29 昇進試験2
耳障りにもほどがある実況を背に、俺たちは『天地の塔』に入った。
ありゃ、実況なんかじゃない。
雑音以下のヘイトスピーチだ。
『スレイヴマッチ』でのゴーシップの実況が、いかにマトモだったのかを痛感する。
俺の仲間たちもさぞや不快指数MAXだろう……と思っていたら、そうでもなかった。
むしろ、みんなガチガチに緊張していてそれどころじゃない。
「こ……こんな大勢の人が、私の『昇進試験』を見てるだなんて……!」
「クエストの中継って、賢者候補生様のときでも、コンコンこんなに集まらないのに……!? なぜ、コンコン今回にかぎって……!? あんなに、ウメウメ埋め尽くすくらいの生徒が……!? ううっ……! きっ、キンキン緊張するぅぅ……!」
「取り乱すな、アバレル! 『風神流武闘術』の後継たる者、こんな時こそ心を喧々囂々にするのだ!」
「そっ……それをソレソレ言うなら、空々寂々じゃないの!? お、オニオニお兄ちゃんも、ギンギン緊張してるんじゃ……!?
シトロンベルとチャン兄妹は歯をカタカタ鳴らさんばかりであったが、俺とあとひとりは違っていた。
「クリスチャンとあばれるちゃんは、『スレイヴマッチ』の時はたいして緊張してなかったでごわす! 観客の数では同じくらいのはずなのに、なぜ今回は緊張しているでごわすか!?」
ズングリムックだけはいつもと変わらない。
チャン兄妹を鼓舞するように、ふたりの背中をバンバンと叩いている。
「あ、あの時は、セージに八百長を仕掛けるという、別のことで緊張していたから……!」
「そ、そうだよ! ソレソレそれに『スレイヴマッチ』の時は、ゴッソリ大勢が集まるって知ってたから、コロコロ心の準備ができたけど……! 今回もアンアンあんなに集まるとは、ゼンゼン全然思わなかったんだ!」
「がっはっはっはっはっ! そういうことでごわすか! 試験が始まっても緊張しているようなら、解けるまでおいどんが守ってやるでごわす! もちろん、シトロンベルさんも……!」
ズングリムックは話の流れでシトロンベルも叩こうとしていたが、途中でためらって手を引っ込めていた。
コイツは豪気なわりに、奥手なところがあるみたいだな。
「あ、ありがとうございます、ズングリムック先輩……!」
それでもシトロンベルの緊張はだいぶ和らいだようで、こわばりが残るものの笑顔を見せはじめた。
俺たちはいくぶん軽くなった足取りで、昇降機のほうへと向かう。
そしていつものように、俺はシトロンベルと一緒に鳥カゴの中に入った。
リコリヌはどうしようかと思ったが、中継されている中で猫に変化させるわけにもいかなかったので、あばれるちゃんに頼んで一緒に乗せてもらう。
リコリヌは立ち上がるとズングリムックより大きいので、昇降機の中に入るとあばれるちゃんの姿が埋もれてしまうほどだった。
ちょっと心配になったが、真っ黒な毛のカタマリの中から、あばれるちゃんの幸せそうな声が聞えてくる。
「うわぁ、リコリヌ、モフモフ柔らかぁい……!」
「いいなぁ。私もリコリヌちゃんの身体に頬ずりしたことがあるけど、羽毛のベッドみたいに柔らかいの」
シトロンベルは羨ましそうだった。
成長したリコリヌはポメラニアンが巨大化したみたいなナリで、遠目だとフサフサの熊みたいなんだよな。
「ああ、知ってる。寝てるとすぐ横に来たがるんだ」
そう同意すると、シトロンベルは俺に視線を落とした。
「……夜、セージちゃんがお家のベッドで寝ていると、隣にリコリヌちゃんがいるの?」
「ああ。朝起きたら俺が、リコリヌの抱き枕みたいになってるのはしょっちゅうだ」
「それって……セージちゃんは嬉しいの? それとも、嫌……?」
「え? 暑いときはちょっと鬱陶しいが、嫌ではないな」
「じゃあ、涼しい夜ならいいのね?」
「まあな。……って、なんでそんなことを気にしてるんだ?」
「う……ううん、何でもないの。気にしないで」
ふるふるリンリンと、首を左右に振るシトロンベル。
そうこうしているうちに、『昇進試験』の会場の10階に着いた。
といっても、何か特別な準備がされているわけでもなく、試験官がいるわけでもない。
『昇進試験』は与えられたクエストが達成できるかが全てで、経過は問われないんだ。
しかし今回は大勢の目があるので、下手なことはできないな。
仕組みはよくわからないが、俺たちのクエストの模様は、この塔の外壁にデカデカと映し出され、中継されているんだ。
そしてほとんどの生徒が中継の観客席にいるのか、塔内はどこもがらんとしていた。
配慮されたわけでもないのに、貸し切り状態。
クエストカウンターにいる受付のお姉さんも、いつになくヒマそうにしている。
昇降機を降りた俺たちは、10階のエントランスを通り過ぎ、今回のターゲットである『レッド・ジャイアント』がいるボス部屋の前まで移動した。
『注意! ここから先の部屋には、裏ボスである「レッド・ジャイアント」がいます! 立ち入らないでください!』
そんな注意書きの立て札の前で、試験に向けての最終チェックをする。
まずは武器の確認。
リーダーのシトロンベルは、愛用のミスリル銀のレイピア。
あばれるちゃんは両手と両足にはめた鉄の爪。
クリスチャンはマチェットのような、小型の青竜刀の二刀流。
この兄妹は普段は素手で戦っているが、それは鍛錬のためで、いざとなったら武器を使った格闘もできるらしい。
ズングリムックは相撲なので完全に素手なのだが、今回は拳にメリケンサックをはめて、張り手の威力を増強している。
ちなみにではあるが、シトロンベルの装備以外は、以前俺がゲットしたミスリル銀で強化してある。
強化を施してやったのも俺なんだが、名目上は島の商店街にある、鍛冶屋のオヤジに頼んだことになっている。
『レッド・ジャイアント』の爪や角は硬く、ミスリル銀相当の武器でないと活き剥ぎは難しいという。
ミスリル銀が手に入ったのは偶然だったのだが、まさに渡りに船だったな。
もしあの時、俺がリコリヌを連れて地下に行ってなかったら、シトロンベルのレイピア頼みになるところだった。
次に道具の確認。
回復アイテムである『赤瓶』と『青瓶』の所持数を数える。
主にシトロンベルのポイントを使って、学園の購買で買い集めたやつだ。
俺のコートの中にはもちろん、皆が背負っているリュックの中にもたっぷり詰まっている。
あとは身体能力を向上させるポーション。
飲めば力や魔力、俊敏さなどがあがるというもの。
もしかしたら戦闘中は飲んでいるヒマがないかもしれないので、立て札の前で飲んでいくことにする。
これから仕事に向かうサラリーマンのように、色とりどりのポーションをみんなでグビグビとあおった。
そして最後に、作戦の確認。
ボス部屋に入ったら、まずは『おとり班』である俺とリコリヌが真っ先に回廊を進んで、奥にある玉座に特攻。
出現した『レッド・ジャイアント』の注意を、ひたすらに引きつける。
そのあと『攻撃班』である他のメンバーが、レッド・ジャイアントの足元に忍び寄り……。
最初の標的である、『足の爪』めがけて、ファーストアタックをかます……!
そこから先は、フィーリングだ。
なにせジャイアントと戦ったことのある生徒なんて、この学園にはほとんどいない。
いても生徒会役員なので、話なんて聞かせてもらえるわけもない。
しょうがないので図書館の文献を頼りに、想像で練習するしかなかったんだ。
『おとり班』である俺とリコリヌは、今回の戦いに際して山ごもりの秘密特訓をした。
『攻撃班』のほうも連係攻撃などを特訓していたようだが、お互いどれだけ腕前を付けたかは知らない。
リーダーであるシトロンベルは本番前に『おとり班』と『攻撃班』の合同訓練をしたがっていたが、俺ははぐらかした。
だって……。
俺とリコリヌが、これからしでかそうとしている事を知ったら……。
彼女は……。
いや、みんな揃って「とんでもない!?」と言うに決まってるからな……!




