20. 僕はこうして義賊団の団長となった
本日2話目です。
「へー、これが女の子の部屋か……」
ベランダから忍び込んだジョゼの部屋を僕はゆっくりと観察した。白を基調とした壁紙に上品な水色の絨毯、ゆったりとした部屋には左右の壁に沿ってベッドとタンス、それに勉強用なのか小さな書架と机に椅子という構成が2セット。思ったよりもあっさりとした部屋なんだな。お嬢様ばかりが集まっているので、シャンデリアに天蓋付きベッドというイメージを持っていたけど、ちょっと広めの普通の学生が住む寮という感じだ。あ、それでいいのか。
「あまりジロジロみないでくださる」
「そうは言っても、見る所なんて無いじゃん」
ジョゼは戻ってきたばかりだし、同室の子は他の部屋に移動しちゃったそうなので、生活感が無い。部屋の中にはトイレも洗面台も無いので、女子の部屋! って少しテンションが上がっていた僕にとっては期待外れいいところ。
「主様、顔に出ている」
「そ、そう。これで大丈夫?」
僕はゴシゴシと顔を擦って、真面目な顔を取り戻すしてから、会話と続ける。
「ジョゼ、学校には戻れたけど……というか、先生に泣きつけば出て行かなくてもよかったんじゃない?」
「そんな、お父様の顔に泥を塗るような事は出来ないわ!」
「でも、結局、多額の借金があるんでしょ?」
「そ、そうなのよね。それをどうにかしないと……」
とりあえず、それだけどうにかしちゃいましょう。
「ジョゼが持っている羊皮紙は、相手も同じものを持っている?」
「ええ、羊皮紙は2通準備されていて……これにサインをしないと、王子と男爵令嬢を陥れようとした罪で告発して、親子ともども処刑台に送るって脅されたので、仕方なくサインをしたわ」
この世界では脅迫による契約は無効っていう主張は難しいか。
「男爵令嬢が持っている羊皮紙を回収しちゃおうか」
「ん、それが一番早い」
「それで借金さえなくなってしまえば、後は何とか出来る?」
「ま、また脅されて書かされないかしら……」
そんなの知らないよ。そこまで僕が責任を負わなきゃならないのかな。ジョゼは俯いてしまっているので、どうにもやり難い。出会いの時に醸し出していたオホホな雰囲気はどこに行った。スンを見ると、スンが一つ頷く。やれってことだね。
「わかった。乗りかかった船だし、何とか出来るとは約束出来ないけど、出来るだけの事はしてみるよ」
「ほ、本当……」
ジョゼが顔をぱっと上げて僕を見つめる。僕もじっと見つめ返す。ジョゼはなぜか顔を赤らめ、
「そ、そうよね。私の護衛なら当然だわ」
「いや、護衛の範囲は超えているので、別途謝礼はもらうよ」
「主様、商売上手」
僕の視線の意味を理解してくれなかったみたいなので、ちゃんと説明しておいた。
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「主様、起きて」
スンに起こされて、寝ぼけ眼で辺りを見ると外はもう明るくなっていた。僕とスンはジョゼの借金をチャラにするために男爵令嬢の部屋に忍び込む事を計画した後、翌日に備えてジョゼの反対側のベッドでさっさと眠ったのだ。眠る前、男女で一緒のベッドに入るなんて、はしたないとジョゼが少し騒いだけど、僕もスンも無視して眠ってしまった。師匠に扱かれたおかげで力は付いたけど、夜更かしは幼児には辛いんだよね。
だいたい優秀な戦士は愛刀を抱いて眠るって言うじゃない。僕がスンを抱きしめて眠るのは、それと同じようなものなんだよ。うん。
「もう時間?」
「ん」
「よし」
身体を精一杯伸ばして、目を覚ます。
「ジョゼは?」
「起きているわ」
ジョゼは、反対側のベッドに膝を抱えて座り、こちらを見ている。
「眠れなかったの?」
「眠れる訳ないじゃない。あなたがみつかったら私も終わりなんじゃないかと思うと、眠ろうにも眠れないわよ」
「みつかっても、依頼主の名前は出さないし、そもそも捕まったりしないよ」
「あなたが相当できるっていうのはギルドでも聴いていたし、ここまでの移動で人間離れした力があるのは解ったけど……あなたはまだ子供じゃない!」
えー、今更そこに引っかかる?
「じゃぁ、止めようか。僕への依頼は都までの護衛だし、初志貫徹で都に向かってもいいよ。僕は依頼料が入ればそれでいいんだし」
「主様、クッキーも必要」
「そうだね、それも忘れちゃいけない」
僕としては忘れてもいいけどね。
「どうするジョゼ? これは僕が決める事じゃないと思うよ。ジョゼがどうしたいか、決めないと……」
「私は、お父様に迷惑をかけないように、賠償金も払わず、この学院に残れて……できれば。また王子と仲良くお話がしたい!」
全部元通りって事だね。贅沢な。とはいえ、ジョゼはしっかりと僕の目を見て、依頼人としての意思を告げてくれた。だったら、それに応えようじゃないか。
「いいよ、そうしよう」
僕は所詮、雇われの身。依頼人が満足出来るよう、頑張らないとね。
「さぁ、時間も無いし、ジョゼは大変だろうけど、我慢して学校に行きな。昼の間、男爵令嬢の部屋を漁っておくから。万が一僕たちが戻ってこなくても、ジョゼは普段通りの生活をするようにね」
「わかったわ……」
ジョゼは目の下に盛大な隈を作りながらも、寝間着から制服に着替えて部屋を出て行った。制服は修道女が着ているような服だったけど、寝ぼけているのか、平気で僕の前で寝間着を脱いでいたな。ヒラヒラの服や寝間着では把握しきれなかったけど、ジョゼってスタイル完璧なんだね。オッパイも細身の身体からすると、十分な大きさだし……
「さて、スン。それじゃあ、もう一眠りする?」
「主様、働け」
スンは僕の腕を掴んで窓に放り投げたので、僕は枠を握り、逆上がりの要領で屋根へ飛び上がった。わかったよ。ここから見える範囲でジョゼの様子は見ておくからさ。
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「男爵令嬢の部屋は……あそこだね」
僕の後に続いて出てきたスンに話しかける。僕が指差すのはジョゼの部屋から、反対側の端にある中庭に面した角部屋。日当たりの良い最上階って、いい身分だね。王子の寵愛を受けているからなのかな。
しばらく屋根の上から下を見ていると玄関から次々と女学生が出てきた。だいたいは何人かの塊で出てきたのだが、ジョゼだけが一人で出てきたのが侘びしい限りだ。
寮の職員以外がいなくなった頃合いまで待って、
「よし、それじゃぁ、早速いってみるか!」
「ん」
頭のなかではスパイ映画の音楽が、ちゃららーと流れている。僕は屋上の縁につま先をひっかけゆっくりと男爵令嬢の部屋の窓枠に手を伸ばす。つま先が少しでもずれると、地面まで真っ逆さまだ。緊張の中、僕は身体を精一杯伸ばし、
「スン、どうしよう! 全然届かない!」
僕の1メートルにも満たない身長では、屋根から窓枠へは身体を伸ばしても無理だった。
「主様、任せて」
スンが僕を助けるべく、縁にひっかけていた僕の足を持った。どうやら、僕がやっていたようにスンもつま先を縁にひっかけ、僕を吊り降ろすようだ。これで二人分、距離にして2倍、どうだ!
「スン、あともう少しで窓枠に届く」
「主様、もう無理」
「ええー、あともう少しなのに……」
僕が精一杯伸ばした手は、あと50センチほどという所で届かなかった。
「仕方ない、スン、手を離していいよ」
「ん」
スンが僕の足を話す。当然、僕は落下するわけだが、
「よいしょっ」
僕は落ちながらも窓枠に手をかけ、逆立ちの状態で堪えた。いくらでもやりようはあったんだけど、せっかくなので、スパイっぽくスマートにいきたかったんだけど……そのままの姿勢で外側から窓をあける。ベキって何かが折れる音がしたけど、そこはご愛嬌。
「スン、窓を開けたよ」
僕はそう言いながら、窓枠を軸に一回転して部屋へ侵入。続いて落ちてくるスンを窓から手を伸ばして片手でキャッチ。
「さて……これは何の部屋だろうね?」
「不気味」
男爵令嬢の部屋は一人部屋なのか、ベッドが見当たらない。机も無い、タンスも無い。部屋の真ん中に大きい真っ赤なクッションがあり、壁際に麻袋がいくつも転がっているだけだった。そして何よりも、壁紙、天井、床が黒い。ジョゼの部屋みたいに、いかにも女子寮の部屋っていう感じではなく、これではまさに……
「魔女の部屋?」
ちょっと想像しない方向に話が転がってきたよ。
「主様、血の匂い」
「うん、解っている」
この部屋には僕でも分かるくらいの血の匂いが充満している。匂いの元は……
「麻袋だね」
「ん。危険はない」
スンの言葉を信じて、僕は麻袋を開けてみる。でも、ネコの死体とかあったら嫌だな……
「開けるよ……うわぁ……って、あれ?」
ちょっと怖かったので、声を出しながら麻袋を開けてみたんだけど、中から出てきたのは、死体でも何でもなく、血にまみれた大量の金貨だった。
「何、この金貨」
「一攫千金」
スンも驚いているようだ。
他の麻袋は……そう思って、順番にあけてみると、血まみれの板切れ、血まみれの金属片、血まみれの石ころ、血まみれの布……
「全部、血まみれだね」
「ん」
困ったな。もう一度、金貨の袋を開け、中を探ってみるけど、金貨以外は出てこない。目的の羊皮紙は、どこにあるんだろう。これでは見つけられな……何? 僕はスンが指を指した天井を見た。
「!」
僕はその瞬間、スンの手を握り、窓から外に飛び出した。勢い良く飛び出したため、建物に掴まることも出来ず地面まで落下。衝撃を膝で殺して、誰かに見られる恐れもあったけど、緊急事態という事で中庭を全速で横切り、塀を飛び越え、そのまま街の外まで逃げ出した。
見通しの良い草原まで走り抜けた所で、僕はようやく足を止めた。
「スン、見た!」
「ん」
よかった、僕の見間違いじゃない。
スンが指差した天井には、顔だけ人間の顔をした大きなトカゲが張り付いていた。僕と目があった瞬間、細長い舌がチロチロと口から出ていた。さすがにここで戦闘になるとジョゼにも迷惑をかけるし、戦略的撤退という事で、ここまで逃げてきたけど……追っては来ないよな。まぁ、ここだったら誰にも迷惑をかけなさそうなので、戦ってもいいけど……
スンの手を握っていない方の手を見て、
「主様、盗賊団結成」
「ああ、持って来ちゃったけど……どうしようか」
僕の手には金貨が沢山つまった麻袋が一つ。スンはなんだか嬉しそうだけど、これは困ったな、これじゃ泥棒みたいだ。まぁ、羊皮紙を盗み出すつもりだったので、予定どおりって言えばそうなんだけど。
「慈善事業?」
スンが首を傾げながら僕に提案してきた。うん、そうだね。血がついていて何だか呪われそうだけど、自分で使うよりはその方がいいか。せめて血は河原で洗い流し、その後にでも恵まれない方に配ってくるか。
僕はこうして義賊団の団長となった。
本当は2話前のはずだったのに……
次回「僕はこうして借金を踏み倒した(仮)」
ま、まだ仮がとれませんが、お楽しみに。
木曜か金曜に更新予定です。




