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翌日。
父親に無理やり昼ご飯代を持たされ、どうしたものか、と思いながら徒歩で学校に向かう。
学食でオニギリ一個でも買うか、と思いながら教室に入り、勉強ができなければ高校に入った意味がないと、集中して授業も受けた。
昨日の授業放棄して教室を出て行ったのはこの世界に少しだけ反抗したかったがため。
自分でも意味のない事をしたと思っていた。
午前の授業が終わり、昼休みに突入する。
絡んできていた不良グループが教室に来る事はなく、安堵の息を吐いて学食に向かった。
しかし、そこで待っていたのは頭に黒いミサイルを付けた奴や髪を自分の好きな色に染めた奴の集団だった。
まとまって座っている彼らは各々が頼んだラーメンやら定食やらを食べており、優介が学食に入るのと同時に彼らはその顔を睨みつけた。
(無視無視……)
全学年の生徒が集まっているこの場で何か騒動が起これば、すぐに有名人になるだろうからだ。しかし、もう既に入学してすぐに学校の頭に目をつけられた一年として有名になってきているのが現状である。
一個のオニギリを買って、早く学食から出ようとした優介だったが、グループの中のリーダーはそれを許すまいと声を上げる。
「金持ちなら金持ちらしくたくさん買ってけよ! アサバァア!」
金について敏感な優介にとってその言葉は無視できないものだった。
すぐに後ろを振り向いて、声を発したであろう、昨日殴ろうとしてきた男子生徒を睨みつける。
「誰が金持ちだって?」
リーダーが立ち上がるのと同時に、周りにいた男子たちも立ち上がり、優介を囲む。
「てめえだよ。金持ちのぼっちゃん」
その瞬間、周りの男たちは中心にいる優介を指差して大笑いする。
そんな時、優介は昨日、目の前の男の拳を掴んだのを思い出した。
(ああ。あの時か……めんどくせーな、ホント……)
「昨日ので俺の右拳がいかれちまったんだよ。勿論、治療費は払ってくれるよなァ?」
包帯の巻いた右手を見せつける男。
当然の結果と言えばそうであり、相手が勝手に殴ろうとしたのを防いで、勝手に怪我をした自業自得。
お金を渡す気も毛頭なく、これ以上騒ぎを起こしたくはない。
選択は一つ。一週間ずっと続けてきたあの手段。
優介は適当な一人に向けて左手を振り上げようとし、その人物が後ろに下がることでできた隙間から全力疾走。
逃げてきた所はやはり図書室だった。
一番上の階で生徒があまり寄り付いていないと言う事で右手にオニギリを携えたまま、中に入ると司書の女性が睨みつけてきた。
「また、あなたですか!」と言わんばかりの形相に頭を下げながら周りを見回す。
いや、見回してはいない。一番奥の端の席だけに目をやった。
そこにはやはり、先日もいた女子生徒の姿があった。
図書室の中心の席に座って右手に持ったオニギリを食べようとすると、司書がそれを止めに来る。
「メディアセンターでの飲食は禁止です! これ以上、態度が悪いと出入禁止にしますよ!」
ここの環境を整えるのが彼女の仕事なのだから怒るのも無理はなく、優介は仕方なくオニギリに予めしてあったラップをかけた。
すると、司書の怒鳴り声で彼が図書室に来た事を知った女子生徒は席を立って、茶色いカバーのした本を持って、優介と同じ机の向かい合う椅子に座った。
「昨日はごめんなさい。気を害するようなこと言って……」
「いや、別に……」
走ってきた後と言う事もあって体が熱く、汗もだらだらと流れ出る。
「あのよかったら」
そう言ってポケットの中からハンカチを取り出して渡してきた彼女は微笑む。
彼女の気持ちを無碍にする事もできない。
ハンカチを受け取って、それで汗を拭くと彼女の笑顔はさっきよりも眩しくなった。
そのまま返すわけにもいかないので、
「洗濯して返すよ」
と言ったのだが、彼女は「いいよー」と首を振りながらハンカチを優介の手から取った。
「それより、なんでそんなに汗かいてたの?」
唐突の質問に正直に答えるのは気が引けて、他の理由を考えようとするが、咄嗟には思いつかない。
「オレ……オニギリ食べないといけないから――」
そう言って立ち上がると、すばやく図書室から出て行く。
(別にしゃべってもいいじゃねえかよ……なんで隠そうとすんだ?)
自問するが答えは出ずに歩きながら優介は頭をかいた。
(もう図書室に行くのやめよ……)
それから授業を受けてすぐに放課後になる。学校での一日が終わる。
今日は図書室になどよらずに帰ろうと校門へと向かっていた優介だったが、その目に映るのは決して映したくはない光景。
「よぉ。アサバァア!」
耳にピアスを付けた優介より二つ上の年齢である男子生徒が叫ぶ。
放課後に校門で待ち伏せていたのはこれが初めてであり、つまり、相手も優介をこのまま帰宅させる気はないということ。
今日逃げたとしても明日、明後日と続いていくだろう。
一週間逃げ続けてきた。
優介の中でももういいだろうという気がしてきた所であった。
「ちょっと、ついて来てくれるよなァ? その左腕の事バラされたくなかったら」
けらけらと不快に笑うグループの連中。
そいつらについていって辿り着いた場所は人の寄り付かない狭い路地。
だが、こういう場所ほど監視カメラが何個も付いているのは周知の事実のはず。
優介の周りを囲んでいるその者たちにとってそんな事はどうでもいいようだった。
「まだ、左手にびびってんじゃねえの?」
鼻で笑う優介の腹にリーダーによる拳が襲い掛かる。
流石に喧嘩慣れしているその拳は優介を地面に突っ伏させるのには十分。
「この人数で勝てると思ったのかァ? この一週間は遊んでただけ。けど、もう飽きたからいらねえ!」
地面に突っ伏した優介を蹴ろうとした男だったが、その右足は彼に当たる直前で動かなくなる。
同時に男は宙を舞った。
周りにいる男たちはリーダー的存在の人物が宙を舞い、地面に落ちるまでの光景をただ呆然と見ることしかできない。
男たちは全く今の状況を理解できていなかった。
「先に手ェ出したのはそっちだ……」
両手を地面について体を起こす優介。
「これからてめえらにオレがするのはただの正当防衛」
「こ、こっちはこの人数だ! やっちまうぞ!」
自分たちの状況を理解したグループの中の二番目に権力を持った者がそう叫ぶのと同時に一斉に中心にいる優介に襲い掛かろうとする。
優介はそいつらに向けて、ぼそりと呟いた。
「全員歯ァ食いしばれよ」
数分後、その路地の地面は血と制服を着た男たちに覆い隠された。
優介の左手にしてあった黒い手袋もその中に埋もれ、優介の左手は銀色に輝いていた。
彼の左腕は機械の腕だった。
Time is money制度によって進歩した科学によって作り上げられた左腕。
地面に倒れている男の拳も機械の左手によって受け止められた為に怪我をした。
そして、そんな機械の左腕にできるほどの金があると思った彼らは優介を金持ちだと馬鹿にしたのだった。
あの人数を相手にした為、無傷で勝てるはずもなく、口から血が垂れて体にはいくつもの痣ができている。
(いってぇー……この人数で一人はやっぱ無理があったか……)
地面に落ちた自分の鞄を手にして、その場を去ろうとする優介は目の前にいた人物を見て、思わず手にしていた鞄を地面に落としてしまった。
「なんでここに……いつから!」
「……最初から……」
優介はため息を吐きながら右手で頭を抱えた。何故なら、そこにはいつも図書室にいたさらさらした黒髪をした少女がいたから。
最初からという事は最初からなのだろう。
彼女はどう思ったのだろうか。やはり、怖いだろうし、嫌いになっただろう。
「怪我してる……!」
走って駆け寄ってきた彼女は彼の口元の血を昼休みと同じハンカチでふき取る。
「病院行かないと!」
「いい」
「でも――」
「いいって!」
彼女のハンカチを持った手を振り払う。彼女の気持ちを踏みにじる事よりも、今はこの状況を他の一般人に見られる方が彼女にとってあまり良い事ではないはず。
「オレに関わらない方がいい」
そう考えて突き放そうとした。
地面に落ちた鞄を取って、その場を去ろうとした時、彼女は先日のように制服の背中を掴んだ。
足を止めて後ろを振り向くと、彼女はじっと優介の眼を見る。
それは何かを訴えるような眼。
その何かを理解する前に優介は彼女の手を取ってその場を走り出していた。
そのまま某ファーストフード店に駆け込んで、適当に飲み物を頼んでから席に着いた。
左手の事を知られた以上、彼女を口止めしないわけにはいかない。
「……オレのこと怖くねえの?」
それを疑問に思って聞いてしまった。
「誰かを殴ってるところは怖かったよ? でも、本当はいい人のような気がするの……」
「いい人」などと言われたのは初めてで、少し恥ずかしくもあり、頭をかいた。
「あの、お名前は……?」
「浅葉優介。あんたは?」
「わたしは篠沢菜緒。もう一つ質問いい?」
優介は首を縦に振る。
「なんで、そんな左手なの……?」
優介の本来の目的である左手の事の口止め。恐怖で口止めすることはできそうにない。と言うか初めからそんなつもりは無かった。彼女の目を見ていると、事情を話せば分かってもらえる気がしたのだ。
「小学校の時に機械の事故で失くしたんだ――」
それは下校途中の出来事。
警察が日本を守るために開発してそのテストとして優介の住んでいた地域に配備された機械。
だが、それはやはりテスト配備であり、色々な欠陥がその機械には存在していた。
歩道を歩いていた。優介はただそれだけだったのだ。
機械が勝手に下校途中の優介に向かって動き出した。そう。暴走した。
日本を守るため、市民を犯罪の手から守るために開発されたそれは、優介の左手を砕いた。
機械は悪魔のように見えた。
地面に血は広がり、叫び声は空気を伝って町中に広がった。
痛みと遠のく意識の淵で、くしゃくしゃにして泣いていた父親の顔が最後に見えた。
それから丸二日間、目を覚ますことはなく目を開けた時には既に左手が存在してなかった。
「心配すんな優介。俺が立派な左手つけちゃーけんな」
父親は将来、優介にTime is money制度を使わせてあげるために貯金しておいた金を全てつぎ込んで、左手をつけた。
だが、それでもお金は足りずに自分のせいで大量の借金が残ってしまった。
「入学する時に校長に左手のことは隠すように言われてる。だから、この事は誰にも言わないでくれ……」
「優しいお父さんなんだね……羨ましい」
本当に羨ましそうに、かつ悲しそうにそう告げてみせる彼女に彼女の父親について尋ねようとした時、後ろの方ですすり泣く声が複数聞こえた。
ゆっくりと後ろを振り返ってみると、ボロボロの雑巾のように汚れた制服を着た、さっき優介がボコボコにした不良グループが大泣きしていた。どこにそんなにも泣ける要素が詰まっていたと言うのだろうか。
「いつの間に!?」
「今の話聞いたぜ……何の事情も知らずに金持ちなんて言って……情けねえ……」
立ち上がって、優介たちの席の方によって来る不良連中。
「それに比べて、アニキは俺たちなんかよりも強いし、情けなくねえ……決めたぜ。今日からあんたが俺たちのリーダー! 皆、異論はねえだろ?」
「おうよ!」
「よっ! アニキ!」
何ともまとまった集団だが、そのリーダーを勝手に押し付けられた優介。
「ちょっと待て! なんで俺がお前らなんかと!」
「何と言おうと、俺らはアニキについていくぜ!」
絶対に折れそうにない男たちを見て、優介はため息を吐いた。




