33 昇進試験6
俺はリコリヌの様子を確認する。
へばった様子はない、当然だ。
だって俺たちは、1日に何度も絶壁を駆け上がる特訓をしたんだからな。
そして臆した様子もない。
むしろ俺の方を振り向いて、「もっとアイツと遊ぼう!」と表情で催促してくる。
さすがは俺の相棒、俺とまったく同じとは……!
そうだ、パーティはたったいま、シャンパンの栓が開いたばっかりなんだからな……!
「……ゴーッ! リコリヌ!」
相棒は俺の一声が終わるより早く、前足の爪で地を穿つ。
リコリヌの爪はミスリルもかくやという程、頑強で鋭い。
この塔の水晶壁ですら、ガリガリと削り取れるほどに。
再び黒き弾丸と化した俺たち。
しかし以前のように、あっさりとは本丸にはたどり着けない。
レッド・ジャイアントの右ひとさし指が、宙に模様を描くようにぐるぐると動くと、
……ギギギギギギギィィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
俺たちの周囲の床に、巨大な焼きごてを走らせたような、赤熱した跡が走った。
数瞬の後、
……ごばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ……!!
炎の壁が噴きだしたっ……!
全方位から、灼熱が押し寄せるっ……!
『バッカァーーーンと出ましたカァーーーーーーっ!! レッド・ジャイアントの脅威のひとつ「炎の壁」! アレで人間を閉じ込めて、高温に包むのがレッド・ジャイアント流! でも今回できあがるのは、アリンコとノミッコの蒸し焼き! 食べたらオゲェーってなっちゃうどころか、そのままゴミ箱にポイされちゃうんですカァーーーーーーーーっ!? 苦しいですかカァ!? 熱いですかカァ!? バーッカッカッカッカッカッ!!』
燃え盛る音に混ざる、実況の高笑い。
まったく、こっちはただでさえ暑苦しいってのに。
しかし暑苦しいくらいですんでいるのは、女神サマからもらったこのコートのおかげだな。
焼き釜に閉じ込められたピザみたいな目にあっても、こんがり焼けることはない。
「せっ……セージちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!?!?」
遠くから泣き叫ぶような悲鳴が伝わってくる。
おっと、お嬢様が心配しているな。
「ジャンプ! リコリヌっ!」
……ばっ……!
その瞬間、周囲の壁に映っていた実況、そして観客たち、さらには俺の仲間たちまでもが……。
炎の監獄をひとっ飛びで抜け出す、俺たちの姿を目したもの者すべてが……!
「とっ……飛んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
UFOを目撃したかのように、声を揃えていた。
犬のリコリヌのジャンプ力を侮るなかれ。
炎の壁は5メートルくらいの高さだったんだが、そのくらいなら犬跨ぎレベルだ。
「いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
俺はロデオを楽しむカウボーイのように、周囲のヤツらに手を振って着地。
これにはさすがのレッド・ジャイアントも、反対側の頬をブン殴られたみたいに唖然としていた。
そのスキに、ヤツの足元へと一気に潜り込む。
……ごほぉぉぉぉぉーーーーーっ!!
「こしゃくな!」と左脚を振り上げるレッド・ジャイアント。
一発食らったら、血を吸ってる蚊みたいにペチャンコ間違いなしの踏み潰し攻撃が、俺の足元に大きな影を作る。
……ズドォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
『キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!?!?』
轟音と振動、観客の悲鳴。
それらを肌で感じられるってことは、まだ生きてるって証拠だ。
そのまま突っ走り、右足を駆け上がる。
『べっちゃぁぁぁーーーんっと、潰されちゃいましたカァーーーーーーーっ! 残念無念! アリンコとノミッコがいくら頑張ったところで、人間にかかれればひと叩きで終わっちゃうんですカァーーーーーーっ! ベロベロバァ~ッカ!!』
的外れな実況が垂れ流されている間に、太ももに到着。
しかしこの時ばかりは的外れでもなく、本当に人間のふとももにたかったアリンコとノミッコの気分であった。
……ばちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーんっ!!
太陽が落ちてきたみたいな、指が放射状に開いた巨大な手のひらが打ち付けられると、
……ばふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーんっ!!
直撃は免れても、すさまじい熱波に襲われるんだ……!
そして俺はつい、リコリヌの胴を挟み込んでいた脚の力を緩めてしまい、
……ぶわっ!
『あああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
『せっ、セージくんがっ!?』
『乗ってる犬から飛ばされちゃった!?』
『あっ!? でも見ろっ! 飛ばされた先で犬にまた乗ったぞっ!?』
『すごいっ!? サーカスみたい!』
俺たちは一応、落馬……この場合は落犬だが、その時のフォローについても練習しておいたんだ。
その成果あってか、トランポリンのように飛んでいった俺をリコリヌはナイスキャッチ。
ロスタイムなしで、侵攻再開っ……!
そして本当は手を狙いたかったんだが、手はヤツの攻撃の源みたいなもんだから常に動いている。
最初に狙うにはちと厳しいと思ったのでターゲットを変更。
ヤツの肩の角めがけ、割れた腹筋にアプローチを開始する。
よじ登ってくる俺たちに対し、ヤツは自分のへその形状を恨むかのように睨みおろしていた。
しかし不意に、瞳がいちだんと強く燃え盛る。
何かの前兆のように、グワッと口を開いたかと思うと、
ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!!
喝破が炎となって、降り注いだっ……!!
『今度こそ、今度こそバッカァァァァァァァァァァァーーーン!! ボッカァァァァァァァァァーーーーンッ!! あのファイヤー・ブレスはレッド・ジャイアントの得意技のひとつ! 体内の火炎袋から吐き出される炎は、レッド・ジャイアントの攻撃の中でも特に高温! 直撃したら骨も残らず、そばにいただけでも灰になっちゃうんですカァーーーーーーーっ!? はい、ご臨終~! ちーんっ!』
しかし俺たちは滝のような炎からギリギリ逃れ、すぐ横を懸命に這い上がっていた。
さながら気分は、滝登りの鯉……!
『ああっ、見て!』
『セージくんと犬、まだ生きてるよっ!?』
『垂直の壁を昇ってるようなものだったのに……!?』
『そんな不自由なところを攻撃されたのに、炎を避けきるだなんて……!?』
『セージくんもすごいけど、あの犬もすごいっ!』
『あの犬、ただの犬じゃないよっ!? なんていう犬なのっ!?』
『……リコリヌ……』
『えっ?』
『……リコリヌ……すごい……犬……』
『も、モフモーフさん?』
『……セージ……すごい……調教師……』




