21. 僕はこうして借金を踏み倒した
男爵令嬢の部屋から持ってきてしまった金貨を持って、僕らはエズの村まで移動した。リナ達の生活を支える基金にしてもよかったんだけど、血まみれの金貨という事が引っかかったので、港近くのスラム街の各戸に適当に撒いてしまった。悪銭身に付かずって言うしね。パーッと使っちゃうのが一番いい。どうせ師匠の鱗を売れば大金は手にはいるので、リナ達の生活は困らないだろうし。
ただ、スラムの住人、全員には行き渡っていないし、急に現金を手に入れた人達が幸せになるかどうかまでは責任は持てない。でも、きっと何かの役には立つでしょう。
そうそう、僕を奴隷として売ってくれたガストンさんの家には、多めに金貨を配り、そしてガストンさんの近所には1枚も配らないでおいた。これがどういう結果になるかはわからないけど、ガストンさんが幸せに暮らせることを祈るよ。僕の中のモヤモヤも、これで解消という事にしておく。
という事で、金貨を配り終えた僕たちは再び学院がある街まで戻ってきた。
片道半日の距離の往復で2時間ちょっとというのは、いいペースだね。身体を鍛えて良かった。
「さて、証拠隠滅も終わったし、さっきの怪物をどうしようか」
「証拠殲滅」
スンが恐ろしい事を言い出した。
「目撃者は消せって事?」
「ん」
「あれ、目撃者って言えるのかな」
女性の顔を持つトカゲって、人扱いしてもいいんだろうか?
家にいるとき、オーガが家の修理に来ていたから、もしかしたらそういう一族なのかもしれない。ジョゼにも男爵令嬢が人間かどうかの確認をしていなかったし……
「とりあえず、女子寮に戻ってみようか」
「ん」
僕たちは昨日と同じルートで学院に忍び込もうと、正門近くまでいどうしてきたが……
「あれ、なんか人が多くない?」
「警備増強?」
スンの一言で念のため物陰に身を隠して正門付近の様子を窺う。
昨日は門に守衛の人が立っていただけだったのだが、現在は数人の警備員らしき人達が30人以上はいるかと思われるほどの団体で正門付近で何やら打ち合わせをしている。
「赤い鎧を着けた男の子供と、黒いドレスを着た女の子供の二人組だ!」
「子供ですか?」
「そうだ、4歳から5歳、それが忍びこんで盗みを働いたと王子からの通報だ!」
大声でやりとりしてくれているおかげで、状況がつかめた。
「主様が不審者」
「そういう事だね」
忍び込んでから2時間以上は経っているのに今頃打ち合わせをしているっていうのは、少し遅すぎる気もするけど……
「赤い鎧ってバレているみたいだから、この格好だと目立つかな……」
僕がそう呟くと、鎧が形状を変え、ローブに変わった。色は変わっていないけど、これならバレかな。
「こんな事も出来るんだ……ググ、ありがとう」
なんて高性能な鎧なんだろう。ググにお礼を言うと、今度はライトグリーンの服が僕の目の前に出てきた。慌てて落ちないように掴んで、広げてみるとワンピースだった。
「これはスン用かな?」
「ん」
スンは突然、黒い鞘に納められた剣に自分の姿を変えた。同時に僕が広げていたワンピースがライトグリーンの鞘に変わる。僕は地面に転がっている剣を拾い上げ、黒い鞘から抜き出し、それをライトグリーンの鞘に納める。途端に剣が光り、スンの姿に戻る。
随分横着な着替え方があったものだ。スンはライトグリーンのワンピースに着替えており、黒い鞘は黒いドレスに戻っていた。
「そういう色も似合うね」
「美人は何を着ても美人」
「そう……だね」
僕は片手に持っていた黒いドレスの扱いに困ってスンに手渡すと、スンはそれをポンと放り上げた。その瞬間、ドレスは僕のローブに吸い込まれる。
さて、これで変装は終わりだ。さっそく忍びこむとしよう。
僕たちは前回と同様に正門の横の塀に沿って歩き始めた。正門にいた警備の人たちが一瞬こちらをみたが、すぐに視線を戻してしまったので、大丈夫だろう。
塀のカーブに沿って歩いて行くうちに正門が見えなくなる。
「よし、行くか」
「ん」
僕はスンと手をつないで、塀をひとっ飛びで乗り越える。
「あ?」
「えっ?」
塀の内側に着地した目の前に二人の警備の人が立っていた。
飛び上がった所は見られていないはずだから、塀の上から飛び降りたと思ってくれるだろう。という事で、子供である事を最大の武器に、僕は誤魔化しにかかる。
「こんにちわ」
僕は頭を下げ、スンも少し遅れて頭を下げる。それを見て警備の人が少ししゃがみ込み、僕たちに視線を合わせてくれた。
「え、あ、こんにちわ。僕たち、ここは遊び場じゃないんだから、勝手に入っちゃ駄目なだぞ」
「そうなんですか、ごめんなさい」
「正門まで送るから、ついておいで」
「あ、大丈夫です。お姉ちゃんの所に来ただけですから」
僕はそう言って、今度は塀の内側にある建物の屋根の上めがけて、もう一度飛び上がった。
「こら、危ないぞー」
「大丈夫ですー!」
下から警備員の人が注意してくれたが、僕は元気よく答え、隣の建物の屋根へ移動した。よし誤魔化せた。そう思いつつも、急いで屋根伝いに移動を開始する。その途端に、甲高い笛の音が鳴り響いた。
「主様、バレた」
「そうみたいだね、行けそうだったんだけどな」
とりあえず、女子寮まで逃げちゃおう。
屋根の上を飛びながら移動し、僕たちは女子寮の屋根の上に辿り着いた。その女子寮の玄関前では人集りが出来ている。中心に男女が3人達、その周囲を幾重にも輪になった大勢の学生が取り囲んでいた。
中央の男女のうち一人はジョゼで、ジョゼの前に二人の男女が立っていて、そのうちの女性が甲高い声でジョゼを詰問していた。
「……いいかげんに認めなさい。貴女が戻ってきた次の日に私の部屋に賊が侵入したんです。偶然とは言わせない! 貴女が手引したに決まっているわ」
「何度も言いますが、私がなぜそんな真似をする必要があるというのですか?」
「当然、私に支払う賠償金に充てるためでしょうね。卑しい人間が考えそうな事だわ」
「王都で有数の商会の娘である私が卑しいですって? 2億っぽっちのはした金のために盗みを働く? ありえないわ」
どうやら、ジョゼを責め立てているのは、昨日に引き続き、男爵令嬢のようだ。
「ジョゼフィーヌ・イヴェット・ドロテ・デュルケームよ、そなたが本当に犯人では無いのだな?」
「勿論ですわ、王子殿下。だいたい、男爵令嬢が言われていた時間、私は講義を受けておりましたの。証人なら、ここにいる人全てですわ」
男爵令嬢の横で立っている男性は、件の王子らしい。主要登場人物の勢揃いですね。ただ、ジョゼが講義を受けていたという声を受けて、周りを取り囲んでいる学生からも、「確かに」「講義を受けていたのをみたわ」といった声が聞こえてくる。
ジョゼはその声に後押しされて、どうだと言わんばかりに胸を反らす。ただ、男爵令嬢はそれでも自信を壊さずに、
「貴女がどこにいようと関係が無いわ。人を使って私の部屋に忍び込ませたんですから」
「しつこいですわね。私がその二人と関係があるって、どうやって説明するつもりなの? なんの証拠もないじゃない」
ジョゼがさすがに面倒になったのか、大きな声で男爵令嬢に反論した。
「証拠、証拠。だいたい、証拠と口にする人が犯人だって、よく言いますわよね。ふふ、それに証拠はありませんが、証明なら簡単に出来ますわ」
「証明? はんっ! 出来るものならやってごらんなさい」
「おほほほほ、まだわからないの? あなた自身が自分の口で言ったのよ。犯人は自分の手の者だと」
「バカバカしい、何を根拠に……」
男爵令嬢の言葉に、ジョゼの言葉が尻すぼみになる。駄目だよ、それじゃ私が真犯人ですって言っているような感じになるじゃん。
「ジョゼフィーヌ、語るに落ちたわね。貴女が手引したのじゃないって言うのであれば、なぜ貴女は犯人が二人だったと知っているの?」
「えっ」
あちゃー、簡単な誘導尋問に引っかかっちゃったね。これでジョゼは進退極まったかな。スンも残念そうに首を振る。
「そ、そんな事、私は言ってないわよ」
「いや、そなたが『その二人』といったのを、僕も確かに聞いた」
「殿下、そんな……」
王子に止めを刺されて、ジョゼの声が震える。
「王子殿下。ジョゼフィーヌは、まだ認めないつもりですわ。こうなっては殿下の親衛隊に引き渡して、洗いざらい自白をさせましょう。王都にいるジョゼフィーヌの両親も、この犯罪に加担しているかもしれません。そもそも、私への日頃の言動や行動、殿下もお怒りになっていた事ですし、ここは徹底的に……」
「そうだな。ジョゼフィーヌ、残念な事だが、そなたと過ごした時間で作り上げた信頼関係は、今、ここで完全に潰えた。もはや、僕の寛大な心をもってしても、そなたを許すことは出来ない」
「殿下、待ってください! ジョゼは無実です! それに、両親は関係ありません! だいたい、私が二人と言ったとしても、なぜ、その事を男爵令嬢も知っているのですか? 男爵令嬢が私を陥れるために、賊を引き入れたのではないですか? 私は教室から外を走って逃げる二人を見ただけですのに!」
ジョゼの咄嗟の言葉は、より一層、ジョゼが犯人だと際立たさせるようなものだ。まぁ、実際に犯人を連れてきたのはジョゼなので、その通りなのだが……
「往生際が悪いですわ。私が犯人が二人だというのを知っているのは当然です。私が、私の部屋で二人の賊を見つけたのですから。一人は赤い鎧を着た小さな男の子、もう一人は黒いドレスを着た、男の子と同じ年頃の女の子。それにしても子供を使うなんて卑劣な真似を、よく出来たものね。これでもう言い逃れはできないわ。間違いない! 私の部屋に賊を引き入れたのは貴女よ!」
「そ、そんな……」
ついに明かされる新事実。犯人を見たのは男爵令嬢でした。これでジョゼは言い逃れができなくなった。でも、これって……
「スン!」
僕はスンの手を引き、屋根を思い切り蹴って斜め下に向けて飛び出た。落下中にスンは剣に姿を変えたので、僕はそれを左手に持ち、一回転してから男爵令嬢とジョゼの間に降り立った。そして着地と同時にライトグリーンの鞘から剣を抜き放ち、ジョゼを犯人だと指差した男爵令嬢の胴体へ横一閃、剣を走らせた。
女子寮の前の広場が一瞬にして静寂に包まれる。
剣には血の一滴もついていなかったが、僕は何となく剣を払い、そして鞘に戻した。鞘に戻す際の乾いた音が契機になったのか、僕が斬った男爵令嬢はジョゼを糾弾した姿勢のまま、ゆっくりとズレ、下半身を残し地面に落ちた。内蔵も何も溢れてこないというのが不気味だけど、切断面を見る限り綺麗に切れている。うん、我ながら完璧な太刀筋だ。
僕は、僕の後ろで呆然と固まっているジョゼに振り向き、こう言った。
「ジョゼ、これで借金はなくなったね」
僕はこうして借金を踏み倒した。
バッサリ斬っちゃいましたね。いいんでしょうか。
次回、「僕はこうして勇者をしばいた」
え、勇者って? しばいちゃいけない存在のような……
更新は月曜の予定です。
お楽しみに!




