49 果たし状
ひとりっきりになってしまった俺。
シトロンベルを追いかけるのもアレなので、当初の予定どおりに天地の塔に向かう。
塔の入り口では、チャン兄妹が待っていた。
そして俺を見つけるなり走り寄ってきて、深刻な顔で手紙のようなものを差し出してくる。
「やれやれ……今度はなんだ?」
受け取ったソレには、
『果たし状』
と、筆どころか指で書いたような暑苦しい字がデカデカとあった。
「なんだ、ラブレターか」
中を開いて目を通してみると、相撲部のキャプテン、ドルスコイからだった。
内容を要約すると、
キャプテンの自分がいない時に、よくもやってくれたな。
『風神流武闘術同好会』と『相撲部』、どちらが強いかハッキリさせよう。
キャプテンのクリス・チャン。
副キャプテンのアバレル・チャン。
そして無宿生のセージ……。
3人まとめて、叩き潰してやる。
1週間後のちょうど昼に、力の塔の闘技場まで来い。
そこで、『スレイヴマッチ』にて勝負だ。
「いつの間にか俺も、『風神流武闘術』の部員ってことになってるようだな……。スレイヴマッチってのはなんだ?」
臭ってきそうな書面から顔をあげて尋ねると、クリスチャンが教えてくれた。
「スレイヴマッチは再起不能まで痛めつけるか、隷属させるかで勝敗が決まる試合方式だ」
再起不能というのは文字通りの意味で、誤って殺してしまうのもオンルールらしい。
隷属というのは、観客たちの前で敗者を這いつくばらせ『隷属の誓い』をさせるというもの。
それはこの学園における正式な誓約となり、階級が1ランクダウン。
賢者候補生なら従者候補生に格下げになり、従者候補生であれば下僕候補生に落ちる。
本来この『スレイヴマッチ』は賢者候補生が、従者候補生を従えるための儀式のひとつらしい。
従者候補生は賢者候補生の圧倒的な力の前に、手も足も出ずに敗れる。
偉大なる力の前にひれ伏し、一生の隷属を誓う……という、ようはショーのようなもの。
しかし今回はガチ勝負ということになる。
もちろん、俺が混ざったらの話だが。
そして……コイツらがどうしたいかにもよるな。
「この挑戦、受けるのか?」
するとクリスチャンは、俺から目をそらし、すこし考えるような間を置いたあと……また向きなおる。
「……『風神流武闘術同好会』は相手が誰であれ、喧嘩以外の挑戦は受ける。武道のプライドをかけての挑戦であるならば、なおのことだ。あとは、セージ次第だ」
「俺の意思は関係ないだろう」
「いや、相手は私たち3人を指定してきているんだ。セージは『風神流武闘術同好会』の部員ではないが、それは『スレイヴマッチ』を断る理由にはならない。相手は賢者候補生様なんだからな」
「ここでもまた、賢者候補生サマかよ……。まあいいや、受けてやるよ。俺が最初に始めた喧嘩でもあるしな」
「セージ、本当にいいの!?」
兄貴の後ろで黙っていたあばれるちゃんが口を挟む。
「デスデス殺されるかもしれないんだぞ!? それにもしギリギリ生きていたとしても、隷属を誓った時点で、無宿生であるセージはポイポイと退学処分になるんだ!」
ああ、そうか。
俺はこれ以上ランクダウンしようがないから、その場合は退学になるってわけか。
「でも、勝てばそのどちらでもなくなるんだろ? なんで、負けるのが前提なんだよ」
「バカセージ! ドルスコイ様にポコポコ勝てるわけないじゃないか! 賢者候補生様のゲロゲロの強さを知らないの!? 兄貴やボクや、ズングリムック先輩……その何倍も何倍も、バインバインに強いんだぞ!?」
「そうだ。今だかつて『スレイヴマッチ』において、賢者候補生が負けたことはない。そもそも最初から勝敗が決まっている、儀式のようなものだからな。私たちは全校生徒の前で、ドルスコイ様の相撲部に逆らったことに対する、見せしめを受けるんだ」
こんなに臆面もなく、負け犬であることを言い切れるだなんて……。
コイツら……いやこの世界のヤツらは本当に、賢者に飼い慣らされてるんだなぁ……。
でも、まーいっか。
この兄妹が負け犬の人生を歩もうがどうしようが、俺には……。
……関係ないわけ、ないだろう……!
「……おい、よく聞け。どんな事でも、どんな相手でも……やるからには、絶対に勝つつもりでやれ……! そして正しいと思っているのであれば、たとえ相手が神様でも、己を貫け……! そうでなければ、誰の挑戦でも受けるみたいな、カッコつけはやめろ……!」
湧き上がる怒りを抑えつつ言うと、自然と声にドスが混ざる。
チャン兄妹は俺の豹変ぶりに、ビクッと縮こまっていた。
「もしお前らが、負け犬みたいにドルスコイの前で這いつくばりたいんだったら、別に止めやしない……。だが俺だけは、何があってもヤツをブチのめす! なぜなら悪いのは俺たちじゃなくて、カツアゲしてきたヤツらのほう……。世の中の正しさってのは、親から与えられた身分で決まるんじゃない……。自分が積み重ねてきた、行動で決まるんだからな!!」
ふたりは雷に打たれたように、その場から動かなかった。
俺はもう塔探索の気分ではなくなっていたので、背中を向けてその場をあとにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふしゅる、ふしゅる、ふしゅるるる~! セージに、果たし状は届けてきましたか? そして『スレイヴマッチ』に参加するよう、煽りましたか?」
「は、はい……仰せのままに……メイルシュトローム様」
「しゅるしゅる、ふしゅる~! 本当でしょうかぁ~? あなたたち兄妹は、どうもあの無宿生に肩入れしているように思えたんですがねぇ~? もしかしたら、棄権をほのめかしたりしたのではないですかぁ? ふしゅふしゅ、ふしゅる~!」
「い、いいえ! 決して、そのようなことは……!」
「ふしゅるるる……。まあ、いいでしょう。セージは『スレイヴマッチ』への参加を表明したようですから……。あとは、わかっていますね……? 当日はドルスコイに加勢し、圧倒的勝利をもたらすのです……! しゅるしゅる、ふしゅる~!」
「えっ!? ドルスコイ様に加勢を……!?」
「ボクたちがザワザワそんなことをしなくても、あのドルスコイ様が、ポロポロ負けるだなんて……!」
「ふしゅる! あのセージとかいう無宿生のまわりでは、きな臭い噂が絶えません。レイジング・ブルをワンパンで倒したとか、ジャイアント・スパイダーをワンパンで倒したとか、我がシトロンベルの唇を奪ったとか……! ああああっ……! しゅるしゅるしゅるっ! ふしゅるーっ!!」
「お、お怒りを、お鎮めください! ドルスコイ様が相手では、いくらあのセージでも……善戦することはあっても、勝つことなどあえません!」
「ふしゅるーっ! いいえ、少しの希望も与えてはなりません! 過去の『スレイヴマッチ』において、賢者候補生はカスリ傷ひとつ負ってはいないのですから! 開始と同時にあなたたちふたりが、背後からセージを蹴りつけ……ドルスコイにパスするのです! あとはドルスコイが、泣き叫ぶセージの四肢をもぎ取り、処刑することでしょう! その哀れな姿を目の当たりにしたシトロンベルは、フシュへの愛に目覚めるのです!! ふしゅるしゅる! ふしゅるるるる~!!」
「ね、ねぇ、お兄ちゃん。なんでセージをムザムザと処刑したら、シトロンベルがメイルシュトローム様のことを、ザワザワ好きになるんだろう?」
「しっ! 余計なことを言うな、アバレルっ!」
「ふしゅるふしゅるふしゅる~! もしあなたたちが、フシュの使命を全うできると誓うのであれば……これを差し上げましょう。しゅるしゅる、ふしゅるしゅる」
「そ、それは……!?」
「風紀委員の証っ!?」
「ふしゅるしゅる、その通り……! このバッヂがあれば、このフシュの力の代行者となれるのです……! いままでは、委員個人の注意と制裁だけだったものを、学園側から罰則を下せるようになるのです……! いわば、教師と同じだけの権限が手に入るのです……! あなたたち一族はこの証を、何よりも欲しているのでしょう……!? しかも委員ボーナスが付いて、得られるポイントも2倍……! 一気に成績上位者になれるのですよ! しゅるしゅる、ふしゅるるる……!」
「ううっ……! そ、それがあれば……!」
「『風神流武闘術』の免許皆伝も、すぐに……!」
「ふしゅふしゅ、ふしゅる、しゅるるる……! さあ、受け取りなさい! そして、最初の正義を行なうのです! あの忌々しい無宿生、セージを……! ドルスコイとともに、公開処刑にかけるのです! しゅるしゅるふしゅるしゅるしゅるふしゅるるるるるるるるる~!!」




