第十七話 冒険者・ギルド
オルフェーヴルの街の正門に陣取る警備兵のふたり(いずれも二十代半ば)は、やってきた獣車とそれに追随するゴーレムが牽く荷馬車を前にして困惑を隠せないでいた。
獣車を牽く〈大齧鼡〉の手綱を握っている美人の妖精族はまあ問題はない。
「えーと、冒険者のべェール・ウィアさんですね。確かに冒険者証を確認しました」
見慣れた銀色の冒険者登録証明プレートを返すと、妖精族の娘は頷いてそれをポケットにしまった。
「後ろのゴーレムはウィアさんの所有物ですか? 都市に立ち入る場合はこちらの証明書にサインと、通行料とは別途に保証金を金貨一枚預からせていただく形になっていますが、よろしいですか?」
「……ああ、まあ仕方ないね」
軽く肩を竦めるウィア。
「それで、他の皆さんはどのようなご関係ですか?」
獣車に乗っている多彩な一団を前に、不審と当惑が半々くらいで尋ねる警備兵の彼。
なにしろざっと見ただけで、御者台の隣に座っている普人族らしい水色の髪と瞳をした、見るからにのほほーんと育ちの良さそうな少女に、それよりやや年下のどこか気品のある丈の短い黒のドレスを着た魔族で黒髪の少女。さらに伝聞でしか聞いたことがない、まさにお伽噺に出てくる天使族のお姫様そのものの金髪碧眼の美少女。そして普人族らしい見たことのない格好をした青少年に、その隣で怪しげな呼吸音を漏らす謎の黒ずくめのマスクとマントを羽織った騎士らしい異形の人物という脈絡のなさなのである。
「ああ、天使族の彼女はあたしの護衛対象で、周りにいる連中も護衛のために雇われた凄腕ばかりさ」
臆面もなく堂々と言い放つ。
客観的に見ればどうみても無理のある顔ぶれと理由だが、一切の迷いなく言い切れば――
「「嘘こけ~~~っ!!!」」
無理だった……。
「こののほほーんと、ボケて平和そうな水色頭の少女のどこが凄腕の護衛だ!?」
真っ先に槍玉に上げられたフィーナは、
「あ、私は記録係の学者見習いです」
と、警備兵へ自己紹介乙をする。
「学者見習ぃ……?」
胡散臭い表情を浮かべるふたりの警備兵に向かって、そこそこボリュームのある胸を張って、
「その通り! 専攻は実戦民俗学で現在は『萌えと魔物との相関性』について、在野でのフィールドワークの事例を集めるために同行しています」
「いや、さっぱりわからん」
正直な警備兵の返答に対して、ひとつ頷いたフィーナはあらかじめ準備しておいた本を二冊取り出して、パラパラとめくりながら答える。
「そうですね。これは私のバイブルとも言うべきイチロ・サッサーキ先生の『リビティウム皇国のブタクサ姫』(税別定価1,200円)なのですが……」
日本語で書かれた本なので当然、アーカディアの人間には読めないが、使われている紙が恐ろしく上質で製本が神業のように整っていること、何よりもカラーのツルツルしたカバーに驚愕して、これはおそらくはとんでもない希少な書物ではないかと漠然と推測するふたりの警備兵。
「私の長年の研究によれば、このヒロインのジルという少女は宇宙恐竜ゼッ○ンをカリカチュアしたものだという結論に達したのですよ!」
ΩΩΩ<な、なんだってー!?
その勢いに押されて、遊馬を含む警備兵の男三人が驚愕の叫びを上げた。
作者も初めて聞く珍説だが、はっと我に返った警備兵のひとりがツッコミを入れる。
「いや、そもそも『宇宙恐竜ゼッ○ン』ってなんだよ!?」
「ふっ、ゼッ○ンを知らないとは無知にも程がありますね。身長六十メートル、体重三万トン。一兆度の炎を吐き、テレポート能力やバリアをすら用い、かのウル○ラマンを完膚なきまでも斃して死亡させた恐怖の代名詞だというのに……」
そううそぶきながら『良い子の怪獣図鑑』を取り出して、真っ黒な甲冑のような身体と雄牛のような角を持った、奇怪な怪物が描かれた恐ろしく詳細な絵(写真)を広げるフィーナ。
「身長六十メートル、体重三万トン!?」
「一兆度の炎って、こんなのが暴れたらあっという間に国が滅ぶじゃねーか!!」
色めきたつふたりの警備兵に向かって、さもありなんと頷きながらフィーナは優しく諭す。
「ですがご安心ください。ゼッ○ンは既にどこの馬の骨とも知れない自警団に斃されています」
その言葉にほっと胸を撫で下ろすふたり。
その気の緩みを見逃さずに畳み掛けるフィーナ。
「そうです! 幾多の強敵を屠ってきたウル○ラマンを手玉にとって無類の強さを誇った最強の怪獣であるはずのゼッ○ンが、うっかりでただの馬の骨でしかなかった連中に斃される。そこに私は“萌え”を見出さずにはいられないのですよ! そしてご覧ください、このブタクサ姫のヒロインも最強格のキャラクターでありながら、しばしばうっかりや間違いで失敗を行うここに“萌え”があるわけですが、さらに確実に『ブタクサ姫=ゼッ○ン』である証拠は、このイラストの髪型です! 明らかにこれはゼッ○ンを模している! たまたま偶然とはいえないではないですか!!」
偶然です。
「「う~~ん」」
と、唸るふたりの警備兵へ向かって止めとばかりに、フィーナは『良い子の怪獣図鑑』のページをめくって、とある一点を指差した。
「そしてこれがトドメです! 彼女は初期には醜く太っていた……という描写がありますが、同じくゼッ○ンにも醜くデブっていた時期があります。ここ、これです! 赤い通り魔と呼ばれるとある殺人鬼に崖から叩き落とされて惨殺された養殖失敗ゼッ○ンのフォルムは、まさに醜いブタクサ姫そのものと言えるでしょう! そう、作者はゼッ○ンの強大さとロマン、その後の作品でもいいとこまで行って破れるウッカリさを投影することで、萌えのなんたるかを示しているのですよ!!」
ΩΩΩ<な、なんだってー!?
嘘松であるフィーナの説明に圧倒される一同。
「……な、なんかよくわからなかったけれど、とりあえず難解な学問を研究しているのはわかった」
ようやく再起動した警備兵のひとりが、いまいち釈然としない表情のままフィーナのわけのわからん主張を受け入れた。
「だが、そっちの黒づくめの騎士風の奴はなんなんだ? 顔を見せて貰いたいんだが」
当然の要求が暗黒卿の扮装をしているエレナへと向けられるが、
「残念ながらその要求には応えられません。なぜなら過去の戦いにおいて大怪我を負った暗黒卿は、その鎧兜を被っていないと生命維持に困難をきたすからです。具体的にエピソード1から5ぐらまで説明しますと、とある共和国を騒乱が襲ったのが発端で、辺境の国々を結ぶ交易ルートへの課税を巡って論争が勃発。
貪欲な通商連合は武力での解決を図るべく、大規模な艦隊によって辺境の小国の物流を完全に止めてしまい、これを調停すべく、最高議長は平和と正義の守護者である人呼んで〈時代の騎士〉ふたりを密かに派遣し――」
これ全部話を聴いたら半日は優に超えるんじゃないかなぁ……と、立て板に水で喋り捲るフィーナを前に、ひしひしと本能的な危機感を覚える警備兵たちであった。
なぜかどこかで勇壮なファンファーレの音が鳴り響く幻聴が聞こえてきた。
◆ ◇ ◆ ◇
四時間後――。
「せめてエピソード3までは喋りたかったのですが……」
警備兵たちが「もういい、わかった!」とギブアップしたため、消化不良の表情でボヤくフィーナの嘆きに、隣で聞いていただけでお腹一杯……食傷気味でげんなりしていた一同の誰も返事をせずに、
「とりあえず先に冒険者ギルドに顔を出して、全員の登録を済ませておいたおいたほうがいいだろうな。今後のことを考えると身分証になるから」
御者台に座ったウィアがそう話を変えたところ、
「それはわたくしでも登録できるものなのですか?」
と鬱陶しいマスクと衣装を脱ぎ捨てたエレナが気遣わしげな顔で尋ねた。
その問い掛けに、「まーね」と軽く頷くウィア。
「基本的に冒険者ギルドは来る者は拒まず、去るものは追わずだからね。馬鹿正直に本名を名乗らなきゃ、ただの『エレナ』として登録できるはずだよ」
「なるほど」
と、納得したエレナと、座ったまま振り返って遊馬に弾んだ声をかけるフィーナ。
「聞きましたかご主人様っ。やっぱり冒険者っていうのはならず者の集まりなんですよ! 荒くれ揃いのカウンターへ並ぼうとして、『ようよう兄ちゃん。綺麗どころを引き連れていいご身分だな。いっちょ俺におこぼれをくれよ!』とか『口の利き方を知らねえガキだな、いっちょ俺が冒険者の流儀を教えてやるぜ、表に出な!』とか『姉ちゃんたち、こんな腰抜けであおっちょろい兄ちゃんより、俺と一緒に来いよ』とか、テンプレで絡まれること請負ですよ! 楽しみですね~っ!」
「「「「「楽しみなの(か)!?!」」」」」
度肝を抜かされる遊馬を抜かした一同であった。
「……まあ、実際問題その手の懸念はもっともなので、各自気をつけて軽はずみな真似をしないように」
ウィアは渋面で注意を伝える。
途中で花売りの少女や靴磨きの少年に小銭を渡して道を聞きながら、ほどなくオルフェーヴルの街のメインストリート沿いにあった冒険者ギルドの建物へと到着することができた。
馬車の類いも十分に停められる広場に面した三階建ての煉瓦でできた瀟洒な建物である。
獣車を停めて、荷馬車を牽いてきたクリスティーヌにおかしな連中が来たら声を出して知らせるように言い含めて、ゾロゾロとウィアを先頭に連れ立ってギルドの正面玄関(スイング式のドアであった)を開けた――途端、
「ふざけるな、この出来損ないの糞ガキッ! とっとと出て行けーっ!!」
「きゃん!!」
叩きつけるような怒号とともに、小柄な少女がこちらは物理的に放り投げられてきた。
反射的にウィアはこれを躱し、次にいた遊馬は反射的にその子を両手で抱え込んだ。
「いたたたた……」
「……なんだこれ」
栗色の髪をした一見すると十一~十二歳くらいにしか見えない背丈の少女だが、可愛らしい顔立ちはもう少し年長に見える。あと妖精族ほどではないが、耳が尖っているのが特徴であった。
「洞矮族のようですね。この街では珍しくもないとは聞きますが」
遊馬の肩越しに覗き込んだエレナが、少女の特徴からその素性を言い当てる。
「お~~っ、なんかわかりませんが、早速トラブルの予感ですね~」
喝采を叫ぶフィーナの台詞に、少女を抱きとめたまま遊馬はげんなりとするのであった。
 




