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さて。件の夜会の日になった。私がチェスター様の婚約者として出席する初めての夜会だ。
チェスター様の瞳の色である海色のドレスを贈ってくださったので、それを着た。サラが整えてくれたお化粧もばっちり。戦闘態勢にいつでもはいれるわ!
と、丁度準備が終わったところで。自室の扉がノックされた。
「リミカ嬢、準備はできただろうか」
「はい、チェスター様」
自室の扉を開けて、チェスター様を迎え入れる。
「うっ、可愛い」
チェスター様は私を見ると、顔を真っ赤にしたけれど、気を取り直したように眼鏡のようなものをとりだすと、かけた。
「チェスター様、それは?」
「これは、夜会では君のように美しい女性がたくさんいるだろう。いやっ。君以上に美しい女性はいないが! とにかく、君のような人の眩しさを軽減できる……そうだな、仮面のようなものだ」
どうしても社交界にでなければいけないときは、これをかけているのだと、チェスター様は続けた。
私は、そんなチェスター様をじっ、と見つめる。この世界にも眼鏡はあるけれど、かけている人は珍しい。だから、気づかなかったのだけれど。
「ど、どどどうした? 眩しさが軽減できるといっても君はとても美しいから、あまり見つめられると、私の心が蒸発しそうだ」
「とっても、よくお似合いだとおもって」
元々端正な顔立ちに、眼鏡がかけられることによって、理知的な光が宿り、よりかっこよくみえていつもよりときめいてしまう。私ってもしかして、眼鏡フェチだったのかしら。
「私に似合うはずな──いや、君がそういってくれるなら、夜会も悪くないな」
そういって、チェスター様は少しだけ嬉しそうに口角をあげた。
チェスター様の笑顔、めったに見られないから、めちゃくちゃときめいてしまう。
頬が熱くなるのがわかった。
「どうした? 顔が真っ赤だ。まさか体調が優れないんじゃ──」
「い、いえっ! 大丈夫です。少し暑かっただけですので」
慌てて頬の熱が引くように、扇で顔をあおぎながら、こっそりチェスター様をみる。
これから、いくことになる夜会。
とても見目麗しく、優しいひと。しかも、普段はなかなか社交界にでないときている。
チェスター様は、肉食獣の中に放り込まれた草食獣だ。
同じく肉食獣である私が守りきらなければ。
そう覚悟を固めて、馬車にのりこんだ。