えぴそーど5~俺の愛を求めるな?
シリアスさんは不在です
「婚姻を結ぶことは認めよう。だが、俺からの愛を得られると思うなよ!」
「……」
正式に婚約を結ぶために訪ねた相手方の玄関先で、突然そんなことを指突き付けられて宣言された場合、どんな返事が正解なのかしら?
とりあえず、私はあまりの事にあっけにとられ過ぎて、言葉がでなかったのだけれど。
「おまえは、何を言っているんだ!」
「痛い!何をするのです、父上!!」
そして、目の前で自分の父親に思いっきり拳骨を落とされているのですが。
「……お父様、どういたしましょう?」
そのまま始まった親子喧嘩……というか殴り合い?を眺めながら、隣に立つお父様を見上げてみると、見事に顔が引きつっています。
ただでさえ鋭い目つきが、視線だけで人を殺せそうなほど凶悪になっていて、わが父親ながら少し怖いです……。
けど、まあ。そうなっても仕方ないですよね。
なにしろ、相手のお家について玄関先で「ようこそいらっしゃいました」と家族総出でのお迎えを受けていた所なのですから。
あ、弟君が仲裁に入ろうとして跳ね飛ばされ
ました。大丈夫でしょうか?
「申し訳ありません。ひとまずこちらの方へ」
こちらも顔をひきつらせた向こうの奥様が声をかけてくるけど、今にも倒れそうな顔色になっています。さもありなん。
そもそもこの婚約も、相手方であるウィンナード子爵家から「是非に」と乞われて結ばれることになったご縁なんですよね。
それが、初っ端からこの騒動ですもの。
倒れずに踏みとどまっているだけでも、貴婦人としては肝が据わっていると思います。
流石は、武勇で知られるウィンナード家の奥様というところでしょうか。
ちなみに私の家は建国の頃からあり、魔法使いを多く輩出しているので有名なビリブルーベ伯爵家です。
そして、現当主であるお父様は魔法師団で副師団長として勤められています。
水の上位属性である氷魔法を得意としていて、氷結の悪魔なんて二つ名迄いただいているそうですよ。初めて聞いた時、驚きすぎて私が凍りついたようになってしまいました。
現当主が戦で功績を立て子爵位を得て貴族となったウィンナード家としては、目上のものに石を投げつけたに等しい行為と取られても文句は言えません。
いえ、格が下だからと言ってやって良い暴挙とも思いませんが……。
つらつらと考えているうちに、応接間へと到着していました。
品よくまとめられたお部屋に、家内の采配をされているであろう奥様の人柄が透けて見えますね。
まあ、現在は顔色悪いですけど。
「あら、初めていただくお茶ですが、香りが素晴らしいですね」
とりあえず場が持ちませんので、勧められるままに手を伸ばしたのですが、思わず声がもれてしまいました。
「ありがとうございます。我が領地で品種改良したお茶で、今度の社交シーズンにお披露目する予定なのですわ」
すかさず、奥様が反応をしてくださいます。
いいですね。この地獄のような空気を破れるなら、私も喜んで話題の乗らせていただきます。
「そうなのですね。まるで桃の花のような香りがとても素敵です」
「まあ、気に入っていただけて嬉しいですわ。その香りは茶葉由来のものですのよ」
横から何か言いたそうなお父様の視線を感じますが、あえて無視です。
当事者も相手方のご当主もいらっしゃらないのに、ここでギスギスしたってしょうがないじゃないですか。
ですから、険しい顔で宙を睨みつけるのはやめて、お茶でも飲んで一息ついてくださいな。
このままでは、奥様はともかく、壁際で控えているメイドがとばっちりで泣き出しそうですよ?
奥様にばれないようにこっそりとわき腹をつついたら、ようやくカップに手を伸ばしました。
一口飲んでお父様の眉がピクリと微かに動きます。
そうでしょう?素晴らしい香りですよね。そのまま大人しくお茶に集中していてくださいませ。
表面上は和やかな会話が続くこと数十分。
ノックの後に、顔を出したのは弟さんでした。
「申し訳ありません。父と兄は相打ちになりまして、今すぐにこちらに顔を出すことは難しいようで……」
青い顔で謝罪を口にする弟さんと、せっかく少しだけ戻っていた顔色が再び悪くなる奥様。
「何をやっているのだ、あやつは」
そして小さくつぶやいたきり、腕組みしてムッツリと黙り込むお父様。
もう、この地獄のような空気を本当にどうすれば……。
「……では、お二人が落ち着いたら改めて話し合いをするとしよう」
迷っていると、お父様がスッと立ち上がりました。
そのまま、私の手を引いて立ち上がらせると、返事も聞かずに踵を返してしまいました。
「はい、連絡させていただきます」
「……申し訳ありません」
それを引き留める事もできず、奥様と弟君は深々と頭を下げています。
「こちらこそ、急な暇を失礼いたします」
振り返ろうともしないお父様に手を引かれながら、慌てて体をひねるように挨拶しますが、その間もお父様は止まろうとはされませんでした。
扉の前に控えていた従者が急いで先導に走ってくださったようで、大きく開かれた玄関の前には、すでにうちの馬車が停まっておりました。
「よろしければこちらをお持ちください」
お父様のエスコートで馬車に乗り込もうとした時に、失礼にならない程度の速さで側へと歩み寄ってきた弟君が、小さな包みを手渡してきました。
「きっと気に入るだろうからと、父が用意していたものです。必ずお詫びに伺いますので、どうかよろしくお願いいたします」
すがるように見上げてくる弟君の水色の瞳が少し潤んで見えます。まるで雨上がりの青空を映した水たまりのようできれいですね。
「……よかろう」
暫く険しい顔で固まった後、まるで奪い取るような勢いで包みを受け取ると、お父様が馬車に乗り込みます。そして、私が何か挨拶を口にする間もなくバタンと扉を閉めてしまいました。
「出せ」
コンコンと前方の壁を叩いて合図を送れば、馬車は速やかに走り出します。
窓から外を眺めると、深々と頭を下げている弟君の姿。敷地を出て見えなくなるまで微動だにしないその姿に、少し切ない気持ちになるのでした。
そして、ガラガラと家路をたどる馬車の中。
向かいに座ったお父様の膝の上で硬く握りしめられた拳がプルプルと微かに震えています。
眉間には深いしわが刻まれ、ギュッと噛みしめられた唇は色を失い白くなっていました。
無言の中張り詰めた空気を破ったのは私でした。
「……で、お父様。確かに相手も無礼でしたが、さすがに、あの態度はいかがなものかと思いますわ」
静かに響いた私の声に、お父様がカッと目を見開き、次の瞬間クシャリと顔がゆがみました。
「だって、殴り合いはじまるんだもん! 怖いじゃないか~~~」
向かいの席で泣き崩れるお父様に、私は深々とため息をつきました。
「だからと言って、応接間でもあんな態度では駄目じゃないですか」
「開口一番、ユーティアちゃんにあんなひどいこと言ってびっくりしたし。その後、僕が何か言う前にガントが怒り出すし。頭真っ白になっちゃったんだよう~~~」
べそベソとまるで幼子のように泣き言をいうお父様に、先ほどまでの凍り付くような恐ろしさは微塵もありません。
そう。
氷結の悪魔なんて恐れられているお父様ですが、実際は蚤の心臓の持ち主です。
争いごとが苦手で、対人スキルも低いただの魔術オタクです。
それがなんで、そんな御大層な二つ名をいただくことになってしまったかと言えば、全てはビリブルーベ伯爵家というフィルターの元に起こった勘違いとしか言いようがありません。
魔法特化のビリブルーベ伯爵家の人間らしく、お父様は生まれつき魔力を豊富に持っていました。そして魔法に関しては、一を聞けば十を知るというように魔法の腕も超一流だったそうです。
ところが非常に気が弱く、その性格を少しは鍛えてこいと前当主のお爺様に魔法師団に突っ込まれたのが始まりでした。
血気盛んな若者たちの中、初っ端から恐ろしさに震えあがったお父様は一言も話せず、固まってしまったそうです。ところが不幸なことに、お父様は容姿は整っているのですが、昔から目つきが少々悪かったのです。
(怖さのあまり目を合わせられず細められた)切れ長の目に、(恐怖のあまり食いしばり)への字に曲がった口元。ちなみに色みは涼し気なシルバーゴールドの髪と青銀の瞳。
その険しい表情を見て自分達を睨んでいると勘違いした周囲の方に、喧嘩を吹っ掛けられたお父様は(恐怖のあまり)魔法で完膚なきまでに蹴散らしてしまったそうです。
その後も、戦に出されれば、剣を振りかざして駆けよってくる兵士が怖くて反射的に極大魔法を打ち込み、味方の怪我を見てビビッては広範囲の治癒魔法を暴発させ、こっそりと裏から逃亡しようとして急襲しようとしていた敵軍に遭遇して攻撃魔法を暴発させる、などなど。
小心者ゆえに、いまさら誤解を解いて周囲の期待を裏切ることもできず、泣くのを我慢している仏頂面のせいでクールキャラと勘違いされ、とりあえず有り余る魔力でごり押しした結果、氷結の悪魔なる物騒な二つ名がついていました。
そして、何処をどうしたのか分かりませんが(なにしろお父様は恐怖のあまりパニックで当時の記憶がおぼろげだそうです)、気がつけは戦の勝利をもぎ取った立役者の一人となり、(本人的には謎の)二つ名と現在の地位を得ていたそうです。
初めて話を聞いた時は、お兄様と共に大笑いしましたものね。
お家で、お母様と共にほのぼのと紅茶と甘味を楽しみ、庭園の水やりをしては綺麗に花が咲いたと報告してくるお父様と、外部の方のお父様像のギャップがあまりにもひどすぎて。
「そもそも、争いごとが苦手なお父様が武勲で叙爵されたウィンナード子爵家と縁を結ばれようとされたことも不思議だったのですよ、私」
「だって、ガントは荒っぽく見えるけど気は良い男なんだよ。前の戦の時もいろいろとフォローしてくれたし。そんなガントの息子なら、イイ子だろうなって思うじゃないか~~」
お話が来た時から不思議に思っていたことをいい機会だからと尋ねれば、ションボリと言い訳するお父様。
これは、「仲良しのお友達同士、子供が結婚したら素敵だよね~」とか、お花畑を展開しましたね。
「せめて、お相手の気持ちをきちんと確認してからお話を進めてくださいまし」
「ガントは、大丈夫って言ってたんだよ~~」
思わず胡乱な目を向けると、再び泣き出してしまいました。
「それに、騎士団では若手の出世頭で周りにも慕われている好青年だって噂だったし。女の子にも人気あるって聞いてたし」
「あぁ、確かにハンサムな方でしたね」
ブラウンの髪に緑の瞳のキリッと整った顔立ちでした。
あれで騎士服を着ていたら、確かに女性に人気はありそう……って、あら?
「騎士団の若手でウィンナード家。その方、確か幼馴染と恋仲だって噂を聞いたことがありますわ」
「へ?」
ポンっと手を叩けば、お父様が間抜けな声をあげました。
「いやだわ。お母さまに付き合ってしばらく社交界から離れていたからうっかりしていました。若い女性の中ではけっこう有名な話らしいですよ。お相手は平民だけど、子爵家と言っても長男ではないから自分が継ぐものはないし、そのうち家を出てご結婚するんだって……」
実は、我が家はお母様が最近出産されたばかりなのです。
おめでたい話ではございますが、いわゆる高齢出産となるためいろいろとトラブルが多くて、ここ一年ほどそのフォローで領地にこもりきりだったのですよね。
それですっかり世間の情報に疎くなっていたのですが、婚約の顔合わせのために久しぶりに王都へと戻るので、久しぶりにお友達にお手紙出したら教えていただいたのです。
「身分を越えて愛し合う二人が尊い。ずっと推せる~」とずいぶん楽しそうなお手紙でしたわね。
「わたくし、知らない間に愛し合う恋人たちを引き裂く悪女になっていたようですわね~」
「そんな……。僕のせいで~~」
ショックのあまり崩れ落ちたお父様から漏れ出した魔力で周囲がパキパキと凍りついていきます。
「お父様、寒いですわ」
とりあえずパチンと指を鳴らして氷を解かすと、先ほどとは別の意味でため息がもれます。
ようやく産後の肥立ちが落ち着いて元気を取り戻してきたお母さまが個のやらかしを聞いたら、いったいどうなることやら。
ちなみにお母様は、お父様とは反対で見た目は儚げなのに中身はバリバリの武闘派です。
気の弱いお父様の性格に見切りをつけたお爺様が、フォローできる嫁をと厳選したそうで、物理的にも精神的にも上手にお父様の手綱を取られているのです。
「お友達と仲良ししたいのは分かりますが、子供達を巻き込まないでください。というか、お母様にしっかり怒られてくださいね」
「うわ~~。オワタ……」
絶望顔で撃沈しているお父様ですが、ある意味自業自得なので放っておきましょう。
それよりも、どうにかうまい着地点を見つけないと、私の社交界での評判が血に堕ちます。
友人の様子だと、応援派の方が多そうなお話ですからね。
自分の関わり知らぬことで悪女になるのはごめんです。
「お母さまには負担をおかけして申し訳ないですが、ご相談させていただきましょう」
お読みくださり、ありがとうございました。
主役はお父様(笑)
この後、一緒に領地から戻っていたお母様にけちょんけちょんに叱られます。
奥さんがいなくて寂しかったところに、かまってくれた友人との会話で盛り上がって、勢いで婚約話が進んだ模様。
友人ガント君は基本脳筋なので、「余ってる爵位くれるっていうし息子ラッキーじゃん」くらいの気持ちだったと思われます。ちなみに息子の暴言に驚きすぎて反射的に手が出てしまった悲しき脳筋。
お願い、子供の話聞いて……。
お父様の本当の性格も知っているので、速攻帰ったと聞いて、びっくりして泣いているかもと慌てて謝りに来ます。その後、お母様にまとめて説教されている事でしょう。
ちなみに息子の方は、身分も立場も上のお家からの話を断れないと覚悟は決めたものの、せめて心だけは……と思い詰めての台詞でした。息子さんも真っ当だけど脳筋寄りです。
ちゃんと会話とか相談とか、しようよ……。
その後、改めて話し合いがもたれて、和解。当然婚約話は立ち消えになるのですが、なんやかんやあって弟君と婚約することになります。
弟君は三兄弟の中で唯一の魔法使い。腕力はないけど、穏やかで芯の強い常識人です。




