第十八話 ドワーフ少女・チョコ
「いつまでこの姿勢でいるつもり!? 嫌らしい」
遊馬の腕の中に収まっているコンパクトな少女が、もぞもぞと動いて方言ばりばりで不快感を示す。
「ああ、悪かった。怪我はないかい?」
「どこか怪我をしているようなら私が治癒しますけれど?」
「――ふん、丈夫だけが取り得の洞矮族がこの程度で壊れるわけがありませんよ」
丁寧に床に下ろす遊馬と心配そうに手をかざすソフィ。
一方で、ウィアは厄介者扱いで鼻を鳴らすのだった。
「ん~? やっぱファンタジーの定番でエルフとドワーフは仲が悪いんですか?」
小首を傾げるフィーナの問い掛けに、ウィアは曖昧な表情で吐き捨てる。
「ふぁんたじー……? よくわからないけど、まあ仲が悪いというよりも、洞矮族は基本的に頭がおかしいので係わり合いになりたくないってのが正解ね」
「誰が頭がおかしいのよ!? これだから妖精族は鼻持ちならないのよ! あんたらは山奥で猿みたいに暮らしている原始人だっちゃ。その点、うちらは素早く文明さ順応したもんだがら、妬ましく持っているだけだっちゃ!」
心外だとばかりに捲くし立てる洞矮族の少女。
ウィアのほうはいちいち相手をするのも億劫だとばかり、無言で踵を返して冒険者ギルド内へと歩みを進めるのだった。
「こ、こら、待つっちゃ……と、と、と」
追いすがろうとした少女だが、まだ足元が安定しないのかふらついたところを、
「おっと、無理はしないほうがいい」
素早く遊馬が肩を抱く形で支えた。
「ありがと。――まんず、よく見たらお前様、なかなかいい奴だっちゃな。ヒゲがなくて痩せてるのが残念だども、鱈腹食って五年もヒゲば伸ばせば偉い男前になるっちゃ!」
「……それはどうも」
お愛想で礼を言いながらウィアの後に続く形で、遊馬も少女を支えながらギルドの内部へと足を踏み入れる。途端――。
「はっ! 出来損ないの洞矮族もどきが一丁前に色気づきやがって。手前こそ十六にもなってヒゲも生えない、体もダシガラみたいにガリガリの不細工じゃねえか!」
ギルド内のテーブル席のあたりにたむろしていた薄汚れた格好の冒険者風の男たち――一部女性もいる――から、野次が飛んできた。
その心無い言葉にさきほどの剣幕で言い返すかと思えた少女だが、唇を噛み締めて悔しげに自分の足元を見るばかりで、なぜか反論する様子はなかった。
怪訝に思った遊馬たちが周りを見回してみれば、ちょっとした役場の待合室ほどもあるそこには二十人ほどの冒険者がいて、工芸の街という場所柄のせいか、結構洞矮族……それも絵に描いたようなずんぐりむっくりでヒゲを伸ばした連中が目立っていた。
さらに驚いたことにふたりほどスカートを履いているところをみると女性なのだろうか? こちらも見事な顎ヒゲを生やしているのだった。
これが洞矮族の男女ともにデフォルトだとするなら、確かに目の前の少女は異端といっても良いだろう。もっとも遊馬の感覚すれば、少女は十分に可愛らしい見かけなのだが。
好奇の視線にさらされ居心地の悪いおもいでウィアが選んだカウンターに並んで順番を待ちながら、遊馬はこっそりとフィーナに囁いた。
「なあ、もしかしてドワーフってヒゲが生えてなくて太っていないと不細工なのか?」
「さあ? でもまあ美醜の判断は民族や時代によっても大きく変わりますからねぇ。ご存知ですか? 十九世紀のペルシャカザール王朝の伝説の美姫として名高いナーセロッディーン・シャー王の八番目の王女様ですが、彼女には百四十五人の男がプロポーズし、更に姫の気を引くために十三人の男性が自殺して見せたというなまらすげー逸話がある、まさに魔性の美貌を誇ったお姫様ですが、現存する写真を見るとこれがまた……」
なぜか言葉を濁して遠い目をするフィーナ。
そう言われると見たいような見たくないような、だがしかし伝説は伝説のままでしまっておくほうが幸せなんだろうな、ここにはネットもないし……という複雑な心境に浸る遊馬であった(※注意:検索しないこと)。
「ふん。おめだぢもおらを不器量だと思っているんだろう?」
「いや、そんなことはないけど」
「可愛い」
即座に否定する遊馬と、やや目線が高いノーチェが洞矮族少女の頭を撫でる。
「やめれ! あんまりふざけるなよ。恥ずかしい。つーか、おらの方が年上だっちゃよ!」
その手を払い除けた彼女に、ふと思い立ってエレナが尋ねた。
「そういえばお名前はなんとおっしゃるのですか?」
その刹那、カウンターで普人族らしい中年女性の係員相手に申請の手続きを行っていたウィアが、すかさず両手で自分の耳を塞いだ。
「「「「「???」」」」」
遊馬たちがその謎の行動のわけを聞くよりも先に、洞矮族の少女が名乗りを上げる。
「そういえば言ってなかっただな。おらの名前は、チョコ・バナナ・《ぶっ刺し焼き》だっちゃ。一族の長老のホタテ・カニ・《ぶっ刺し焼き》様が名付け親になって、その栄光の称号をもらったっちゃよ!」
「「「「「…………」」」」」
「……うん。耳に入らなかったが、その様子から推測するにさぞかし呆れるようなひどい名前だったのだろう。だから言っただろう、洞矮族のセンスは基本的にわけがわからん……正面からまともに受け止めようとすると、逆にこちらがおかしくなる非常識なものなので関わらないのが一番なのだ」
言葉もない一同に向かって、振り返ったウィアがしみじみとした口調で忠告をする。
「「「「「あー……」」」」」
「あにいうだか! 好きなモンに好きな名前をつけてこそ愛着が湧くっちゅうもんだ! 妖精族みたいにスカした名前をつけて悦に耽っている陰キャとは違うっちゃよ!」
「誰が陰キャだ、こらっ!」
「おお、やるだか!? こうみえてもおら喧嘩は強いだど!」
臨戦態勢でそこそこ堂に入ったシャドーボクシングを始めるチョコ・バナナと、今にも背中の弓矢に手を伸ばしかねないウィア。
妖精族と洞矮族。種族的な対立はこうして草の根で勃発するなのだろうな、と思える社会の縮図であった。
「チョコさん、いい加減にしてください。これ以上の騒ぎを起こすなら、冒険者ギルド員の資格を剥奪して出入りを禁止しますよっ」
そんな彼女へ受け付けのおばはん――お姐さんがドスの利いた声で言い聞かせる。
「そんな冷たいこと言わないでよ!……つーか、おらの依頼さ取り消すとか、そっちのほうがひゃっこいべ!」
「それについては何度もご説明しているように、目的の場所には〈アンダーランドビー〉の巣があるので、単独での討伐不可能。また一ヶ月以上依頼を請け負う冒険者グループが名乗り出なかったため、規定により棄却せざるを得ないと申し上げているはずです」
「そこをなんとか――」
「なりません」
一言の下に切り捨てた受け付けのお姐さんは、「これ以上繰り返すのなら資格剥奪で出入り禁止です」と、最後通告をチョコに突きつけてその視線を遊馬たちのほうへと向けた。
「では、続いてあなたがたの冒険者登録ですね。えーと、既に登録済みの妖精族のウィアさん以外のここにいらっしゃる皆さんですね? では規定の書類にサインと登録料をひとり銀貨一枚お支払いの上で、簡単な健康診断と三日間の受講を――」
流れ作業で説明をする彼女の台詞を遮る形で、チョコが『閃いた!』と風呂に入ったアルキメデスばかりの満面の笑みで、
「おめだぢ冒険者になるだか!? だったらおらと組んで〈アンダーランドビー〉の『黄金の蜂蜜』さ、採りにだ――うんにゃ、おらがおめだぢの仲間になってやるっちゃ!」
「へ……?!?」
もう離さないとばかりに抱きつかれた遊馬が目を白黒させる。
「だいたいよう兄ちゃん。綺麗どころを引き連れていいご身分だべさ。いっちょおらもそのおこぼれを貰ってもばちはあららねえべ!」
「いや、その理屈はおかしい」
冷静にツッコミを返すフィーナに対して、
「口の利き方を知らない小娘だっちゃな。いっちょおらが冒険者の流儀を教えてやるので、後で表にでるだぞ」
と舌を出して、とりあえずこの一行の中心人物であろうと看破した遊馬を篭絡しようと必死に平たい胸を押し付ける。
「兄ちゃんも、こんな腰抜けであおっちょろい小娘たちより、ナイスバディのおらと一緒がいいべ? つーか、『うん』と言わないと、見ず知らずのおらを手篭めにした変態だと街中に吹聴して回るだよ」
もはや脅迫であった。
状況についていけずにダラダラと脂汗を流す遊馬のところへ、ギルド内にたむろしていた見るからに難癖をつけてきそうだった人相の悪い男たちが近寄ってきて、
「性質の悪いのに絡まれたなァ、兄ちゃん」
「まあ狂犬にでも噛まれたと思って諦めな」
「冒険者はこんなのばかりと思わないでくれよ」
「生きて帰ってきたら一杯奢るぜ」
しみじみとした口調で次々と肩を叩いて、とばっちりを喰わないようにとその場を後にするのだった。
「え? え? え~~~~~~~~~~~~~っ!?」
理不尽な冒険者ギルドの洗礼を前に、素っ頓狂な遊馬の悲鳴が響き渡り、建物の前で三角座りをして待機していたストーン・ゴーレムのクリスティーヌが、「――マ゛?」ギクリと動揺した。




