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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第2章
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11 初めてのトンカツ

「セージちゃん、はい、お土産! あっ、あなたは……モフモーフさん?」



「モフモーフが、どうしてセージの家にノソノソいるの?」



 家に来た女性陣たちは、居間のテーブルの隅の席で、花瓶のように動かないモフモーフに気付く。

 しかし、家の中でも赤い頭巾を目深に被った彼女は、「別に……」とにべもない。



「モフモーフさんって、いつもわんちゃんと一緒だよね。私、わんちゃん好きだから、気になってて……あっ、いたいた」



 シトロンベルはモフモーフの足元で寝転がっていた、りんごに近づく。

 さっそく撫でようとしていたが、「ウゥー」と唸られて、手を引っ込めていた。



「りんご……自分以外の人間……懐かない……」



 まるで独り言のように、ブツブツつぶやくモフモーフ。

 コイツは誰に対してもこんな喋り方なのか。


 男性陣のクリスチャンとズングリムックは、俺が初めてこの家に来た時みたいに、「はぇ~」と室内を見回している。


 俺はメイと一緒に、トレイに乗せた定食をテーブルに運びながら、みなに声をかけた。



「好きな所に座ってくれ、ちょうど旨いのができたところだ。揚げたてがいちばん旨いから、さっさと食べよう」



 するとテーブルに着いた面々から「あげたて?」と尋ねられた。


 この反応からするに……。

 やっぱり『揚げ物』は、まだこの世界にはないのか?


 そしたら案の定、『トンカツ定食』を配膳された来客たちは、タヌキの家で出された料理に接するかのように不審げだった。



「これ……なに?」



「薄茶色で、なんだか、ゴワゴワしてて……」



「毛のないキツネみたいでごわすな!」



「以前馳走になった牛肉ではないのか?」



「トンカツっていうんだ。少なくとも玄関マットじゃないから、まぁ食べてみろって」



 メンツの中では、俺の料理を食べたことがある誰かが最初に手を付けるかと思っていたのだが、



「まあキツネでも玄関マットでも、腹に入ればいっしょでごわす!」



 ファーストアタックは意外にも、俺の料理初体験のはずのズングリムックであった。

 手にした箸でワラジでも掴むように、ガッとトンカツを持ち上げると、ぐわっと口を開く。


 その様を、誰もが固唾を呑んで見守っていた。


 豪快さんが、その名を冠するにふさわしい豪快っぷりで、一気にかぶりついた瞬間、



 ……サクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!



 静まりかえった室内に、なんともクリスピーな音が奏でられた。

 一拍の間をおいて、



「うっ……うおおおおおっ!?!?」



 ズングリムックは箸ごとトンカツを放りだし、衝突事故にあったかのように後ろに吹っ飛ぶ。

 背もたれのない、ベンチのような椅子から転げ落ちると、



 ……どすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーんっ!!



 梁にいた鳥たちが、びっくりして飛び上がるほどに家が揺れた。

 それでも勢いを殺しきれず、巨体はボーリングの球のようにゴロゴロと転がって、



 ……ぱかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!



 とストライクのような快音ととともに家の扉をブチ破り、草原に倒れた。

 そして、大の字に仰向けになったまま、



「う……うまいでごわすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 星の瞬き始めた空に、青春の雄叫びを轟かせていた。



「お、おいどんは……おいどんは……! こんなに旨いものを食べたのは……初めて……! 生まれて初めてでごわすっ!! 外は腐った戸板のようにボロボロなのに、中はヘドロのようにグニャッとやわらかくて……!」



 どうやら高評価のようだが、もうちょっと食欲をそそる例えはないのか。

 最初の被験者が問題なかったので、他のヤツらもあとに続く。


 本当はひと口サイズに切り分けて食べるものなんだが、みんな先駆者のマネをして、箸でトンカツ1枚まるごと持ち上げると、あーんと大きく口を開け、



 ……サクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!



 俺は対面に座っている少年少女たちが、衣を弾けさせる瞬間を……なぜかスローで見ていた。

 その時、ちょうど復活したズングリムックが、



「もっと、もっともっと食べたいでごわすぅぅぅぅーーーーっ!!」



 どすどすと、食卓に戻ろうとしていたのだが、



「うっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?」



 ノックバックして転がってきた者たちに、再び外に押し戻されていた。



「う……うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 結局、来客のほとんどが外に出ていってしまった。

 しかし彼らはすぐさま、むっくりと起き上がると、



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!」



 椅子取りゲームの音楽が終わったかのような、殺気立った勢いで戻ってくる。


 草を駆け散らし、いちどに扉をくぐろうとして挟まり合い、こけつまろびつしながら。

 結局、誰も椅子に腰掛けることすらせず、這いつくばったまま、



「うまいいまいまいまういあうまいまいまいいうまいうあまいまうまい!!!!」



 亡者のようにガツガツむしゃむしゃと、トンカツを貪っている。


 前回のステーキを食べたときのリアクションから、ある程度の予想はしていたのだが、まさかここまでとは……。

 俺は犬食いしているヤツらに、呆れ声をかけた。



「……もうちょっと落ち着いて食べろよ。刑務所帰りでも、もっとお行儀がいいぞ」



「だってへぇっ! おいいひい! おいひいんだもほぉんっ!」



「ザクザクしてて、じゅわってしてて……! ふわぁぁぁぁぁんっ! なんでこんなにげちょげちょなんだよぉぉぉぉぉーーーんっ!」



「ああっ、またしても、またしても禁断の味を知ってしまった……!」



「い、いままでおいどんが、大喜びで食べていたちゃんこは、いった何だったでごわすかっ!? 飯が、飯が進むでごわすっ!! 5俵……いや10俵は食べられるでごわすぅぅぅぅーーーっ!!」



 トンカツ定食はあっという間に食い尽くされそうだったので、俺はメイにおかわりの用意を指示する。


 しかしただひとり、全く手を付けていないヤツがいた。


 まるで減量中のボクサーみたいに、赤い頭巾(フード)を俯かせたままのモフモーフ。

 「……食べないのか?」と声をかけると、



「自分……肉……食べない……」



 我慢しているどころか、感情すら捨てたような答えが返ってくる。

 しかし俺は、無理強いするつもりはなかった。



「そうか、お前肉が苦手だったのか。でも、お前の相棒は食べたがってるみたいだぞ?」



 モフモーフの足元で、お行儀良く座っているりんご。


 もちろん彼も立派なお客さんだ。

 だから俺は、味付けをせず、衣も付けてない、火を通しただけの豚肉を皿に入れて出してやったんだ。


 しかしご主人サマからのお許しが出ていないのか、りんごはおねだり顔でモフモーフを見つめていた。



「りんご……リンゴしか……食べない」



「それは前も聞いたよ。でもそれは、りんごの意思じゃなく、お前の好みを押しつけてるだけなんじゃないのか? りんごを見てみろよ、ヨダレまで垂らしてるぞ?」



 視線だけでチラと、足元を一瞥する赤ずきんちゃん。



「なぜ……? いつもは……食べたがらない……」



「そりゃ、マズい豚肉だったからだろ。お前もマズい豚肉ばっか食べてきたから、嫌いになったんじゃないのか? 犬科の動物ってのは鼻がいいから、匂いだけで旨いかマズいかがわかるんだよ。それにシトロンベルたちを見てみろよ、もう犬以下みたいになってるじゃないか。動物の気持ちになるのは、いい調教師(テイマー)になるために必要なことだぞ。ひと口くらい、食べてみたらどうだ?」



 俺はモフモーフから授かった知識を、モフモーフに言い聞かせていた。


 しかしそれで少しは心が動いたのか、モフモーフは切り分けたトンカツを、箸でそっとつまみあげていた。

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