16 リコリヌ無双
俺は頭に黒猫のリコリヌを乗せて、森を出た。
天地の塔に向かってテクテク歩いていると、道行く女生徒たちが俺を見て、なにやらヒソヒソ言い合っている。
「あっ、見て見て! あの子、猫を頭に乗せてる!」
「よく懐いてるね、かわいい!」
「調教師の新入生かな?」
「いや、よく見たらあの子……セージくんじゃない?」
「あっ、ほんとだ!」
「セージくんって、あんなに小さいのに、ドルスコイ様をやっつけちゃったんだよね」
「もうあんなヤツに、『様』なんて付けなくていいでしょ。ドルスコイでじゅうぶんよ」
「そーそー! 私なんて、クソ虫って呼んでるもん!」
「そんなことよりさぁ、セージくんてかわいくない?」
「実は私もそう思ってた! 猫を乗せてると、おとぎ話に出てくる男の子みたいだよね!」
「うう……見てると、身体がうずうずする……なんだか抱っこしたくなっちゃうのよねー!」
俺はつい、聞き耳を立ててしまっていた。
……俺ってかわいいのか?
そりゃ、40歳のオッサンだった頃に比べたら、間違いなくかわいいだろう。。
でも我ながら、斜に構えた生意気な子供みたいだと思っていたんだが……。
シトロンベルもミルキーウェイも、やたらとベタベタしてくるから、この世界の女性をくすぐる何かがあるのかもしれない。
もしかしたらコレも、『賢者の石』の力なのか?
「みんなでこっそり近づいて、抱っこしちゃおっか?」
「やめときなよー。セージくんって普段はかわいいけど、怒ると超こわいって話だよ!」
「うん、クラスの男子も言ってた! アバレルさんにイタズラしたときに、セージくんに睨まれたそうなんだけど、まだ子供なのに鬼みたい怖かったって!」
……俺ってこわいのか?
そりゃ、怒って睨みつけたことなら何度かあるが……。
睨まれたヤツが、こうやって噂にするくらいビビってただなんて、思いもよらなかった。
たまに授業に出ても、なんだか腫れ物扱いで、クラスで浮きまくってる気もするし……。
それでいて俺のことを、落ちこぼれだってバカにしたがるんだ。
たぶん賢者候補生の命令で、無理してやってるんだろうけど……。
引きつった顔と声で、目もあわせずにからかわれても……なんだか逆に気の毒になってくるんだよな。
俺はいまさらながらに、この学園で独特な立場を確立しつつあることを再認識する。
そうこうしているうちに塔に到着。
まわりには顔見知りはいなかったので、単独での探索をすることにした。
すると俺の考えを見透かしたかのように、「フニャー」と不満そうな鳴き声が降ってくる。
「ああ、悪い悪い、ひとりじゃなかった。お前という相棒がいたんだったな」
帽子のように頭の上で寝そべっているリコリヌを撫でつつ、俺は地下への階段へと足を向ける。
昇降機も使えないし、ずっと上ばっかり目指してたから、たまには地下に行ってみるのも悪くないと思ったんだ。
地下鉄に繋がる階段のような、整備された幅広の段差を降りると、土の匂いが迎えてくれる。
青白い光に照らされ、茶色い土壁に影を落としつつ、多くの生徒が発掘作業にいそしんでいた。
地下1階はモンスターもほとんど出ないので、安全に発掘できる数少ない場所だ。
戦闘が得意ではない生徒たちがポイント稼ぎに利用しているので、1階はいつも混んでいる。
と、いっても……1階で採れる鉱物は低ポイントのものばかり。
生徒たちの間ではそれを皮肉って、『内職』と呼んでいるらしい。
内職中の彼らの間をくぐり抜け、以前『ジャイアント・スパイダー』と戦った広場を抜け、地下2階へと進む俺。
すると人の姿はだいぶ少なくなり、かわりにモンスターがぽつぽつと出始める。
「ギャーッ!!」
ヒステリックな鳴き声とともに、物陰から飛び出してきたのは……。
土色の肌に、つるんとした頭にはロウソクを灯しているような小さな炎。
尖った耳に尖った牙、身体は俺より少し大きいくらいなのに、かなりの老け顔。
天空階のザコの代名詞が『ゴブリン』なら……コイツが地下階のザコの代名詞、『インプ』だ……!
といっても、今襲いかかってきたのは『インプ』より多少強力な『ファイヤー・インプ』。
発火の魔法を使い、微弱ではあるものの炎攻撃を仕掛けてくる。
そのため攻撃力は『ゴブリン』以上だが、頭の火を消されると即死するという弱点がある。
俺は待ってましたとばかりに、特訓の成果を試させてもらうことにした。
さっきまで寝そべっていたリコリヌも、俺の頭の上で四つ足で立ち、「フシャー!」とやる気十分。
「ゴーッ! リコリヌ!」
俺のおでこを後ろ足で蹴って、撃ち出されたようにインプに飛びかかっていくリコリヌ。
それは子猫ながらにかなりのスピードで、黒い弾丸のようだった。
瞬きよりも速く着弾するなり、その勢いのまま、
「シャアアアアアアーーーーーーーッ!!」
インプの顔面を、前足の爪でバリバリと引っ掻く。
「ギャアアアアアアアーーーーーーッ!?」
一瞬の出来事に何が起こったのかわからず、インプは奇襲を仕掛けてきたはずなのに、不意打ちを食らったようにのけぞっていた。
その頃には俺が懐に潜り込んでおり、引っ掻き傷で血だらけのアゴにアッパーをお見舞いしてやると、あっさり沈んだ。
しかしひと息つくヒマもない。
追加のインプがどやどやと現れたので、
「よし、行けっ、リコリヌ! 頭の火を狙うんだ!」
「フニャーオ!」
良い流れに乗って、我が相棒をけしかける。
今回は狙う箇所を指定してみたのだが、リコリヌは我が意を得たような大活躍。
インプの身体をするすると登って、鋭いネコパンチで頭の火を叩き消す。
白目を剥いたインプが崩れ落ちる前に、頭を蹴って別のインプに飛び移る。
敵の頭の上に立ち、わざと敵の攻撃を誘い、同士討ちさせるという頭脳プレーも見せた。
最後に残った1匹は、ソイツの頭の上に座り込み、
……しゃぁぁぁぁ……。
お小水でトドメを刺すという、屈辱的フィニッシュまで披露してくれた。
実戦は初めてのはずなのに、たった1匹でインプの群れを全滅させるとは……!
「おお~!」
思った以上の特訓の成果に、俺は思わず手を叩いて喜んだ。
戦いを終えてブーメランのように戻ってきたリコリヌ。
軽やかに俺の肩に飛び乗ると、匂いつけするみたいに頬にスリスリしてくる。
「よーし、よくやった! 偉いぞ、リコリヌ!」
毛並みをわしゃわしゃして褒めてやると、今日のヒーローは嬉しそうに喉を鳴らしていた。




