10 初めての揚げ物
りんごはオオカミだったので、家に招き入れるのは抵抗があった。
草原にいるウサギや鹿、家のリスや小鳥などを襲うんじゃないかと思ったからだ。
「りんご……リンゴしか……食べない」
でも飼い主であるモフモーフにそう言われて、森の動物たちに試しに引き合わせてみると……。
動物たちは最初は怖がっていたが、遊びたがるりんごとすぐ打ち解けて、一緒になって走り回っていた。
家の中でもさっそく床に寝転がって、リスたちのベッドになっている。
そして帰るなり、メイドのメイが俺に服を着せてくれた。
服はどれもふんわりしていて洗い立ての匂いがしたので、どうやら洗って干してくれたようだ。
モフモーフはちゃっかり居間のテーブルに座り、完全にお客さんポジション。
メイから出してもらったお茶を飲みながら、肩に乗せた小鳥たちと一緒になって木の実をコリコリかじっていた。
いったい彼女は、何のつもりなのか……。
でも、まーいっか。
俺はそんなことよりも、夜の来客を迎えるための準備として、台所に立つ。
晩餐のメニューはもちろん……アレだ……!
まずは複数あるカマドに、鉄鍋ひとつと、鉄釜をふたつ置く。
コンロがたくさんあるってのは、こういう時に便利だよな。
鉄鍋にはそれぞれ水を張り、発火の魔法で火をかける。
鍋の片方にはこの学園の調理場から貰ってきた米を、もう片方には手作りの味噌と、刻んだ野生ネギを入れる。
両方に木のフタをすれば、主食と一汁の下準備はオッケー。
つぎにコートのポケットから、豚のロース肉を取り出す。
自作の包丁を使って切り分け、肉の筋にも切れ込みを入れた。
たたいて柔らかくしたあと、塩胡椒で下味を付ける。
ちなみに調味料は手作りだ。
『天地の塔』の地下で採った岩塩と、この森で採った胡椒の木から作ったホワイトペッパーをブレンドしたもの。
さらに小麦粉を、肉全体にまんべんなくまぶす。
小麦粉も、臼でゴリゴリ挽いてふるいにかけた手作り品。
肉にパタパタとおしろいを施していると……メイがじーっと俺の手元を見つめているのに気付く。
なにやら手伝いたそうにしていたので、
「じゃあ、パン粉を作ってくれるか? このパンを包丁で細かく刻んでくれ」
ポケットからパンと、もう1本包丁を出し、調理台の隣に置いた。
パンはシトロンベルから貰ったやつだ。
この世界にあるパンは、どれもぺちゃんこで、干からびているみたいにパサパサで不味い。
しかしシトロンベルのパンは、それらよりかは少しマシだ。
この台所には焼き窯もあるので、いつか俺もパンを焼いてみるかな。
メイは嬉しそうに前髪を揺らして頷くと、俺の隣に立ってパンを刻みはじめる。
しかしメイの包丁さばきは、なんだかぎこちなくて危なっかしい。
精霊だから包丁を使うのは初めてなんだろう、無理もないか。
「そんな切り方をすると、指をケガするぞ、こうやって丸めた手で押さえて、上からまっすぐ刃を入れるんだ。急がなくていいから、ゆっくり、ゆっくりやってみろ」
こうしてると母子で調理しているように見えるが、立場はまるで逆だな。
教えられたとおり、丁寧すぎるくらいゆっくりと包丁を動かすメイを横目に、俺は作業を続ける。
今日ゲットしたチキチキンの卵をいくつか取り出し、割った中身を木のボウルに移す。
菜箸でチャカチャカと混ぜて、溶き卵を作った。
パン粉ができるまでは、もう少し時間がかかりそうだったので、その間にソースを作ることにする。
まずは以前、ヒマなときに作っておいたケチャップと醤油を混ぜ、そこにこの森で採った蜂蜜を加える。
蜂蜜は、靴磨き用のワックスの蜜蝋を集めるときに、一緒に集めておいたんだ。
そこにブルー・ブルからゲットした牛乳と、錬金術で作ったバター。
そしてハーブなんかを加えて混ぜ混ぜする。
本当はここに、ワインとか加えると最高なんだが……。
いつかヒマな時に、葡萄酒作りにでも挑戦してみるか。
なんてことを考えているうちに、パン粉ができあがった。
俺はポケットから取り出した油壺をメイに渡し、次の指示をする。
「よし、じゃあ次は、空いているカマドの鉄鍋に、たっぷり油を入れといてくれ。まだ火は付けなくていいからな」
油はこの森に生えているアブラナに、『錬金術』をかけて『抽出』したやつだ。
いわゆる『菜種油』ってヤツだな。
さて、パン粉ができたので、肉を溶き卵にくぐらせた後にまぶす。
コツは『小麦粉をまぶす、溶き卵につける、パン粉をまぶす』、この行程を2回やることだ。
そうするとパンケーキみたいに衣が厚くなって、食べ応えが増すうえに、ソースもより染み込んで絶妙な味わいになるんだ。
えーっと、今日の客は4人の予定だったんだが、飛び入りが1人と1匹か……。
それにたくさん食いそうなヤツもいるから、ちょっと多めに作っとくか。余っても保存できるし。
俺は衣のついた豚肉を、20枚ほどこしらえる。
そしてメイが用意してくれた、油を張った鉄鍋に、5枚ほど沈めて……。
……発火っ……!
といってもいきなり油の温度を上げるのは良くないので、弱火よりちょっと強いくらいで熱する。
まずは煮るような感じで、衣のフチの部分が薄っすらと色づいたところで、いったん取り出す。
そして火力を一気に最強にし、油を加熱したあと、再び投入。
じゅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!
と弾ける音が、台所じゅうに響く。
メイは爆発を目の当たりにしたみたいにビックリしていた。
居間のモフモーフも、何事かと立ち上がり覗き込んでくる。
梁の上にいた妖精たちも、なんだなんだと鍋のまわりに集まってきた。
ちびっこ妖精リズは、油の上昇気流に乗ってふわふわ浮いて遊んでいる。
「おいおい、あんまり近づきすぎるなよ。フライになっちまうぞ」
精霊たちはともかく、人間であるモフモーフまでこんなに驚くなんて……。
もしかしてこの世界には、『揚げる』という調理法が、まだないのか?
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
二度揚げを終えて肉を取り出すと、衣はまるで高級な毛皮のコートをまとっているかのように、見事なキツネ色。
よし、バッチリだ……!
あとは、この森で採った山菜をサラダにして、一菜として添え……。
炊き上がったごはんと、味噌汁を付ければ……。
『トンカツ定食』の、完成っ……!!
すると最高のタイミングで、玄関扉がコンコンと鳴った。
メイが扉を開けて迎え入れると、
「こんばんは、メイさん。やっほー、セージちゃん、お呼ばれに来たよ~」
「今日はなにをワシワシ食べさせてくれるの!? セージが晩ごはんをご馳走してくれるってお兄ちゃんに聞いたから、ボク、お昼ごはんをポイポイ食べなかったんだ! あー、お腹空いた!」
「おいどんも、すっかり腹ペコでごわす!」
「これは何の匂いだ? なにやら香ばしい匂いがするが……」
ドヤドヤと、腹をすかせたワンパクどもが、おいでなすった……!




