11/11
最終話 隣のト○ロ
子どもたちが家を出てから、家の中は妙に静かになった。
食器は減り、洗濯物も減った。
夫婦二人だけの生活にも、いつの間にか慣れていた。
休日の昼。
妖怪は今日もソファーに転がっている。
灰色の部屋着。
ぼよんとした腹。
テレビを見ながら、ぼりぼり煎餅を食べていた。
「ねえ」
「おう」
返事だけは昔から良い。
私は棚を整理していて、古いアルバムを見つけた。
若い頃の写真。
海辺、ミントグリーンのシャツ、白い短パン。
細くて、よく笑う男がそこにいた。
「あー、若い」
思わず笑う。
夫はソファーからちらりと写真を見る。
「……おう」
少しだけ照れ臭そうだった。
昔の私は、この人と結婚したら毎日キラキラした生活が待っていると思っていた。
現実は違った…。
ソファーの番人、床へ脱ぎ捨てられる仕事着。
裏返った靴下、イビキ、屁、既読スルー。
気づけば会話は「おう」ばかり…。
完全に妖怪である。
でも…。
雨の日は迎えに来る。
重たい荷物は黙って持つ。
私が風邪を引けば、いつの間にかスポーツドリンクが置かれている。
言葉は減った。
完全に妖怪である。いや、灰色のスウェット姿はリアルト○ロか…。
夫が立ち上がる。
「プリンある?」
「日本語喋れたんだ、あるよ。」
「おう!」
私は吹き出した。
結婚三十年。
これはこれで悪くない。




