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帰路


気がつくと、僕は菓子屋の前にいた。


「あれ、どうしてここに?」


女の子の形の魔物に触られた瞬間、体中を何かが走るような感触がして、その後視界が真っ暗になった。

「ここで僕は死んじゃうんだな。」って思ったのに。

なぜか、菓子屋の前に戻っている。


「あの子が助けてくれたのかな……?」

魔物が人間を助けてくれるなんて聞いたことはなかったけれど、そういうやつも実はいたっておかしくないはずだ。



何はともあれ、今僕はこの菓子屋前にいる。

ここからだったら雲の下のいつもの道を飛んでいけば、師匠の元に帰ることができるんだ!


安心したら、目が熱くなった。

持ち物をまとめて、ホウキにまたがろうとする。


「あっ……。」

ケーキ箱がなかった。

お使いの品はそもそもケーキ2つだったのに。

1つはリリカさんにゆずった。

1つはきっと、あの魔物のところだ。

あれがどこかわからないからもう行くことなんてできないし、行きたくもない。


お財布の中には、ケーキどころか他のお菓子を買うお金すら残っていない。


店主さんはただでさえお祝いにクッキーをくれたんだ。

これ以上甘えられない。

そもそも、僕が買った分でケーキは売り切れだ。


帰られない。

その場にしゃがみこむ。


ポタポタと地面にシミができた。



仕方がなかったんだ、帰ろう。

なにが仕方なかった、だ。全部自分勝手な判断の結果じゃないか。

こんなことじゃ、魔法使いどころか、魔法使い見習いすら失格だ。



ボーッとしていた。

どうすればいいかわからなくて、ただこの時間が過ぎるのを待っていた。







突然、大きな風の音が聞こえた。

「ダグ、お前何してんだ?」

上から師匠の声が降ってきた。


顔を上げると、びっしょりと汗をかいた師匠がいた。

「なん、で?」

お使いなのに、なんで師匠がここにいるんだ。

師匠も来たらお使いの意味がないじゃないか。



「なんでじゃねえよ!お使いに何時間かけてんだ馬鹿!1時間ちょいで終わるはずだろうが!

魔物をまくのに時間でもかかってんのかと、しばらく待ってやったが、ちっとも帰ってきやしない。

もうすぐ3時間だ!全くどこで道草食ってやがったのか……うおっ!!」

いまだホウキで空中にいる師匠の足にしがみついた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……。

僕、師匠の言いつけ破ったんだ。

それで、ケーキを全部なくしちゃったんだ。

だから、帰れなくて。

僕、お使いもできなくて……。」

僕の頭に、ポンッと温かいものが触れた。

見なくてもわかる、知っている。


「本当にお前はウチの話を聞かねえな。

ウチは言ったよな。使いの品はなくしてもいい、帰ってくることが一番の任務だ。って。

わかったら早く帰らねえと、もうすぐ日が暮れる。

夜間飛行は?何だった?」

「日がまったくないと、魔物が強くなるから、夜間飛行はしてはいけない。」

「なんだ、ちゃんとウチの講義をおぼえてるじゃねえか。

ちゃんと勉強できてるなら、魔法使い見習いとして問題ないな。」

そう言って、師匠はホウキを動かした。リューネル村の方角だ。


「僕、ケーキ買えてないのに、いいの?」

もうわかっていたけれど、もう一度聞きたかった。


「本当に馬鹿だな、帰ってくることが一番大事なんだよ。

ほら、さっさとホウキにまたがって、飛行魔法を使いな。」

それだけ言うと、師匠は僕を待たずに出発した。

僕も慌ててホウキを飛ばす。


目の前に師匠の背中がある。

目の前に僕の帰る場所がある。


さすがに今日の失態たちは、説教無しとは行かないだろう。

こっぴどく叱られるはずだ。


けれど、説教されることすらできなかったさっきとは違うんだ。

それだけでいい気がした。






師匠の前で泣いたことが、今になって恥ずかしくなってきた。

もっといえば、師匠の足にしがみつきまでした。

今師匠が僕をからかってないのは奇跡に等しいけれど、そのことについて聞いたっていいことはないとわかっている。

僕と師匠は、何も言わずにただリューネル村の方に飛んでいた。




「あ、師匠!」

2時の方角に魔物。

行きがけの始めにみた魔物と同じ、獣型だ。


「わかってるよ。ダグ、いいものを見せてやる。お前はここで待機だ。」

そう言うと師匠は魔物をよけず、むしろ近づいていった。


「え、に、逃げないの!?」

しかし師匠は、むしろホウキの速度をあげて、魔物にぐんぐん近づいていく。

魔物はぐっと体制を沈めている。師匠に飛びかかる気だ。


どうしよう、本当にこの場で待機でいいのか。

けれど、師匠の元に行ってどうする?

それについさっきまで、師匠の言いつけを破って痛い目に遭ったばかりだ。


そんなことばかりぐるぐる考えて、師匠のことを見ることしかできなかった。




途端、師匠の手元が赤く光る。

あれは魔方陣の光だろうか。

それから一拍おいて、師匠の手元から炎の玉が飛び出した。


魔物も炎から逃げようとするが、師匠は巧みにホウキを操り、逃げ道の方向に回りながらまた炎を出している。


チカチカと師匠の手元が光る度に炎が飛び出す。

魔物になすすべもなかった。


全身が燃え上がり、倒れたのがわかった。



「きちんと待てができて偉いじゃないか。」

まるで犬のように言う師匠に、いつもならむっとしたけれど、それどころじゃない。


「それより師匠!あの炎は魔法だよね?魔法で攻撃はできないんじゃないの?

というか、師匠、魔物を倒したの!?

すごいよ!師匠って、強かったんだ!!」

師匠は得意げな顔になっているが、本当にすごいと思う。

魔法使いや魔女は、研究かサポートの役割だけで、彼らが攻撃をすることはなかったはずだ。


「ウチは魔法使い()()でと言ったはずだ。

別に、魔法で攻撃することは絶対にできないとは言った覚えはねえな。」

「それってどういう……」

「まあウチが超絶天才美人魔女ってことだな!!ほら、復唱できたら教えてやってもいいんだが?」

師匠がニヤニヤしている。

けれど今の僕にためらいなんてない!!

「師匠は超絶天才美人魔女です!そしてとっても優しいです!ぜひ、教えてください!!」

師匠は呆けた顔をしていた。珍しい。


「……なるほどな。ガキにはこういう餌をぶら下げてやるべきだったか。」

師匠がブツブツと何か言っていたが、よく聞こえなかった。


少ししてから思考を振り払うように、師匠は咳払いをしていた。

「まあいい、上出来だ。とにかく、こんな場所じゃあ、教えられるものも教えられねえ。

早く帰るぞ。

……ああ、そうだ。よく魔物をきちんとみつけたな。

今までウチと飛行魔法でどこか行くときには注意力散漫で半分も見つけやできていなかった。

今回のやつも、前ならどうせ雲でもぼけっと見て見逃していただろ。


よくやった。成長したな。」

師匠は微笑んだ。

なんだかむずかゆい気持ちになる。


「雲でもぼけっと」のあたりで抗議しようかと思ったけれど。最後まで聞いて良かった。




そうか、魔物は増えていなかったんだ。

ふと、納得した。

菓子屋への道中の魔物が増えたと思っていた。

今まで師匠と菓子屋に行くときは1~2匹しか見なかったのに、今日はもっと多かったから。

けれど、違ったんだ。

今までは「師匠がいるから大丈夫」と魔物にきちんと注意しきれていなかったから気づかなかっただけで、きっと今までも魔物はもっといたんだ。


師匠が出発のとき、あれだけ不安がっていたのもわかる気がする。

これじゃあ師匠を不安にさせてしまうし、迎えにも来てしまうだろう。


修行して成長した気がしていたけれど、ずっと師匠に甘えてばかりだったのかもしれない。


そうこう考えながら、時折魔物を見つけては報告して、そのうち僕と師匠の小屋にたどり着いた。






師匠に促され、椅子にかける。

机を挟んで向かいの椅子に、師匠も座った。

「それで、ケーキはなくしちまったと言ってたな。」

すっと背中を冷や汗が伝ったのがわかる。


「う、うん。お店にケーキは2つあったんだけれど、1つは買いたがっていた別の子に譲っちゃったんだ。

それで、ケーキ1つと瓶のクッキー1つ買ったんだけれど、店主さんがクッキーをもう1つ、初めてのお使い記念にくれて。けれど、ケーキは魔物にとられて……。ご、ごめんなさい。」

しどろもどろになってしまっているのが自分でもわかる。

自分がとんでもない失敗をしてしまったと思うと、うまく頭が回らない。


「ん?お前は菓子屋の前にいたじゃねえか。

いつとられたんだ?それとも、いったん帰ろうとしたが、魔物にとられて菓子屋まで戻ってきたのか?」

ぐっと言葉が詰まった。


別に隠したつもりはなくて、ただ頭が回らずうまくそこまで説明ができなかっただけだけれど、これを言ったら絶対に怒られるとわかっている。


師匠をちらっと見るが、こちらをじっと見ていて、これは話すまで絶対に待ち続ける。

師匠はいつもそうなのだ。

なんだって言わないで微妙な顔をしておくよりは、失礼だったり問題あることでもはっきり言わせる。

ただ待ってくれているだけいい方で、いつも言うまで問いかけ続けるのだ。



結局話した。

雲の上から帰りたくなり、ホウキを青空のところまで飛ばしたこと。

リューネル村の雲の隙間から降りればいいと思っていたが、方角を間違えたのか、降りた雲の隙間は村もない荒野だったこと。

ドラゴンがいたが、ドラゴンとは何もなく去って行ったこと。

さらに、女の子の形の魔物がいたが、その魔物に触られた瞬間に外套とケーキ以外、菓子屋の前に戻っていたこと。



怒鳴られるかと思ったが、師匠はただ頭を抱えて長い長いため息をついている。

「ばっ……、かと叱ってやりたいが、今日は帰ってこれたら説教なしの約束だ。

約束は守るものだし、ウチは誠実な人間だからな。ふう……。ああ、説教はしないさ。()()()()。」

最後、やけに強調して言われた「今日はな」に、なんだか背中がぞわっとした気がするが、ひとまず説教なしと言われたことにほっと胸をなで下ろした。




「ダグ、おそらくお前が会ったのは竜だ。緑聖竜様のすみか近くに降りたんだろうな。」

「りょく、せいりゅう?」

師匠の眉毛がピクリと動いた。なにかまずかったかもしれない。

「以前講義したんだがなあ……。まあ、ウチは優しいからな。またたっぷりと教えてやるよ。

()()()説教無しだもんな?」

背中のぞわぞわが強くなった気がする。

明日がなんだか恐ろしくなってきた。なにか、本能的にまずいものを感じる。



「まあ、詳しいことはまた講義で教えるが、竜が世界の管理者と呼ばれていることは覚えているか?

覚えているか、良かった。いや本当に。

魔物のドラゴンと姿かたちは似ているものの実態は違う。


人と敵対しないのは四種の竜の方だ。

四聖竜とも呼ばれ、信仰されてたりもするな。

……緑聖竜様は、四種いる世界の管理者たる竜の一種で、主に草木を司る。

お前のいたところは、雲の下で光が当たらない土地、川もなく池が申し訳程度にあるくらいでありながら草木が生い茂っていたなら、緑聖竜様によるものだ。

竜は人間を襲わないからまあ、お前が何もされなかったことも妥当だな。」


話を聞いて少し思い出した。

たしか、世界の管理者である竜は4種類いる。

草木を司る緑聖竜。

火を司る赤聖竜。

水を司る青聖竜。

地を司る黄聖竜。


その4種の竜が、雲に覆われ魔物に侵食される地に対して、自然を清め取り戻したり、魔物を払ってくれたりするのだ。


あのとき、魔物のドラゴンと四種の竜が混同してしまっていたけれど、これはバレたら確実にマズいやつだ。

とんでもない時間の説教を浮ける羽目になるだろう。





「そして、お前が魔物から受けたのはおそらく瞬間転移の魔法。

ということはかなり上位の魔物だろうな。

なぜ一切攻撃はしなかったのか、都合良くお前を菓子屋まで転移させてくれたのかは全くわからないが、あくまでこれは、ダグ、お前がとても幸運だったというだけだ。

忘れるなよ、人間と魔物は交わることはできない。いいな?」

僕はうなずいた。


女の子の形の魔物の意図はわからない。

最後に「ケーキ」と言っていたことも気になる。

けれど、あの魔物と会うことはもうないだろうし、道中の魔物には攻撃もされた。

もしあの魔物が転移した場所がもっと別の場所だったら、僕は本当に死んでいたかもしれない。


たくさん身勝手をして、何度ももうダメだと思った。

勝手な思い込みで判断したらダメだ。魔物とは敵対する気持ちでいなければ、危険なんだ。




僕の真剣な表情に満足したらしい師匠は、台所に行き、ポットを持ってきた。

「それじゃあ、使いの品を食おうか。

ほら、ダグ、お前も食うんだよ。」

師匠がカップにお茶を入れてくれている。

「いいの?お使いの品を買ってこれなかったのに。

もしかして、ケーキじゃなくてクッキーだから?」

ケーキよりは安価なクッキーだし、割れてしまってるからこんなに失敗ばかりしたのに食べさせてくれるかもしれない。

それくらい今日の僕はひどかったはずだ。


しかし、師匠はあきれ果てた顔をしていた。

「お前はウチをなんだと思っているんだ。こんなに優しい師匠様を。

ケーキも、2人で1つずつのつもりだったから、2つ頼んだんだ。

本当は、1つを2人でわけるものだが、ウチは1つ丸々食べたかったしな。」


何か軽口でもたたいてやろうと思ったけれど、やっぱりやめた。

「ありがとう」

それだけ言って、二人で割れたクッキーを食べた。


荒野で見たときは、割れたクッキーはとてもおいしそうには見えなかったけれど、ちゃんとおいしかった。





1ヶ月後、僕はもう一度お使いへ行った。

ケーキを買うリベンジだ。

さすがにケーキ2つはあまりにも高くて、そうすぐにはお金が出せなかったらしい。

1ヶ月ぶりの同じオーダーに店主さんは少し驚いていたけれど、またあの優しい顔でケーキを包んでくれた。

「ダグ君、なんだか1ヶ月前より、立派になったように見えるよ。

頑張ったんだね。」

店主さんが優しくそう言ってくれた。


「うん、師匠にたくさん甘えていたのがわかったから、もっと頑張らないといけないって思ったんだ。」

「そうか、応援しているよ。私のお菓子が、君の生きがいとなるように。

腕をもっと磨いて待っているからね。」

そう言って微笑む店主さんに、ふと1ヶ月前のことを思い出した。


「そういえば、一ヶ月前、女の子の形の魔物に会ったんだけれど、その魔物はケーキに興味があったみたいだったんだ。

ケーキ箱を見ていたみたいだったし、ケーキって言ってた。

その魔物に転移させられたんだけど、僕が女の子と思っていたときにあげた外套と、それからケーキは転移させなかったみたい。

魔物も甘いものが好きなやつがいるのかな。」

1ヶ月たっても、あのときのことはやっぱり気になるままだ。

あげた外套はともかく、ケーキの方は、わざわざ自分で触れて転移させないようにしていたように見えた。

魔物が人の食べ物をわざわざ食べる話なんて聞かなかったはずだ。

……もしかしたら師匠の講義を忘れているだけかもしれないけれど。


「そうかい、魔物の女の子が、ケーキを、か……。

私も初めて聞いたけれど、君や師匠や私が甘いものを好きなように、魔物の子もそう変わらないのかもしれないね。

教えてくれてありがとう。」

店主さんの言葉がなにか気になった。

けれど、今度こそこのお使いを完璧に済ませたい。

御礼を言って、僕は店を出た。




小屋に帰って、師匠と1つずつケーキを食べた。

今まで食べたものの中で一番おいしかった。

「生きがいかあ。」

「なんだダグ、黄昏れて。」

「店主さんが前に言っていたんだ。ケーキがみんなの楽しみになって、そして生きがいになればいいって。

ただ生きるだけじゃなくて、みんなの生きがいにできるように、保存があまりきかないケーキも作っているんだって。」

師匠はそっと目を伏せていた。

「そうか、そうだな。

あの店主は優しいお方だからな。」

そうだね、とうなずいて、僕はまたケーキをほおばった。


店主さんはこの世界で一番優しい人。


――――――――――――――

「緑幻竜」にするつもりでしたが、念のため調べたら某カードゲームにいたようでしたので、「緑聖竜」としました。


……緑聖竜も実はいたらどうしよう。

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