03 最初の成績発表
俺は、
……ばひゅんっ!
と音がしそうな勢いで、木の家に舞い戻る。
すると、
……ぽぽぽぽぽーーーんっ!
と音がしそうな勢いで、跡に花々が咲き乱れた。
まるでサメから逃れてきたような俺が、目撃者たちに見逃されるはずもなく……。
「せ、セージちゃん!?」
「いまセージが歩いた後に、ボコボコ花が咲いてた!」
「歩いたあとに花が咲くなんて、いったいどうしちゃったの!?」
「まるで『精霊王』にドコドコなったみたいじゃないか!」
知らなかった。
精霊王って歩いた後に花が咲くのか。
メイによると、俺は今朝起きたときにレベルアップして、精霊王に昇格したとか言ってたな。
だから木の枝から降りたあとからずっと、俺の歩いた跡には花が咲いていたのか……。
ぜんぜん、気がつかなかった……!
原理はよくわからないが、この家の中は歩き回っても花が咲かないらしい。
俺は質問攻めしてくるシトロンベルとあばれるちゃんを押しとどめ、トイレに籠もった。
『賢者の石ハンドブック』に、助けを求めてみると……。
精霊王になった時のことも、ちゃんと書いてあった。
精霊王さんになると、綺麗なお花さんがモリモリ咲くようになりますから、テクテクいっぱい歩いて、まわりをお花畑さんにしちゃいましょう。
なんか見覚えのある文章だが……。
そんなことはどうでもいい、それよりも止める方法はないのか?
お花さんが咲くとかわいそうな場所にいるときは、お尻さんをキュッてしましょう。そうするとお花さんは出なくなります。
なんだそりゃ。
でもそれが止め方だっていうんなら、従うしかないか。
俺はトイレを出た。
「ふーすっきりした。どうしお前ら、キツネとタヌキに同時にほっぺたつねられたみたいな顔して」
「そんな顔にもなるよっ! セージちゃん、説明してっ!」
「そうだよセージっ! 今度はいったい何をコソコソしでかすつもりなんだよっ!?
「慌てるなって、さっきのは何かの見間違いだろ。歩いて花が出せるんだったら、俺はとっくにミツバチまみれさ」
俺は鼻息荒く迫ってくるふたりをなだめながら、再び家の外に出る。
尻をキュッとさせることを意識して歩いたら、たしかに花は出なくなった。
「……ほらな? 何も出ないだろ? 俺のあとに何か出るんだとしたら、オナラくらいのもんだ」
まるで白昼夢でも見ているように、何度も目をこする少女たち。
メイもわざわざ両手で目をこしこしして、話を合わせてくれた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シトロンベルとあばれるちゃんは、まだ疑いつつもようやく納得してくれた。
ふたりともそろそろ午前の授業があることを思い出し、せっかくだからと俺もいっしょに家を出る。
そしてなぜか、メイも一緒についてきた。
どうやら森の外まで見送ってくれるらしい。至れり尽くせりだな。
でもそうなると通学途中の話題も、必然的にメイのことになる。
「セージちゃんって、お金持ちの生まれだったんだね。メイドさんを連れてこられるだなんて……」
「セージのくせにフンフン生意気だぞ! メイドなんて賢者候補生様しかソコソコ付けられないのに!」
本当のことを言うのアレなので、当然ごまかす。
「まぁ、そんなところだ。コイツはワケあって生まれつき喋れないけど、仲良くしてやってくれ」
「うん、もちろんよ。よろしくお願いしますね、メイさん!」
「しゃべれないからってネチネチ変なことされたら、ウジウジする前に、すぐボクに教えて! たとえセージであっても、ボコボコにしてあげるから!」
さっそく人間の友達ができて嬉しいのか、メイも花のように微笑んでいた。
和やかな雰囲気のなか森を出る。
メイは森の入り口で、いつまでも手を振って見送ってくれた。
今日はいちだんと日差しが強く、木陰から離れると夏の訪れを感じる。
むしろ少し暑いくらいだった。
季節の変わり目を感じながら、教室塔に向かって歩いていると……。
いつも通りかかる掲示板の前には、いつにない人だかりができていた。
掲示板のまわりには新聞部員らしき者たちがいて、号外を配っている。
「あっはっはっはっはっ! さあっ、号外号外っ! 成績順位の速報だよっ! 今回はあっと驚く結果になってるよぉーーーーーーっ!!」
特設のお立ち台に立って、紙吹雪のように新聞をばらまいていたのは……。
『スレイヴマッチ』のMCを務めていた、”笑う太陽”ゴーシップ・イエローペーパー……!
その二つ名に恥じない、ひと足はやい真夏の太陽のような笑顔と大声を、さんさんと振りまいている。
俺は『微風』を使って、宙を舞っていた号外を1枚引き寄せる。
こちとら無宿生なので、成績とは無関係なのだが、なんとなく気になったのだ。
両脇にいた少女たちと、頬を寄せ合うようにして、こぞって覗き込んでみると……。
「「えっ……えええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
ステレオで、しかも間近で絶叫が起こったので、耳がキーンとなってしまった。
従者候補生の成績順位の、一番上には……。
1位 400万ポイント
”聖鈴の”シトロンベル・イーンシーニアス
俺のすぐそばにいる女子の名前が、見出しのように、デカデカと……!
そして、その後に少し小さな字で、続いていたのは……。
2位 50万ポイント
”静風小龍”クリス・チャン
”暴風小龍”アバレル・チャン
またしても俺のすぐそばにいる、女子であった……!
それより下の3位は10万ポイントにも満たなかったので、ぶっちぎりの大差だった。
その号外によると、このオリエンス賢者学園が設立されてからの、従者候補生による区間最多得点は、たったの30万ポイントだったらしい。
そんなショボい記録ですら、何十年にも渡って破られなかったそうだ。
ちなみに上位にいる従者候補生たちは皆、なにがしかの委員に所属しており、『委員ボーナス』を得ているという。
もちろんシトロンベルはノーボーナス。
ノーボーナスの生徒が1位を獲得したのも、この学園始まって以来の快挙らしい。
彼女が1位になった理由は、言うまでもないだろう。
『スレイヴマッチ』の時に同時に行なわれていた、『1千万ポイント山分け! 勝敗予想クイズ!』において、『風神流武闘術同好会の勝利』に投票していたからだ。
『風神流武闘術同好会の勝利』に投票していたのは彼女の他に2名しかいなかったから、333万ポイントの獲得となる。
それだけでもう1位になってしまうのだが、俺は『スレイヴマッチ』の副賞でもらった100万ポイントを、3分の1にして彼女に渡していた。
これでさらに、33万ポイントがプラスされる。
残りの34万ポイントは、『天地の塔』の戦果のぶんだな。
パートナーである俺が稼いだぶんも、彼女に合算されている。
「入学早々ワンツーを独占するだなんて、やるじゃないか。夕飯はトンカツだな」
俺は、俺の頬をぷにっと押し合わせるくらいに顔を近づいていた少女たちに、声をかけた。
「……」「……」
しかしふたりは立ったまま気を失っていて、返事はなかった。




