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半年後。
アスファルトの地面には大きな亀裂が走り、倒壊寸前のように見えるビルのガラスの破片が地面に落ちて、不快な音を鳴らした。
冬の凍りつくような寒い朝。
日もまだ出ていないくらいの時間帯に二人の少女は黒い地面を裸足で歩く。
気温は氷点下にもかかわらず、彼女たちはマフラーもつけずに一人は学校の制服、一人は私服を着て、その上から薄い布一枚で覆った状態でただただ歩いていた。
足から伝わるアスファルトの冷たさがもう痛くなくなるくらいにまで感覚が鈍ってきている。
吐く息は一瞬にして白く濁り、冷凍室にでも入っているかのような気持ちに彼女たちを誘う。
「おねえちゃん……さむいよ……」
「ごめんね……これで我慢できる……?」
立ち止まって、妹と顔を合わせるようにして屈んだ彼女は自分の羽織っていた布を妹に被せた。
しかし、妹は首を横に振って、今にも泣き出しそうな顔をする。
「もう少しだから……ね?」
(……あともう少しで人に会えるはず……)
彼女は妹の小さく汚れた手をとって、また道を進み始めた。
少しだけ明るくなった空は曇天で、今にも何かが落ちてきそうな黒さ。
すると、五分くらい歩いた所で妹の足が止まる。
「……? どうしたの?」
「……おなかすいた……」
駄々をこねずにずっと歩いてきた彼女たち。空腹も限界に達していた。
「わかった」
頷いてビルの方に行こうとする。
瞬間、曇天の空から白い粉が振ってきた。
「ゆき! おねえちゃん、ゆきだよ!」
妹は嬉しそうにそう言ったが、彼女は苦笑い。
雪が降ってきたということは、これからもっと気温が下がっていくかもしれない。そうしたら、凍死する可能性だってある。
ビルとビルの間の狭い路地に座り込んだ二人。
彼女は小さな鞄の中からこぶし二個分ほどの大きさのパンを取り出して、その三分の二を妹に渡して、残りの三分の一を小さな口で少しずつ食べていく。
美味しいものではなかった。何十日もの前に見つけたパンなのだから、当たり前だろう。
だが、そんなものでも口にできるだけマシだった。
そして、そんなものも今日で尽きてしまった。
これからどうやって生きていけばいいのか分からない。
自分はどうなったっていい。けれど、妹だけは何としてでも、どんなに酷い世界だとしても生きてほしい。
姉としての願いは神様に届く事はなかったのか、地震にも似た地響きが彼女たちに襲い掛かる。
それは正しく人を殺す事だけを目的とした怪物が近づいてきているという証拠。
「早く立って! 急いで逃げないと!」
「でも……もうあるけないよー……」
妹の足に目を向けるとボロボロで、本当に走られるだけの力が残っているようには見えなかった。
このままの状態ではすぐに見つかって殺されてしまう。だからといって、いい隠れ場所も見当たらず、崩れそうなビルの中に入ってその身を隠す事にする。
ビルの中は壁が崩れ落ち、床には割れたガラスの破片や壊れた机などが散らばっており、彼女たちの足を傷つけていく。
真っ暗闇の一切の光の届かない奥の方まで行くと、壁にもたれて姉は妹を抱きかかえながら座った。
「大丈夫……怖くないから……」
暗闇を怖がる妹にそう言って安心させようとするが無理だった。
闇が不安を掻き立てる。
地響きが恐怖を増幅させる。
痛みが死を引き寄せる。
数分間、震える妹を抱いて座り込んでいた。
そして、彼女たちは隣のビルが崩れ落ちる大きな地響きを体感した。
「おねえちゃん……!」
「大丈夫……大丈夫だから!」
このまま妹に泣かれてしまっては、すぐに居場所を知られてしまう。
だが彼女の努力も虚しく、とうとう妹は泣き出してしまった。
地響きが止まる。
背筋に走る悪寒と頭の中に過ぎる半年前の恐怖。
その恐怖は彼女の体を突き動かす。
泣き止まない妹を抱きかかえて、暗闇の中を出口目指して走る。
だが、その速さは一人の人間を抱えているのだから小走りほどのものだった。
そして、ビルの中から外に出たその瞬間に今にも崩壊しそうだったビルはその外観どおり崩壊した。
ビルが崩れていく衝撃は彼女たちを襲い、彼女たちは冷たいアスファルトの地面に投げ出された。
辺り一帯が煙に包まれ、何も見えない状態の最中、目の前に倒れて泣いている妹に近づこうとする。
そこで初めて気づいた。自らの左足が瓦礫によって潰されている事に。
意識した瞬間、左足から伝わる激しい痛みに彼女は自らの顔を歪める。
「おねえちゃん!」
煙が晴れ始めて妹が彼女の方によってくる。
妹の不安を煽らないように苦しい表情を無理やり笑顔に変える。
「一人で……逃げて……」
「いやだ! おねえちゃんといっしょにいく!」
妹だけは守りたい。
「お願いだから……逃げて……」
「いやだ……!」
涙を止めない妹。
完全に煙の晴れたその妹の背後には既に怪物が迫っていた。
(殺される……もう遅い……)
何本もの鉄の脚で地面に立つ蜘蛛のような形の機械。
全長は三メートルを超えていて、もう逃げたところで殺されるのは確実だった。
妹も守れずに二人一緒に死ぬ。生存者はゼロ。
膝立ちする彼女は目の前の妹を抱きしめて、背後の怪物が一斉見えないようにする。
恐怖の感情を抱いたまま、死んでほしくはなかった。
「笑って……? お姉ちゃんに笑った顔見せて……」
涙が溢れる。
妹を不安がらせてはいけないのに、涙が止まらない。
「おねえちゃん……?」
「ごめん……ごめんね……私……守れなくて……!」
機械の細長く鋭い脚が二本持ち上がり、その二本の刃は彼女らの首めがけて振るわれた。
その直前に目を瞑る彼女。
そのまま目を開ける事もなく死ぬのだろうと思っていた。
だが、いつまで経っても何も怒らない為、ゆっくりと目を開けてみると、彼女はまだ生きていた。
(なんで……?)
そう疑問に思いながら彼女が顔を上げたとき、目の前には自らの銀色の左手と右手に握った刃で、二本の鋭い脚を止めている学ランを着た男の姿が存在していた。
学ランを着て、黒いマフラーを首に巻きつけ、黒いズボンに銃器を装備したその姿は彼女の目には救世主のように映った。
男は二本の脚を弾くのと同時に、右手に握った刃を宙に放り投げ、空いた右手で掴んだ銃器を持ってして蜘蛛のような機械の胴体を炎を上げて吹き飛ばす。
「おい。ホントにこいつ以外いねえんだろうな?」
ひとりでに呟く男はイヤホンからの返答を待つ。
『そだよー? で、いっつも思ってたんだけどー……君って機械と対峙すると怖くなるにゃー』
女の声が耳にはめた黒いイヤホンから聞こえる。
「黙れよ……
はぁー……にしてもTM止まってんのになんでこいつらだけ半年もずっと動いてんだよ……」
『あれれー? ゆーちゃんにはまだ伝えてなかったんだっけー? Time is money制度には停止しても消えないようにするメモリースティックみたいなものが存在してー今回はそれを利用して科学力だけは保存したみたいなんだよねー。だから、君の左腕だって消えてないでしょー?』
「なるほどな……てか、なんだよその呼び方……」
『良いニックネームでしょー? 天才ハッカーの僕が付けてあげたんだから重宝してほしいにゃー』
彼女は目の前の男がのんきに独り言を繰り返しているようにしか見えない。
こんな状況にもかかわらずだ。
『まあそんな話は置いといてー。脚八本の蜘蛛の敵だにゃー。弱点は?』
「知ってる」
『なら、いつもどおりやっちゃってー!』
蜘蛛のような形をした機械に近づき始める学生服の男。
その手に握られたのはさっきのものとは異なる銃器のような形の巨大な黒い物体だった。
巨大な機械兵器に立ち向かう一人の男子高校生の姿がそこにはあった。
勝ち目がなかったとしても立ち向かっていきそうなその背中を彼女は痛みも忘れて見入っていた。
動き出す機械に呼応するように男も走り出し、その手に握った黒いものを機械に向ける。
機械との距離が五メートルくらいになった時にその引き金を引く。
目に見える形では何も起きていないように感じられたが、機械にとっては確実に起きていた。
機械の視界であるカメラ、熱センサーなどの全てを妨害する粉を空気中に散布したのだ。
一瞬だけ行動を停止させる機械。
その一瞬さえあれば十分だった。
走るのをやめない男はスライディングをするようにして、蜘蛛の形をした機械の腹の部分に滑り込み、黒いものを放り投げて、銃器をその腹に向けて放った。
腹の部分の装甲は薄かったようで銃器の弾は余裕に貫通し、放り投げた黒い銃器に似た形のものを取って、すぐさまその腹の下から抜け出す。
次の瞬間、機械は火を噴きながら粉々に砕け散った。
彼女たちはその姿をずっと見ていた。
人類の希望。そう思った。
そして、男は自分たちの方に近づいてくる。
「怪我してるな……歩けるか?」
その質問に彼女は首を横に振る。
「そうか。車は迎えに来られそうなのか?」
『道路がボロボロすぎる地域だから、ヘリだと狙い打ちだしー、歩いて帰ってくるほか方法はなさそうだねー』
「ふーん」と言いながら、さっき彼女たちの目の前で投げた日本刀よりも少し短い五十センチくらいの刃を背中の腰の部分にある鞘に戻す。
「……私たち……これからどうすれば……食料もなくなっちゃって……」
顔を俯ける彼女を見て男はため息を吐く。
「ナニこの世の終わりみてーな顔してんだよ。お前の思ってるとおり、一つの時代は終わったのかもしれないけどなァ」
男は彼女の左足に落ちた瓦礫を退けると、彼女の妹と手をつないで、そのまま彼女に自らの背中を見せる。
「どんなに絶望しても、生きてればまた新しい時代が始まんだよ」
彼女をその背中に乗せると、男は歩き出す。
(終わりじゃないんだ……)
男の手を握った妹の頭を撫でると、妹は無邪気な笑顔で返した。
「名前は……なんて……?」
黒い背中に向けてそう尋ねると、男は淡々と自分の名前を答えた。
「浅葉優介」
そう。これは単なる終わりなどではなく、始まり。
Prologue.
The Beginning.
人間は自らの足で地に立ち、歩みを止める事はない。




