9.ドラゴン娘、鍋捌きに喝采を浴びせる
朝食から既に数時間、俺は最初にやっていたプロットを終わらせ担当にメールで送った後、今は別作品の執筆を行っている。
今日は筆の乗りが良いのか、中々快調なペースだ。
ディーネの方は未だにテレビに夢中。
今視ているのは日本の伝統技能を紹介する番組の再放送。
画面の向こうの職人にも負けない集中力だ。
いやだから離れて見ろって。
ディーネは偶に何か分からない事を尋ねてくる以外は静かにテレビを見ている。
その質問も元々の頭が良いからか、簡単な説明で直ぐに理解してくれるのは有り難い。
俺は説明とかそんな上手い方じゃないからな。
しかしそれ以外は殆ど喋らない。
会話した感じそんなに無口な性質ではないと思うのだが、ずっと黙ってテレビを視ている。
…ひょっとして仕事中の俺に気を遣っているのだろうか。
「髪の毛よりも僅かな差を見分けるじゃと…?なんと繊細な作業なのじゃ…!」
あ、無いわこれ。
単に熱中してるだけだわ、放っとこ。
「もう十二時だし、飯でも作るか」
「昼餉は何にするのじゃ?」
「うおぉっ!?」
いきなり真後ろから声が!
お前今の今までテレビの前にいたよな!?
「何を驚いておる。昼餉の支度をするんじゃろう?我も手伝うぞ」
食いしん坊キャラか!
別に良いけどお前だんだん遠慮無くなってない!?
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
取り敢えず台所に移動。
「て言ってもほぼ炒めるだけだから、そんなする事ないんだけどな」
「炒め物か。何を作るんじゃ?」
「昨日の昼に炊いた米の残りで炒飯にする」
「コメ?チャーハン?」
「米ってのは、ほらこれだ。これは炊き上げたやつだけどな」
そう言って炊飯器に残っていた白米を見せてやる
元々一人用に炊いたものの残りだからそんなに量は無いが、それでも茶碗三杯分はある。
後は具を多めに入れれば十分足りるだろう。
「おお、これは白麦か。異界ではこんな風に食べるんじゃな」
「…米もあるのか。向こうではどんな風に食べるんだ?」
「雑穀と混ぜて粥にするのが普通じゃな。真っ白な白麦を食えるのは金持ちと、育てている豪農ぐらいじゃ」
一昔前のこっちと同じ様なもんか。
「まぁいいや、早速作るか」
という訳で材料の準備。
まず白米。
炒飯で使う御飯は炊き立ては避ける。
特に水気の多い日本の米は、炊き立てを使うとべたっとした仕上がりになりやすい。
かと言って冷や飯を使うと鍋と油の温度が下がって、米が油を吸ってしまう。
そこで御飯は使う前に皿の上に軽く広げるようにして出しておく。
そうすると冷たくなり過ぎず、蒸気の飛んだ具合の良い米になる。
生卵。
普通なら一人前一個程度で良いのだが、今日はかさ増ししたいので三個使用。
因みに生卵は調理する三十分ほど前に、冷蔵庫から出して室温に戻しておくと良い。
そうすると鍋やフライパンの温度が下がりづらく、焼きむらを防げる。
半熟で作るオムレツや目玉焼きでは特に重要だ。
煮豚の切り落としと刻み葱。
昨日のラーメンの時に使った煮豚の切れ端と、ディーネが刻んでくれた葱。
…関係ないけどこういう端っこってなんか美味いよね。
太巻きとか、カステラ、羊羹とか。
調味料。
塩胡椒、醤油、酒、胡麻油、そしてマヨネーズ。
マヨネーズを使うのはご家庭炒飯のちょっとしたコツなのだが、これは後程。
調理開始、とは言え炒める以外やる事は少ない。
卵をボールに空けて、箸で切るように、白身が完全に無くなるまでよく混ぜる。
ここに酒少々を入れるとパサつきの無い、ふんわりとした仕上がりになる。
後は直ぐ手の届くところに材料を全部置いて、と。
まず中華鍋を強火で煙が出るまで熱し、胡麻油を少量、後でマヨの油も加わるので少なめに。
葱を油と絡めるように手早く炒め、葱がしんなりして香りが立ってきたら煮豚を投入。
軽く炒めたら一度具を脇に除け、卵液を注ぎヘラで混ぜるようにかき回す。
生寄りの半熟状態になったら今度は御飯を投入、と同時にマヨネーズを回し掛ける。
流石に素人が家庭用の調理器具でパラパラの炒飯を作るのは難しいが、マヨネーズを入れる事で御飯がパラリと仕上がるのだ。
塩胡椒を加え、米、具、卵を混ぜ合わせ…、
「よ、っと!」
「おお!」
中華鍋を激しく前後させ、炒飯を空中で回す様に炒める!
「おおお!凄いぞコーヘー!」
歓声を上げ大興奮のディーネ。
プロ並みにはいかないけど、確かに派手だよなこの調理。
まぁここまで喜ばれれば悪い気はしない。
と、最後に鍋肌から醤油を一周回しかけて…。
ジュウゥゥーーー…!
醤油の焦げた、何とも言えない香りが広がる。
堪らん。
「おお、この香り、何と食欲をそそる…」
ディーネも目を閉じてうっとりだ。
その表情だけ見るとやっぱ超美人だな、めっちゃ鼻ひくひくしてるけど。
用意しておいた二枚の皿に盛り付ける。
片方は普通盛り、もう片方は山盛り。
勿論山盛りがディーネの分だ。
「完成!」
焼豚ならぬ、煮豚炒飯の出来上がり。