14 おっぱい
急いでいたはずのモフモーフは、俺の手の中で眠っている仔犬に気付くと、
「……その犬……どうしたの……?」
吸い寄せられるように、すすすと俺に近寄ってきた。
それでシトロンベルも気付く。
「なんでセージちゃん、黒い毛玉なんて持ってるんだろうと思ったら……それ、わんちゃんなの!?」
「ああ、塔で拾ったんだ」
「へぇ、かわいいー! もしかして、アルバレッグだったりして!」
冗談めかすシトロンベル。
しかしモフモーフは即座に、
「……違う……ただの犬……」
真顔で否定していた。
モフモーフによると、アルバレッグの体毛はすべて白。
黒い体毛のアルバレッグは、10万年に1匹しか生まれない希少種らしい。
普通のアルバレッグですら、出現したら学園じゅうが蜂の巣をつついたような騒ぎになる、超レア神獣。
さらに黒いアルバレッグともなると、完全に空想の生き物レベル。
いつ語られたかもわからないような、神話クラスの話にしか出てこないらしい。
ちなみに黒いアルバレッグは、『黒き炎』と呼ばれ、世界を破滅に導く邪悪なる存在とされているそうだ。
しかしそれよりも驚いたのは、動物のこととなるとモフモーフが饒舌になること。
とはいっても、やたらと間をとったボソボソ喋りは変わらないのだが。
仔犬の飼育は素人には不可能だから、あとで様子を見に行くとまで言って、彼女は走り去っていった。
「あんなによく喋るモフモーフさん初めて見た。彼女、教室でも誰とも話そうとしないの。私もよく話しかけるんだけど、話がぜんぜん続かなくて……。でも次からは動物の話をすればいいのね!」
クラスメイトの意外な一面を発見したシトロンベルは嬉しそうだった。
「ところでセージちゃん、この子なんて名前なの?」
「ああ、ぜんぜん考えてなかった。『イヌ』とでもしておくか」
「そんな適当な……もっとかわいい名前にすればいいのに」
「じゃあお前が付けてくれよ」
「私が? えーっと、じゃあ……う~ん……」
シトロンベルはひとさし指をアゴに当てて、かわいく唸ったあと、
「『リコリヌ』! 『リコリヌ』ちゃんなんてどう? かわいいでしょう!?」
いつの間にか目を醒ましていた仔犬も、「ファ」と鳴いて賛同していたので、コイツは『イヌ』改め、『リコリヌ』という名前になった。
「じゃあ私、そろそろ行くね! あとでリコリヌちゃんの様子を見に行くから!」
明るく手を振りながら、シトロンベルは俺から離れる。
大勢のフォロワーどもを引きつれて、塔の中へと吸い込まれていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
自宅に戻り、居間のテーブルにリコリヌを置くと、早速わーっと仔リスや小鳥たちが集まってきて、新入りにチョッカイをかける。
ソイツらに比べてリコリヌのほうがナリは大きいのだが、まだ這い這いなので翻弄されていた。
遊んでいる彼らを横目に、俺は木皿にレイジング・ブルの牛乳を入れる。
リコリヌの前に持っていったのだが、フンフン匂いを嗅ぐだけで飲もうとしない。
指を近づけると熱心にしゃぶっていたから、お腹が空いていると思ったんだが……。
ためしに、牛乳に浸した指をリコリヌの前に差し出したら、夢中になって吸い付いていた。
牛乳が美味だったのか、ミュウミュウ鳴いている。
そうか、コイツはまだ赤ちゃんだから、母犬のおっぱいじゃなきゃダメなのか……?
しかし指で授乳するのは効率が悪いな。
俺の指もふやけそうだ。
ならば……!
と俺は思い立ち、丸太をコートから出す。
大きくてポケットからは出せないので、メイに手伝ってもらって、フードから引っ張り出した。
木工の材料として、森の木を伐採して集めておいたやつだ。
それをノコギリで少し切り分けて、ナタでさらに小さく割る。
あとはノミを木槌を使って、トンカントンカンと整形。
フタになる部分と、容器になる部分を作る。
フタには小指が通るくらいの小さな穴を空けて、あとは以前作ったゴムをかぶせて、そのゴムに針で穴を空ければ……。
哺乳瓶の、完成っ!
瓶ところは木製だが、とりあえずはオーケーだろう。
今度ヒマなときに、街のガラス職人のところに行って、ガラス細工の技能を貰ってこよう。
さっそく牛乳を容器にトクトクと注ぎ、フタをした。
リコリヌに飲ませる前に、試しにチューチュー吸ってみる。
……うん、いいカンジだ。
ママのおっぱいが恋しくなるな。
試用しつつ、何気なく開けっぱなしの玄関扉のほうを見ると……。
シトロンベルとモフモーフが立っていた。
ふたりの背後はオレンジ色に染まっており、長い影を室内に向かって落としている。
哺乳瓶作りに熱中するあまり気付かなかったが、いつの間にか夕方になってしまったようだ。
「おお、来たか。アルバレッグはどうだった?」
「もう逃げちゃったみたいで、いなかったわ。それよりも人がいっぱいて、もうなにが何だか……」
ピークの行楽地から帰ってきたように、疲れ果てた様子で中に入ってくるシトロンベル。
後に続くモフモーフも、心なしか残念そうであった。
「ところでセージちゃん、それ、何?」
「ああ、コレか? コレは哺乳瓶といって、おっぱいを再現したヤツさ」
なおも吸いながら答えると、シトロンベルは急にあとずさった。
クタクタだった先ほどまでとはうってかわって、素早い動きで。
まるで、宝箱だと思っていたものが、ミミックだったかのようなリアクションだ。
「おおお……おっぱい? おっぱいってもしかして、あの……?」
その声はなぜか震えていた。
「ああ、そうだ、ママのおっぱいだよ。っていうか、他になにがあるっていうんだ?」
「ま……ママのっ!? も……もしかして……お……おっぱい……好き、なの……?」
いったいなにを想像しているのか、アゴの下からメーターのように、赤みがせりあがってきている。
「好きっていうか、必需品っぽいな。今までは指しゃぶりだったんだが、それじゃ辛いからな。でも、できることならホンモノのほうがいいんだが」
俺は音を立てるくらい、チューチューと強く吸って、耐久度を確かめる。
「ほ……ほんものが……やっぱり、いいんだ……」
「そりゃそうだろ。こう見えて、まだ赤ちゃんなんだからな」
その一言がトドメとなったのか、頬までせりあがっていた赤みが、一気に顔全体に行き渡る。
まるでトマトが熟す様子を、早送りしているかのように。
「そ、そう……! じゃ、じゃあ、私、そっ、そろそろ……かかかっ、帰るね……!」
トマト顔の少女は、そのうち爆発するんじゃないかと思えるほどのカッカした様子で言うと、
「さ……さよならぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」
ばひゅぅーーーんっ!!
一陣の風と、熱気だけを残し……家から飛び出していった。




