴らの恩赦は取り消され、刑務所に戻って死刑執行されちゃったらしいにゃ。ざまぁみろにゃ」
アディンクラは、よしよしとレイネの頭を撫でて落ち着かせる。
自らのために泣いてくれた優しい娘。
まだ出会ったばかりだけど、とても良い人間だと思えた。
「れ、レイネちゃん……そろそろ離れてくれないかにゃ? 胸が物理的に苦しいのにゃ……」
「もうちょっとだけお願いします。おっきい胸って憧れていたので!」
「にゃ、にゃはは……」
やっぱり危ない子かな~とも思った。
その後、まだ離れなかったのでモンスターとしての怪力を使って無理やり引きはがした。カブトムシを木からベリベリ剥がすイメージだろうか。
「──それでアディンクラさんは、ブレイカーさんに気持ちを伝えないんですか?」
「にゃにゃ!? にゃんでニャーが!? も、もう百年の恋も冷め──」
レイネはにっこりと微笑んで、自信満々に言葉を放つ。
「だって、昔のブレイカーさんのことを話していたとき、すっごい嬉しそうな顔をしていましたよ? 今でも好きなんですよね?」
「う゛っ……。それは、その……」
「百年の恋が冷めても、もう百年分の恋が残ってるって感じでしたよ!」
「まぁ、あのにゃ……たぶん好きだけどにゃ……。結局、ニャーはモンスターだし……」
モジモジするアディンクラを見て、レイネは勢いよく立ち上がった。
そして両手を握りしめて熱弁する。
「モンスターだから、なんだっていうんですか! 恋の前に壁なんてないんです! 何でもぶち壊せるんです!」
「……なんかレイネちゃん怖いくらいに熱いにゃ」
「恋に関しては、女の子はみんな最強の魔術師なんですから!」
レイネは真剣な表情。
困惑するアディンクラの手を情熱的に掴む。
「今から直接、言いに行きましょう! さぁ、ブレイカーさんは二階のすぐそこです!」
「にゃにゃ!?」
「いつ終わりがくるかわからないのが命なんです! 伝えるチャンスがあるのなら、もう伝えちゃってもいいと思うんです!」
アディンクラはその言葉に心を打たれた。
不思議と説得力がある気がしたのだ。
「わ、わかったにゃ……。たしかに気持ちを伝えない理由を自分で作っていた気がするにゃ……。断られてもいい、当たってくだけろにゃ!」
一大決心をしたアディンクラ。
手を引かれるままに立ち上がり、二階への階段へと向かう。
「そうにゃ……ブレイカーとは一緒にいる時間は長かったのに、気持ちを全然言えてなかったにゃ……」
そのまま階段を一歩一歩あがっていくと、ブレイカーとの歩みが思い出されていく。
自分を保護して、居場所を与えてくれた人。
時には兄のように優しく、時には父のように厳しく。
記憶を持たない化物に対して、大切な想い出を与えてくれた男性。
「い、言うにゃ……言っちゃうにゃ……」
階段を上がりきり、探偵事務所のドアの前に立つアディンクラ。
後ろでハラハラしているレイネ。
中から何やら声が聞こえてきているが、それは気にせずドアを開け放った。
「ぶ、ブレイカー! 話があるのにゃ! 実はニャーは! ブレイカーの事が!」
──といったところで、探偵事務所内の光景が目に入った。
「おい、これくらいいだろ? ゴムでもいい。もう我慢できないんだ」
「や、やめっ!? いくらなんでも男の人の……その、アレを触るなんて……」
顔を赤らめる女子高生にむかって腰を突き出すブレイカー。
まだ脱いではいないが、物凄い必死の形相で腰を突き出している。
すごい、それはもうすごい勢いだ。
「ぶ、ブレイカーさん何をやっているんですか……」
辛うじて疑問を投げかけるレイネ。
「ナニって、男ならしかたのないことをヤってくれと頼んでいるだけだ」
ブレイカーは平然な顔で答えるのだった。
そして視線はアディンクラとばっちり合う。
「──お、アディンクラ。丁度よかった。お前でもいいぞ?」
「……遠慮しておきますにゃ。どうぞ、続きを楽しんでくださいにゃ……」
残っていた百年の恋も冷めたという表情で、アディンクラは回れ右。
そのまま階段を降りていく。
すれ違うレイネの表情もどん引きだった。
「あ、そういえば昼食に頼んでいた飯はまだなのか? かなり時間かかっている気がするんだが……」
「材料を切らしてたから買い出しに行ってくるにゃ……一週間くらい」
「おい、まて!? この状態で見放されたら死ぬ! 餓死してしまうぞ!?」
背後からのブレイカーの声を無視して、レイネとアディンクラは喫茶店へと戻っていった。
それを見送って、探偵事務所内の2人は再びやり取りを再会した。
「このケガした両手じゃトイレに行けないんだ! 頼む桃花! お願いだからズボンのチャックを下ろして──」
「むり! むりむりむり!! い、一応あたしは女子高生だぞ!?」
「だからゴム! ゴム手袋を使ってもいいぞ!? ああ、そうだ。箸でも構わない!
魔術師だって生理現象には敵わないんだ……!
お前の思い出の“あの人”にも良い子だって言っておいてやるから、な!」
「うぅぅ……。それなら何とか……してあげるよ……」
めずらしく、涙目のしおらしい桃花だった。